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chap11.深く暗く賑やかな森
218.日が暮れた砦
しおりを挟むシグダードの傷に薬を塗ったリーイックは、顔と体の包帯も巻き直してくれた。
「やはりお前がいると便利でいいな。これからも私に仕えろ」
そう言ってシグダードが笑うと、リーイックはひどく嫌そうな顔をして、冷たく「断わる」とだけ言って背を向けてしまう。
「俺はもうお前とはなんの関係もない医術士だ。関わるな」
「……なんの関係もないとは、言ってくれるじゃないか。相変わらずの冷血医術士ぶりだな……」
シグダードが何を言っても、リーイックは取り合いそうになかった。代わりに、使者に勝手に注射器を刺して血を抜いている。治療のためとは思えない。
シグダードが「おい、殺すなよ」と言うと、彼は「分かっている」とこちらに振り向きもせずに返事をした。
多少心配になるが、彼とて、これから使者から聞き出さなくてはならないことがあることはわかっているはずだ。殺しはしないだろう。
シグダードは、ヴァルケッドに振り向いた。
「とにかく、一晩くらいならここで過ごせそうだな。ヴァルケッド、お前たちはしばらくずっとここにいたのだろう?」
「ああ……確かにそうだが……お前たちの方は? 何があったんだ……」
「それは後で話す。リー、外に出て、ウォデシアスたちを呼んでこい」
「……」
リーイックは、無言で部屋を出て行った。こちらを睨んでいたが、断らなかったところを見ると、了承してくれたらしい。
傷を手当されたヴィフも、体を起こす。そして、シグダードを睨みつけてきた。
「おい……シグ……」
「どうした? 礼なら這いつくばって靴を舐めるくらいでいいぞ」
「誰がするか! 死ね!! 奴隷の浮浪者め!!」
「貴様は相変わらず無礼な男だな」
「自分でそう言ったんだろう!!」
「ああ、そういえばそうだったな……だが、侮辱は許さんぞ。貴様はそうして私を貶すが、お前の方こそ、今は逃げ出した反逆者ではないか」
「……」
「チュスラスにはもう見限られたのだろう? だったら話せ。あの塔を簡単に破壊する方法はないのか?」
「知るかっ!! まだあれは使えるものじゃない。放っておいても、いずれ暴走して崩壊する」
「そんな危ないものを作らせているのか? 呆れた連中だな……」
「黙れっっ!! り、領地で作っていたものは、もう少し言うことを聞いたんだ!」
「お前の領地か……そこへ行けば、お前よりはあの塔に詳しいものがいるのが?」
「知るか!! 貴様と話すことなどない!! 私がこんなことになったのも貴様のせいだぞ……なんでこんなことに……」
そう言って、ヴィフは頭を抱えてしまう。それ以上シグダードが何を聞いても、もうお前とは話さないと言って、背を向けるだけだった。
*
その日は、その廃墟と化した砦で一夜を明かすことになった。
廃墟の砦は入り口の辺りこそボロボロだったが、奥に行けば行くほどまだ以前の形を残していて、しばらくは籠城もできそうなほどだった。
シグダードが中をざっと確認して、ヘッジェフーグと数人が、もう一度砦の中の様子を確認して回ることになり、その間、一番広く、崩れてもいなかった広間で怪我人の治療と使者の見張りをすることになった。
使者のことは、奥の部屋に閉じ込めるようにした方がいいのではないかとシグダードが提案したが、隊長のウォデシアスには、「この使者は何をするか分からない」と言われ、却下された。彼は、全員で見ていた方が少しの異常でもすぐに気づけるだろうと言って、シグダードに広間で使者を見ているように言うと、食べ物を探してくると言って、砦を出て行った。
リーイックは怪我人の治療で忙しかったので、フィズがそれを手伝うと言い出し、シグダードは一人で使者の見張りをすることになった。だいぶ不満だが、自分で言い出したことなのだから、仕方がない。
「随分面倒なことを引き受けたな。シグ」
呆れたように言って、バルジッカがため息をつく。彼は、シグだけでは心配だと言って、自分も使者の見張りについてくれた。
シグダードは、広間の柱に鎖で繋がれた使者の前に座って、大きなあくびをした。
「退屈だ。腹が減ったぞ。バルジッカ」
「今キャラバンの連中が飯探してる。少し待っていろ」
バルジッカはそう言うが、ずっと何も話さない使者のそばにいると、退屈にもなる。
広間には、怪我をした大勢が、古びた毛布にくるまっていた。砦の中で見つけたものだ。フィズとリューヌが、彼らにリーイックに渡された薬を配って回っている。手伝ってやりたいが、使者のそばを離れるわけにはいかない。
リーイックは、先ほど奥の部屋にいる領主の具合を見に行ったらしく、広間にはいなかった。
シグダードが、外に食べられそうなものでも探しに行こうかと思っていると、ジョルジュがいくつか果物の入ったカゴを持ってきてくれた。
「森の中で狐妖狼の連中が見つけてきた。食べるか?」
「もちろんだ!!」
早速カゴから一つの果物を奪い取るシグダード。ジョルジュはそれを見て、苦笑いをしていた。
「今朝その使者から逃げてきたばかりだというのに、元気なやつだ……よくそんな体力があるな……」
「腹が減っているんだ。他にないのか?」
「……もうすぐ、外で手に入れたもので食事を作るらしい。できるまで待て」
「ちっ……」
果物だけではまるで腹が膨れない。カゴの中のそれを取り出しては口に運ぶシグダードに、今度はヴァルケッドが駆け寄ってきた。彼も大きな布の袋を持っている。
「シグっ……外に食えそうな果物があった。食べないか?」
「お前もか。なかなか気の利く連中じゃないか! 褒めてやるぞ!!」
いくつも果物をかじりながら、シグダードは、その場に横になった。すでに天井はないので、空が見える。夜空には星が見えていて、久しぶりに開放的な気持ちになれた。
隣のバルジッカが、呆れたように言う。
「シグ……お前、これからどうする気だ?」
「……私の目的は変わらない。フィズを自由にする。逃げ回らなくても、あいつが……あいつと私が生きていけるようにしたい」
「……おい、まさかチュスラス倒して国家転覆、なんて考えてないだろうな?」
「国家はどうでもいい。だが、チュスラスが王座にいたのでは、フィズが安心できない。あのふざけた王を、あの場から引き摺り下ろす」
「正気かよ……相手はゲスでもクズでも一応王様だぞ」
そんなふうに言いながらも、バルジッカは笑っていた。そして彼も、シグダードの隣に横になる。
二人で並んで空を見上げていると、二人で幼い頃に城の中を駆け回ったことを思い出した。周りは崩壊した砦だったし、どこか冷たい風が吹いていたが、それも心地いいと思った。
「シグ……分かっているか? チュスラスの後ろにはイルジファルアがいるんだぞ」
「イルジファルア……あの死神もどきの骸骨ジジイか……」
バルジッカの言うとおりだ。実際、チュスラスよりも、イルジファルアの方が面倒だ。すでにシグダードのことを探しているに違いない。
チュスラスも、フィズの見張りに兵を二人つけていた。彼らのことは、あの領主の城においてきてしまったが、彼らはチュスラスが送り込んだスパイであるはずだ。
シグダードは、使者に振り向いた。
「おい、使者。私たちと一緒にいた兵士二人はどうした?」
「……」
使者は一言も答えない。無理に聞き出すという手もあるが、こちらも疲れているし、あまり時間をかけたくない。
シグダードは、立ち上がった。
「バルジッカ、使者を見ていてくれ」
「どこ行くんだよ?」
「他の奴らの様子を見に行く。助け出した領主の様子も知りたい。何かあれば呼べ」
「……気を付けろよ。お前、へましやすいんだから」
「そうならないように今の状況を把握しに行くんだ」
そう言って、シグダードが立ち上がると、ジョルジュも一緒に立ち上がった。
「俺も行こう」
「お前が? 来なくていいぞ」
「お前一人じゃ何をするか分からないだろう。だから行くんだ」
「……心配性な男だ」
「……よく言うよ」
ぶつぶつ言いながら、ジョルジュはついてくる。
広間を見渡すと、そこには治療を終えた人が寝ていた。
キャヴィッジェが、寝ている人の間を、起こさないように通りながら、まだ起きている人たちに食事を配って歩いている。彼は、シグダードたちに気づいて手を振った。
「シグ……向こうでパンを焼いているんだ。食べるか?」
「もちろんだ!!」
早速、彼が持っていた皿からパンを奪い取ってかじる。温かいそれを口に入れると、自然と笑顔になった。
「うまいじゃないか!! お前が焼いたのか!?」
「いや……俺じゃない。向こうでラディヤが焼いてるんだ。うまいならもっと食べろ。たくさんあるから」
「どうした? 今日は随分と気が利くじゃないか」
「……みんな、口には出さないけど、お前に感謝してるんだよ。お前のおかげで、あそこから逃げ出すことができた」
「そんなことか。存分に感謝しろ。ああ、そうだ。向こうにバルジッカとヴァルケッドがいる。パンを持って行ってやってくれ」
「ヴァルケッド? ああ、ここにいたお前の仲間か……分かった。そうだ、今、リーが領主様を見てるんだ。もし、領主様の目が覚めたら呼んでくれ」
「領主は今、どこにいる?」
「向こうだ……階段の横を奥に進んだところにある部屋にいる」
シグダードは、彼に礼を言って、言われたとおりの方へ歩き出した。
ジョルジュも後ろからついてくる。
「なあ、シグ……」
「どうした? ああ! お前の分のパンを忘れていたな!! これをやろう!!」
シグダードが食べかけのパンを差し出すと、ジョルジュは嫌そうな顔をして一歩下がる。
「いらない……俺はさっきもらった。それより……さっきの、ヴァルケッドって奴だが……」
「あいつがどうかしたのか?」
「……俺も詳しくは分からないが……あんまり信用しないほうがいい」
「……何を言っている? あいつはいい奴だ」
「…………お前、チュスラスやイルジファルアに命狙われてんのに、なんでそんなに緊張感ないんだよ……いいか。これは俺も一度、兵士の仲間から聞いたことがあるだけなんだが、ヴァルケッドって名前には聞き覚えがある」
「なんだと?」
「……ミラバラーテの犬だ」
「犬? あいつは人だぞ」
「……そうじゃない。貴族の連中は、力を持ってる奴ほど、暗殺者みたいなのを飼っている……確かな話というわけではないが……ミラバラーテ家の連れている男に、そんな名前の奴がいるって、聞いたことがあるような気がするんだ。あいつがそうとは言い切れないが、無闇に人を信用しない方がいいぞ」
「ミラバラーテ……グラスの貴族か……」
「知っているのか?」
「ああ。少しはな。だが、それとヴァルケッドは関係ない。あいつは、金を稼ぐために塔の作業所にいたんだ。そんなやつに飼われているなら、そんな場所で働いたりはしないはずだ」
「そんなの、カモフラージュかもしれないだろ!」
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