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chap11.深く暗く賑やかな森

201.明かされない正体

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 シグダードは、手に力を込めて、飛びくる水の玉に雷撃を放つ。それは次々に水の玉を弾けさせていった。城下町であの塔の雷を受けた時と同じように力が湧く。

 最後の一つ、使者に飛びかかろうとしていた水の玉を、雷撃で破壊して、シグダードは、バルジッカたちに振り向いた。

「全員無事か!?」

 バルジッカは地面に座り込んでしまう。

「あーー! もう二度とあれとは戦いたくねえ! すっげー疲れる!」

 叫んで、バルジッカは地面に仰向けに寝転がっていた。魔力を持たない彼は、あの水の玉に触れただけで相当辛いはずだ。
 ジョルジュもタトキのそばでぐったりしている。狐妖狼族二人を守ってくれた彼も、立っているのも辛い様子だったが、大きな怪我などはないようだ。
 タトキとアズマも無事だ。
 元々魔力があるフィズは、まだ動けるようで、シグダードに駆け寄ってきた。

「シグっ……! 無事ですか!?」
「フィズっ……お前は!? 怪我はないか!?」

 彼は、無傷なようだった。けれど、その服はところどころが破れている。傷がすでに癒えているのだろう。

 シグダードは、すぐに着ていたものを脱いで、フィズに頭からかぶせた。

 意味がわからないらしく、フィズは、キョトンとしている。

「し、シグ……?」
「お前が魔族であることがバレるとまずい……それを着ていろ」
「は、はい!」

 フィズは、ヴィザルーマを裏切ったということになっている。彼の正体が露呈すれば、彼が何をされるかわからない。

「お前は私の後ろにいろ。あの使者とは、顔をあわせるなよ」
「は、はい……でも、シグだって、あの水の玉と戦ったんです。私のことより、自分の心配を……」
「私のことはいい! お前を逃すことの方が大事だ!! いいか、分かっているだろうが、正体は隠せ。私の前に出るな」

 フィズの言葉を遮って言ったシグダードには、彼の返事を待つ余裕もなかった。使者か村人たちに、フィズの正体がバレたのではないかと思ったからだ。

 けれど、余裕がないのは、使者の方も同じのようだ。使者は、シグダードを見て、ガタガタ震えている。彼の後ろに集まった面々からもどよめきが起こり、中には、シグダードに向かって跪く者までいた。
 おそらく、シグダードが放った雷の魔法のせいだろう。

 かなり気は進まないが、シグダードは、使者を指差した。

「どうだ!? 見ただろう!! あれが………………ヴィザルーマの……雷だ。こ、これで分かったか!? 私は、あの男がここに返り咲くことにも手を貸してやったんだ!! 跪くべきなのは、貴様の方だ!!」

 すると、使者は、丁寧に、ゆっくりと頭を下げた。

「さすがです……使者、シグ……あなたこそ、ヴィザルーマ様のお力を賜った使者だ。どうか、この地を守っていただきたい」

 勝手なことを言って、使者が頭を下げると、その場に集まった人たちも、シグダードに頭を下げた。

「ほ、本当に……ヴィザルーマ様の雷だ!!」
「まさか……あの男が、使者?」
「ヴィザルーマ様がっ……! この地に住む私たちを救ってくださったんだ!!」

 歓声が湧く。

 シグダードは、村人たちに振り向いて、首を縦に振った。

「見ただろう! あれが雷の魔法だ! 分かったら、タトキたちには手を出すな!! あの水の玉とトゥルライナーの破壊に力を貸すんだ!」

 すると、村人たちはその場に跪いて、使者までもが頭を下げた。

 シグダードは、使者に向かって言った。

「これで私の疑いは晴れただろう?」
「……もちろんでございます。使者、シグ……」
「だったらさっさとリューヌを返せ! もう私が来たのだから、生贄は必要ないだろう!!」
「……分かりました」

 使者が、背後に控えた男に合図を送ると、その男は、すぐに城の方に走っていく。そして、手枷をされ、鎖で繋がれたリューヌを連れてきた。

「リューヌ!!」
「シグっ……」

 彼は、シグダードの顔を見るなり、ポロポロ泣き出して、シグダードに駆け寄ってくる。

「リューヌっ!!」

 抱きしめた彼の体は、ひどく冷たかった。リューヌはガタガタ震えていて、顔色も悪い。怪我などはしていないようだったが、恐ろしい目にあったのだろう。ずっとシグダードにしがみついていた。

 そんな彼の細い体を抱き締めると、シグダードは、今すぐに目の前の使者を殴り殺してやりたかった。

 しかし、今ここでそんなことをすれば、屈辱に耐えてヴィザルーマの使者を語った意味がなくなってしまう。

 シグダードは、使者を睨みつけて言った。

「……もう一つ、貴様にやってほしいことがある」
「私に?」
「ああ……」
「もちろん協力いたしますとも! 私たちは、ヴィザルーマ様に遣わされた使者です! 共に、この地を救いましょう!!」
「……」

 先ほどまでこちらを嘲っていたくせに、恐ろしいほどの手のひら返しに、シグダードは、反吐が出るような思いだった。

「それで、使者シグ殿。頼みとは、どういったことでしょう?」
「領主に会わせろ」

 端的にシグダードが望みを言うと、使者はその笑顔のまま、無言になる。そして、表情を変えないまま言った。

「残念ながら、領主様は病が重く、人に会えるような状態ではございません」
「そんなこと、会ってみないと分からないだろう。領主に会わせろ。そいつに用があるんだ」
「使者、シグ。私はヴィザルーマ様より、領主様を守るという、重要な任務を与えられているのです。領主様にあわせることはできません。どうか、今はご理解ください」
「何か、会わせることができない理由でもあるのか?」
「先ほど申し上げたではありませんか。私は、ヴィザルーマ様より領主様を守るように命じられております。会わせることはできません」
「貴様……ヴィザルーマヴィザルーマと……!! どういうつもりだ!」

 怒鳴るシグダードだが、使者は同じことを繰り返すばかり。

 そんなことを言われても、納得などできるはずもない。苛立つシグダードだったが、ここで喚けば、使者の思う壺だ。

 仕方なく、この場は引くことにして、シグダードたちは、塔に戻ることになった。







 塔に戻ったシグダードたちは、そこに座って作戦会議を始めた。城の中に部屋を用意すると言われたが、そこでは、内緒話の一つもできない。

「何だあの男は! 結局領主には会わせないんじゃないか!!」

 腕を組んで怒りを露わにするシグダードを、バルジッカが宥めにかかる。

「落ち着けって、シグ。イライラしても仕方ないだろ?」
「これが腹を立てずにいられるか!! 何だあの偉そうな男は!」
「お前が言うなよ。とにかく、タトキたちもリューヌも無事だったみたいだし、いいじゃないか」

 バルジッカが振り向くと、タトキは、部屋の端に座り、じっと俯いている。彼のそばにいるアズマとウロートは、まだ目を覚さない。起きるような気配もなかった。

 フィズが、心配そうにシグダードに駆け寄ってくる。

「それより、シグ! 無茶をしすぎです!! も、もし雷の魔法が出なかったら、どうするつもりだったんですか!?」
「私のことはいいんだ。お前はどうだ?」
「……私は大丈夫です。小さな怪我だけなら、魔力ですぐに治すことができますから……」

 すると、バルジッカが深刻な顔で言う。

「だが、魔族だと気付かれれば、おそらく、お前がヴィザルーマの側室であることもバレる。いいか、雷魔族ってことは、バレないようにしていろよ」
「……わかりました」

 緊張した面持ちで言うフィズに、ジョルジュも、確かに気をつけたほうがいい、と言い出した。

「……ここは、普段、外から隔離された場所なんだ。俺たちが入ってきた、あのトンネルも、本来はないものだ。おそらく誰も、フィズを知らない。多分、あの使者もだ。あんなやつは、城にはいなかった」

 それを聞いて、シグダードは腕を組んだ。

「ヴィザルーマが城ではないところから送り込んだ男というわけか……一体、あの使者は何者なんだ?」
「それは俺にも分からないが……少なくとも、チュスラスの城から来たやつじゃない。とにかく、フィズは気をつけたほうがいい。あいつらにしてみれば、ヴィザルーマ様を裏切った男だからな」
「黙れっっ!! 何が裏切っただ! フィズは何もしていないっ……! あのクズが……っ! フィズに身勝手な感情をぶつけた挙句、利用して捨てたんだ!!」
「落ち着けって……ヴィザルーマ様がまだフィズを追っているなら、使者にフィズの容姿を伝えているかもしれない。あの使者は、ずっとフィズの様子をうかがっているようだったぞ」
「……なんだと?」

 怒りが湧いてくる。あの男には二度とフィズを傷つけさせない。

 シグダードは、フィズに振り向いた。

「フィズ……何があっても、私から離れるなよ」
「……はい」

 彼はうなずいてみせるが、ひどく震えていた。怖いのだろう。

 シグダードは、気付けば彼の震える体を抱きしめていた。

「大丈夫だっ……お前のことは、必ず私が守るっ……!! 必ず、自由にしてやる! 必ずだ!!」
「……シグっ……!!」

 彼は、まだ怯えながらも、シグダードに抱きついてくる。シグダードも、強く彼の体を抱きしめた。

 するとフィズは、シグダードの腕の中で、シグダードを見上げてくる。

「シグ…………わ、私を守ると言ってくれるのは嬉しいです。きてくれたことも……か、感謝しています! でも、こ、今回みたいな無茶はやめてください!! シグに何かあったら……っ!!」
「お前は、そんなことを考えなくていい。私は、お前を自由にするために来たんだ。お前は私に守られていればいい」
「でも……」
「とにかく、使者には気を付けろ。あの男、協力しようなどと抜かしていたが、本心では、そんなつもり、まるでないはずだ」
「わ、わかりました……」
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