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chap11.深く暗く賑やかな森

199.託す言葉

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 そこで、部屋の扉が突然開いた。入ってきたのはあの使者と、数人の男たちだ。

 ノックもなしに、何をしに来たのかと思えば、使者は、部屋の端で怯えているタトキを指した。すると、男たちはタトキに駆け寄り、彼を羽交締めにする。彼は驚いて暴れるが、男たちは気にもとめない。

 シグダードは、使者を怒鳴りつけた。

「おい貴様っ!! 一体、なんの真似だ!!」
「その狼たちを連れて行きます」
「なんだと!?」
「リューヌという者の代わりになる人柱が必要なのです。けがわらしい狼たちですが、私が清めの儀式を行えば、なんとかなるでしょう」
「何を馬鹿なっ……! 貴様、タトキをどうするつもりだ!!」
「あの水の玉は、今もここに迫っています。あれの力を抑えるために使います」
「馬鹿らしい……ふざけるな!! それではタトキたちはどうなる!!」
「その汚い狼は、人族を食らい、森を弄んだ種族なのです。この際、殲滅されるべきです。それをこうして許され、我々と共にいる。ならば、ヴィザルーマ様への忠誠を示すのは、当然の義務でしょう」
「……何を言っているのか、全く分からんっ! タトキを離せっっ!!」

 喚くシグダードに、使者はどこか嘲るような視線を向けてくる。

「……なんて騒がしい人たちだ……あなたたちも、ヴィザルーマ様が遣わされた使者なのでしょう? 使者であるあなたたちが、そんな汚い口をきいて、恥ずかしくはないのですか? ヴィザルーマ様の顔を潰すことになるのでは?」
「あの男の顔など知ったことか! 寝言ばかりほざくなら壁にでも向かってしていろ! タトキを返せっっ!! そいつに手を出したら全員焼き尽くすぞ!!」

 怒鳴りつけるシグダードに、使者は、怒り出すどころか、むしろ、勝ち誇るような笑みを浮かべて言った。

「全く、それでよく、ヴィザルーマ様の使者を名乗れたものだ……言っておきますが、ヴィザルーマ様の使者を語ったということが分かれば、その場で私が、あなた方を処断します」
「なんだと…………?」
「当然でしょう? ヴィザルーマ様の尊いお名前を汚したのですから」

 使者は、タトキに振り向いた。

「連れて行きなさい」

 言われて、男たちはタトキを羽交締めにして連れて行く。別の男が、まだ目を覚さないウロートを摘んで、アズマを抱えて出て行った。







 使者がタトキたちを連れて行き、シグダードは、八つ当たりで壁を殴りつけた。

「くそっ……! あの連中っ……!」

 苛立つシグダードに、ジョルジュが忠告するように言った。

「落ち着け。外に見張の男がいる」

 彼は、部屋の扉を指していた。扉の向こうに見張り役まで置いていったということは、やはり、使者はこちらのことを疑い出しているのだろう。

 ジョルジュは、声をひそめて言った。

「向こうは確実にお前を疑っている。怒鳴り散らせば、余計に向こうに追及の機会を与えるだけだ」
「だがっ……!」

 つい、声を張り上げてしまいそうになり、シグダードは、慌てて声を小さくした。

「そんなことは分かっている……だが……」
「……そんなにあのチビの狼に情が移っていたのか?」
「……情はともかく、あの腹立たしい使者の好きにさせてたまるか!! このままではあいつは、ヴィザルーマへの忠誠だのなんだのと言って、タトキを殺す! そんなこと、許せるものか!!」

 シグダードは、扉に向き直った。

「おい……そこにいるんだろう?」

 すると、外からすぐに返事がした。この扉を見張っている村人のものだろう。

「何の用だ?」
「頼みがある。ここを開けてくれ」

 突然そんなことを言い出したシグダードに、バルジッカとジョルジュが駆け寄り、慌てて止めるが、扉の向こうからは存外早く返事が返ってきた。

「使者様の言いつけだ。開けることはできない」
「なぜだ? 私たちは、タトキを救いたいだけだ。あれは、森の中のことを知っている。森をなんとかしないと、お前たちも困るんじゃないのか?」
「だ、だから俺たちは使者様に従うんだ。あの方がなんとかしてくださる……ヴィザルーマ様の使いなのだから……」
「ヴィザルーマヴィザルーマというが、あいつが、お前たちのために何をした? 水の玉が減ったのか? 全くそんなことはなかっただろう?」
「……」
「ここを開けてくれ!!」
「……お前たちに何ができる? あの水の玉相手に、何が…………俺が馬鹿なことをすれば、家族まで反逆だと言われるかもしれないんだぞ!」

 男は、ひどく怯えているようだ。これ以上の説得は無駄だろう。シグダードは、少しの間、考えた。

「分かった。では、使者を呼んでこい。それならいいだろう? お前は、私たちに脅されたとでも言えばいい。怖くなって泣きつきにきたと言えば、お前は罰を受けないんじゃないか?」
「…………無理だ。すぐに使者様が、お前たちが、ここに迎えるのにふさわしいかどうか、判断してくださる。それまでは、あのリューヌも狼も、生贄になることはない。だから……少し待ってろ!!」

 怒りまじりの声が聞こえて、それ以降、シグダードたちが何を言っても、外にいるはずの村人は返事をしなかった。







 しばらくすると、一人の男が塔の扉を開いた。部屋の外で見張りをしていた男のようだ。

「お、お前たち……使者様が呼んでいる……俺に、ついてきてくれ」

 男はずっと、シグダードたちから顔をそむけている。まだ怯えているらしい。

 シグダードは、胸を張って立ち上がった。

「やっときたか。私があのチビの狼の代わりに、ヴィザルーマの使いである証拠を見せてやろう!」
「……騒ぐな! 下手なことを言えば、ヴィザルーマ様への忠誠を疑われる!! お、俺を……巻き込まないでくれ!」

 男は怯えているらしく、ビクビクしながら、部屋を出て行く。
 シグダードは、バルジッカたちに振り向いて顔を見合わせ、部屋から出た。







 連れて行かれた先は、城の裏手にある、荒れた庭だった。
 すでに木々は枯れて、剥き出しの土に残った僅かな草も焼けている。
 黒焦げの小石が広がり、そこに、焼けた古い、けれども高さだけはある、柵が立っていた。それは、高さは城の二階に届くほどもあり、庭の一角の、小さな部屋ほどの広さをぐるっと取り囲んでいる。柵の向こうには、焼けてちぎれた鎖が落ちていて、ひどく不気味だ。

 柵の向こうには、倒れた男がいた。人族かと思ったが、その頭と尻には、狼の耳と狐の尻尾があった。まだ目を覚さないアズマだ。

 柵の周りには多くの人が集まっていて、そのそばでは、後ろ手に縛られたタトキが暴れている。中にいるアズマを助けようとしているようだが、首輪をつけられて、そばの木に繋がれている状態では、叫ぶことくらいしかできないようだ。

「アズマ! アズマ!! 起きて! アズマ!! やめて!! アズマを返して!!」

 泣き叫ぶタトキに使者が振り向くと、タトキのそばに控えていた男たちが、彼を地面に押さえつける。

 村人たちに顔を地面に押し付けられたタトキに、使者は嘲るように言った。

「跪きなさい。そしてその喉笛を差し出せば、必ずや、ヴィザルーマ様があなた方を許してくださいます」
「いやっ……!」

 小さくてもやはり狐妖狼族らしい。彼は、周りの男を振り払い、アズマに駆け寄ろうとする。彼を木に繋ぐ鎖がそれを止めるが、彼はずっと、倒れたアズマに向かって叫んでいた。

「アズマっ……!! アズマああああ!! アズマを返して!!」

 彼がどれだけ叫んでも、アズマは目を覚さなかった。
 柵の周りに、タトキの悲痛な声が響く。集められた一同の目は、泣き叫ぶタトキに向けられていた。

 タトキを押さえ込むように指示を出す使者に、シグダードは詰め寄った。

「やめろ!! 一体なんの真似だ!!」
「口を出さないでいただきたい!! これは、この地を守るために必要なことなのです!! 今から、あの男に水をかけて、この城の周りを歩かせます。そうすれば、ヴィザルーマ様の魔力が私たちを守ってくださるのです!!」
「何を馬鹿なっ……そんなことはもう必要ない!」
「なぜです? あの水の玉を、あなたも見たでしょう? あれに触れられれば、私たちは死ぬのです。あれを抑えなければ、あの獣たちどころか、ここで慎ましく、正しく生きてきた方々も死ななくてはならないのです。あなたは、あの汚らわしい人喰いの獣たちを守って、ここにいる方々を見捨てろというのですか? なんで酷い……それでもヴィザルーマ様の使者ですか?」
「馬鹿らしい! もう怯えることはない! なぜなら、私がきたのだからな!」

 シグダードが、胸を張って言った言葉を、使者は鼻で笑う。

「あなたが来たからなんだと言うのです?」
「私があの水を抑えるために来てやったのだ! 感謝し、跪かなければならないのは貴様の方だ!! 貴様がそうやって、ヴィザルーマの名前を唱えては無情な真似をしないように、こうしてやって来たのだからな!」
「何を馬鹿げたことを……あなたに何ができると言うのです?」
「私があの水を抑えてみせる。分かったら、檻の中で寝ているアズマを引っ張り出せ!」
「……わかりました」

 使者は、周りの男たちに目で合図を送る。すると、男たちは、寝ているアズマを、外に連れ出した。
 タトキが泣きながら彼に縋っている。アズマは目を覚さなかったが、無事なようだ。

 シグダードは、バルジッカに振りむいた。

「フィズを頼む。何が出て来ても、決してフィズには近づけさせるな。私に何かあったら、お前はフィズとリューヌを連れて逃げろ。頼む……」

 するとバルジッカは、少し間を開け、それでも「任せろ」と返事をする。

 しかし、それを聞いたフィズはシグダードに掴みかかってきた。

「し、シグっ……! 待ってください!! こんなこと、危険です!! 私もあなたと行きます!」
「馬鹿を言うなっ!」
「で、でもっ……! シグだけじゃ……! わ、私だって、ら」

 言いかけたフィズの口を、シグダードは慌てて塞いだ。雷魔族であることは、黙っておいた方がいい。

「フィズ! それは言うんじゃないっ……!」
「でもっ……! シグっ……」

 涙目になるフィズを見ていたら、シグダードは、また、期待してしまいそうになる。まだ愛されているのではないかと。もしかしたら、まだ、フィズは……

 そう考えて、シグダードは慌てて首を横に振った。

「私は一人でいく。お前は、自由になるんだ……そのために、私は戻ってきたんだ」
「でもっ……」

 それ以上は話していられなくなり、シグダードはフィズに背を向け、柵に駆け寄った。
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