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chap11.深く暗く賑やかな森

197.剥がれた表

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 ヘッジェフーグは、ヴィザルーマの名を呼ぶ時に、ひどく据わったような目をしていた。しかし、すぐにかぶりを振って顔をあげる。

「……あの使者……アギジイタトルは、トゥルライナーを抑えるためと称して、村人たちを操っている。確かにあいつがきて、トゥルライナーが村を襲うことはなくなったが、代わりにあの水の玉が出てきた……トゥルライナーは、いつもあの水の玉を食って逃げて行くんだ。あの水の玉は、村人も襲ってる。あの使者が来てから、水の玉が増えたんだ!! それなのにあいつは、ヴィザルーマ様の魔力が守ってくれると言って、城に人を集めて、城の周りにあの変な水を撒いただけだ!! 何してんのかわかんねえ……あんなやつ信じてたら村も、この領地も終わりだ!!」

 怒鳴るヘッジェフーグに、フィズがそっと尋ねた。

「……あの、ここの領主様は……?」
「病が重く、臥しておられる……そうあの使者は言っているが、本当のところはどうだか分からねえ。ここ最近、あいつ以外で、領主様にあった奴はいないんだからな」
「そうですか……」

 俯くフィズの隣で、シグダードは、最も気になっていたことを問いかけた。

「領主の二人の息子はどうしている? 紳士と名高い弟のジェレーと、クズの兄、ヴェターがいて、領主は、弟を次期領主にと言っているのだろう?」
「…………ここからは、そう簡単には話せない。悪いが……お前たちがどこからきた誰なのかもわからない今、不用意なことは言えないんだ」
「では、どうしろと言うんだ? こちらも、何も話せないお前のことは信用できない」
「……」

 ヘッジェフーグは、じっとシグダードの目を見て、悩んでいるようだった。しかし、しばらくして、話し始める。

「他言無用だ」
「分かっている」

 シグダードが頷くと、ヘッジェフーグは重い口を開いた。

「……ジェレー様はお亡くなりになられた。殺されたんだ」
「なんだと!? ジェレーが?」

 つい、声を上げてしまうシグダードに、ヘッジェフーグは口元に人差し指を立てて声を小さくするように促した。

「馬鹿っ……! 外に聞こえるだろ!!」
「気をつける……だが、それは本当か? ジェレーが殺されたというのは」
「間違いない。俺は、この目で見たんだ! ジェレー様は殺された。あの使者と、ヴェター様が組んだんだ」
「まさか……そんな……」
「あの使者に唆されて、ヴェター様はジェレー様を手にかけた。多分、ヴェター様は殺す気はなかったんだろう。めちゃくちゃ慌ててた。それを……あの使者が脅して、何か話してた。使者は、ヴェター様にジェレー様の服を着せて、奴隷を連れて出て行ったんだ」
「奴隷……リューヌか!?」
「なぜ知っているんだ?」
「私たちは、城下町でジェレーに会ったんだ!! いや、お前の話を信じるなら、ジェレーのふりをしたヴェターか……そいつは、一人の執事とリューヌを連れ、シュラの屋敷に来たんだ」
「シュラだと!? あの悪名高い毒狂いの死神か!? そうか……」
「……私もその屋敷にいたんだ。間違いない。私は、リューヌをヴェターから買う約束をしたていたんだ」
「……その奴隷は、毒が出来上がった時にその威力を試すために連れて行かれたはずだ」
「なんだと!? あいつら……それで、リューヌを……」
「その、リューヌって奴隷はどうしている? 生きているのか?」
「もちろんだ。私が連れてきた。私はあいつを金貨百枚で買う約束をしているんだ」
「金貨百枚!?? 無茶苦茶だっ……! そんな値段っっ!!」
「ジェレー……いや、ジェレーのふりをしたヴェターがそう言ったんだ……そういえば、ヴェターは、それだけあれば逃げられるとか言ってたな……」
「大方、その金を持って逃げ出すつもりだったんだろう。使者は、今も村人たちを助けるためなんて言って、城に押し込めて、何かといえばヴィザルーマの名前を出して好き勝手してる。村の奴らも、あの変な水の玉や、トゥルライナーを見て、すっかり怯えてしまってるんだ。みんな、あの使者と、そいつが連れてきた奴らの言いなりだ。家族を水の玉の前に突き出された奴もいるのに……なんで…………」

 ヘッジェフーグは俯いてしまうが、すぐに顔をあげた。

「……使者に逆らうと、ヴィザルーマ様や国に逆らった反逆者として、あの選択の水を飲まされるんだ。水の玉の前に突き出された奴もいる。それに反対した奴らや、インチキな断罪から逃れた奴らが、城のそばの洞窟に身を潜めているんだ。俺はそこと通じている。あのインチキ野郎の化けの皮を剥いでやる…………お前たちは、話が分かりそうだ。頼む。協力してくれ。俺たちは、この領地の外の情報が欲しいんだ」
「……」

 シグダードは、少しの間黙って、彼の目を見つめてから言った。

「……協力したいが、その前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「お前は誰だ? なぜそんなことを知っている? ヴェターがジェレーを殺したのを見たと言うが、お前は、ヴェターがジェレーを殺した時、そこにいたのか?」
「……」

 ヘッジェフーグは、黙って俯いてしまう。簡単には話せないことらしい。しかし、しばらくして、彼はシグダードを睨むようにして、口を開いた。

「……ああ。いたよ。俺は……領主様は、素晴らしい方だ。民衆思いで、今は亡き、賢主と名高いファース様を尊敬していた。奴隷たちの解放にも努めておられて、俺のことも、奴隷商人に売られそうになったところを、領主様が保護してくれたんだ。それからあの村に迎えられ、まともな生活を送ることができた。だけど、一緒にいた弟は行方知れず……俺は、必死で探した。領主様も協力してくださり、そして、見つけたんだっ……! 俺は、城下町に潜り込んだ。領主様と懇意にしている貴族の方や、商人たちの力も借りて……あ、あと少しで、たどり着けたのに…………弟は……」

 ヘッジェフーグは、涙ぐんでいた。今にも泣きそうなその様子は、尋常ではない。

「あ、あと……少しだったんだ。あと少しで、俺は弟に会えたのに……あいつは殺されたんだっっ……!! ヴィザルーマのためにっ! 焼き殺されたんだ! ヴィザルーマの死体を偽造するために……弟は、ファース様の意志を受け継ぎ、奴隷制の廃止を叫んでいたヴィザルーマを信じていたのに…………あいつの部下が俺の弟を焼いて、ヴィザルーマの死体に仕立て上げたんだ!! あんなやつ……王なんかじゃない!! あいつは、自分が逃げるために俺の弟を殺した!!! あいつのために、俺の弟は…………」

 泣き崩れるヘッジェフーグに、フィズがそっと寄り添う。しばらく、塔の中には彼の嗚咽が響いていた。

「俺のことを、領主様は心配してくださって……あの日、俺は、領主様に呼ばれていたんだ……」

 泣きながら話す彼の背中をそっと撫でるフィズが、シグダードに向かって顔を上げる。

「シグ……」
「……分かっている。おい、ヘッジェフーグとやら。そういうことなら、協力しよう。私はシグ。シグと、そう気軽に呼べばいい」

 すると、ヘッジェフーグは涙を拭い、顔を上げた。

「あ、ああ……洞窟の奴らにも、そう伝えておく」







 涙を拭って顔を上げたヘッジェフーグに、今度は、ずっと腕を組んでいたバルジッカがたずねた。

「待ってくれ。使者の手を逃れたものが、洞窟にいると言っていたな? そこには、誰かリーダーがいるのか? バラバラに集まった連中が、バラバラに行動しているわけではないんだろう?」
「ああ。この辺りを通る、キャラバン隊が一緒だ。普段は無許可でうろつく無法者なんて言われてた。あの使者も、最初はそいつらに、反逆者に償わせるためとか言って、水の玉をここに近寄らせないための水を撒かせに行こうとしてたんだ。だけど奴らは、逃げるのは得意だったみたいで、村人が目を離した隙に、全員逃げて行った。そしたらあの使者、今度は村人たちの忠誠が足りないって言って、村の奴らをを使うようになったんだ。使者のやり方についていけなくなって、ここを逃げ出した奴らは、みんな洞窟に集まってる。俺の親友と、そこのキャラバン隊のリーダーが、二人でうまくやってるんだ。お前たちが村に入って行くのも見てた……」

 すると、ジョルジュが首を傾げて言った。

「村人たちも、お前たちも……そんなに恐ろしい目に遭いながら、なぜ逃げないんだ?」
「……お前……見たところ貴族の兵士だろう?」
「ああ……」
「お前みたいな奴にはわからないだろうよ。ここは昔から高い岩山に囲まれていて、トゥルライナーまで、周りをうろついている。だから、村の連中は、普段ほとんど村から出ない。ただでさえ、村の外に出るってのは、勇気のいることなんだ。それなのに、今はトゥルライナーに加えて、訳のわからない水の化け物までいる。誰も、外に出ようとはしないんだ」
「……」
「もちろん、使者に殺されそうになった奴の中には、脱出を試みようとした奴もいる。俺も、城下町に逃げようとしたが、トゥルライナーや水の玉に追われて断念したんだ。とにかく、あの水の玉とトゥルライナーをなんとかしない限り、外には出れない。それなのに、使者のすることは、みんなを城に閉じ込めて、訳のわからない水を振りまくばかりだ。あんなもんでなんとかなるなら、じょうろで事足りるだろ」

 それを聞いて、シグダードは、ニヤリと笑った。

「お前はなかなか物分かりがいい。仲良くやれそうだ」
「そうかよ……俺はこれから、洞窟へ戻る。伝達役は俺だ。もちろん、このことは他言無用で頼むぞ?」
「もちろんだ」
「リーダーと話をしてくる。多分、お前たちには、領主様を助ける手助けをしてもらうことになると思う」
「領主を?」
「あの使者は、ここの指揮を領主様から頼まれた、なんて言ってるが、そんなもん嘘に決まってる。領主様は、民衆思いの優しい方だったんだ。その領主様が、こんなこと命じるはずがない。あの使者が、病弱な領主様を閉じ込めているんだ。領主様を救い出して、洞窟へ連れて行きたい。頼む」
「分かった。任せておけ」
「……俺は一旦帰る。指示を待っていてくれ。それと……」
「なんだ?」
「……使者には気をつけろ。あいつに目をつけられると、ヴィザルーマへの忠誠を試すって言われて、地下に連れて行かれる。そこで拷問されるんだ。みんな怖がってる。とりあえず、使者の前では、ヴィザルーマ様様って言っておけ」
「……嫌だな」
「俺だって嫌だ。だが、自らの命を守るためだ」
「……分かった」

 すると、ヘッジェフーグはニヤリと笑って部屋を出て行った。

 バルジッカが、一同に振り向いて、その場にどかっと座る。

「あいつが戻るまでは、大人しくしていたほうがよさそうだな……」
「うまくいけばいいが……」

 シグダードもつぶやいて、その場に腰を下ろそうとしたが、入れ違いになるように男が入ってくる。村の男のようだ。彼は、シグダードたちを見渡して、無愛想に言った。

「来い。アギジイタトル様がお呼びだ」

 言われて、シグダードたちは、顔を見合わせた。逆らっても意味がないどころか、これから先、動きにくくなる。

 シグダードたちは大人しく、男たちに連れられるままに外に出た。

 塔の外に出ると、あの使者の近くにいた男が、数人の武装した男たちを連れて駆け寄ってくる。
 その男は、シグダードたちと共に塔を出た、イウィールとスデフィを指して言った。

「その二人は、地下へ連れて行く。それは、チュスラスの手下だ」

 シグダードたちを迎えにきた男は、それを聞いて驚いて声を上げ、二人から離れる。

「なっ……なんだと!? チュスラスの手下!?」

 武装した男たちが、イウィールたちをシグダードたちはとは反対の方向に連れて行く。
 イウィールたちは何も言わず、抵抗するようなそぶりすら見せずに、大人しく彼らについていった。

「おい……あの二人をどうする気だ?」

 シグダードがたずねても、男は黙ってついてこいとだけ言って、城の方に歩いて行く。

 バルジッカが、シグダードに小声で言った。

「あいつらのことは気になるが、あれでも、チュスラスがここぞという時に使う奴らだ。むざむざ殺されたりはしないだろう。お前はそれより、自分の心配を先にしろ……! リューヌは、このままいけば、確実に殺されるんだ。いいか、下手にあの使者の前でキレんじゃねえぞ!」
「……分かっている」
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