上 下
192 / 290
chap11.深く暗く賑やかな森

192.見つからない何か

しおりを挟む

 夜が明け、そろそろ出発しようという時間になっても、一行はなかなかそこから動けなかった。タトキの処遇について、意見が分かれてしまったのだ。

「俺は反対だ。リスクを考えろ」

 そう言って、バルジッカが腕を組む。

 彼の言うことも当然だと、シグダードは思った。

 タトキの話を聞き、フィズは、彼が仲間たちとはぐれた場所へ行くべきだと言い出した。確かに、そこへ行けば、タトキたちを襲ったものの手がかりや、もしかしたらトゥルライナーの手がかりも得られるかもしれない。しかし、罠の可能性もある。タトキには、何度か騙されている。今回もそうかも知れない。

 しかしフィズは、彼の仲間を探すべきだと言って聞かない。優しい彼らしいが、バルジッカの「リスクしかない」と言う意見にも頷ける。そもそもシグダードたちは、タトキを救うためにこんなところまで来たのではないし、リスクを冒してまで彼の群れ探しに付き合っていたら、トゥルライナーまで辿り着けない。

 それでも、フィズが引くとも思えなかった。彼は必死の形相で訴えてくる。

「だ、だって……! タトキは群れからはぐれたままなんです! このままじゃ……かわいそうです!」

 しかし、そう主張しているのはフィズだけ。バルジッカとジョルジュは揃って反対し、リリファラッジは黙ったまま。

 バルジッカは、フィズに向き直った。

「なあ、フィズ……お前の気持ちは分かる…………だが俺たちは、その小さいのを助けるために来たんじゃねえし、そいつが嘘をついていないという証拠もないだろ?」
「でも……タトキを一人で行かせるなんて……」
「そいつだって、狐妖狼族だ。一人でなんとかできる」
「でもっ……! タトキは怪我だって治ったばかりなのにっ……!」

 すると、タトキが立ち上がった。

「ボク、もう行く……」
「タトキ!?」

 フィズが止めるが、タトキは既に森の方まで歩き出している。

「ボクは、群れを探す。知っていることは話したし、もういいだろ?」
「……待ってください!! タトキ!!」

 彼を追ったフィズは、その腕を掴んでしまう。やはり彼には、タトキを放っておくことなどできない。
 そう思ったシグダードは、フィズの側に駆け寄った。

「こいつも……連れていこう!」

 すると、バルジッカはかぶりを振ってため息をついてしまう。

「おい……どうした? お前まで……」
「一人だけ放てば、次は仲間を連れてくるかもしれないだろう?」
「そいつの言葉を信じるなら、群れは散り散りで、その上、手負いだ。そいつの言葉を信じないなら、今までの話は全て嘘で、罠だ。どっちであったとしても、連れて行かないほうがいい」
「だがっ……!」
「シグ……どうした……? お前がお前を襲った狼庇うなんて……お前、そんなに情け深い奴だったか? 俺には散々迷惑かけたくせに……惚れた弱みか?」
「ああ。そうだ」

 即答してしまう。しかし、シグダードはもうフィズが悲しむところを見たくなかった。
 バルジッカは困ってしまったのか、それとも苛立っているのか、乱暴に頭をかいて言った。

「……シグ…………トゥルライナーにたどり着くまでに死んだら、フィズだって救えないんだぞ」

 彼の言うことも、もっともだと思う。バルジッカに、余計な苦労をかけていることもわかっていた。しかし、シグダードは引き下がれない。フィズを悲しませたくないし、シグダード自身も、タトキが死ぬと分かっていて、彼をここにおいて行きたくはなかった。

「私がタトキを見ている。おかしなことをすれば、その時は殺せばいい。頼む。バル……」
「私も見ています!! お願いします!!」

 すぐに声を上げたのはフィズ。彼もシグダードの隣に並んで、バルジッカにお願いしますと言って頭を下げる。

 すると今度は、ことの成り行きを見守っていたリリファラッジが口を開いた。

「いいではありませんか。連れて行っても」
「リリファラッジ!? お前まで、何を言い出すんだ!?」

 驚くバルジッカに、リリファラッジはにっこり笑う。

「この森には、トゥルライナー以外の敵もいるようです。そしてそれを知っているのは、今はタトキさんだけ。だったら、それが出た時に、いち早く気づけるかもしれません。何しろ、その得体の知れない敵のことは、タトキさんしか知らないのですから。何かあれば、シグさんが対処する。できなければ、シグさんが自らの首を切る。それでよろしいのでは?」
「もちろんだ」

 即座にうなずいたシグダードを見て、バルジッカはついに頭を抱えてしまう。ジョルジュも、だいぶ困っているようだった。しかし、彼らも、本当は見捨てて行きたくはないはずだ。

 するとバルジッカは、ため息をついて、ついに折れた。

「そいつから目を離すなよ……シグ……」
「ああ……ありがとう」
「……俺はお前のこと見ておくから、怪我なんかするんじゃねーぞ」
「分かっている。相手はチビの狼だ。お前が心配するようなことはない」
「その慢心が危ないんだよ! お前は!」







 全員で出発することが決まり、日も高くなってきて、シグダード一行は、タトキが仲間とはぐれたあたりを目指して歩き出した。

「で、あなたは逃げてきたと……」

 タトキの話を聞いたリリファラッジは、身も蓋もなく、ただの、それでいて残酷な事実を、あっさりと口に出した。

 群れが襲われた時、何もできずに逃げてきた話をしたばかりのタトキは、俯いて泣きそうな顔をしている。

「だって……仕方ないだろっ! あんなの、ボクらになんとかできるようなもんじゃないんだっ……!!」

 まだ怯えた様子のタトキに、フィズがそっと語りかける。

「落ち着いてください。あなたたちの群れを襲ったのは、全部、水の塊のようなものだったんですか?」

 すると、タトキは震えながらも、こくんと頷いた。

「し、信じられないかもしれないけど、本当なんだっ……水の玉みたいなのが襲ってきて…………どれだけ殴っても、どれだけ切っても、粉々に割れて暴れてた! みんなそれにぶつかったら悲鳴をあげて倒れちゃうんだ!!」
「……タトキ……」

 怯えるタトキを慰めるように、フィズは彼の背中を撫でていた。

 シグダードは、その間ずっと、タトキに妙な動きがないか見張っていた。
 シグダードのそばには、タトキに怯えた目をやるリューヌがいる。彼やフィズに爪を向けるのではないかと思ったが、タトキは本当にただ怯えているだけのようだった。尻尾を垂れて身を小さくしているその様は痛々しいほどだ。

「……それで、お前が襲われたのは、本当にこっちの方か?」
「……お前、一緒にいたあの雷の魔法の奴はどこに……っ!」

 言いかけたタトキの口を、シグダードは慌てて手で塞いだ。余計なことを言われては困る。

 最後尾を歩くイウィールたち二人の目を気にしながら、シグダードはタトキに耳打ちした。

「お前たちを背後から撃った魔法使いのことなら、いずれ教えてやる。今そのことを話すと、後ろにいる兵士どもが、貴様を城に連れていくかもしれない」
「な、なんでだよ!?」
「あいつらは、その雷の魔法を使う魔法使いの情報が、喉から手が出るほど欲しいんだ。それも、世間に知られる前に。加えて、あの魔法使いが生きていることがバレない方がいい。下手にあいつのことを話せば、貴様は城に連れて行かれ、拷問の末、殺される」
「……お前があいつの居場所をボクに教えればいい」
「私も知らない。あいつは裏切った私に腹を立て、私をはめて逃げていった」
「……呆れるね……お前たち。なんて醜いんだ」
「今はそれは言うな。お前の仲間は探してやる。代わりに、私の正体と、私が水の魔法を使うことは話すな」
「……」

 タトキは、じーっとシグダードの目を見ていた。その顔は、とてもシグダードを信じているようには見えない。むしろ、ひどく警戒しているようだった。

 けれどそれでも、しばらくしてタトキは、シグダードから顔をそむけ「群れを探してくれたら、そのくらいの約束、守ってあげる」と呟く。彼自身、打つ手がない中で、藁をも掴みたい気持ちなのだろう。こちらのことは餌としてしか見ていないが、彼らは仲間だけはひどく大切にしているようだ。

 しばらく行くと、先頭を歩いていたジョルジュが言った。

「もうすぐ、ヒッシュの領に入る……警戒しておけ」
「ああ……おいっ! 誰か倒れているぞ!!」

 シグダードは草むらの影に、人の足のようなものを見つけ、駆け寄ろうした。しかし、それをすかさずバルジッカが止める。
 同じく駆け出そうとしたフィズをジョルジュが止めて、ジョルジュは、シグダードたちに振り向いた。

「ここにいろ……俺とバルで見てくる」

 ジョルジュとバルジッカは二人で連れ立って、そっちの方に歩いていく。

 けれど、タトキは待っていられないようで、彼らの横をすり抜け、倒れている人影の方に走って行った。

「近寄るな!! ボクの仲間だ!!」

 彼は倒れた人影に駆け寄っていく。ジョルジュとバルジッカは、そのあとを警戒しながら追って行った。
 シグダードも、リューヌにフィズたちといろと告げて、そっちの方に走る。

 バルジッカが枝葉を広げた低木を切り倒し、倒れている人の姿が見えた。それは、タトキと同じ狼の耳と、四つの狐の尻尾がある、黒髪の男性だった。
 シグダードは、その男に見覚えがあった。森の中で彼らの群れにあったときに、酒を酌み交わした狐妖狼族の男、アズマだ。

 タトキは、必死に彼を起こそうと揺り動かしている。

「起きてっ……!! ねえ、しっかりして!! アズマっっ!!」

 けれどもアズマは、硬く目を閉じて、どれだけタトキに呼ばれても、目を開けようとしない。

「アズマっ……! アズマっっ……!! ねえっ……! アズマあぁ…………ぼ、ボクをひとりにしないで……」

 泣いているタトキのそばで、バルジッカが彼の首や心臓がある辺りに触れて、生死を確認している。その間ジョルジュは、あたりを警戒していた。アズマを襲ったものが、まだ近くにいるかもしれない。

 アズマは硬く目を閉じたまま動かず、そして外傷なども特にないようだった。ただ、目だけを硬く閉じて、どれだけ呼びかけても起きない。

 その様子を見ていたフィズが、シグダードの服の裾を引っ張り、遠慮がちに口を開いた。

「あ、あの……シグ……」
「どうした?」
「…………な、なんだか、似ていませんか?」
「似てる? 何にだ?」
「その……」

 フィズは、周りを気にして、シグダードに近づくと、そっと耳打ちしてくる。

「あの……キラフィリュイザに毒が撒かれた時に……」
「……っ!」

 シグダードは、ハッとした。確かに彼の言うとおりだ。

 そう思ったシグダードは、自らもアズマの胸に触れた。心臓の音が聞こえる。生きてはいる。けれど彼は目を覚さない。

「おい…………バル……この男は、生きているのか?」

 バルジッカはうなずいた。

「ああ……確かに、生きてはいる。だが……目を覚ましそうにないな……」
「……」

 黙り込んでしまうシグダードに、フィズは難しい顔で言う。

「シグ……やはり、これは……」
「……これだけでは、なんとも言えない。少し、周りを見て回ろう。もしかしたら、何か分かるかもしれない」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したら、王太子に即ハメされまして……

ラフレシア
BL
 王太子に即ハメされまして……

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

伴侶設定(♂×♂)は無理なので別れてくれますか?

月歌(ツキウタ)
BL
歩道を歩いていた幼馴染の俺たちの前に、トラックが突っ込んできた。二人とも即死したはずが、目覚めれば俺たちは馴染みあるゲーム世界のアバターに転生していた。ゲーム世界では、伴侶(♂×♂)として活動していたが、現実には流石に無理なので俺たちは別れた方が良くない? 男性妊娠ありの世界

巨根騎士に溺愛されて……

ラフレシア
BL
 巨根騎士に溺愛されて……

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...