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chap11.深く暗く賑やかな森
192.見つからない何か
しおりを挟む夜が明け、そろそろ出発しようという時間になっても、一行はなかなかそこから動けなかった。タトキの処遇について、意見が分かれてしまったのだ。
「俺は反対だ。リスクを考えろ」
そう言って、バルジッカが腕を組む。
彼の言うことも当然だと、シグダードは思った。
タトキの話を聞き、フィズは、彼が仲間たちとはぐれた場所へ行くべきだと言い出した。確かに、そこへ行けば、タトキたちを襲ったものの手がかりや、もしかしたらトゥルライナーの手がかりも得られるかもしれない。しかし、罠の可能性もある。タトキには、何度か騙されている。今回もそうかも知れない。
しかしフィズは、彼の仲間を探すべきだと言って聞かない。優しい彼らしいが、バルジッカの「リスクしかない」と言う意見にも頷ける。そもそもシグダードたちは、タトキを救うためにこんなところまで来たのではないし、リスクを冒してまで彼の群れ探しに付き合っていたら、トゥルライナーまで辿り着けない。
それでも、フィズが引くとも思えなかった。彼は必死の形相で訴えてくる。
「だ、だって……! タトキは群れからはぐれたままなんです! このままじゃ……かわいそうです!」
しかし、そう主張しているのはフィズだけ。バルジッカとジョルジュは揃って反対し、リリファラッジは黙ったまま。
バルジッカは、フィズに向き直った。
「なあ、フィズ……お前の気持ちは分かる…………だが俺たちは、その小さいのを助けるために来たんじゃねえし、そいつが嘘をついていないという証拠もないだろ?」
「でも……タトキを一人で行かせるなんて……」
「そいつだって、狐妖狼族だ。一人でなんとかできる」
「でもっ……! タトキは怪我だって治ったばかりなのにっ……!」
すると、タトキが立ち上がった。
「ボク、もう行く……」
「タトキ!?」
フィズが止めるが、タトキは既に森の方まで歩き出している。
「ボクは、群れを探す。知っていることは話したし、もういいだろ?」
「……待ってください!! タトキ!!」
彼を追ったフィズは、その腕を掴んでしまう。やはり彼には、タトキを放っておくことなどできない。
そう思ったシグダードは、フィズの側に駆け寄った。
「こいつも……連れていこう!」
すると、バルジッカはかぶりを振ってため息をついてしまう。
「おい……どうした? お前まで……」
「一人だけ放てば、次は仲間を連れてくるかもしれないだろう?」
「そいつの言葉を信じるなら、群れは散り散りで、その上、手負いだ。そいつの言葉を信じないなら、今までの話は全て嘘で、罠だ。どっちであったとしても、連れて行かないほうがいい」
「だがっ……!」
「シグ……どうした……? お前がお前を襲った狼庇うなんて……お前、そんなに情け深い奴だったか? 俺には散々迷惑かけたくせに……惚れた弱みか?」
「ああ。そうだ」
即答してしまう。しかし、シグダードはもうフィズが悲しむところを見たくなかった。
バルジッカは困ってしまったのか、それとも苛立っているのか、乱暴に頭をかいて言った。
「……シグ…………トゥルライナーにたどり着くまでに死んだら、フィズだって救えないんだぞ」
彼の言うことも、もっともだと思う。バルジッカに、余計な苦労をかけていることもわかっていた。しかし、シグダードは引き下がれない。フィズを悲しませたくないし、シグダード自身も、タトキが死ぬと分かっていて、彼をここにおいて行きたくはなかった。
「私がタトキを見ている。おかしなことをすれば、その時は殺せばいい。頼む。バル……」
「私も見ています!! お願いします!!」
すぐに声を上げたのはフィズ。彼もシグダードの隣に並んで、バルジッカにお願いしますと言って頭を下げる。
すると今度は、ことの成り行きを見守っていたリリファラッジが口を開いた。
「いいではありませんか。連れて行っても」
「リリファラッジ!? お前まで、何を言い出すんだ!?」
驚くバルジッカに、リリファラッジはにっこり笑う。
「この森には、トゥルライナー以外の敵もいるようです。そしてそれを知っているのは、今はタトキさんだけ。だったら、それが出た時に、いち早く気づけるかもしれません。何しろ、その得体の知れない敵のことは、タトキさんしか知らないのですから。何かあれば、シグさんが対処する。できなければ、シグさんが自らの首を切る。それでよろしいのでは?」
「もちろんだ」
即座にうなずいたシグダードを見て、バルジッカはついに頭を抱えてしまう。ジョルジュも、だいぶ困っているようだった。しかし、彼らも、本当は見捨てて行きたくはないはずだ。
するとバルジッカは、ため息をついて、ついに折れた。
「そいつから目を離すなよ……シグ……」
「ああ……ありがとう」
「……俺はお前のこと見ておくから、怪我なんかするんじゃねーぞ」
「分かっている。相手はチビの狼だ。お前が心配するようなことはない」
「その慢心が危ないんだよ! お前は!」
*
全員で出発することが決まり、日も高くなってきて、シグダード一行は、タトキが仲間とはぐれたあたりを目指して歩き出した。
「で、あなたは逃げてきたと……」
タトキの話を聞いたリリファラッジは、身も蓋もなく、ただの、それでいて残酷な事実を、あっさりと口に出した。
群れが襲われた時、何もできずに逃げてきた話をしたばかりのタトキは、俯いて泣きそうな顔をしている。
「だって……仕方ないだろっ! あんなの、ボクらになんとかできるようなもんじゃないんだっ……!!」
まだ怯えた様子のタトキに、フィズがそっと語りかける。
「落ち着いてください。あなたたちの群れを襲ったのは、全部、水の塊のようなものだったんですか?」
すると、タトキは震えながらも、こくんと頷いた。
「し、信じられないかもしれないけど、本当なんだっ……水の玉みたいなのが襲ってきて…………どれだけ殴っても、どれだけ切っても、粉々に割れて暴れてた! みんなそれにぶつかったら悲鳴をあげて倒れちゃうんだ!!」
「……タトキ……」
怯えるタトキを慰めるように、フィズは彼の背中を撫でていた。
シグダードは、その間ずっと、タトキに妙な動きがないか見張っていた。
シグダードのそばには、タトキに怯えた目をやるリューヌがいる。彼やフィズに爪を向けるのではないかと思ったが、タトキは本当にただ怯えているだけのようだった。尻尾を垂れて身を小さくしているその様は痛々しいほどだ。
「……それで、お前が襲われたのは、本当にこっちの方か?」
「……お前、一緒にいたあの雷の魔法の奴はどこに……っ!」
言いかけたタトキの口を、シグダードは慌てて手で塞いだ。余計なことを言われては困る。
最後尾を歩くイウィールたち二人の目を気にしながら、シグダードはタトキに耳打ちした。
「お前たちを背後から撃った魔法使いのことなら、いずれ教えてやる。今そのことを話すと、後ろにいる兵士どもが、貴様を城に連れていくかもしれない」
「な、なんでだよ!?」
「あいつらは、その雷の魔法を使う魔法使いの情報が、喉から手が出るほど欲しいんだ。それも、世間に知られる前に。加えて、あの魔法使いが生きていることがバレない方がいい。下手にあいつのことを話せば、貴様は城に連れて行かれ、拷問の末、殺される」
「……お前があいつの居場所をボクに教えればいい」
「私も知らない。あいつは裏切った私に腹を立て、私をはめて逃げていった」
「……呆れるね……お前たち。なんて醜いんだ」
「今はそれは言うな。お前の仲間は探してやる。代わりに、私の正体と、私が水の魔法を使うことは話すな」
「……」
タトキは、じーっとシグダードの目を見ていた。その顔は、とてもシグダードを信じているようには見えない。むしろ、ひどく警戒しているようだった。
けれどそれでも、しばらくしてタトキは、シグダードから顔をそむけ「群れを探してくれたら、そのくらいの約束、守ってあげる」と呟く。彼自身、打つ手がない中で、藁をも掴みたい気持ちなのだろう。こちらのことは餌としてしか見ていないが、彼らは仲間だけはひどく大切にしているようだ。
しばらく行くと、先頭を歩いていたジョルジュが言った。
「もうすぐ、ヒッシュの領に入る……警戒しておけ」
「ああ……おいっ! 誰か倒れているぞ!!」
シグダードは草むらの影に、人の足のようなものを見つけ、駆け寄ろうした。しかし、それをすかさずバルジッカが止める。
同じく駆け出そうとしたフィズをジョルジュが止めて、ジョルジュは、シグダードたちに振り向いた。
「ここにいろ……俺とバルで見てくる」
ジョルジュとバルジッカは二人で連れ立って、そっちの方に歩いていく。
けれど、タトキは待っていられないようで、彼らの横をすり抜け、倒れている人影の方に走って行った。
「近寄るな!! ボクの仲間だ!!」
彼は倒れた人影に駆け寄っていく。ジョルジュとバルジッカは、そのあとを警戒しながら追って行った。
シグダードも、リューヌにフィズたちといろと告げて、そっちの方に走る。
バルジッカが枝葉を広げた低木を切り倒し、倒れている人の姿が見えた。それは、タトキと同じ狼の耳と、四つの狐の尻尾がある、黒髪の男性だった。
シグダードは、その男に見覚えがあった。森の中で彼らの群れにあったときに、酒を酌み交わした狐妖狼族の男、アズマだ。
タトキは、必死に彼を起こそうと揺り動かしている。
「起きてっ……!! ねえ、しっかりして!! アズマっっ!!」
けれどもアズマは、硬く目を閉じて、どれだけタトキに呼ばれても、目を開けようとしない。
「アズマっ……! アズマっっ……!! ねえっ……! アズマあぁ…………ぼ、ボクをひとりにしないで……」
泣いているタトキのそばで、バルジッカが彼の首や心臓がある辺りに触れて、生死を確認している。その間ジョルジュは、あたりを警戒していた。アズマを襲ったものが、まだ近くにいるかもしれない。
アズマは硬く目を閉じたまま動かず、そして外傷なども特にないようだった。ただ、目だけを硬く閉じて、どれだけ呼びかけても起きない。
その様子を見ていたフィズが、シグダードの服の裾を引っ張り、遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……シグ……」
「どうした?」
「…………な、なんだか、似ていませんか?」
「似てる? 何にだ?」
「その……」
フィズは、周りを気にして、シグダードに近づくと、そっと耳打ちしてくる。
「あの……キラフィリュイザに毒が撒かれた時に……」
「……っ!」
シグダードは、ハッとした。確かに彼の言うとおりだ。
そう思ったシグダードは、自らもアズマの胸に触れた。心臓の音が聞こえる。生きてはいる。けれど彼は目を覚さない。
「おい…………バル……この男は、生きているのか?」
バルジッカはうなずいた。
「ああ……確かに、生きてはいる。だが……目を覚ましそうにないな……」
「……」
黙り込んでしまうシグダードに、フィズは難しい顔で言う。
「シグ……やはり、これは……」
「……これだけでは、なんとも言えない。少し、周りを見て回ろう。もしかしたら、何か分かるかもしれない」
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