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chap11.深く暗く賑やかな森

187.聞き入れられない反論

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 深夜、草木すら眠りにつくような時間に、城の広間の明かりは煌々と灯された。

 強引に広間に集められた面々は、怒りとも何とも言えない表情を浮かべている。チュスラスの横に、着飾ったカルフィキャットがいるのだから、その怒りもひとしおといった様子だ。
 チュスラスがいなければ、身体で取り入る男娼が、と陰口の一つも飛んでいるところだが、チュスラスがいる前で、それを口に出せる者はいない。

 そして、集まった面々の視線に晒され、ヴィフが、真っ青な顔で広間の中央に立っていた。

 その姿を見ると、チュスラスは、ますます苛立った。

 あの男には、チュスラスの大切な塔の増産を言いつけていたはず。あれは、鳥のように姿を変えて標的を探しては飛び回る傑作だったのに、町ではフィズたちをあっさり逃してしまった。その責任は、すべて、増産を言い付けられたヴィフにある。

 チュスラスは、怒りのままに、その男を睨みつけた。

「申し開きを聞こうか?」
「……お、おそれながら、国王陛下…………あ、あの塔の使用をやめていただきたい!!」
「……なに?」
「陛下もご覧になったはずですっ……! あ、あれは……あれは、まだ不完全なのです!! 私はずっと、あ、あれの安全な運用方法を探しておりました。しかし、あれの安全な運用など、不可能です!! あれの暴走は、仕方のなかったことなのです!! 誰が……誰がやっても、あれは必ず失敗します!」
「……そうか……」

 頷きもせずに言ったチュスラスの一言を、同意と受け取ったらしい。ヴィフは、ホッとした表情を見せ、なおも続ける。

「ですから陛下っ……! 今回のあの暴走は、仕方のなかったことでございますっ!! あれは……避けられないことでした! ですから……私にっ……いえ、私の一族に責任は」
「言いたいことは、それだけか?」
「……え?」

 ヴィフが何かを聞き返す間もなく、彼に向かって雷撃が飛ぶ。肩を焼かれ絶叫するヴィフを、チュスラスは睨みつけた。

「何を言い出すかと思えば……あれは、俺が魔力を込めて作り上げたのだぞ。それを……欠陥品だと?」

 するとヴィフは、ガタガタ震えながらチュスラスの前に跪く。

「け、欠陥品などと……滅相もございません。ただ、私は、あの鳥の是非を申し上げているだけで……」
「是非? 貴様にそんなことを言う資格があると思っているのか?」
「え…………で、ですがっ……! 私は確かに、アメジースア様にっ……! あれの安全な運用が不可能なら、陛下に報告するようにと……もしもの時は、あれを使わないよう忠告しろとそう言われておりました!!」

 ヴィフが、その場に集まったアメジースアに振り向く。

 ストーンの甥で、美しい黒い長髪の男は、いつものように、真っ白なドレスのような服を着て、全く何のことか分からないといったふうに首を傾げた。

「私が……? 何をしたと言うのだ?」
「あ、あなた様がっ……私におっしゃったのではありませんか!! あの塔は、使用を止めるべきだとっ……!」
「なんのことだ?」

 冷気すら感じるその声に、ヴィフはついに口を閉じてしまう。言葉一つで人を凍らせるような、そんな冷たさを感じ取ったのか、誰もが口をつぐんでいた。
 唯一、イルジファルアだけは、楽しそうに口の端を歪めていたが。

 アメジースアは、冷たい目でヴィフを見下ろして言った。

「何を言い出すかと思えば……私が? 陛下の塔を不出来な屑と罵ったと? 貴方はそう言うのか?」
「い、いえ……私は決して……」

 戸惑うヴィフに、アメジースアは長いため息をついて、首を横に振った。

「この期に及んで、私に罪をなすりつけようと言うのか? ヴィフ・カウィ……カウィ家の者たちがあの塔を作り替えたことは、本当だったようだな」

 その場にいた誰もが、思いもかけなかったその言葉を聞き、ざわざわと騒ぎ出す。一体どう言うことだと言って、貴族たちがざわめきだす中、ヴィフだけが「何をおっしゃいます!」と異論の声を上げていた。

「私の家が、陛下の塔に手を加えたなどと……! い、言いがかりはやめていただきたいっ!!」
「すでに調べはついている。街で使われたあの塔が、あれだけの力しか発揮できないガラクタだったことが、その証ではありませんか。皆様方も、そう思いませんか?」

 そう言ったアメジースアが振り向くと、幾人かは戸惑い、幾人かは顔を背ける。しかし、異論は出てこない。

 チュスラスだけが、確信を得たように頷いていた。

「確かに。アメジースアの言うとおりだ。私の塔が、あの程度の力しか発揮できないはずがない」

 すると、唯一その意見には反対のヴィフが声を上げる。

「こっ……国王陛下!! あ、あれは、街で寄せ集めの民衆を使い、作り上げているのです! まだ不完全なのは当然ではありませんか!! わ、私は何度も、あれを使うには時期尚早と、そう報告をっ……!」

 言いかけたヴィフは、チュスラスの放った雷撃に飛ばされて、激しく震える。ぐったりと倒れるヴィフに、チュスラスは冷たく言った。

「報告だと? そんなものは聞いたことがない。私の塔が、不良品であるはずがないだろう」

 倒れたヴィフを前に、誰もがその魔法の威力を恐れ、黙り込んでしまう。彼からの報告は確かに届いていたのだが、それをそのままチュスラスに報告できるほど恐れのない伝令係はいなかった。

 しかし、貴族たちの中には、自らの情報網でそれを知っているものがほとんどだった。それでも、誰も声をあげようとはしない。チュスラスの魔法を恐れていたこともあるが、アメジースアの目が光っていたからだ。

 チュスラスの賛同を得たアメジースアは、饒舌に語り出した。

「国王陛下、私めは以前よりおかしいと思っておりました。ヴィフに任せていた塔は、いつまで経っても不良品で、完成しそうにない。そして彼は、あの秀逸な兵器を使うなとまで言い出した。不自然な言動には、何か裏があるのではないのかと、そう考えたとおりでした。陛下、これをご覧ください」

 アメジースアが手を叩くと、一人の兵士が小さな鳥籠を持って入ってくる。その中にいるガラスでできたような鳥はぐったりしていて、羽がなかった。しかしそれは、チュスラスの前にくるなり暴れ出し、小さな雷撃を放つ。それが貴族たちの方にまでとんできて、誰もが戦き、声を上げる。あればなんだと。

 暴れる鳥を、チュスラスの雷撃が打って、それはやっと大人しくなった。

「何だその見るに耐えない下手物は!!」

 怒鳴りつけるチュスラスに、アメジースアはニヤリと笑って言った。

「これは、カウィ家の領地で作られていたものです」
「嘘だ!! そんなものは見たことがない!!」

 喚くのはヴィフだけ。その場にいた誰もが、鳥籠の中の鳥の残骸に注目していた。

 アメジースアは、さらに続ける。

「これは、その者の父の屋敷で作られていたもの。すでに陛下が作られていた物とは別物で、先ほどのように、陛下にすら雷撃を向ける。カウィ家は、恐れ多くも国王陛下より頂いた魔力を、自らの兵器に利用しております。これがその証拠ではありませんか!」

 広間の誰もがざわついていた。ヴィフの否定の言葉を支持する声は全くない。誰もが、鳥に怒りの目を向けている。
 とりわけ、自らの力を横取りされたと思ったチュスラスの怒りは、顔を真っ赤に染め上げるほどだった。

「貴様……よくも…………私の魔力を……」

 ヴィフは、反論しようとしたのか口を開くが、その喉からは、声が出ないようだ。何しろ、人を一撃で死に追いやる魔法を唯一使える王が、怒りの形相を浮かべて自分を睨んでいるのだから。

 チュスラスが怒りのままに振るう雷撃が、ヴィフの目の前に落ちる。それだけではなく、怒りで制御すらできなくなった雷撃は広間中に飛び散っていく。

 その場に集まった面々は、悲鳴を上げて逃げ出し、その隙に、ヴィフはガクガク震える足を何とかおさえて、王に背を向け逃げ出した。

「逃げるなっ!! 捕らえろ!! それをっっ!! 反逆者だっっ!!」

 喚くチュスラスに従い、外に控えていた兵士たちがヴィフを追っていく。その間も、ヴィフを追う雷撃が飛んで、ヴィフの体を何度かかすめていく。
 しかし、それがヴィフを追おうとする兵士にまで当たるから、追跡の足はなかなかヴィフにまで届かないようだ。
 ヴィフの後ろ姿が見えなくなり、チュスラスはますます声を荒らげた。

「あの者を捕らえろ!!!! 逃したやつはあれと同じく反逆だ! 私自ら粛清してやる!!」

 喚くチュスラスは、カルフィキャットを連れ、広間を出ていく。誰もが、乱暴な王が下がって安心する中、唯一、その雷撃が飛ぶ中、微動だにしなかったアメジースアが、その後を追って行った。

「国王陛下!!」
「なんだっっ!? まだ何かあるのか!!??」

 喚くチュスラスに、アメジースアは深々と頭を下げる。

「国王陛下……カウィ家が汚した陛下の塔をどうなさるおつもりです?」
「あんなものは私の塔じゃない!! すべてカウィ家の連中と共に焼き払ってくれる!! カウィ家を連れてこい!! 一族全員、火刑に処してくれる!」
「カウィ家のことは、私にお任せください。すでに兵をやり、全て捕らえております」
「……なんだと?」

 初めて、チュスラスはアメジースアに振りむいた。

「陛下のあの美しい傑作を汚すなど、国に対する冒涜に他なりません。火刑などでは生ぬるいほどの罪でございます。しかし、あの塔を汚されたまま焼いてしまうのは、あまりに惜しい。国にとって、大きな損失でございます。私は、国王陛下の作られた塔が、いつのまにか無様なものに置き換わっていることに気づき、密かに調べていたのでございます。そしたら、案の定……カウィ家があのような不敬を……」
「……それであんなものを持っていたのか……だが、では、貴様はそれをどうしようと言うのだ?」
「どうか私に、あの塔を作る作業所の監督を任せていただけないでしょうか? 陛下のお作りになったあの塔を、見事完成させてご覧にいれましょう」
「お前が? できるのか?」
「はい。恐れながら、あの塔に魅せられた私めにお任せください」
「……貴様は、ストーンの甥だったな?」
「はい」
「私が何も知らないとでも思ったか? 貴様らは私のことをお飾りだと蔑んでいるだろう!」
「それは叔父だけでございます。私は、陛下のお力を心より尊敬しております。叔父が欲しいのは、権力だけです。私はそんな叔父には、もう賛同できません。陛下こそが、魔法の血を引く唯一の魔法使いだというのに、それを口汚く罵るなど、我が叔父ながら、嫌気がさしておりました」
「……」
「この城には、畏敬を知らない愚か者が多すぎます。特に、陛下の強大な力を利用しようとする姦臣などが、我が物顔でのさばって……嘆かわしいことでございます」

 アメジースアは、チラリとカルフィキャットに目をやるが、カルフィキャットは平然としている。

 チュスラスは、アメジースアを睨みつけて言った。

「分かった。お前があれに変わって、塔を完成させろ。一週間だ。それで完成しなければ、貴様も断じる」
「光栄でございます……国王陛下……」
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