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chap10.騒がしい朝

183.手放せなくなったもの

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 フィズは、シグダードの背中にしがみついた。そうしていると、彼のところに帰ってこれたのだと実感できた。

 シグダードは馬を操り、フィズを大通りから遠ざけて行く。その背中は、最後にフィズが彼と別れた時と変わらない。

 通りを抜けた馬は、そのまま町外れに向かって行く。
 けれど、あの鳥はまだ、フィズたちを探して空を飛んでいたようだ。こちらに向かって、雷撃を放ってくる。それがフィズたちに当たることはなかったが、馬の目の前に落ちた。それに驚いた馬は、足を止め大きく嘶き暴れ出す。

 フィズは、シグダードと共に振り落とされてしまった。

 馬は逃げていき、通りに放り出されたシグダードは、フィズの手を引いて、細い路地に入って行く。

 この辺りは空き家や、それに勝手に住み着いた者たちの住処が並ぶあたりだ。細い通りには雑草が生え、ゴミが捨てられていた。昼でも、路上強盗が出るような場所だ。

 誰もがすでに逃げたのか、人通りは全くない。

 シグダードは、細い路地に入っていく。フィズと別れている間、この辺りの地理にも詳しくなったのか、彼が走って行く様子には迷いがない。

 細い路地を幾つか曲がって、雑草だらけの公園を抜けると、川が見えてきた。その川沿いに走ると、ボロボロの馬小屋が見えてくる。その扉を開けて、シグダードを手招く男がいた。フィズも、彼の顔を知っている。常にシグダードに付き従い、彼を助けていたバルジッカだ。

「シグっ……! 何やってんだ急げ!! 鳥が来るぞ!!」

 シグダードは、フィズの手を引いてバルジッカが手招く小屋に入って行く。

 そこは、昔は馬小屋だったのだろう。中は荒れ果て、すでに使われなくなって長いようだ。それでも、馬が二頭いた。シグダードが用意したものだろう。

 そして、崩れかけた小屋の中で、心配そうに窓を覗いていた小柄な男が、シグダードに駆け寄ってくる。

「シグっ……! ご、ご無事ですかっ……は、白竜はっ……」
「リューヌ……待たせたなっ!! 急ぐぞ。すぐにこの街を離れる!」

 シグダードは、フィズに振り向いた。

「フィズ! 馬に乗れっ! チュスラスが追ってくる前にここを離れる!!」
「え……え? ま、待ってください!! こ、この街を離れるって、どういうことですか!?」
「逃げるんだ! この街から!」
「待ってください!! ダメです!! そんなことをすれば、白竜たちが街を襲ってしまいます!!」
「知ったことか!! 放っておけ!! そんなもの!! お前を死刑にしようとした町だ!! 戻ればお前が殺される!! 捨てて逃げるんだ!!」
「で、でも……あの城には、私を助けてくれた人もいて……見殺しにはできません!」
「そんなものは、チュスラスかヴィザルーマに任せておけばいい! もともとあいつらの街だろう!」
「だめです!! ラッジさんが言ってました! チュスラスのような臆病者は、多数の死傷者が出て竜たちが弱りきるまで出て来ないって……ヴィザルーマ様だって!! 庶民の命より自分が城に返り咲くことの方が大事だって! チュスラスと同じ手を取りながら、いかにも救世主然として現れるに決まってるって…………わ、私もそう思います。少し前にも、中庭で同じことが起こったんです!! 私が逃げれば、あの惨事と同じことが起こります! 私が今逃げれば、白竜たちが暴れて手がつけられなくなるんです! ラッジさんともはぐれたままで……ラッジさんを探さなきゃ……彼を置いて行くことはできません!! 一人でなんて……行けません!!」
「こんな時に何を言っているんだっ……! 今しかないんだ!! それがわからないのか!! この町がそれで滅びたとしても、それはクソしかいなかったからだ! そんなこと知ったことか!! グラスの人間など、何人死のうがどうでもっ………………」

 言いかけたところで、シグダードは、言葉を切った。フィズと別れた時の彼なら、即座にどうでもいいと切り捨てていただろうに。彼も迷っているのだろう。

 そしてフィズも、何を言われても今ここから逃げることなどできない。

 迎えに来てくれたシグダードには、感謝している。彼が無事でいてくれて、こうして、手を取って逃げようと言ってくれることも嬉しい。
 けれど今一人で逃げれば、白竜たちを置いて行くことになる。
 トゥルライナーと戦えば、魔法使いが出てくる、そう言って白竜たちを小屋から出したのに、街中に放置されたら、怒った彼らが、中庭と同じことをしてしまうかもしれない。

 なにより、フィズを守ってくれたジョルジュや、自らの身が危うくなることを顧みず、ずっとフィズを庇ってくれたリリファラッジを置いて、一人で街を出るなんて、できるはずもない。

 引かないフィズを前に、シグダードは、苛立った様子で頭をかいた。

「くそっ……! お前の強情なところは変わらないな!」
「シグ……」

 その時、ただでさえ壊れかけの小屋の扉が、大きな音を立てて開いた。よほど力を入れて開いたのか、扉は蝶番のところが外れてしまう。
 飛び込んできた男は、城下町で会ったジャックだった。

「どこに行っていた!? 勝手に先に行くんじゃねえ!!」

 シグダードを怒鳴りつけてから、ジャックは壊れたドアの外に振り向き、小屋に向かって走ってくる男たちを、何度も手招いた。

「こっちだっ……!! 急げっ!!」

 すると川辺の方から一人の小柄な男が、リリファラッジとジョルジュを連れ、飛び込んでくる。

 シグダードは、小柄な男をジェットと呼んで、その無事を確かめていた。

「ジェット……無事かっ……!!」
「無事じゃないよ!! 街のあちこちで白竜や鳥が暴れているんだっ!! 怖かったぁ……リリファたち、連れてきたよっ……!」

 飛び込んできたリリファラッジは、街の中をフィズを探して走り回ったらしく、小屋に入るなりフィズを怒鳴りつける。

「フィズ様っ……! やっと見つけましたよ!! 羽衣を返してくださいっ!! 使えもしないくせに持って行って!!」

 彼はフィズを怒鳴りつけ、羽衣を剥ぎ取ってしまう。相当腹を立てているようだが、フィズは彼が無事だったことにホッとした。

「すみません……ラッジさん。無事でよかった……」
「……全くあなたは……もういいです。すぐに逃げましょう」

 彼と一緒に走ってきたジョルジュも、額から流れる汗を拭い、肩で息をしながらも、ホッとしたように言った。

「フィズっ……! 怪我はねえか? とにかく、この街を出るぞ! 町中を鳥が飛んでる。白竜どもまで走り回って……今はまだ、白竜どもがあの鳥たちを相手にしているが、鳥を狩り尽くしたら、今度は俺たちが殺される!」
「ジョルジュさんっ…………す、すみませんでしたっ……は、白竜は……ダラックさんは?」
「分からない。リアンが迎えに行ってる。だが、この場所が分かるかどうか…………迎えに行ってくる!」
「ええっ!? あ、危ないですよ!」

 止めるフィズを振り払い、ジョルジュは小屋を飛び出していく。

「俺が迎えにいく!! あの竜どもに好きにさせてたまるか!」
「待ってください! 一人ではっ……!」

 叫ぶフィズの横を走って、バルジッカまで小屋から出て行ってしまう。

「俺も行ってくる! この町は見捨てらんねえ!」

 すると今度は、シグダードが彼に向かって叫んだ。

「待て! バル!! お前は私の近衛だろう!!」
「もう罷免だ!! この街には俺の女がいるんだよ!!」

 そう叫んで、バルジッカはジョルジュを追って行ってしまう。

 彼まで飛び出していき、シグダードは舌打ちをした。

「くそっ……あいつ……! 美人局にあっておきながら懲りない奴めっ……!!」

 苛立ちながら、シグダードは馬に近づいていく。

「フィズ、あいつらが戻ったらすぐに出発するっ! リリファラッジ、貴様は羽衣で飛べるか?」
「ええ……もちろんです。それにしてもシグさん、いつの間にかお友達ができたようですが」
「友達じゃないっ!! 全員私の人柄に惚れた従者だ!!」

 この一言には、さすがにその場にいたジェットとジャックが否定の声を上げる。上げなかったのは、シグダードのそばで自信なさげにこっちを見ているリューヌだけだ。

 ジャックは、シグダードを怒鳴りつけた。

「誰がお前になんか惚れるか!! 俺はフィズとリリファのために渋々来たんだよ!! 街で白竜だの雷飛ばす鳥だのに暴れられたらたまんねえからな!」

 そして、ジェットの方は「僕はシグに、協力しないと新聞タダで読ませたことを雇い主に告げ口するって言われて……シグが僕のカゴからくすねたのに……」と恨めしそうにシグダードを睨んでいた。

 不満そうに言う男たちを見て、フィズは肩を落とす。どうやらシグダードは相変わらずのようだ。
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