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chap10.騒がしい朝
176.可愛い反応
しおりを挟むフィズたちの部屋から出たチュスラスは、上機嫌だった。
彼らの反逆を知った時は驚いた。もちろん、シグダードのことは、チュスラスの魔法が貫き、殺しているので、生きているはずはない。しかし、こそこそとその残党たちと共に、反逆の計画を立てていたようだ。
邪魔なフィズと共に、あの子生意気な踊り子を大衆の面前に引きずり出し、嬲り殺しにできる。今日はいい朝だと思った。
部屋を出た先の廊下に、一人の男が立っている。カルフィキャットだ。彼は、薄い生地の艶かしい服を着て、チュスラスの前に跪く。
可愛いものだ。初めてその体を愛してやった時は、もがきながら泣いていたが、昨日はしなだれるようにして、チュスラスに奉仕していた。やっと傅く気になったらしい。ヴィザルーマを呼んで、あれが本当の王だと喚いていた頃とは、別人のようだ。
「カルフィキャット……」
その名を呼んで、手を差し出すと、カルフィキャットは跪いて、チュスラスの手に口付ける。こうして、大人しく仕えるつもりなら、これからも慈悲をくれてやってもいい、そう思った。
昨日の晩、フィズたちが、小瓶の水を使って反逆を企てていることを、こと細かにチュスラスに報告したのも彼だ。
彼は泣きながら、恐れ多くもチュスラスの邪魔をする極悪人が、この城でのうのうと寝ているのかと思うと、悔しくてたまらないと訴えていた。
跪き、従順な姿を見せる男に、我慢ができなくなり、その腕を掴んで、乱暴に立ち上がらせる。
「いい子だ……これからフィズたちを処刑する。お前も来い」
「…………はい…………国王陛下…………」
満面の笑顔で言うカルフィキャットに、チュスラスはますます気をよくする。
可愛い、従順な笑顔だと思った。他意など、まるで感じ取ることはできなかった。
チュスラスは、人目もはばからずキスをして、カルフィキャットを連れ歩き出した。
*
「フィーズっ様!! 何をそんなに暗ーい顔をしているのです?」
リリファラッジに聞かれて、フィズはもう、泣き出しそうだった。
フィズたちに命じられたのは、白竜たちと心を交わし、トゥルライナーを討伐することだ。
しかし白竜たちには、仲良くするつもりなどまるでない。自身より強いものと戦えることを楽しみにしているようだが、ここにはそんなものはいないし、もう随分と彼らの怒りも溜まっているだろう。
のこのこ白竜たちの小屋へ行ったところで、以前のように嬲られるのが落ちだ。
忠義を示せなどと、寝言のようなことを言われたが、そもそも、忠義を示したい相手ではない。あんなもののために命をかけるなんて。
それでも、逆らうこともできずに、フィズとリリファラッジは、白竜の小屋までの道のりを歩いていた。
とぼとぼと処刑場に向かう二人を、城の中から、早朝に叩き起こされた面々が見下ろしている。誰もが、怯えたような顔をしていた。
皆、恐れているのだ。怒り出した白竜たちが襲ってくることと、その白竜たちを抑えるために、またチュスラスがめちゃくちゃに雷の魔法を振るうことを。
中庭で白竜が起こした惨劇は、誰の記憶にも新しい。
チャスラスを除いて、もう誰も白竜を手懐けられるとは思っていない。
フィズやリリファラッジが行って、白竜たちを怒らせれば、またあの時と同じことが起こるはずだと、誰もが恐れている。
こうして二人を見下ろしていたい者など、本当はいないのだろう。誰もが部屋の奥で震えていたいはずだ。しかし、こないやつは反逆と見なすと言われては、出てこざるを得ない。
自分のところに火の粉がかかる前に早く白竜を連れて出て行け、そんな視線を受けながら、フィズとリリファラッジは、一人の兵士に追い立てられるように、白竜の小屋を目指していた。
中には、あの二人のせいで朝から恐ろしい目に遭わされているという者もいて、フィズは、恐怖と敵意、怒りが入り混じった視線の中、まるで針の雨の中を歩くような心地だった。
だというのに、リリファラッジの方はあっけらかんとして、足取りも軽く、まるで今からピクニックにでも行くかのような様子だ。
そんなリリファラッジの方がどうかしていると、フィズは思った。
「ラッジさん、なんでそんなに元気なんですか? だって、このままじゃ、私たち……」
「物は考えようです。こんな狭いところに押し込められて、私は嫌気がさしていたんです!」
「で、でも……外に出れるかも分からないじゃないですか……だって、白竜と協力しなきゃならないんですよ?? 普通に考えたら、死刑同然です……」
「当然です。チュスラスは、私たちを殺したいようですから。白竜かトゥルライナーに殺されてくれれば、私の処刑に反対する者に対しても言い訳ができる。そんな魂胆でしょう。しかし……妙です」
「妙すぎます!! こんな言いがかりで私たち、死刑なんですから!!」
「そこではありません。今更チュスラスがこんなことを言い出したことが妙なんです。ストーン様の留守を狙ったのかもしれませんが、あの骸骨ジジイの入れ知恵にしては、根回しもできていないようですし、ちょっと強引です。骸骨の命令でないとすれば、あのアホな王の独断でしょうか」
「ラッジさん! そんなことこそ、今はどうでもいいんです!! このままだと死んじゃうんですよ!!」
「喚かないでください。喚いたところで助かりません」
「それは分かってますけど……ど、どうするんですか?」
「白竜のところに行くしかないでしょう?」
「そ、そんな……殺されちゃいます!!」
もう、白竜の小屋が見えてきている。その前に、誰かが立っていた。ジョルジュだ。
「おやまあ、ジョルジュ様。何をされているのです? 私たちが死ぬところでも見にきましたか? なんて趣味が悪いんでしょう。フィズ様、あんな男は墓の下から唾でも吐きかけちゃいましょう」
いつものリリファラッジの軽口にも、ジョルジュは何も言い返してこない。
それどころか、その場に手をついて頭を下げた。
「すまんっ……! リリファラッジ、フィズ!! 全て俺の責任だ!!」
もう泣き出しそうな勢いで、ジョルジュが突然そんなことを言い出したものだから、フィズは驚いた。
「ど、どういうことですか?」
「……俺が話したんだ……イルジファルアに……」
「話す? な、何を…」
「お前たちの会話……聞いてたんだ。俺……し、シグがっ……シグダードが……生きてるって……!」
「そんなっ!!」
驚いた。まさか、シグダードの生存がばれていたなんて。けれど、リリファラッジの方は、ため息をついただけだった。
頭を下げるジョルジュに、リリファラッジはため息をついて「そんなことだろうと思っていました」と呟く。
フィズは驚いた。ジョルジュがシグダードのことを知っていたなんて、まるで気づかなかったのに。
ジョルジュも、ひどく驚いたようだった。
「な、なんだと!? お前、まさか知っていたのか?」
「いいえ。全く」
「全く!?」
「はい。全く知りませんでした。けれど、多分いつかはこうなるだろうと思っていました。フィズ様はフィズ様ですし、いつかは露呈するのだろうと。そもそも、シグダードとリーイックが死んだなんて与太話、チュスラス本人が喚いているだけです。でなければ、街中をあんなに兵士が歩いたりしません。とは言え、城の貴族たちは、他所者の大貴族に胡麻をするので忙しく、肝心の王であるチュスラスは、白竜騒ぎで兵士たちもろともなぎ払うような男です。そんな方々に言われたところで、だーれも真面目にどこにいるかも分からないような男を探したりしません。それがシグさんたちにとって幸運だっただけです」
「だ、だが……何か策があるのか?」
「いいえ。まるでありません。白竜たちの前に行くしかないでしょう」
「そんなっ……」
「だって、他に手はないでしょう? それより、あなたはこんなところで何をしているのです? あの方みたいに、木の影に隠れていないと、巻き添えを食って殺されちゃいますよ?」
リリファラッジが、自分達をここまで連れてきた兵士を指差す。彼は、白竜たちが恐ろしいのか、少し離れた木の影で震えていた。彼のように逃げていないと、食い殺されるかもしれない。
しかし、ジョルジュは首を横に振って答えた。
「俺も行くっ……お前たちが白竜たちを手懐けるところを確認するように言われているんだ。俺も……お前たちと共に戦う!」
「寝言ですね。戦う? みんなで死ぬだけです。そんな戯言をほざいているから、あんな骸骨ジジイに絡まれるんです」
「…………すまん……」
リリファラッジにはっきり言われ、小さな声で項垂れるジョルジュを見ていたら、フィズは可哀想になってきた。
「ラッジさん……あんまり責めないであげてください。ジョルジュさんだって、仕方なかったんです」
「ふん。その仕方ないとやらでこれから白竜たちの小屋に入る私たちのことも、考えて欲しいものです!」
冷たく言って、一人、リリファラッジは小屋の前でフィズたちに振り向く。
小屋に入ろうとするリリファラッジを、フィズは慌てて止めた。
「ラッジさん!! 待ってくださいっ……! 無防備に中に入ったりしたら、殺されてしまいます!! 白竜たちは、みんな怒っています!」
ジョルジュも、同じようにリリファラッジを止める。
「待てっ!! リリファラッジ!! 俺が先に行く!!」
「……ジョルジュ様、さっきのは嘘です」
「なに!?」
「私には、策があります。ですから、そこをどいていただけませんか?」
「し、しかし……」
頷かないジョルジュを押し退け、扉の前で、リリファラッジはフィズたちに振り向いた。
「いいですか? 何かあっても、絶対に扉を開けてはなりません。分かりましたか?」
「で、でもっ……! ラッジさん!!」
なおも伸ばしたフィズの手を、リリファラッジは振り払う。
「フィズ様は、ここにいてください。シグさんは貴方を……待っているんですから」
「ラッジさんっ!! 待ってください!!」
「いいですか? 決して扉を開けないでください。扉を叩いたりしてもいけません。フィズ様がそんなことをしてしまうと、私の策が台無しになってしまいます」
「で、でも……ラッジさんっ……!」
どこか寂しそうな顔のリリファラッジを、フィズは捕まえようとした。しかし、リリファラッジはフィズを小屋の外に突き飛ばして、扉を閉めてしまった。
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