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chap7.差し出す手

134.離れ離れの幾つもの点

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 フィズが全てを話し終えると、リリファラッジは腕を組んで頷いた。

「なるほど……では、ヴィザルーマ様は生きておられて、あなた方とともにグラスに入られたのですね?」
「はい……計画が失敗して、はぐれてしまいましたが……」
「はぐれてません。あなた方が切り捨てられただけです。私は、城に侵入したのは、あなた、キラフィリュイザ王、リーイック様、ルイの四人としか聞いていません。ベジャッズ様までいたとは初耳です。しかし、ヴィザルーマ様が、計画が失敗することを見越していたのなら、あなた方とともに城に入ったベジャッズ様の逃げ道は確保していたのでしょう。ヴィザルーマ様の目的も、ルイや解毒薬とは思えません」
「そんなことありません! ヴィザルーマ様はキラフィリュイザの城の惨状を嘆いて……」
「フィズ様の意見は聞きません。で、ちなみに、その時計とやらは今、どこにあるのです?」
「え?」
「毒を撒くために使われた時計です。今、どこにあるんですか?」
「え……さ、さあ?」
「……知らないんですか?」
「えーっと……多分、ルイが持ってるんじゃないかと……」
「分からないなら、さっさとシグさんに聞くっ!」
「は、はい!!」

 フィズはリリファラッジの迫力に押され、慌てて、首から下げていた瓶を握り、蓋を開けてシグダードを呼んだ。

「シグ……シグ……そこにいますか?」
『ん……フィズか?』
「はい……急に連絡してすみません。あの……時計がどこへ行ったか、ご存知ですか?」
『時計? なんのことだ?』
「その……毒を撒くのに使われた時計です。今、どこにあるんですか?』
『ああ、あれか。知らん』

 シグダードがはっきり言うのを聞いて、リリファラッジは頭を抱えた。

「……なぜご存知ないのです?」
『そんなものに興味はない。私の目的はフィズを救い出すことだ』
「ヴィザルーマ様の目的は多分その時計でしょうね」
『なんだと!?』
「消去法ですが。解毒薬とも、ルイが目的とも思えません」
『解毒薬はともかく、ルイはあり得るだろう。あいつはグラスの城で毒を撒こうとしていたんだぞ』
「そのルイさんですが、いかに姿形がそっくりでも、彼一人ですべて行ったとは思えません。誰かが手引きをしたのかもしれません」
『……誰か? 誰だ?』
「そんなことまで私に分かるわけないじゃないですか。それに、例えばルイがものすごい役者で、チュスラスのコピーとも言えるものになれたとしても、あのイルジファルア様を騙せるか……」
『お前、イルジファルアを知っているのか?』
「お会いしたことがあります」
『会った!? イルジファルアに、踊り子がか!? お、お前……まさか、い、イルジファルアをたらしこんだのか?』
「違います。あの方に何かを愛するような心があるとは思えません。あの骸骨ジジイ……思い出しただけで腹立たしい……」
『だろうな。よくあれに会って命があったな』
「ずいぶん怒っていらっしゃいましたが」
『なんだと? イルジファルアに目をつけられているのか?』
「たぶんそうなっています。それより、時計の在処はリーイック様にでも確認されてはいかがです? ヴィザルーマ様の目的が時計なら、そのうちいらっしゃるかもしれません」
『あのペテン師め………………だが……言われてみればそうか……リーイックが頼る場所なら、ヴィザルーマにも、ある程度見当はつくはず……』
「ヴィザルーマ様に、シュラ様のお屋敷に忍び込むような勇気があればの話ですが」
『そうだな……おい、それより、イルジファルアに目をつけられているなら、気を付けろよ。あの男はお前が思うよりずっと危険だ。私が行くまで、フィズを頼むぞ』
「分かっています」
『本当に分かっているのか? ちゃんとフィズをみていろよ。そっちの城は、ずいぶん危ないようだからな……白竜は大人しくしているか?』
「はい。今はまだ……おや? 白竜がこの城にいることをご存知なのですか?」
『ああ………………あ! そうだ。フィズ』

 シグダードに呼ばれて、フィズは水の瓶に近づいた。

「はい、なんですか?」
『金貨百枚、持ってないか?』
「……は?」

 いきなりの不躾な質問に、フィズは首を傾げた。答えに困っていると、リリファラッジに後ろから抱きしめられる。彼はシグダードの水を、汚泥でも見るかのように睨んでいた。

「ついに金の無心を始めましたね。なんですか? ギャンブルですか? それとも酒に溺れましたか?」
『違う!! 適当なことを言うな! クソ踊り子!!』
「まさか、フィズ様の他に、いい人でもできたのではないでしょうね? フィズ様、私が間違っていました。こんな男は捨てて、私とともに逃げましょう」
『おい待て! 違う!』
「なにが違うと言うのです? フィズ様を救い出すどころか、突然金の話など持ち出して、なんて図々しいのでしょう」
『なんだとこのクソ踊り子!! そうじゃないと言っているだろう! とにかくまずは私の話を聞けっ!!』
「その汚らしい呼び方はやめなさいと言ったはずです。フィズ様ー。そこの鉢植えを持ってきてください。この水に土でも混ぜちゃいましょう」
『やめろーーーーっっ!!!!』







 怒鳴り合いはしばらく続いて。フィズがやめましょうと叫んでなんとか二人を止めて、部屋は平穏を取り戻した。

 ことの顛末を知ったリリファラッジは、呆れたようにため息をつく。

「あなたは相変わらず、馬鹿ですか?」
『なんだと!? 無礼な踊り子め!!』
「あなたの唯一の目的は、フィズ様を救い出すことのはず。それなのに、一人の奴隷にかまっている場合ですか?」
『だからと言って見過ごせないだろう! あのままではリューヌはあいつらに嬲り殺しにされていたんだぞ!』
「なにを今更…………」
『なんだと?』
「今更だと申し上げたのです。そのリューヌさんという方に今起こっている事は、昨日今日始まったことではありません。ずっと人の世で続いていたことです。あなたの耳にも届いていたはず。それなのにずっと放置してきたのは、ほかでもないあなた方ではありませんか」
『それは……』
「それとも、知らなかった、聞いたことがないとでもおっしゃいますか? あなたの場合は、グラスを潰すことに夢中で、そんなことは頭の端にも入れる気すら起こりませんでしたか? だから今更と言ったのです!!」
『…………リリファラッジ?』

 話す毎に語気を強め、まるで喚くようなリリファラッジの声を聞いて、瓶の中から訝しげにシグダードが彼を呼ぶと、リリファラッジは自分が感情的になっていたことに気づいたらしく、一呼吸おいて瓶に向き直った。

「…………あなたはキラフィリュイザの方ですし、今そんなことを言っても、仕方ありません……とにかく、フィズ様を救うことだけは忘れないように」
『……もちろんだ』
「それに、早くそこを出た方がいいのでは? あなたは今、シュラ様のお屋敷にいるのでしょう? そんなところで、第三者に姿を見られて、しかもそんな風に啖呵を切っている。へたをすれば、そこからあなたの生存がバレるかも知れません」
『心配せずとも、すでに私はシュラの屋敷を出た。今は街にいる』
「……思ったよりも、鼠の真似事が上手なんですね」
『なぜそういちいち腹立たしい物言いをするんだ? 挑発しているのか?』
「いいえ。単純に、あなたが嫌いなだけです。しかし……それだと妙です」
『妙? 何がだ?』
「イルジファルア様が、あなたがシュラ様の屋敷にいることを一度も考えないことが、です。あなたを連れて逃げたリーイック様に、シュラ様が執心していたことは、イルジファルア様もご存知のはず。それなのに、そこに使いの一つもやらないとは……イルジファルア様なら見当はつくはずですが……」
『見当がついても行きたくないか、見当もつかないか、どちらかじゃないか?』
「つかないと言うことはないでしょう」
『では、行きたくないのだろう。お前は知らないだろうが、あの屋敷は、この世のものとは思えない恐ろしい場所だ。幽霊のような執事と、毒殺魔が迫ってくる。あの屋敷に行ったが最後、誰もが死ぬ……そんな噂でもあるんじゃないか?』
「それだと、シグさんも死ぬことになりますね」
『……やめろ。私は生きている』
「とにかく、ジェレー様にお会いするのは、最低限になさってください。こうして知ってしまった以上、あなたがヘマをすれば私の身まで危うくなります。ジェレー様は、お優しい方で通っていますが、欲が絡んだ時は少し目の色が変わってしまいますから」
『ジェレーを知っているのか?』
「お会いしたことがございます。とは言っても、兄さんが生きていた頃ですから、随分前の話ですが……背の高い紳士風の素敵な方でした」
『…………素敵? あれがか? どちらかというと汚らしい下卑た男だったぞ。背も高くない』
「そうですか? 私がお会いした時は、多分あなたより高かったように見えましたが…………」
『そうか……妙だな…………』
「何がです?」
『いいや……今、シュラの屋敷に来ているジェレーは、後継者になるために兄のヴェターを毒殺するつもりらしい』
「……何を言っているのです? 現領主のビルデ・ヒッシュ様が後継者にと指名したのは、弟のジェレー・ヒッシュ様です。ジェレー様がそんなことをなさる必要はないはずです」
『だが、本人がそう言っている。自分はジェレーで、兄を殺すための毒が欲しいと、シュラにそう言ったらしい。すべてリーイックから聞いた話だが……』
「そう……ですか…………」
『リリファラッジ? どうした?』
「いいえ……なんでもありません。私の考えすぎでしょう。とにかく、金貨百枚なんて、早く諦めなさい。世間知らずのあなたはご存知ないかも知れませんが、そんなもの、あなたが一生給仕をしたところで、稼げるはずがありません。ジェレー様はあなたに奴隷を渡すつもりなどないのです。諦めさせるために言ったのです」
『……そうかと私も思ったが……そうも言い切れないぞ』
「なぜです? 金貨百枚なんて、途方もない値段を言ってあなたをからかったか、そうでなければ、諦めさせるために言ったとしか思えませんが?」
『だが、その金額を提示していた時、あの男はひどく切羽詰まっていたようだった。それだけあれば逃げられるとか……』
「逃げる?」
『ああ。兄を殺した後の逃亡資金でも準備していたんじゃないか?』
「これから領地を継ごうという方が逃亡してしまっては、意味がないと思いますが…………」

 リリファラッジは、顎に手を置き、黙り込んでしまう。心配になったフィズが呼びかけると、彼は水に振り向いた。

「私はこれから行かなければならないところができました。これで失礼します」
『は? なんだ、いきなり』
「シグさん、そのリューヌさんという方から、目を離さないように。それと、くれぐれも、イルジファルア様とヴィザルーマ様には気をつけてください。チュスラスはただの馬鹿ですが、彼らには魔性の何かがありますから」
『……分かっている』
「では、私はこれで。フィズ様、重ねて言いますが、不用意に部屋から出ないでください」

 一方的に言って、リリファラッジは部屋を出ていく。

『全く……なんだあの自分勝手な踊り子は。フィズ、私ももう行く』
「はい……」

 沈んだ声でフィズが答えると、シグダードは柔らかい声で「後少しだ」と繰り返す。

『フィズ、お前のことは必ず救い出す。あと少しの我慢だ……』
「はい……や、約束……です。あのっ……し、シグも、気をつけてください……チュスラスの追っ手に捕まったら……」
『私のことは心配しなくていい。お前の方が、チュスラスのそばにいるんだ……すぐに行くから、気をつけろよ』
「はい……」
『必ずお前を助けに行く……』

 シグダードがそう言うと、瓶の水は元に戻った。
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