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chap7.差し出す手
133.期待はずれの敵
しおりを挟むルイ、シュラと別れてから、フィズはジョルジュに連れられてリリファラッジの部屋へ戻った。
せっかく会えたルイとすぐに別れなければならず、フィズは悲しみに耐えるのがやっとだった。
ついでに朝からずっと雨が降っていて気持ちが塞いでしまう。フィズは窓から降りしきる雨を見つめながらため息をついた。
落ち込むフィズの頭に、ジョルジュがポンと手を置き、慰めてくれる。彼はまだ療養中だが、今回、フィズがシュラと会うというので、護送する役を買って出てくれたらしい。
ジョルジュはもう目的を隠すことは諦めたのか、何かを修理することはせずに、持ち物の手入れをしていた。包帯はまだ取れないが、本人いわく、だいぶ良くなったらしい。
「フィズ。そんなに暗い顔するな」
「だって……」
「むしろ、シュラが帰って喜ぶべきだろ。なに落ち込んでんだ」
「……ジョルジュさんには分かりません。それより、怪我の具合はどうですか?」
「ああ。もうだいぶいい」
「……治ったら、もう来てくれないんですか?」
「仕事があるからな。白竜をなんとかしないと……」
「……何か、方法はありそうですか?」
「……いいや」
その答えを聞いて、フィズは苦しくなった。
ルイも言っていたが、白竜たちが言うことを聞くようになる方法なんてあるはずがない。しかし、このまま白竜を手なずけることができなければ、ジョルジュは死刑になってしまう。なんとか彼を救いたいが、手立てはない。
悩んでいると、出かけていたリリファラッジが戻って来た。
「フィズ様、お待たせしました。食事にしましょう」
リリファラッジはカゴいっぱいに入ったパンを持っている。彼が戻って来たからか、ジョルジュは出て行こうとするが、すぐにリリファラッジに止められた。
「どこへ行くのです? ジョルジュ様の分もあります。一緒に食べませんか?」
「俺を誘うなんて、何企んでやがる。毒でも入れてきたのか?」
「私はそんな真似、いたしません。フィズ様にいたずらするくらいです」
ジョルジュは一瞬、嫌そうな顔をしたが、無言でパンを一つくわえた。
「おい、リリファラッジ、お前、白竜の前で踊れ」
「なぜ私がそんなことをしなくてはならないのです?」
「お前が踊れば白竜共の機嫌が良くなるかもしれねえだろ。失敗してお前が食われても、それはそれでいい」
「よくありません。嫌です。あんな危ないもの、さっさと山に返して来なさい」
「……無理なんだよ!」
また言われたくないことを言われ、ジョルジュはパンを口に突っ込んだ。やけ食いらしい。
しかし、このままではジョルジュが気の毒だ。
フィズは、リリファラッジにお茶を注ぎながら、説明した。
「ジョルジュさん、あれの手懐けに失敗したら、死刑なんです」
「おい、余計なこと言うな」
間髪を入れず、ジョルジュに止められる。彼はどうやら自分の弱みを知られることを極度に嫌うらしい。
リリファラッジは、フィズからお茶を受け取り、一口飲んでから言った。
「なるほど……陛下らしい、バカで無謀な要求です」
「分かったらお前踊れ。食われてこい」
「嫌です。私は私が危ない目にあうなら、あなたが死刑になればいいと思うので」
「てめえ……」
また二人の間に危うい空気が漂う。フィズは、ため息をついてリリファラッジに言った。
「ラッジさん、そんな言い方、良くないです。ジョルジュさんがかわいそうです。みんなでなんとかする方法を考えましょう」
「その非常にイライラする思考をやめてください。吐きそうです」
「ラッジさん!!」
「では、案を出しましょう。フィズ様が餌になるのはいかがです?」
「そんな犠牲を出すような案はダメです!!」
「私は自分以外の誰が犠牲になろうが、構いません」
「そんなのダメです! 理性ある種族の武器は、常に慈愛であるべきです! 知恵を絞り、全ての人が納得できるやり方を探すべきです!」
「……」
「……」
フィズの意見を聞き、リリファラッジは明後日の方を向き、ジョルジュの方はため息をついて俯いてしまう。
「フィズ……お前黙れ……」
「な、なぜです?」
「……聞いても無駄っつーか……それ、あったら、俺、困ってないだろ?」
ジョルジュに、子供をなだめるように優しく言われ、フィズは答えられなくなってしまう。確かにそんな方法があれば、こんなに悩んでいない。
今度は、リリファラッジがお茶を飲んでから、冷たく言った。
「ジョルジュ様の言うとおりです。フィズ様は口ばかりですね。やはりフィズ様が餌になるのが一番では?」
見下げたように言われ、フィズは立ち上がった。
「ラッジさん! そんなことを言っている場合ではありません! ちゃんと考えてください!」
「じゃあ、フィズ様、考えてください」
「え?」
すると、ジョルジュまでもが呆れたように言った。
「おい、やめろ。リリファラッジ。フィズにそんなこと言ったらかわいそうだろ。フィズに何か考えるのは無理だ」
二人してバカにされて、フィズもさすがに腹が立ってきた。策などなかったが、何か言って二人を見返してやりたい。
「あ、あります! 白竜というのは、より強く、より大きなものを餌にするのが名誉なんです! だからそろそろ気づき始めるはずです」
「何にだよ?」
たずねるジョルジュに、フィズは自信たっぷりに答えた。
「この城の人たちを餌にしても、名誉にならないということにです。二回私たちが白竜の前に行って、結果は歯が立たないどころかぼろ負け!!」
「なんだと!?」
言い方が悪かったのか、ジョルジュは叫んで立ち上がる。怒らせるつもりはなかったのに。
フィズは慌てて訂正した。
「じ、ジョルジュさん、落ち着いてください。普通、白竜なんてものに、人間が向かって行っても勝てません。白竜たちは自分たちを捕らえた、というところを評価し、強いものを餌にできると喜んでいたんでしょうが、過大評価だったと分かったはずです。た、多分もう暴れるのはやめてくれると思います」
ジョルジュはつまらなそうにそっぽを向いてしまう。
リリファラッジが首を傾げてフィズにきいてきた。
「おかしな種族ですね。自分より強いものに向かって行こうなんて、なぜ考えるのです? それに、眠らされ無理やり連れてこられたら、怯えるか、怒るか、どちらかでは?」
「怒るには怒ってると思います。ただ、怒りより期待の方が大きかったんだと思います。自分達を捕えた強いものを、惨殺して回りたかったのでしょう」
「勝てない、とは考えないのですか?」
「彼らは自分たちが他の種族に負けることを想像できないと思います……」
「早い話が、自分たちが世界中でもっとも強いと思っているということですか?」
「竜はみんなそうです……」
「ずいぶんな思い上がりですね……一度負かしてやりたくなります。何かいないでしょうか。あの竜より強いもの……」
リリファラッジが腕を組んだのを皮切りに、フィズ、ジョルジュも同じようにして、考え始める。しばらくして、ジョルジュが呟いた。
「向こうの王様が生きてりゃな……あいつらと戦わせることもできたのに……」
「え!?」
ジョルジュの言葉に、つい、フィズは動揺してしまう。
シグダードの生存は内緒にしなくてはならない。それなのに、ジョルジュにシグダードが生きていることを知られたのかと思った。
急に狼狽し始めたフィズを見て、ジョルジュは不思議そうな顔をする。
「ん? どうした?」
「え!? あ、いえ……し、シグに何か用ですか!?」
「……シグ?」
ジョルジュは首をかしげてしまう。そんな彼の様子に、フィズはますます焦った。
するとリリファラッジが助け船を出してくれた。
「フィズ様がキラフィリュイザ王の側室だった時に、そう呼んでいたそうです」
「ああ、そういえばそうだっな。それにしても、シグって……お前すごいな……ヴィザルーマ様までお前に惚れていたそうじゃないか。チュスラスはお前がキラフィリュイザに寝返ったせいでヴィザルーマ様が亡くなったって」
「嘘です!!」
「嘘なのか?」
「あ、いや……ぐっ!!」
いきなりリリファラッジに腹を蹴られ、フィズは息ができなくなる。苦悶するフィズを尻目に、リリファラッジは、急にジョルジュの背中を押し始めた。
「では、ジョルジュ様。今日はずっと私がここにいますので、もう結構です。どうぞお帰りください」
「は? なんだ、急に……何か隠してるのか?」
「いいえ。私は何も知りません。さあ、お帰りください。さもないと、人を呼びますよ」
「お、おい……」
リリファラッジは、強引にジョルジュを廊下に突き出し、彼が去っていくのを見送ってから、部屋のドアに鍵をかける。
そしてフィズに笑顔で振り向いた。
「フィーズ様!」
「は、はい……」
「つるつるつるつる口を滑らされては困ります」
「はい……ごめんなさい……でも、た、大切なことだし……シグは生きているし、ヴィザルーマ様だって……ヴィザルーマ様は生きているんです! ぐっっ!」
先ほどと同じところを蹴られて、フィズは悶えた。
「フィズ様。聞いていましたか? 私は何も知りたくないんです。これ以上、面倒なことに巻き込まれたくありません」
「だ、だって……ヴィザルーマ様が生きていることを知れば、ラッジさんも喜ぶと思って……」
「私は何も聞きたくありません。それに、そうであったとしても、私は喜びません。チュスラスが王でもヴィザルーマ様が王でも、私にはあまり関係ないので」
「そんな言い方、ひどいです! 少なくともヴィザルーマ様はチュスラスなんかよりずっとずっといい王様です! チュスラスはシグの城に毒をまいたんですよ!」
「……フィズ様……さてはわざとですね……」
「え? あ、ど、毒のこと、ラッジさんには話していませんでしたか?」
リリファラッジは、ため息をつく。
「フィズ様……」
「は、はい……」
「方針を変えましょう。あなたは口を滑らせる。それを前提に考えます。フィズ様、知っていることをすべて話してください」
「え?」
「これからジョルジュ様はしばらく部屋に来るでしょうし、他の方が来ることもあるかも知れません。あなたが口を滑らせる前に止めるためには、そうなりそうな話を知っておかなくてはなりません。ちなみに、私にすべて話したことを誰かに話せば、私の手であなたを殺しますので、そのつもりでお願いします」
「……はい……」
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