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chap7.差し出す手
120.待ちわびる時間
しおりを挟むフィズの怪我は、しばらくたつと跡形もなく治った。
ベッドの端に座るジョルジュもそれを見て、ホッとしたようだった。
「もう痛くないか?」
「……」
ジョルジュに聞かれても、フィズは答えるのも辛くて、ただ頷くことしかできなかった。ベッドの上で起き上がってはいるが、本当はもう一度布団をかぶって寝てしまいたい。なぜあんなに油断してあっさりドアを開けたのか、後悔ばかりで自分が嫌になる。
うつむくフィズに、ベッドの端に座ったジョルジュは、持っていたバスケットを差し出した。
「ほら! 飯でも食って元気出せ!」
「……飯?」
フィズがそれを開けると、中には少し崩れたサンドイッチが入っていた。
「……私にですか?」
「…………………………違うに決まってるだろ……あー、俺の飯。分けてやる」
「それならいりません」
「は!?」
「だ、だって、食べなくても平気だし、食欲ないです。ジョルジュさん、食べてください」
「口答えすんな! さっさと食え!」
「はい!」
怒鳴られ、フィズは慌ててそれを食べた。
ジョルジュは怒っているのか、ひどい仏頂面だが、もう先ほどのように警戒する気持ちは失せてしまった。彼が来てくれなかったら、もっとひどいことをされていたかもしれない。
彼はフィズにチーズを挟んだパンを渡してから、自分も同じようなものをかじり、フィズとは目をあわさずに聞いてくる。
「他に誰もこなかったか?」
「え? は、はい…あの……ジョルジュさん……」
「なんだ?」
「なんで戻って来たんですか?」
「窓の修理に来たっつっただろ」
「直りましたよ。窓……」
フィズが窓をさして言うと、ジョルジュは動きを止める。そして後頭部を叩かれた。
「うるせーよ! あいつが……り、リリファラッジが戻ってくるまで待ってるんだ! あれでいいか聞くためにな! それだけだ!」
「は、はい……」
大して痛くなかったが、叩かれたところを撫でながら答えるフィズに、ジョルジュは早く食えと言って、ジャムが塗られたパンにトマトを挟んで渡してくれる。ジャムサンドとは気づかず、他のサンドイッチからこぼれたトマトを挟んだようだが、あまり食べる気にはなれない。
フィズがどうしようか悩んでいると、リリファラッジが戻ってきた。
「ついに本性を表しましたね」
ドアのところで腕を組むリリファラッジを見て、ジョルジュは立ち上がった。
「クソ踊り子……戻ってきたのか……」
「戻ってきてほしかったんじゃないんですか? フィズ様を一人にしておくと心配だから」
「は!? こんなバカ、誰が心配するか!」
「はいはい。分かりました。困った方だ」
「……なにが言いたい?」
「いいえ。何も。それよりフィズ様、ご報告があります」
「え? 私にですか?」
「はい」
リリファラッジは急に真剣な顔になる。
「夕方ごろに、シュラ様がいらっしゃいます」
「……え? シュラさんが?」
フィズは、昨日シグダードとルイに言われたことを思い出した。
シグダードには「シュラには気をつけろ、関わるな」と言われたが、どうしても、ルイに会えるのではないかと期待して、自然と笑顔になってしまう。
「おい、フィズ。何笑ってんだ。シュラを知らないのか?」
ジョルジュに言われて、フィズは慌てた。ルイのことを悟られそうな気がしたからだ。
「い、いえ……シュラさんのことは知っています……」
「本当か? どんなやつかも知ってるか?」
「え? えっと……変な人です……」
「……変……まあ、確かに変なやつだが……とにかく、気をつけろよ……」
「は、はい……」
そう言われても、やはり期待の方が大きい。緊張できないフィズを見て、ジョルジュもリリファラッジも心配そうにしている。あまり、二人に心配をかけたくない。
「あ、あの、本当に大丈夫です! ちゃんと気をつけますから!」
「本当か? 不安だな……」
ジョルジュが怪しむように言い、リリファラッジもそれに頷く。
「全くです。私ももう、今日はずっとここにいるので、あの方について話しておきましょう。ジョルジュ様も、フィズ様が心配なら、ずっといてくださって構いません」
「こんなバカ心配してねえよ!」
叫ぶジョルジュを、リリファラッジは笑い飛ばした。そして今朝フィズを脅した、切れない短剣を取り出す。
「まだ隠せていると思っていらっしゃるんですか? ジョルジュ様、本心を隠したいのなら、そんなに簡単に怒り出してはいけません。少なくとも、こんなちゃちなものをフィズ様に向けられたくらいで動揺なさっているうちは、私は騙せません」
「クソ踊り子……貴族の前でケツ振る暇があったら、ここで番でもしてろ」
舌打ちをして言うジョルジュに、フィズは叫んだ。
「ジョルジュさん! そういう言い方はやめてください!」
「ふん。事実だろ! おい、リリファラッジ、大臣どもに何言った?」
ジョルジュが憎しみを込めたように聞くと、リリファラッジは首を傾げる。
「なんのことですか?」
「だから、大臣どもに何言った? 俺につけまわされて困ってる、か?」
「私は何も言っていません」
「は!? 嘘つけ! 言っただろ! 俺が部屋の前でのぞいてる、か?」
「私はそんなこと言いません。嘘ばかり言うジョルジュ様とは違いますから」
「あ!? なんだと!」
ついにジョルジュはリリファラッジに摑みかかる。
フィズは慌てて二人の間に入った。
「やめてください!! ジョルジュさん! 私の言ったとおりだったんだから、ちゃんとラッジさんに謝ってください!」
「ぐっ……」
ジョルジュは、しばらく黙っていたが、急に叫んだ。
「あああ! チクショーっ!!」
彼はリリファラッジの前に正座する。事情を知らないリリファラッジは目を丸くしていた。
「なんですか……ジョルジュ様……何を企んでいるのですか?」
「何も企んでねえ……ムカつくが、俺が言い出したことだ……」
「は?」
首をかしげるリリファラッジの前に、ジョルジュは手をついた。
ひどく屈辱的なことをジョルジュに強いているような気がして、フィズはこわごわジョルジュに話しかける。
「あの……ジョルジュさん、土下座はしなくても……」
それを聞いて、リリファラッジがフィズに振り返った。
「フィズ様、どういうことです?」
「え!? あ、その……ら、ラッジさんが大臣の方々に嘘を言わなかったら、朝のことを謝るっていう話をして……」
「ふーん……賭けをしていたのですか?」
「え!? あ、いや……その……」
「フィズ様、私を使ってそういったことをされるのは、大変不愉快です」
「ご、ごめんなさい……」
「フィーズっさま!」
リリファラッジが、またあのフィズが苦手な笑顔で近づいて来て、フィズはつい、後ずさりしてしまう。
「あ、あの……ラッジさん……」
「では、お仕置きです」
「ええ!?」
驚くフィズの前に、ジョルジュが立って、リリファラッジを怒鳴りつける。
「おいっ! リリファラッジ! フィズに変なことするんじゃねえぞっ!!」
フィズとリリファラッジの間に入るジョルジュを、リリファラッジはにやにやしながら見ていた。
「そろそろ白状されてはいかがです? 何をしにいらしたのですか?」
「窓を直しに来たんだ」
「窓は直りました」
「うるせえ。本当に直ったか確認するまでいる」
「はいはい。分かりました。では、窓はもういいので、廊下を拭いていただけますか?」
「ふざけんな! 俺は使用人じゃねえぞ!」
「本当に困った方だ」
リリファラッジは呆れた顔でベッドに座り、またジョルジュと口喧嘩を始めてしまう。止めてもやめてくれず、フィズは、窓から空を眺めながら、早く日がくれないかと考えていた。
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