上 下
120 / 290
chap7.差し出す手

120.待ちわびる時間

しおりを挟む

 フィズの怪我は、しばらくたつと跡形もなく治った。
 ベッドの端に座るジョルジュもそれを見て、ホッとしたようだった。

「もう痛くないか?」
「……」

 ジョルジュに聞かれても、フィズは答えるのも辛くて、ただ頷くことしかできなかった。ベッドの上で起き上がってはいるが、本当はもう一度布団をかぶって寝てしまいたい。なぜあんなに油断してあっさりドアを開けたのか、後悔ばかりで自分が嫌になる。

 うつむくフィズに、ベッドの端に座ったジョルジュは、持っていたバスケットを差し出した。

「ほら! 飯でも食って元気出せ!」
「……飯?」

 フィズがそれを開けると、中には少し崩れたサンドイッチが入っていた。

「……私にですか?」
「…………………………違うに決まってるだろ……あー、俺の飯。分けてやる」
「それならいりません」
「は!?」
「だ、だって、食べなくても平気だし、食欲ないです。ジョルジュさん、食べてください」
「口答えすんな! さっさと食え!」
「はい!」

 怒鳴られ、フィズは慌ててそれを食べた。

 ジョルジュは怒っているのか、ひどい仏頂面だが、もう先ほどのように警戒する気持ちは失せてしまった。彼が来てくれなかったら、もっとひどいことをされていたかもしれない。

 彼はフィズにチーズを挟んだパンを渡してから、自分も同じようなものをかじり、フィズとは目をあわさずに聞いてくる。

「他に誰もこなかったか?」
「え? は、はい…あの……ジョルジュさん……」
「なんだ?」
「なんで戻って来たんですか?」
「窓の修理に来たっつっただろ」
「直りましたよ。窓……」

 フィズが窓をさして言うと、ジョルジュは動きを止める。そして後頭部を叩かれた。

「うるせーよ! あいつが……り、リリファラッジが戻ってくるまで待ってるんだ! あれでいいか聞くためにな! それだけだ!」
「は、はい……」

 大して痛くなかったが、叩かれたところを撫でながら答えるフィズに、ジョルジュは早く食えと言って、ジャムが塗られたパンにトマトを挟んで渡してくれる。ジャムサンドとは気づかず、他のサンドイッチからこぼれたトマトを挟んだようだが、あまり食べる気にはなれない。

 フィズがどうしようか悩んでいると、リリファラッジが戻ってきた。

「ついに本性を表しましたね」

 ドアのところで腕を組むリリファラッジを見て、ジョルジュは立ち上がった。

「クソ踊り子……戻ってきたのか……」
「戻ってきてほしかったんじゃないんですか? フィズ様を一人にしておくと心配だから」
「は!? こんなバカ、誰が心配するか!」
「はいはい。分かりました。困った方だ」
「……なにが言いたい?」
「いいえ。何も。それよりフィズ様、ご報告があります」
「え? 私にですか?」
「はい」

 リリファラッジは急に真剣な顔になる。

「夕方ごろに、シュラ様がいらっしゃいます」
「……え? シュラさんが?」

 フィズは、昨日シグダードとルイに言われたことを思い出した。
 シグダードには「シュラには気をつけろ、関わるな」と言われたが、どうしても、ルイに会えるのではないかと期待して、自然と笑顔になってしまう。

「おい、フィズ。何笑ってんだ。シュラを知らないのか?」

 ジョルジュに言われて、フィズは慌てた。ルイのことを悟られそうな気がしたからだ。

「い、いえ……シュラさんのことは知っています……」
「本当か? どんなやつかも知ってるか?」
「え? えっと……変な人です……」
「……変……まあ、確かに変なやつだが……とにかく、気をつけろよ……」
「は、はい……」

 そう言われても、やはり期待の方が大きい。緊張できないフィズを見て、ジョルジュもリリファラッジも心配そうにしている。あまり、二人に心配をかけたくない。

「あ、あの、本当に大丈夫です! ちゃんと気をつけますから!」
「本当か? 不安だな……」

 ジョルジュが怪しむように言い、リリファラッジもそれに頷く。

「全くです。私ももう、今日はずっとここにいるので、あの方について話しておきましょう。ジョルジュ様も、フィズ様が心配なら、ずっといてくださって構いません」
「こんなバカ心配してねえよ!」

 叫ぶジョルジュを、リリファラッジは笑い飛ばした。そして今朝フィズを脅した、切れない短剣を取り出す。

「まだ隠せていると思っていらっしゃるんですか? ジョルジュ様、本心を隠したいのなら、そんなに簡単に怒り出してはいけません。少なくとも、こんなちゃちなものをフィズ様に向けられたくらいで動揺なさっているうちは、私は騙せません」
「クソ踊り子……貴族の前でケツ振る暇があったら、ここで番でもしてろ」

 舌打ちをして言うジョルジュに、フィズは叫んだ。

「ジョルジュさん! そういう言い方はやめてください!」
「ふん。事実だろ! おい、リリファラッジ、大臣どもに何言った?」

 ジョルジュが憎しみを込めたように聞くと、リリファラッジは首を傾げる。

「なんのことですか?」
「だから、大臣どもに何言った? 俺につけまわされて困ってる、か?」
「私は何も言っていません」
「は!? 嘘つけ! 言っただろ! 俺が部屋の前でのぞいてる、か?」
「私はそんなこと言いません。嘘ばかり言うジョルジュ様とは違いますから」
「あ!? なんだと!」

 ついにジョルジュはリリファラッジに摑みかかる。
 フィズは慌てて二人の間に入った。

「やめてください!! ジョルジュさん! 私の言ったとおりだったんだから、ちゃんとラッジさんに謝ってください!」
「ぐっ……」

 ジョルジュは、しばらく黙っていたが、急に叫んだ。

「あああ! チクショーっ!!」

 彼はリリファラッジの前に正座する。事情を知らないリリファラッジは目を丸くしていた。

「なんですか……ジョルジュ様……何を企んでいるのですか?」
「何も企んでねえ……ムカつくが、俺が言い出したことだ……」
「は?」

 首をかしげるリリファラッジの前に、ジョルジュは手をついた。

 ひどく屈辱的なことをジョルジュに強いているような気がして、フィズはこわごわジョルジュに話しかける。

「あの……ジョルジュさん、土下座はしなくても……」

 それを聞いて、リリファラッジがフィズに振り返った。

「フィズ様、どういうことです?」
「え!? あ、その……ら、ラッジさんが大臣の方々に嘘を言わなかったら、朝のことを謝るっていう話をして……」
「ふーん……賭けをしていたのですか?」
「え!? あ、いや……その……」
「フィズ様、私を使ってそういったことをされるのは、大変不愉快です」
「ご、ごめんなさい……」
「フィーズっさま!」

 リリファラッジが、またあのフィズが苦手な笑顔で近づいて来て、フィズはつい、後ずさりしてしまう。

「あ、あの……ラッジさん……」
「では、お仕置きです」
「ええ!?」

 驚くフィズの前に、ジョルジュが立って、リリファラッジを怒鳴りつける。

「おいっ! リリファラッジ! フィズに変なことするんじゃねえぞっ!!」

 フィズとリリファラッジの間に入るジョルジュを、リリファラッジはにやにやしながら見ていた。

「そろそろ白状されてはいかがです? 何をしにいらしたのですか?」
「窓を直しに来たんだ」
「窓は直りました」
「うるせえ。本当に直ったか確認するまでいる」
「はいはい。分かりました。では、窓はもういいので、廊下を拭いていただけますか?」
「ふざけんな! 俺は使用人じゃねえぞ!」
「本当に困った方だ」

 リリファラッジは呆れた顔でベッドに座り、またジョルジュと口喧嘩を始めてしまう。止めてもやめてくれず、フィズは、窓から空を眺めながら、早く日がくれないかと考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生したら、王太子に即ハメされまして……

ラフレシア
BL
 王太子に即ハメされまして……

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

巨根騎士に溺愛されて……

ラフレシア
BL
 巨根騎士に溺愛されて……

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

処理中です...