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chap7.差し出す手

119.続かない緊張感

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「ジョルジュさん! なんであんなこと言うんですか!!」

 フィズが怒鳴っても、ジョルジュは相手にする気がないようで、額を手で押さえ、ため息をついていた。

「あんのクソ踊り子……何言う気だよ……」
「ジョルジュさんがあんなこと言うからです! ラッジさんに謝ってくださいっ!!」
「うるせー! 誰が謝るか! 事実だろ!」
「ラッジさんはそんなことをしません!」
「お前、ずっと後宮にいたから知らねーんだろ? あいつは、兄貴がヴィザルーマ様の御前で自害してから、ずっとそうだ。貴族どもの誘いだって昔は断ってたのに、今はすぐに部屋へ行く。あいつらに体で奉仕してんだよ。てめえの地位を守りたいがために貴族と寝る、金に目が眩んだ淫魔だ!」

 ついにフィズは我慢できなくなって、ジョルジュの頬を平手打ちした。
 不意打ちを食らった男は数歩よろめき、すぐに怒りの形相で怒鳴る。

「何しやがる!!」
「あなたは最低な人だっっ!」
「あ? どういう意味だよ?」
「ラッジさんのことをよく知りもしないで、適当なことを言わないでください! あなたなんか、鎖で繋いだものを盾にするような卑怯者のくせに!」
「なんだとてめえっっ!!」
「したじゃないですか! 忘れたんですか!?」
「……」
「ラッジさんはあなたの言うような人ではありません。あのチュスラスに逆らって、私を救い出してくださったのです。あなたのような卑怯者がラッジさんを悪く言わないでください!!」
「……るせえよ。お前、心も体もあいつのペットになっちまったのか?」
「あなたに関係ありません! ラッジさんが帰ってきたら、謝ってくださいっ!」
「ふん。誰が謝るか。あのヤローがエロ大臣どもにあることないこと言いやがったら、俺が罰を受けるんだ!」
「ラッジさんはそんなことをしません!」
「するんだよ! 絶対する!」
「しません!」
「そーかよ。分かったよ。じゃあ、もしも、リリファラッジが大臣共に適当なこと言って、俺が罰を受けたら、お前を裸のまま縛り上げて白竜共の餌にしてやるっ!!」
「構いません!」
「は!?」
「代わりに、ラッジさんがそうしなかったら、ジョルジュさんはラッジさんに謝ってください!!」
「……正気か?」
「もちろん!!」
「……」

 フィズが腕を組んできっぱりと言うと、ジョルジュは面喰らったように、口をぽかんと開けていた。ついには頭まで抱え出す。

「……お前、すげーな」
「当然です! 私はラッジさんを信じていますから!」
「ちげーよ。そうじゃない。すげーバカだなって意味だ」
「は?」
「だって、絶対言うぜ。あいつ」
「言いません!」
「だから、あのな…………いや、もういい。俺が勝っても、白竜の餌にはしねえ。また卑怯者とか言われたら堪んねえからな」
「それはどうでもいいから、約束してください! ラッジさんに謝ってください!」
「分かった分かった。土下座でごめんなさいって言ってやる」
「いいんですか? そんなことを言って」
「いーの。お前は白竜の餌にはならなくていいから、現実見る練習しろ」

 呆れたように言って、ジョルジュは窓の前に座り、工具箱を開ける。
 窓を開けたり閉めたりしながら、キイキイいうそれの状態を確認するジョルジュを、フィズは睨みつけた。

 警戒は解けない。この男は、フィズを白竜の前に突き出した人間だ。何をするかわからない。
 ベッドに座って、剣を握り、ジョルジュから目を離さないでいた。

 しかし、時間が経つと、だんだん警戒するのも疲れてくる。

 ジョルジュは本当に窓の修理をしているだけだ。

 朝早く起きたこともあって、ベッドの上でじっとしていると眠くなりそうだ。何か話していれば、目が覚めるかも知れないと思い、フィズはジョルジュに話しかけた。

「直りそうですか?」
「……なにがだ?」
「……窓です」
「ああ、窓か……ああ、もうすぐ直る……」
「そうですか……あの……」
「なんだ?」
「……あの……眠くて……何か目を覚ます方法、知りませんか?」
「……緊張感を持て。緊張感を」
「緊張感……はい……」

 返事はしてみたものの、緊張感を持つなど、どうすればいいのか分からない。つい、あくびまでしてしまう。

 うつらうつらしてきた時、ジョルジュがフィズに言った。

「お前、バカだろ?」
「…………え? え? わ、私ですか?」
「そうだよ。この状況で、なんで眠れるんだよ。よだれ出てるぞ」
「え?」

 慌てて口元を拭く。昨日はシグダードと話すまでなかなか眠れなかったせいで、寝不足らしい。

 窓は直ったようで、開けっ放しのそれは風が吹いても、もう軋んだ音を立てることはなかった。そこから見える太陽は高く上っている。もう昼だ。どうやら、自分で思うより長く寝てしまっていたらしい。

 ジョルジュは呆れたような顔で、ベッドの上のフィズを見下ろしている。

「お前、マジで緊張感持て」
「あ、はい……」
「……俺は飯食ってくる。お前は鍵かけて、俺かリリファラッジが戻ってくるまで、死んだふりでもしてろ」
「死んだふり?」
「……鍵開けるなってことだ」
「あ……はい。分かりました」
「本当に分かってんのか……? 絶対だぞ。おとなしくあいつが戻るの待ってろよ」

 そう念を押して、ジョルジュは部屋を出て行った。

 おかしな男だと思った。何をしたいのか、さっぱり分からない。

 起きてはみたものの、やっぱりまだ眠い。ベッドに横になってゴロゴロしていると、ドアをノックする音が聞こえた。ジョルジュが戻ってきたのだろうか。

「どうぞ」

 そう言ってから、ジョルジュに言われたことを思い出した。慌ててドアに駆け寄るが、鍵をかけるのも忘れていた。
 訪問者は勝手にドアを開けてしまう。

「よお。フィズ」
「あなた方は……」

 ゾッとすると共に思い出してしまった。ドアの外にいたのは二人の男で、フィズを白竜の小屋に連れて行った時に、フィズを何度も切り付けた兵士だ。

「な、何の用ですか……?」
「……お前は白竜の手懐けに失敗した。それに、以前あの白竜たちを逃したのはお前だろう。大怪我した奴もいる。全てお前のせいだ」
「わ、私のせい?」
「忘れたのか? 救いようのない極悪人だな」

 前に出た男が、大仰な仕草でひたいに手を当てる。

「お前のせいで、使用人のランダが白竜に襲われたんだ。どうしてくれる?」
「あ、あれはっ……か、彼らが白竜を怒らせたから……」
「黙れっっ!! 反省もしてないのか!!」

 怒鳴る男に続いて、もう一人の兵士もフィズを責め始める。

「それはないんじゃないか? あいつ、大怪我してずっと寝込んでるんだぞ!!」
「そんな……」

 詰め寄られ、怯えるフィズを、兵士の男が羽交い締めにした。

「大人しくしてろ!」
「は、離してください!」
「悪いのはお前だろ」
「や……は、離せ──っっ!!」

 動けないフィズを、もう一人が殴りつける。よろめくフィズの両手首を、後ろの男が縄で縛った。そのまま床に転がされ、フィズは恐怖に怯えながら、男たちを見上げた。

「や、やめて……これ、はずして──うっっ!!」
「ほらっ、反省しろよ、反省!」
「聞いてんのかっ!?」

 男たちは口々に言いながら、フィズの腹や背中を蹴る。両手を拘束され、動けないフィズは、そのまま蹴られるしかなかった。何度も腹を蹴られ、息ができない。

「や、やめて……うっ!!」
「聞こえねえよっ!!」
「てめえ、もう死ねよっ!」

 何度も蹴られ、動けなくなったフィズを、兵士の男は無理やり立たせた。

「起きろよ……ほら、フィズ。聞いてんのかっ!!」

 胸ぐらを掴まれたまま、何度も殴られ、フィズは意識が朦朧としてきた。そこへ誰かが怒鳴り込んでくる。

「おいっ!! お前ら、何してやがるっ!!」

 叫んで走って来たのは、ジョルジュだった。彼の姿を見て、男たちはフィズから離れる。彼らは明らかに動揺していた。

「ジョルジュ様……なぜここに……?」
「俺はこの部屋の修理に呼ばれている。お前たち、フィズに手出しするな。この男は、リリファラッジのもとで奴隷として働いたのち、死刑になる予定だ。お前たちが勝手にこんなことをしていいわけじゃない」

 ジョルジュに言われ、男たちは舌打ちをしてドアの方へ向かう。しかし、よほど悔しいのか、出て行く前にジョルジュに振り向いた。

「隊長ともあろうものが、こんなところで踊り子の部屋の修理ですか? 下級貴族の成り上がりは大変ですね」
「怪我して戦えない者を、陛下がいつまで置いておくでしょうね?」

 口々に言いながら、男たちは部屋から出て行った。

 ジョルジュはベッドに放りっぱなしだった剣をとり、フィズの縄を切ってくれた。

「バカっ! なんでドア開けたんだ!!」
「それは……」
「怪我は大丈夫か!?」
「え? ……いいえ……でも、このくらいならすぐ治ります……」
「……ならいいけどよ……」

 ジョルジュは、タオルでフィズの顔を拭いてくれる。フィズの体についた泥を払ってから、立てるかと聞いて、手を差し伸べてくれた。

「ありがとうございます……」

 フィズはお礼を言って彼の手を取り、立ち上がる。
 項垂れるフィズの前で、ジョルジュはため息をついた。

「あのな、フィズ。もう一回言うが、自覚しろ。今のお前ほど、憂さ晴らしにちょうどいい奴はいねえんだ。いいか? 誰のことも常に警戒してろ」
「……はい」

 ジョルジュはため息をついて、フィズを抱き上げる。

「ジョルジュさん?」
「しばらくベッドで寝てろ」
「でも……ラッジさんのベッドが汚れてしまいます」
「あとで俺が洗う。それでいいだろ!」

 ジョルジュは乱暴に言って、フィズをベッドに放った。そしてタオルを濡らしてから、フィズの汚れたところを拭いてくれる。

 フィズはもう一度お礼を言ったが、ジョルジュは礼を言うよりバカ直せ、といつもの意地の悪い口調で言うだけだった。
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