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chap6.届かない城
111.断れない任務
しおりを挟むシュラが屋敷に帰った夜が過ぎ、グラスの城に日が昇る頃、寝ている途中で足音に気づいたフィズは、地下牢で目を覚ました。
気づかないうちに眠っていたらしい。
リリファラッジは「明日には出られる」と言ったのに、もうその日は過ぎて、次の朝が来てしまった。
足音がだんだん近づいて来る。誰にも会いたくないし、誰の顔も見たくない。
フィズは、ビクビクしながら足音の主が自分がいる牢を過ぎ去ってくれるのを待った。
しかし、祈りも虚しく、その者はフィズの前で立ち止まる。
恐る恐る、フィズは顔を上げた。牢の前に立っていたのはリリファラッジだった。フィズはホッとして、彼に駆け寄った。
「ラッジさん!!」
「フィズ様……お体は……お体の調子はいかがですか?」
「え……け、怪我は治りましたけど……ラッジさん?」
リリファラッジはいつになく、沈んだ様子だった。
ひどくフィズの心配をする彼を見ていると、不安になる。
それが的中したのか、彼に続いて、見覚えのある男が牢の前に立った。白竜に襲われた時に、フィズに剣を渡した、体格の良い茶色い短髪の兵士だ。
「あなたは……な、何かご用ですか?」
「俺と一緒に来てもらう」
「え……?」
堪らずフィズがリリファラッジの方を見ると、彼は、ひどく申し訳なさそうな顔をしていた。
「申し訳ございません……フィズ様……昨日には出られるはずだったんですが……勝手に決まってしまったみたいで……」
フィズに詫びるリリファラッジを、横から兵士が突き飛ばす。
「どいてろ。リリファラッジ・ソディー。牢から出ることには変わりないだろう。出ろよ。フィズ」
そう言われても、出る気にはなれない。
格子から離れ首を横に振ると、兵士は、牢の鍵を開け、怯えるフィズの腕を掴んで無理やり引きずり出そうとする。
「さっさと出ろ! これは陛下の命令だ!!」
「い、いやです……離してください!」
フィズが抵抗していると、リリファラッジはその場に平伏し、叫ぶように制止しようとするが、兵士は聞く耳を持たない。
「ジョルジュ様! どうか乱暴になさらないでください! この者はまだ傷が……」
「黙ってろ。リリファラッジ・ソディー。フィズには新しい任務が与えられた。その間は、俺に従ってもらう」
「ですが……」
「黙れと言っただろう。これは決定したことだ。陛下から許可が出ている。お前が口を挟めることじゃない」
「……」
兵士に言われ、リリファラッジは黙ってしまう。
陛下、任務、という言葉が、フィズの不安を煽った。チュスラスが与える任務など、恐ろしいものに決まっている。
「に、任務ってなんですか?」
「いいから黙ってついてこい」
教えてもらえないと、ますます不安になる。もうこれ以上ひどい目にあうなんて、冗談じゃない。
しかし、怯えるフィズの前で、兵士は手枷を取り出した。
「手を出せ。牢から出ている間は繋がせてもらう」
「嫌です! 私はどこへも──」
断るフィズに、兵士は剣を向ける。
「黙れ。お前の意思など関係ない。決定したことだと言っただろう。従わないのなら、従うというまで痛めつける」
「ひっ!」
恐ろしい言葉に、フィズはすくみ上る。後ずさるフィズの首元に、剣先が向けられた。
後ろに下がるフィズの背中に、牢の壁が当たる。逃げ場を失い、震えるフィズの右腕に、兵士は剣を突きつけた。
「どうする? フィズ。繋がれるのが嫌なら、この場で両腕を切り落とす」
「ジョルジュ様!! どうか、そのような──」
叫んで駆け寄ってくるリリファラッジを、兵士は突き飛ばす。彼は壁に体を打ち付けてしまう。床に倒れ、立ち上がれない彼にまで、兵士は剣を向けた。
「リリファラッジ・ソディー、口を挟むなら、貴様から斬るぞ」
「やめてください!!」
本当にそうしてしまいそうな兵士に、フィズは堪らず叫んだ。
「もうやめてください。私ならいうことを聞きますから、ラッジさんに乱暴しないでください」
「フィズ様!!」
「いいんです。ラッジさん。だ、大丈夫です……」
兵士はフィズの言葉を聞いて、頷いて剣をしまう。恩人のリリファラッジに迷惑はかけられない。
フィズは、素直に両手を差し出した。その手首に、手枷がかけられる。どこへ行くのかも分からず、兵士に連行されるフィズは、一度だけリリファラッジに振り向き、心配させないように「大丈夫です」と呟いた。
*
城の中を兵士に連れられ歩いていると、フィズの目からは自然と涙が流れた。なぜこんなことをされなければならないのか分からない。
項垂れながら歩くフィズの背中を、兵士が軽く叩いた。
「おい、フィズ、あんまり怯えるな。安心しろ。両腕切り落とすなんて、しねえから。な? さっきはあのクソ踊り子がいたせいで、機嫌悪かっただけだ」
「……」
「ほら、元気出せ。ちょっとピクニックに行くだけだ」
「……嘘……」
「あー……まあ、嘘だけどよ、あー……少なくとも、処刑台に行くわけじゃねえ」
「だったら! どこへ行くのかくらい、教えてください!」
「仕方ねえな……白竜のところだ」
「は、白竜?」
「ああ。あれを手懐けろって言われてるが、俺らだけじゃまともに話も聞こうとしねえ。最初からああだったが、馬鹿どもがあれを怒らせてからは、人間を見ると殺しにくるようになった」
「だ、だったらもう、彼らの本来の住処に帰してあげれば……」
「そうはいかねえんだよ。チュスラスがあれを使えるものにしろってうるせーんだ」
「……だったら、あなた方で頑張れば……」
「だから、話聞かねえんだよ。お前が話せば聞くかもしれねえだろ」
「な、なんでそんな風に思うんですか?」
「お前、金竜と仲よかっただろ? あの生意気なルイ。お前の言うことなら、聞くかもしれねえ」
「金竜と白竜は全然違います! みんなすごく怒っていたし……わ、私が行っても同じです!」
「運良くうまくいくかも知れねえだろ。言っとくが、断れねえからな。お前は罪人だ。逆らうなら今ここで殺す」
「そんな!」
「どーせお前、あの気持ちわりーイドライナ家のチビの用が終わったら死刑になるんだ。今死んでも大して変わらねえだろ。どうせなら国の役に立って死ね。少しは罪滅ぼしできるぞ」
「なんの罪ですか……?」
「城にケンカ売った罪に決まってるだろ」
「あれは!! チュスラスが毒なんかまくから悪いんです!!」
「ああ? 毒?」
「チュスラスがキラフィリュイザの城にまいた毒ですよ! あんなことしておいて、偉そうに言わないでください!!」
「はいはい。分かった分かった。罪人のてめえが何言っても誰も信じねえよ」
「……」
そう言われてしまっては、フィズにはどうすることもできない。相手はフィズの言うことを聞くつもりなど、さらさらないようだし、何か証拠があるわけでもない。理不尽だとは思うが、フィズには抗う手段がない。
もう庭で白竜が暴れたあの時、助けなければ良かったと、悪い後悔をしながら、フィズは兵士に連れられ歩いた。
「言っておくが、おかしな真似したら殺すからな。竜のしつけに失敗しても殺す。死にたくなければ、竜共に言い聞かせろ。俺らに従えってな」
「……できなかったら死刑ですか?」
「……さあな」
「……」
「ほら、元気出せ!! もしお前のおかげで白竜がいうこと聞くようになったら、苦しまずに死ねる死刑になるかも知れねえだろ?」
「……」
どちらにしろ結局死刑なのに、元気になれるはずがない。それでも、逆らうこともできず、フィズは兵士の後ろをトボトボと歩いた。
途中で他の二人の兵士と合流して、白竜が繋がれている小屋まできた。
たった三人の人間と一人の拘束された魔族で、どうして白竜に立ち向かえると思えるのか、フィズには不思議でならなかったし、歩きながら、みんなそろって餌にされるのがオチだと諦め始めていた。
もうこんなことばかり続くなら、助けてくれたリリファラッジには申し訳ないが、さっさと殺された方が楽だとすら考え始めてしまう。チュスラスより白竜の方が楽に殺してくれそうだ。
けれども、いざ小屋の前まで来ると、足がすくむ。
怯えるフィズの肩を、迎えに来た兵士が叩いた。
「がんばれよ。フィズ。ほら、元気出せ!!」
「……」
「フィズ?」
「……嫌です……」
「は?」
「や、やっぱり嫌です!! あなたたちみんな、頭がおかしいんです! 白竜が、他の種族の言うことを聞くはずがありません!! 私が言ったって──ああっっ!!」
背中に激しい痛みを感じて、フィズは叫んだ。そこから血が流れる感覚がした。地面に膝をつきながら見上げると、途中で合流した二人の兵士が剣を抜いていた。
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