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chap5.浸潤する影

92.捕まった反逆者

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 フィズは、すぐにでも立ち去りたくなるが、男の気味の悪い視線に絡みつかれて動けなかった。
 何がおかしいのかわからないが、男はにやにや笑いながら、フィズに問いかけてきた。

「罰として、あのムカつく踊り子のペットにされたってマジ?」
「え? あ、ラッジさん……はい……」
「はは、かつての側室様が、今じゃ使用人のペットかよ。笑えんなー」
「……」
「なあ、ペットって何すんの? お手、とかしたりすんの? あのクソ踊り子のことだから、それくらいじゃすまないか」
「……あの……ラッジさんを悪く言わないでください」

 自分を助けてくれたリリファラッジを悪く言われ、フィズが意見すると、彼は楽しそうに笑い、声を張り上げた。

「はは! 主人の悪口は言ってほしくねーってか? 飼い慣らされてんなー、鞭使って調教された?」
「ラッジさんはそんなことしません! ラッジさんは私を助けてくれたんです!」
「助けたあ? お前、ペットにされたくせに何言ってんだ? 魔族ってバカなの?」
「……」

 こちらの話はまともに聞かず、せせら笑うだけの男と話しているのが、無駄に思えてきた。

 フィズは彼の横をすり抜け、立ち去ろうとするが、すぐに肩を掴まれ止められてしまう。

「待てよ。話は終わってねーよ」
「離してください! 忙しいんです!」
「あ? てめえ、囚人のくせにそんな態度でいいと思ってるのか?」

 揉み合っていると、男の後ろから、彼と似たような格好の数人の男達が歩いてくる。彼らもまた、フィズのことを知っているようだった。

「なんだよ。反逆者のフィズじゃねーか」

 すると、最初にフィズと話していた箒を持った男は、近づいてくる男に振り向いた。

「よう、ドーイ。お前、こいつ知ってるのか?」
「当たり前だろ? ランダ。陛下怒らせて、散々お仕置きされたヴィザルーマ様の元側室だろ?」

 その男の他にも、近寄ってきた男たちは次々にフィズを指差して言った。

「あー、俺も知ってる! 反逆者のフィズだ!」
「マジかよ。こんなとこで何してんだ?」
「なんで一人で歩き回ってんだ? 囚人だろ?」
「また陛下に呼び出されたんだろ! で、またお仕置きされに行くんだ! そうだろ? フィズ」

 なぜか楽しげに男たちが笑いだす。

「なあ、そうなんだろ? 今度はどんな罰なの?」
「……」

 フィズは、なにも答えられなかった。黙っていると、男達は笑いながらフィズを取り囲み、しつこく話しかけてくる。

「犯してーって周りの貴族に頼んだんだろ? だからこんなとこ歩いていられるんだろ。すげーなー」
「うっわ、信じらんねー」
「ヴィザルーマ様だけじゃなくて、今の陛下までたらしこんじゃった? こえーなー。魔性の男なの?」

 何を言われてもフィズが黙っていると、男たちの機嫌を損ねたのか、彼らはますますフィズに詰め寄っていた。

「なに黙ってんだ。お前に聞いてるんだぞ。聞こえねーのか?」
「あなた方には……関係ありません……」
「はっ!? 関係ありません、かよ! お前、わかってないな。そんな態度でいいと思ってるのか? お前のせいで、俺たちは迷惑してるんだ」
「迷惑?」
「これだから自覚なしのバカは困る。お前がキラフィリュイザの王様とつるんで城に魔法なんか打ち込んでくるから、スッゲー怖い思いしたんだ。城門直すのも俺らの仕事だしな」

 フィズは、たまらず言い返した。

「それは! 私は! 薬とルイを探しに」
「なんだ? えらそーに。言い訳できる立場かよ」

 機嫌を悪くしたドーイに、フィズは襟を掴み上げられた。

「てめえ、反省してねーだろ。あれか? 元側室様は使用人のことなんか知りませーんってか?」

 すると、彼の周りにいた男たちが、彼を煽り始める。

「すこし教えてやった方がいいんじゃねえか? 陛下だけじゃ足りねーんだろ」
「そうだな」

 笑い声をあげる男達にフィズはゾッとした。襟元をつかむドーイを振り払い、走り出そうとするが、すぐに退路を断たれ、囲まれてしまう。

「まずは脱げよ。陛下の前でもしたみてーに」

 フィズは、もうこの場に留まるのも限界だった。男達を押しのけ、逃げようとするが、すぐに捕まってしまう。羽交い締めにされ、フィズは必死に暴れた。

「離してください!」
「あ? えらそーに言ってんじゃねーよ!!」

 力任せに頬を殴られ、フィズは地面に倒れた。







「いた……」

 殴り倒され、痛む頬を押さえながら、フィズは自分を取り囲む男たちを見上げた。
 彼らは皆、笑いながらフィズを見下ろしている。

「ほら、痛い目にあいたくなかったら脱げよ!」
「脱げー!」

 口々にわめかれ、フィズはとにかく逃げたい一心で走り出す。しかし、すぐに男に腕を掴まれてしまう。

「待てよ!」
「離して!」

 無我夢中で、男を振り払うが、別の男に突き飛ばされ、フィズは地面に倒れた。
 手を振り払われた男は不機嫌に顔を歪めていた。

「てめえ……俺らに暴力ふるっていいと思ってるのか?」

 フィズに振り払われた男が、低い声で呻く。しかし、フィズは彼に手をあげた覚えはない。逃げようとしただけだ。

「暴力って……あなた方が先に……」
「ふざけんな! てめえがなにするか分からねーから、躾けてやってるんだっ!! 感謝するべきだろ!」

 すると、ほかの男たちまでフィズを脅し始めた。

「これは陛下に報告した方がいいんじゃねえか? あいつ、反省してませんって」

 男の言葉に、フィズは震え上がる。その様子を見て、男達はニヤリと笑った。

「ああ、そうだな。陛下ならちゃーんと罰してくれそうだ」
「フィズ、いいのか? 陛下に報告されても。俺らみたいに優しくないぜー、陛下は」
「ホラ! 分かったら脱げよ!」
「脱げ!」

 男達に脱げと囃し立てられ、フィズは震えながら俯いた。
 こんなところで脱がされるなんて、絶対に嫌だ。しかし、チュスラスに報告されれば、その程度では済まない。

 迷うフィズに、男達は畳み掛けるようにわめいた。

「いいのか!? 陛下の調教の方が好きなのか!?」
「今度はなにされるのかなー?」

 男達の言葉に、フィズの恐怖が膨らんでいく。チュスラスの前に引き立てられるくらいなら、今この場で言いなりになった方がマシだ。

 そう自分に言い聞かせ、フィズは震える手で自分の服のボタンをはずし始めた。

「ヒャハハハ! 元側室様のストリップが見られるぜー!」
「ほら! もっとやらしく脱げ! へたくそ!」

 侮辱の言葉に涙がにじむ。屈辱に耐えながら、フィズはシャツを脱いだ。

「早く全部脱げよー。ノロマー」
「そうだ。退屈しちまうぜ」

 言われて、躊躇していると、男達がわめいてくる。

「いいのかー。言うこと聞けないなら報告しちゃうよー」

 フィズはその一言には勝てず、泣きながら服を脱いだ。裸になったフィズは、男達の好奇の目に囲まれて顔を上げられなかった。

「へー、鞭打ちくらった割には傷とかないじゃん」
「俺、知ってるぜ。魔族って怪我してもすぐ治るんだろ?」
「やってみよーぜ!」

 言うが早いか、男は手にした箒でフィズの背中を打ってくる。呻きながら倒れるフィズを、男は箒で殴り続けた。

「いた……いたい……やめて!! やめて……」
「おもしれー! 後で治るところ見物しよーぜ!!」

 周囲の囃し立てる声を聞きながら、フィズは打たれるたびに悲鳴をあげた。泥だらけになりながら泣いても、彼らは笑うばかりだ。このままでは殺されるかもしれない、そう思ったフィズは、振り下ろされる箒の隙をみて立ち上がり、走り出した。

「逃げたぞ! 捕まえろ!」

 後ろから男たちが追ってくる気配がする。フィズは無我夢中で、近くにあった建物に駆け込んだ。

 中は薄暗く、藁が積まれた木造の小屋は、まるで馬小屋だが、馬を飼っておくためのそれより、小屋は一回り大きい。

 追っ手の声から逃れようと、奥へ走る。日の当たらないところまでくると、前も見えないほど暗かった。

「いたぞ!」

 叫び声を聞いて入り口の方へふりむけば、逆光に浮かぶ男たちが見えた。

 奥へ進んでも行き止まりであることは分かるが、止まれない。

 フィズが暗い小屋の奥へ逃げようとすると、何かにぶつかった。

 濡れたそれは、鱗のようだった。フィズの前に、馬を一回り大きくしたような体長の何かがいる。

 それが吐く息に押されて、フィズが後ずさると、それも前へ出てくる。それは鎖に繋がれているらしく、動くたびに、チャリ、と金属がぶつかる音がした。

 少しだけ日が差すところまで来て、やっとそれの姿が見えてくる。白い鱗に覆われた羽のない竜は、鎌首をもたげてフィズを見下ろしていた。白竜だ。

 その白竜は、低い声音でフィズに問いかけてきた。

「なんだ……貴様は……」
「あ、あの……私は……」

 フィズが竜と話している間に、後ろから、フィズを追いかけまわしていた男たちが近づいてくる。
 騒がしい声に、ますます竜は機嫌を損ねたのか、唸りながら息を吐いた。
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