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chap5.浸潤する影
85.頼もしい言葉
しおりを挟む「だっさー、魔法が使えないなんて!」
「ラッジさん……」
やけに楽しそうなリリファラッジの隣で、フィズは少し困りはじめていた。
どうやらシグダードは、完全にリリファラッジを怒らせてしまったらしい。
リリファラッジは、図々しく態度のでかい生意気踊り子だと言われた仕返しと言わんばかりにシグダードを嘲笑う。
当然シグダードが言い返して、先ほどから恐ろしいほどにうるさい。
『黙れ! 笑うな! 生意気踊り子! 使えないんじゃない! 少しは使える!』
「ああ、そうですね。こうやって人を覗き見することはできますね」
『貴様っ……! 私は』
「キラフィリュイザも終わりですねー。王家に代々伝わる魔法も使えないなんて、あなたなんて、もうただの亡霊ですね。乱暴者なだけに亡霊より迷惑? ていうか、犯罪者ですよね?」
フィズは、何度もリリファラッジを止めようとしたが、腹を立てたリリファラッジが、フィズの話など聞くはずもない。
「ラッジさん……あの……そろそろ……」
普段のリリファラッジなら、こんな風にあからさまに他人を馬鹿にしたりはしない。少なくとも、フィズが見ていたリリファラッジはそうだった。
ヴィザルーマと噂になったリリファラッジを、他の側室達は目障りに思い、わざと彼に聞こえるように「あんな羽虫がうろつき回るだなんて、この城も堕ちた」だの、「身の程を知らない虫は夏の日に焼かれてしまえ」だの、ずいぶんな言葉で罵っていたが、彼はいつも笑顔でそれらに対応していた。
常に冷静沈着を崩さなかったヴィザルーマが、シグダードの前では怒りを露わにして怒鳴っていたように、リリファラッジも彼の前では感情をむき出しにしている。シグダードは相手を逆上させる才能でも持っているのかと思ってしまう。
これ以上ないほどに不必要な才能を全開にしながら、ついに黙り込んでしまったシグダードに向かって、リリファラッジはバカにするように問いかけた。
「唯一の長所の魔法、もう戻らないですかー?」
『それは……分からん……』
「分からん、だって! なんですか? 悲劇の渦中で哀しいヒーローごっこですか? あなたのせいでフィズ様はひどいめにあわされたんですよ?」
「ラッジさん!」
その話だけはしてほしくない。慌てて彼を制止するがもう遅く、シグダードが問いつめてくる。
『フィズ! 何かされたのか!?』
「……」
そう聞かれても、自分の身に起こったことを口に出すなど、恐ろしくてできない。口ごもるフィズを庇うように前に出たリリファラッジは、声を荒らげ、彼を叱りつけた。
「何かされたのか? あなた、想像できないんですか? チュスラスの性格とフィズ様の立場を考えればだいたいわかるでしょう!」
『……』
「フィズ様はあなたのせいで苦しんでいるんです! あなたを助けるために死力を尽くしたフィズ様がつらい目にあっているのに、あなたはまだそんなところで泣き言ですか! 情けない! 偉そうにわめく前に、魔法なんて使えようが使えまいがフィズ様を救いに来たらどうです!?」
『貴様に言われずとも必ずフィズは救い出す! フィズ! 待っていろ! 必ず行く!』
フィズも、水に向かって叫んだ。
「そ、そんなことよりシグ!! あ、あなたは無事なんですか!? チュスラスの雷に打たれて……ま、魔法まで使えなくなったなんて……」
『確かに魔法は使えないが、私の心配はいらない。私のそばにはリーイックがいる。体など、すぐに治る』
「シグ……本当ですか?」
『ああ。本当だ。必ず助けに行く!! だから……少しの間、待っていろ。必ず行く』
「はい……でも、気をつけてください。チュスラスは……あなたを殺そうとするはずですから」
『分かっている。お前は、自分の心配をしろ。他人のことも、ちゃんと警戒しておけ』
「はい……」
『待っていろ! 必ずいく!』
フィズは、彼が無事であることに安心した。こうして、彼の声が聞こえるだけで、心が彼に包まれたように温かくなる。
とても頼もしいとは言えないが、彼の決意の言葉に、フィズは少しだけ気が楽になった。囚われの自分は、一寸先をも知れない身だ。何か少しでも救いになるものが欲しかった。けれど、同時に、二度とあんなことはごめんだと思った。
「シグ……チュスラスの魔法は強力です。どうか……もう無茶はしないでください……」
『お前は自分のことだけ考えていろ!』
「……」
そう言われても不安で、シグダードのことだって心配だ。
何も言えないフィズの隣で、リリファラッジがシグダードにきつい口調で言った。
「待っていろ? 待っていてください、じゃないんですか?」
『黙れ! 生意気踊り子!』
「キラフィリュイザ王、もう一度だけ言います。私はリリファラッジ・ソディーです。二度とその呼び方をしないでください。私はあなたなんか、陛下に撃ち殺されたって何とも思いませんが、フィズ様があんな男に傷つけられるのは嫌ですし、何よりチュスラスが嫌いだから、今は人を呼ばないであげているんです。しかし、あまりにあなたが礼儀知らずだと、気が変わりそうです」
『う……ぐ……わ、分かった……リリファラッジ……』
「よろしい。今度あの呼び方をしたら、フィズ様にエッチな下着着せて、一枚ずつ脱いでいくゲームさせちゃいますから」
『この──っ!』
フィズは、また二人の言い合いが始まるかと思ったが、シグダードは急に言葉を切った。
「シグ? どうしたんですか?」
『誰か来た! フィズ! また連絡する!』
そう叫ぶと、それきりシグダードの声は聞こえなくなった。浮いていた水の玉は、まるでそれ自身が生き物のように、瓶の中に飛び込み、ただの水に戻る。
フィズは、その瓶をぎゅっと握った。
「シグ……大丈夫でしょうか?」
「フィズ様……ご自分の心配をされたらいかがです? あなた、ここで囚われの身なんですよ?」
隣のリリファラッジは、少し呆れ顔だった。そう言われても、今の自分の状況を頭で考えると、恐怖で動けなくなりそうだった。
「で、でも……シグが心配だし……自分の心配をすると、怖くて苦しくなるから嫌です……」
「フィズ様……」
リリファラッジは、フィズを抱き寄せてくる。突然のことに、フィズはされるがままになってしまう。彼の柔らかい髪が頬にかかり、くすぐったかった。
「……あの方、一応あれでもキラフィリュイザの王様だったんでしょう? きっとすぐ来てくれます」
「はい……」
「それまでは…………私がそばにいますから」
「ラッジさん……でも、私のこと、嫌いだったんじゃないんですか?」
「私は、あなたの持つおかしな魅力が嫌いなんです。何の能力もないくせに、人を魅了するその力がムカつくんです。しかし、だからと言って、立場の弱いあなたをいじめたり、チュスラスのような最低のクズにあなたをどうこうしてもらおうなんて思いません。見くびらないでください」
「……」
嫌いだと言われているのに、どこか頼もしいリリファラッジの言葉を聞いて、フィズはつい彼の体にしがみ付いてしまう。自分の行動に自分で驚いてしまい、すぐに離れようとしたが、彼が背中に手を回してきて、離れる気がなくなってしまった。そのまま甘えるように、フィズはリリファラッジの胸でしばらく泣いた。
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