上 下
73 / 290
chap5.浸潤する影

73.怯える人質

しおりを挟む

 フィズはシュラが去った後、牢の壁によりかかり、じっとしていた。

 特に何をされるでもなく、何かができるわけでもなく、虚しく時間が過ぎていく。逃げた三人の安否が気になるが、確かめるすべはない。ただ無事だと信じるだけだ。

 しばらくして、兵士が一人、牢の前に歩いてきた。

「陛下がお呼びだ」
「ヴィザルーマ様が?」
「馬鹿か、お前は。ヴィザルーマは死んだ。国王はチュスラス様だ。二度と同じことを言うな」
「……」 

 フィズは、ヴィザルーマは生きている、チュスラスはヴィザルーマからひどいやり方で王座を奪った卑怯者だと叫んでやりたかったが、城に入り込む前に、ヴィザルーマの生存はどんなことがあっても誰にも話してはならないと言われていたことを思い出し、口をつぐんだ。

「早くしろ」
「分かりました……」

 気は進まないが、拒否したところで聞き入れられるわけがない。フィズは後ろ手に拘束された状態で牢から出され、兵士に連れて行かれた。







 フィズが通されたのは、美しい模様のカーペットに覆われ、豪華なソファの並んだ部屋だった。

 談笑するための部屋のようで、菓子や酒が並べられ、じゃらじゃらと下品なくらいに宝石を身につけた男達が享楽を貪っている。

 その中心で、ひときわ豪華なソファに体を横たえたチュスラスが、にやにや笑いながら、フィズを嘲るように言った。

「待っていたぞ。フィズ」

 シグダードを雷の魔法で撃ち、やっと会えたルイとも離れざるを得ない原因を作った男を、フィズは敵意を込めた目で睨みつけた。

「私に何の用ですか?」
「ヴィザルーマも、キラフィリュイザの王ですらたらしこんだ男がどういうものか、興味があってな」
「私はっ……たらしこんでなんかいません!」
「だが、会ってみれば、たいして美しくもない。ヴィザルーマもキラフィリュイザの王も、見る目がないな」
「あなたのような人間が! シグやヴィザルーマ様を悪く言うな! 汚らわしい!」

 即座にそばに控えた兵士が「無礼者!」と怒鳴り、フィズを後ろから殴り倒す。手足が自由なら、こんな風に殴られてやることはなかったのに、あまりの悔しさに奥歯がなる。

 フィズの物言いに、不機嫌になったチュスラスは、ゆっくりと腰をあげフィズに近づいてきた。

「……それがグラスの王に対する態度か?」
「あなたなんかに払う敬意は持ち合わせていません……卑怯者が……」

 フィズの怒りに満ちた言葉を聞いて、焦った様子の兵士が、フィズの腹を蹴る。

「貴様! 陛下に向かってなんということを!」

 フィズを見下ろすチュスラスは、ますます顔を怒りの色に染めていた。あっさり怒り出し、平静を失うなんて、とても王の器とは思えない。

 すると、ソファに戻るチュスラスに、そばにいた男が話しかけた。貴族だろうか。下品に飾り立てた姿をして、フィズに侮蔑の一瞥を投げかけてくる。

「陛下、それは殺さないのですか?」

 チュスラスは、顔を歪ませて答えた。

「……殺すのは私にかしずかせてからだ。フィズ、お前は魔族だったな?」
「だったら何です?」
「魔族の血には色がないと聞くが本当か?」
「それが、何か?」
「それなら、血で部屋を汚すことはないわけだ」

 チュスラスが、控えた兵から鞭を受け取り近づいてくる。

 フィズは、兵に慣れた手つきで天井から鎖で吊された。

 趣味の悪い王だ。部屋のあちこちにある不自然に飾られた器具は、美しい装飾をつけた拷問器具ではないか。

「……楽しませてもらおう……」

 チュスラスが鞭をふるう。それはフィズの着ていた粗末な服を破り、肌を裂く。

 悲鳴をあげるフィズを見て、チュスラスはニヤリと笑った。

「本当に血に色がないな。お前ほど、拷問にちょうどいい奴はいないなあ」

 愉快そうに、チュスラスは何度も鞭をふるう。フィズが泣き叫ぶ度に、観衆達の嘲笑が響いた。

 フィズが傷だらけになると、天井からの鎖を外され、フィズは床に転がった。手の枷はまだされたまま。起きあがることができないフィズに、チュスラスはからかうように言った。

「痛いか? フィズ。どうだ? 少しは態度を改める気になったか?」
「……」
「さあ、フィズ。言ってみろ。国王陛下、どうかお許しください、だ」

 どうやら彼は、拷問が目的でなく、自分の前にひれ伏し、泣き請う姿をみたいらしい。

「はは……」

 言われたことを繰り返さず、弱々しく笑うフィズを見て、チュスラスがますます機嫌を悪くする。

 いい気味だと思った。

 誰がこんな男になど従うものか。いっそ、豚にでも頭を下げた方がまだマシだ。

「あなたなんかが王だなんて……グラスは終わりだ……」
「……よほど痛みが好きらしいな」

 そう言って、暖炉わきの兵にチュスラスが目配せをすると、兵は、彼に火掻き棒を渡した。

「お前を奴隷にしてやろうか。毎日拷問してやるから、泣き叫びながら過ごすがいい」
「……っ!」
「ひれ伏す気になったか?」
「……」

 なにも言わず、ただ相手を睨みつけるフィズに、チュスラスは後悔するぞと告げる。暴れるフィズは兵たちによって押さえ込まれ、焦げ臭い匂いがした。







 火掻き棒で焼かれた背中は痛みに苛まれ、フィズは、今にも気を失いそうだった。

 傷だらけのフィズを、チュスラスが見下ろしている。

「さあ、跪け」
「……」

 こんな奴に頭を下げるなんてできない。フィズは苦しさに耐え、弱々しく息を吐きながら、正気を保とうと必死だった。

 シグダードを不意うちし、卑怯な手でキラフィリュイザをおとした奴に仕えるなどできない。しかし、繰り返される拷問に心の方が限界を迎えそうだった。

 いつまで経っても従わないフィズを見下ろし、チュスラスは大きく顔を歪める。

「フィズ」
「……」
「名前を呼ばれたら答えろ」
「……」

 何も答える気にならなかった。返事をしないフィズに、チュスラスは手に持った熱い酒を振りかけてきた。

「あっ……つっ!!」
「くれてやる。すべて舐めろ。絨毯にこぼれたものも全てだ」
「……」
「お前がしないならこいつにさせようか?」

 チュスラスは、自分に新しいワインを持ってきた給仕の腕をとる。突然降ってわいた災難に、給仕の男は目を丸くした。

「え? 俺ですか?」
「ああ。お前だ。フィズが今私に従わないなら、代わりにお前を鞭で打つ」

 チュスラスの横暴なやり方に、フィズは悲鳴のような声を上げた。

「チュスラス! その人は関係ないだろう!!」

 自分の代わりに他人を、しかも全く関係のない人を巻き添えになどできるはずがない。

「その態度は何だ? チュスラスだと? 国王陛下、だろう? お前の一言が、私の機嫌を損ねれば、お前の代わりにこいつが拷問され死ぬことになる」
「やめろ!」
「おやめください、だ!」

 怒りに声を張り上げ、チュスラスは鞭を振るう。
 火傷の痕を打たれ、フィズは叫んだ。

「あああ!!」
「さあ、早く跪け」

 痛みで動けないフィズに向かって、チュスラスに腕をとられた給仕が、悲鳴じみた声を上げる。

「おい! 早くしろよ!! 俺が殺されるだろ!」
「くっ……」

 このままでは本当に彼が拷問されるかもしれない。フィズは、痛みに耐えながら、床に染みた酒を舐め始めた。

 従順な様子に気分をよくしたのか、チュスラスが笑いながら、フィズの頭を踏みつけてくる。

「ほら! 早くしろ! 私は気が短いぞ!! もたもたするならこいつをなぶり殺しにする!」

 強く頭を床に押さえつけられ、息ができない。フィズの耳には、周囲の嗤い声と侮辱の言葉が聞こえた。

「ははははは! 浅ましい豚だなあ! 貴様には家畜動物が似合いだ! おい! フィズ! 服を脱げ! 家畜が服を着るな!」
「なっ……!」
「早くしろ! こいつが死ぬぞ!」

 チュスラスは片手に捕まえた給仕を引き寄せ、愉快そうに喚く。

 そんなこと、絶対にしたくないが、人質を取られては逆らうことなどできない。
 チュスラスは本気だ。嬉々として何の関係もない給仕を殺すだろう。

 給仕は、真っ青になってフィズを非難してくる。

「おい! お前! 何してんだよ! お前がもたもたしてると俺が死ぬんだぞ! 迷惑なんだよ! 陛下を怒らせたお前が悪いんだ! 責任とれ! 早くしろ!」

 急かされ、枷をはずされたフィズは、泣きながらボロボロになった服をすべて脱いだ。上半身は鞭で引き裂かれ、すでにほとんど裸だったが、下半身を覆っているものを、こんなにも大勢の前で自ら脱がされ、あまりの羞恥に、消えてしまいたくなった。

 チュスラスは笑いながら言った。

「素っ裸が似合うじゃないか。このままここにいる皆様にご挨拶してもらおうか? おい、鎖と首輪をもってこい。家畜はきちんと繋がないと迷惑だからな」

 沸き起こるひときわ大きな嘲笑を聞かされながら、フィズは首輪をつけられた。首輪につながる鎖を引かれ、抵抗すれば鞭で打たれる。もう体を動かすことすら苦痛だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

側近候補を外されて覚醒したら旦那ができた話をしよう。

とうや
BL
【6/10最終話です】 「お前を側近候補から外す。良くない噂がたっているし、正直鬱陶しいんだ」 王太子殿下のために10年捧げてきた生活だった。側近候補から外され、公爵家を除籍された。死のうと思った時に思い出したのは、ふわっとした前世の記憶。 あれ?俺ってあいつに尽くして尽くして、自分のための努力ってした事あったっけ?! 自分のために努力して、自分のために生きていく。そう決めたら友達がいっぱいできた。親友もできた。すぐ旦那になったけど。 ***********************   ATTENTION *********************** ※オリジンシリーズ、魔王シリーズとは世界線が違います。単発の短い話です。『新居に旦那の幼馴染〜』と多分同じ世界線です。 ※朝6時くらいに更新です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

悪役令息に転生したら、王太子に即ハメされまして……

ラフレシア
BL
 王太子に即ハメされまして……

5人の幼馴染と俺

まいど
BL
目を覚ますと軟禁されていた。5人のヤンデレに囲われる平凡の話。一番病んでいるのは誰なのか。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...