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chap4.堕ちる城

68.離せなかった手

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 広場で一人、シグダードは、襲い来るグラス兵を魔法で薙払っていた。

 けれど、降り続く雨の中、限界を感じ始めていた。

 人数が多すぎる。このままでは、数に押されてやられる。
 ならばいっそ、できる限りの人数を道連れにしてやろうかと考え出したところで、兵達が退いていく。

 彼らの開いた道を、悠然と一人の男が歩いてくる。いけ好かないヴィザルーマを二倍憎らしくしたような笑みを浮かべる王だ。

「やあ、シグダード。初めまして。ボクがチュスラスだよ」

 話し方まで気にくわない竜にそっくりだ。長年の憎悪に、城に毒をまいてくれたことの仕返しも込めて、これなら遠慮なく魔法で粉々にできそうだ。

「やっと会えたな。グラス王」

 チュスラスが剣を抜いてシグダードに向かってくる。青臭い剣技で勝てると思っているのだろうか。舐められたものだ。

「それで勝てると思うのか!?」

 腰の剣を抜き、迎え撃つ。相手の剣を軽く弾いてやると、チュスラスはシグダードから離れて間合いをとる。

 簡単に剣を弾かれたのに、チュスラスは笑っていた。

 そんな態度が、いちいち癇に触る。

「その程度で、私をどうこうできると思うのか? 自慢の魔法はどうした?」
「……お前程度には必要ないよ」

 ふざけた物言いにカッとなったシグダードの魔法が、チュスラスの腕を裂く。

 駆け寄ろうとする兵士たちを、チュスラスは一喝して止めた。まさか一対一の勝負を望んでいるのだろうか。

 シグダードは、首を傾げた。

 目の前の男は、苦悶の表情を浮かべながら膝をつき、シグダードを見上げている。

 もう勝敗は明らかなのに。

「……終わりだ。これでいいのか?」
「……いいよ。代わりに……伝えて欲しい」
「……何を?」
「さよなら………………って……」
「……? 誰に?」
「……それと、お前が連れてきたやつ!! ボクを殺したら全員すぐに連れて逃げろ!!」
「……」
「約束しろっ……! お前なら、魔法を使って逃げられるだろ!!」

 しばらく、雨の音だけが響く。

 シグダードは、自分の前で頭からびしょ濡れになった男をずっと睨んでいた。

「分かった。約束しよう」
「約束……だぞ…………何が起こっても、すぐに逃げろ! 絶対に、振り返らないでっ!」
「……分かった……」

 その男は、剣を構えて駆け寄ってくる。

 勝てるはずがないのに。

 向かってくる男に向かって、魔法を放った。







 水の魔法は、以前、狐妖狼の洞窟でフィズにしたように、相手に覆いかぶさり、その体を地に捕らえる。

「残念だったな、ルイ」

 シグダードはため息をつきながら、彼を見下ろした。

 正体を言い当てられた竜は、姿はチュスラスのまま、ひどく驚いた顔でシグダードを見上げている。

「なんで……?」
「最初からおかしいと思っていた。魔法が使えるのに、敵が見える状況で必要以上に前に出てくる。ここを見てみろ。その男が、城の頂点から獲物を狙い撃ちにするために、こんな風になっているんだ」
「……」
「魔法を使えば、剣を抜く必要もない。お前、剣を使ったことがないだろう。あの程度の剣で敵に向かっていく奴はいないぞ」
「……」
「お前が変身するところを、私は見ていたしな」
「それにな……」

 シグダードは地面に貼り付けられたルイの前に腰を下ろす。

「チュスラスのふりをするなら、こんな時に、フィズのことは口に出すな」

 グラスの者が、フィズのことを気にかけるとは思えない。グラスでは雷魔族を排斥する動きがあったことはフィズから聞いていた。こんな大事な時に、彼のことを気にかける者は、グラスではルイだけだろう。

 そんな時にでも気にかける相手だ。大事なやつに決まってる──肩を組み、酒を交わしたアズマにそう言われなければ、もしかしたら気づいていなかったかもしれない。

「ルイ、フィズが心配していたぞ。何をやっているんだ?」

 問いかけると、ルイは怒りに顔を紅潮させ、怒鳴ってきた。

「ボクは! どんなことをしてもグラスを潰す! フィズのために!」

 フィズのために──それを聞くと、今度はシグダードの方が頭に血が上った。

 シグダードは、その男につかみかかった。

「お前がそうまでして思うフィズが一番心配していたんだ! お前にそんなことをしてほしくないと言って、危険を承知でここまできたんだ!」
「……」
「フィズがどれだけお前を呼んで泣いたと思っている!? どれだけフィズがつらい目にあったと思っている!? フィズはグラスのことを恨んでなどいない! グラスを恨んでいるのはお前だろうっ!! フィズのため、じゃない! お前は自分のためにここに来たんだっ!! あいつを……これ以上苦しめるな!!」
「……」
「フィズを……あいつを傷つけないと誓え。何が……あっても」

 あの晩、リーイックの前で、フィズは声を上げて泣いていた。聞いていられなかったが、自分には、フィズを抱きしめることはできない。フィズをそれだけ泣かせる原因を作ったのは自分だからだ。

 この竜をフィズのそばには置いておけない。しかし、あの時、ルイに時計を渡したのは、グラスに対する私怨からだ。それが、フィズをひどく苦しめてしまった。
 このままでは、フィズはルイが見つかるまで、泣きながら彼のことを探すのだろう。

 まだ、どうすればいいのか分からないが、彼らをこのままにはしておけない。

 ルイはフィズの名前をつぶやいて、頭を垂れる。

「グラスは私が潰す」

 そう言いながらも、シグダードの声は震えていた。

 涙は空からの雨に洗い流され、それが涙だと分かる者はいない。シグダードは誰にも聞こえない声で「すまない」とつぶやいた。
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