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chap4.堕ちる城
66.予定外の苦労
しおりを挟む朝霧に紛れて、フィズ、シグダード、リーイック、ベジャッズの四人は、グラス城を取りまく空堀の近くまで来ていた。
朝日を浴びるグラス城は、城壁に守られ、静かにそこにそびえている。
まだ日が昇ってあまり時間がたっていない。城も街も、静けさに包まれていた。
城内ではミズグリバスができるだけ手を回してくれているはずだ。一度失敗すれば、もう次はない。
堀にかかる跳ね橋の前は、見晴らしのいい広場になっている。それが見渡せる建物の陰で、最後に四人は、もう一度作戦を確認した。
指揮をとるベジャッズは、城内の見取り図を三人に見せながら、段取りをもう一度説明してくれる。
「分かっているな? 中に入れたとしても、うろうろしていれば怪しまれる。できるだけ早く、ルイを探すぞ」
「はい!」
フィズが返事をすると、シグダードが、リーイックとベジャッズに「フィズには怪我一つさせるな」と念を押す。
ベジャッズは何も言わずうなずき、リーイックもまた、同じような反応をした。
最後にシグダードはフィズに向き直り、真剣な顔で言った。
「フィズ、気をつけろよ」
「はい……」
するとシグダードは大きくうなずき、城の頂点を仰いだ。
「いくぞ」
集中するシグダードに、ベジャッズが後ろから声をかける。
「シグダード、手加減しろよ」
「誰がシグダードだ! なれなれしく呼ぶな! 無礼者! キラフィリュイザ国王陛下と呼べ!」
「おー、怖い怖い。わーったよ。キラフィリュイザ国王陛下様」
シグダードは、ベジャッズとリーイックに、もう一度「フィズを頼んだぞ」と告げてから、見晴らしのいい堀の前の広場に躍り出る。
彼が持っていた壺の中の水が飛び出し、上空まで飛んでいく。
すると、晴れていたはずの空は急に曇り始め、パラパラと雨が降ってきた。初めはまばらだった雨は、すぐに滝が落ちてきたような豪雨になる。
激しい雨がシグダードの魔法に操られ、巨大な竜へと姿をかえた。咆哮をあげるそれの下で、竜に劣らない声でシグダードが吠える。
「出てこい! チュスラス!」
彼は、フィズたちが城に潜り込むために、チュスラスの方から門を開け出てくるように仕向けるための陽動役だ。たった一人で、出てくる兵士たちを相手にしなければならない危険な役だが、そんなことができるのは彼しかいない。
しかし、長く時間を稼ぐことは不可能だろう。いくら魔法の力があっても、人数で押されれば勝ち目がない。それに、同じく魔法を操るチュスラスが出てくれば圧倒的に不利だ。
すぐに王自らが前線に立つことがないように、ミズグリバスたちが働きかけてくれるはずだが、いつまで持つか分からない。
門が開き、兵士たちが出てきたら時間の勝負だ。
シグダードのことが心配になってきたフィズは、つい、リーイックに問いかけてしまう。
「シグ、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫であるうちにすますんだ。失敗はできないぞ」
「はい!」
力いっぱい答え、フィズは気を引き締めた。
シグダードの後ろ姿は自信に満ちている。彼なら何かあったとしても、自分でなんとかするだろう。
ルイには絶対に無事な姿で再会したいが、シグダードにも怪我はしないで欲しい。そして、薬を手に入れ、早くリーイックとシグダード、ルイと一緒に、キラフィリュイザに帰りたかった。
*
降り始めた雨は激しさを増し、すぐに広場は水浸しになった。
水たまりから生まれた水の弾丸がグラス城に向かって飛んでいく。水は、シグダードの魔法に操られ、今は城壁を撃つ凶器と化していた。
魔法使いである彼の体は、魔法の水に操られ、彼目掛けて飛んでくる矢をすべて絡め取ってしまう。
ついに城の跳ね橋が下りて、一人のシグダードを捕らえるためとは思えないくらい、大勢の兵士が出てきた。
ベジャッズが、フィズとリーイックにふり返る。
「行くぞ。門は門番が守っている。しくじるな」
「はい」
包帯を巻いたフィズは、彼の言葉に頷いた。包帯に塗られた赤い血を模した絵の具の感触が気持ち悪いが、仕方がない。
作戦段階では、リーイックも似たような格好をする予定だったが、断固拒否されてしまった。白衣の上からフードをかぶった彼の格好は、かなり怪しいが、運に任せるしかない。
広場では、シグダードが水の魔法を操り、襲い来る兵士を薙ぎ払っている。
多勢に無勢の状態でも、彼の魔法の勢いは止まらない。
水に体を裂かれた兵士達が地に倒れる。まだチュスラスは出てこない。しかし、このままではいつかは数に負けるだろう。急いだ方がよさそうだ。
フィズと、フードで顔を隠したリーイックは、ベジャッズに連れられて、城に走った。
当然のことながら、城門で武器を構える門番に止められる。ベジャッズは予想されたままの反応に落ち着いて答えた。
「負傷者だ! それに、陛下に至急、伝達したいことがある!」
前者はフィズ達を城に入れる口実、後者は門を通るための口実だ。今は、負傷者が出たというだけでは門は通れないらしい。
作戦途中で、もういっそのこと、城内にいる協力者達がルイを探してはどうかという案も出たが、ヴィザルーマに反対された。
それではルイを見つけたところで止められない、彼と話を付けられるのはフィズだけだというヴィザルーマの意見がなければ、フィズはここに来ることができなかったかもしれない。
門を通ることが作戦の最難関かと思われたが、やる気のない顔でベジャッズに答える門番を見ると、どうやら話が違いそうだ。
「えー、陛下にですかあ?」
「ああ。あそこにいるキラフィリュイザ王、あれは偽物だ。あの魔法には秘密がある。これを見ろ!」
ベジャッズは懐から小さな瓶を取り出し、ふたを開ける。中の水はシグダードが魔法をかけたものだ。
それは門番の目の前で浮き上がり、空中で鳥の形を作って見せる。
「すっげー、これが水の魔法かーあ」
「キラフィリュイザで手に入れた。あんな所で暴れているのはキラフィリュイザの策略だ。早くしろ! 報告しなくてはならないことがある!!」
無論、広場で暴れまわるシグダードは正真正銘、シグダード・キラフィリュイザだが、それはグラス側には確かめようのないことだ。毒をまかれ、眠っていると思われているキラフィリュイザ王が、一人でグラス城の堀近くの広場で暴れている異常事態に、少なからず城内も混乱しているはずだ。そこに、状況を把握するための情報を持ってきて、城に入り込む作戦だった。
しかし、門番は混乱しているとは言えないどころか、異常事態などどうでもいいと言わんばかりの眠そうな態度だ。
「あー、そうなんすか?」
「早くしないと手遅れになる! 陛下にご報告を!」
「あー、んー? えー? こういう場合は通していいんすかね?」
「……それを通せと言っている俺に聞くな」
「えー、あー、そんなこと言ったら、俺、相談する人いないじゃないっすか」
「それなら俺が相談相手になる。通せ」
「えー、それを通せという本人に言われてもー」
「お前なあ……ったく、なんでお前が門番やってんだよ! テッテンラック! こんなこと、必死にやってる俺がアホみてえだろーが! もっと単純に賄賂でも持ってくれば良かった!」
せっかく時間をかけて立てた計画より、今は一枚の金貨すら持ってこなかったことを後悔してしまう。
門番のテッテンラックは「賄賂」の一言に目を輝かせていた。
「マジ!? 賄賂くれるんすか? 金貨でお願いします! グラス通貨はキラフィリュイザ王にグラスが潰されたらただの紙切れになっちゃうんで! 百で!」
「何が百だ! てめえ一人動かす程度なら二で十分だ!」
「ベジャッズさーん、二って……金貨二枚じゃ犬でも動きませんよ」
「犬は金貨千枚積まれても動かねーよ……」
「俺も二枚じゃ動きません。俺は金さえあれば幸せになれるんです。でもー、ベジャッズさんじゃ百は無理でしょうからー……じゃー……十で我慢します。俺、やさしー」
「お前……」
完全に呆れた様子のベジャッズだったが、門番の男は、金がなければ動きそうにない。
すると、その兵士の後ろから、文官の姿をした者出てきて、ベジャッズを後押しするように口を挟んでくる。
「テッテンラック。通してやれ。事態を把握することが重要だ。伝令が遅れれば、お前が責任を問われることになるぞ」
ベジャッズが彼に目配せをしたところをみると、彼は反チュスラス派だろう。
そして彼の一言は、門番の男に効果てきめんだったようで、門番は真っ青になった。
「ええぇっ!? 責任!? マジっすか!? 俺、責任とるなんて絶対嫌です! 安月給でなーんでそんなもんとらなきゃならないんすか! ベジャッズさん! 通ってください! さっさと行ってください! 俺が止めたなんて、グラスが潰れても言わないでくださいよ!」
「……ああ。お前に門番はさせないように進言はするがな」
「えー、やめてくださいよー。これ、ただ突っ立って門通ろうとする奴追い払えば給料もらえるから気に入ってるんすよー。だからベジャッズさーん、余計な事言わないでくださいねー。あれ? あ、待ってください。俺のこと言わないって言ってください。あ! 賄賂の話も秘密ですよー。聞いてますかー? ベジャッズさん、おーい、ベジャッズさーーん!」
後ろからベジャッズを呼んでくる門番は無視して、フィズ達は、門を通り城の内部へ向かった。
予想外のこともあったが、やっと門を通ることを許された。
なんとか城内には入り込めたが、安心はできない。怪しまれる前にルイを見つけなくてはならない。
突如として現れたシグダードは、うまく相手を混乱させているらしく、城内はざわついていて、城の中にも警備のものはほとんどいない。
ベジャッズが一同に振り向いて言った。
「あまりうろうろすれば怪しまれる。まずは地下牢へ行くぞ。人払いされてる独房が怪しいらしいからな」
すると、リーイックが何かに気づいたのか、廊下の角に振り向いた。
「あれは……」
彼が見つめる先には、何人もの兵達をつれ、門に向かっていくヴィザルーマに似た面影の王がいた。武装した若い王は不気味に笑っている。遠目でわかる。フィズがグラスにいたときはヴィザルーマのやり方に不満ばかり漏らしていた血の気の多いチュスラスだ。
ベジャッズはそれを見て、ニヤリと笑った。
「陛下も出て行くようだな。チャンスだ」
「あれがチュスラス王か?」
リーイックに突然問われ、フィズが「そうです」と答えると、彼はチュスラスの去って行った方をじっと見ていた。
「あの……リーイックさん? どうかしましたか?」
「……いや……気のせいだな。行くぞ」
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