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chap4.堕ちる城

60.楽しめない夜

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 言われた仕事を終えたのか、ジャックと一緒に帰ってきたシグダードを見て、フィズは、またトラブルが大きくなりそうな気がして、ハラハラしていた。

 そんなフィズの内心に全く気づかないシグダードは、髪をかきあげながら、リリファラッジをにらみつけている。

 フィズは焦った。ただでさえ人と衝突しやすいシグダードが、また喧嘩腰になっている。

「シグ、冷静に……」
「お前は黙っていろ、フィズ」

 止めようとするフィズを押し退け、シグダードは、リリファラッジと対峙した。

「フィズに何をしていた?」
「なにを? こんなものを渡してきた理由を聞いただけです」
「それを書いたのは私だ。フィズは何も知らん」
「ではあなたに聞きましょうか?」
「この店の物が売れなかったら身売りしろとこの男に言われてな。仕方がなかったんだ」

 シグダードは、ジャックを指差しながら言う。

 するとジャックは不服の声を上げる。

「シグ! てめえ! 俺のせいかよ!」
「事実だろう? そう言ったじゃないか」
「ぐ……確かに言ったが……」
「認めるのか。悪徳商人」
「なんだと!」
「観光に来ただけの私たちを騙し、フィズに身を売れなどと迫るなど、悪以外の何者でもない。さっさと処刑台で首を切られてこい」

 シグダードは意地の悪い笑みを浮かべ、リリファラッジに向き直る。

「そういうわけだ。最初に私達を脅してきたのはこいつだ。引き立てるならこいつにしろ」

 ジャックが商品が売れなければ身売りしろと言ったことは事実だ。しかしそれはこちらが無理を言ったせいでもある。
 そう思ったフィズは、シグダードを止めようとした。

「シグ……なんてことを」
「お前は黙ってろ。フィズ」
「でも、シグ」
「黙ってろ。フィズ」
「い、嫌です!!!」

 二度も黙れと言われて、ついにフィズは声を荒らげた。

「いい加減にしてくださいっっ!! シグっ!! 先にジャックさんとラッジさんにひどいことをしたのはこっちの方なのに!」

 フィズは今度は、リリファラッジとジャックに向かって言った。

「ら、ラッジさん。本当にごめんなさい!! 怖がらせてしまって……ジャックさんには、私たちが無理を言ったんです!」

 フィズが頭を下げると、リリファラッジは面食らったようだが、急に笑い出した。

「ふふふ……相変わらずですね。フィズ様。安心しました」
「え?」
「それで、そちらの方はどなたです?」
「え!!?? えっと……し、知り合いで……」
「……ひどいことをされていたり、手を切りたいわけではなさそうですね」
「……はい……」
「あなた方がされたことですが、私はまっったく怖がってなんかいません」
「え……? だ、だってさっき……」
「私もよく、後宮で脅されたりしてますから。フィズ様はそんな風だし、この程度なら許してあげます。いちいち怒っていると、私の美貌が台無しになってしまいます」
「ラッジさん……」
「では、私はこれで失礼します。ごきげんよう、フィズ様、シグさん、ジャックさん」

 リリファラッジはにっこり笑って、フィズと二人に向かって頭を下げると、優雅に身を翻し、市場の雑踏の中に消えていった。

 ジャックもリリファラッジを知っているらしく、彼の去った後をうっとりと見つめている。

「すげえ……あのリリファが俺の名前、呼んでくれた……」

 彼は、リリファラッジに名前を呼ばれたことがよほど嬉しいのか、頬を赤くしている。

 フィズは、彼にも振り向いて、もう一度詫びた。

「あの……ジャックさん。迷惑をかけてすみませんでした」
「気にすんな。仕事は全部片付いた。商品も全部売れたみてーだしな。あー……俺の方も、身売りしろなんて言って悪かったな。怖かったか?」
「え? あ、少し……」
「はは。少しじゃねーだろ。こいよ。飯くらいだしてやる。店番の礼だ」

 ジャックに笑いながら肩を抱かれると、どうやらもう怒っていないうえに、気遣われているように思えた。フィズは、ジャックに素直に従い、うなずきながら「ありがとうございます」と礼を言った。

 そんな二人の様子が気にいるはずがないシグダードは、フィズの肩を抱いてジャックから引き離す。

「貴様っ……! フィズに触るな!」
「お前は謝れよ!!! 散々ふざけたこと言いやがって!!」

 怒鳴るジャックにシグダードが言い返して、また言い合いが始まってしまう。もう止める気にもならないフィズは、そのまま二人について行った。







 フィズとシグダードは、市場から少し離れた酒場につれてこられた。

 木造の店内は、開店前なのか薄暗い。

 ジャックが、厨房の方に向かって声をかけると、奥からエプロンをつけた茶色い短髪の男が出てきた。ジャックと同じくらいの歳であろう、恰幅のいい男だった。

「ジャック……酒樽運ぶのはもう終わったのか?」
「ああ。こいつらのおかげだ」

 ジャックが、フィズとシグダードを指差す。どうやら、シグダードが酒樽を運んだのはこの店のようだ。彼は、厨房から出てきた男性は、店主のリブだと紹介してくれた。

 リブは、フィズたちに振り向き、笑顔で言った。

「見ねえ顔だが、世話になったな。助かったよ」

 謝意の言葉を聞いて、シグダードは気をよくしたのか、胸を張る。

「あれくらい簡単だ」

 すると隣でジャックが、呆れたように言った。

「なぁにが、簡単だ、だ。俺がいなきゃ終わらなかっただろ。だいたい、フィズが店をみていてくれたおかげじゃねーか」

 それを聞いたシグダードが、ジャックに食ってかかり、騒ぐ二人に、リブが店の明かりをつけながら声をかけた。

「なんだか分からんが世話になったことには変わりねえ。せっかく来たんだ。酒くらい飲んでいけ」
「わりーな。リブ」

 さっそくカウンターに座るジャックの頭を、リブが軽くこずく。

「てめえは最初からタダ酒かっくらうためにきたんだろーが」
「いいじゃねーか。酒樽運んでやっただろ?」
「そういうセリフは昨日の飲み代のツケを払ってから言え」
「それなら酒樽運んだだろ?」
「あれはおとといのツケの分だ!」

 それを聞いたシグダードは、ジャックの隣に座り、彼に冷たい目を向ける。

「……おい、ジャック。貴様……私たちにツケの尻拭いをさせたのか?」
「不満かよ? 仕方ねーだろ。昨日は金がなかったんだ」
「金がないなら飲むな。タダ飲みとは常識のない奴だ」
「お前に言われたくねー! 一日の終わりに酒もねーんじゃ、やってらんねーんだよ!! フィズ、お前もそんなとこに突っ立ってねーでこっちこい!」

 ジャックに呼ばれて、フィズも店の中に入って行った。
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