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chap4.堕ちる城

44.信じきれない笑顔

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 フィズがリーイックとヴィザルーマを連れてシグダードのところに戻ると、彼はタトキと仲良く握手をしていた。

 先ほどまでいがみ合っていたとは思えない。

 二人を連れてきたと言いながら近づくと、シグダードは、いつになく穏やかな笑顔でフィズに振り向いた。

「タトキと彼の仲間が国境を越えることに協力してくれるらしい」
「タトキが……?」

 フィズ達を餌にすると言っていたタトキが、急にそんなことを言い出すなんて、どうしたのだろうと思った。ついさっきまで敵対していたのに。なんだかおかしい。

 しかし、シグダードは笑顔で続けた。

「今日はこいつらのところに厄介になろう。国境を超えるための計画も立てたい」
「……」

 なぜかシグダードの笑顔が怖いような気がして、フィズは、彼の隣で尻尾を振るタトキに向かってたずねた。

「タトキ……本当に?」
「うん! 森のことはなんでも知ってるよ! グラスに入るお手伝いをしてあげる!」

 笑顔で元気に答えるタトキを見て、ますますフィズは首を傾げてしまう。

 ヴィザルーマも、ずいぶん怪しんでいる様子で言った。

「本当に……そんなことができるのか……?」

 するとシグダードは、馬鹿にするように答えた。

「こいつらは森に住んでいるんだぞ。お前よりは詳しい。お前が一人で考えるより確実だ」
「……」

 シグダードに言われると、ヴィザルーマはますます信じられないといった様子だったが、次の一言で簡単に折れた。

「他に国境を越える手はない。早く行かないと、ルイが何をするか分からないぞ」
「分かりました……」

 リーイックもシグダードに賛成し、フィズはまだ不安だったが、怖々うなずいた。







 フィズ達がタトキに案内されたのは、森の中にある大きな洞窟だった。その入り口で、四つの尾を持つ黒い毛をした狼が番をしている。

 狼は、タトキの姿を見ると、人の言葉で言った。

「タトキ!? 帰ってきたのか!」
「アズマ! ただいまー!」

 タトキは手を振りながら狼に向かって走っていく。一人と一匹はしばらく何か話した後、こちらに振り向いた。タトキの方は妙に人懐こい笑顔で、狼の方は表情の分からないまま。

 変に愛想のいいタトキに、フィズが疑いの目を向けていると、彼の隣の狼が一歩前に出て頭を下げる。迷い込んだフィズ達に襲いかかってきた種族のすることとは思えなかった。

「初めまして。狐妖狼族のアズマです。朝までゆっくりして行ってください」
「アズマだな。私はシグダードだ。面倒だからシグでいい。よろしくな」

 シグダードが挨拶をしながら片手をだす。アズマは前足を差し出して握手に応じた。

 すると、それを聞いていたヴィザルーマが、異を唱えた。

「ゆっくりしている場合ではないのです。早くグラスへ向かわなくては」

 しかし、シグダードは首を横に振る。

「焦っても仕方ないだろう。国境で捕まれば、ルイを止める者がいなくなるぞ」
「……」

 急にもっともらしいことを言い出したシグダードを見ていると、ますます不安で、フィズはシグダードに駆け寄った。

「あ、あの……シグ」
「どうした?」
「な、なんでそんなにやる気なんですか……? ルイやグラスのこと、あんまり心配してなかったのに」
「そんなことはない」
「……あ、あの……な、何か企んでいたりしないですよね?」
「企む? まさか。私だって、国境を越えられないと困る」
「でも……」
「あの竜もグラスもどうでもいいが、薬がないと、私の城の者は寝たままだ」
「……はい」
「分かったら行くぞ。飯をご馳走してくれるらしい」
「はあ……」

 不安なままだが、フィズは妙に機嫌のいいシグダードに引っ張られ、洞窟の中に入っていった。







 洞窟内とは思えないくらい広い場所に通されると、そこには、四つの尾がある狼と、タトキと同じような耳と尻尾がある者たちがいた。
 タトキの話では、どちらも狐妖狼族で、狼と人の姿に変身することができるらしい。

 通されたところには、低く長いテーブルがあって、皿が並んでいる。皿の上にはすでに見たことのない料理が盛られていた。

 フィズは、彼らに追い回された時のことを思い出し、ひどく恐ろしかったが、シグダードの方はと言えば、そんなフィズの不安に気づいているのかいないのか、隣で黒髪の男の姿になったアズマと、肩を組みながら酒をあおっている。

「シグ! お前はどのくらい飲める!?」
「キラフィリュイザの王を舐めるなよ」

 彼は羽目を外しているのか、ずっと酒を飲んでいる。

 ヴィザルーマが「シグダード殿」と呼んだときは激しく怒り出し、「キラフィリュイザ国王陛下と呼べ」と怒鳴りつけていたくせに、自分を追い回した種族とは酒を酌み交わす彼が、疑わしく思えてきた。

 狐妖狼族たちも、森の中で初めて会った時は餌と言い切ったくせに、今は客人として迎えている。
 違和感を覚えているはずなのに、シグダードは楽しそうに酒を飲むだけ。

 これ以上飲むことが心配で、フィズは、シグダードの杯を取り上げた。

「シグ……あ、あんまり飲まないでください」
「なぜだ? せっかくの酒だ。お前も飲め」
「ま、魔族は酒に弱いんです……すぐに酔いつぶれちゃいます……」
「だったら別のものをもらえ」
「……なんでそんなに仲良くなってるんですか……?」

 フィズが聞いても、シグダードは答えてくれない。すると、シグダードの隣のアズマが、からかうように言った。

「お前ら、そういう仲だったんだな」
「そういう仲?」

 フィズがたずねると、アズマは酒を飲んで答えた。

「俺らに襲われた時、怪我したシグがフィズの名前を呼んでただろう。そんな時にでも気にかける相手だ。大事なやつに決まってる」
「え……」

 アズマにニヤニヤ笑いながら言われて、フィズは急に恥ずかしくなってきた。
 そんなフィズとは対照的に、シグダードは、フィズの肩に手を回し、引き寄せてみせる。どうやら、かなり酔っているらしい。

「ちょっ……シグ! やめてください! なんでそんなに飲んでるんですか! や、やっぱりシグ、何かたくらんでるんじゃ……」
「そんなことはしていない。企むなんて、口が悪いぞ。フィズ」
「だ、だって……」

 フィズは、隣にいたリーイックに振り向いた。

「り、リーイックさんはどう思いますか……?」
「俺を巻き込むな」

 フィズの隣に座るリーイックには、逃げるように顔をそむけられてしまう。

「リーイックさんは、キラフィリュイザがどうなってもいいんですか?」
「ほら、フィズ。珍しい花だぞ」
「ご、ごまかさないでください!」

 リーイックは、皿をフィズのほうに突き出して、フィズと距離を取ろうとする。誤魔化されていることは確かだ。
 皿の上には、さまざまな形の草や小さな実、筆の先のような花の素揚げが乗っていた。

「……なんですか? これ」
「トゥルライナーの花だ。こんなもの、なかなか手に入らないぞ」
「……初めて見ました……」
「だろうな。花は夏の暑い日に一度咲いて、三日もしないうちにすべて枯れ落ちるらしい」
「へえ……」

 すると、白い毛の狼が親しげに話しかけてきた。

「夏の間に取ったものを乾燥してあるんです。きれいでしょう?」

 狼に顔を近づけられ、フィズは反射的に体を身をひいてしまう。

 捕食者に対する本能的な恐怖にかられるフィズとは対照的に、リーイックは世間話でもするように狼と話し始める。

「このあたりに咲くのか?」
「いえ。ここからしばらく行ったところにある湖のほとりです」
「そうか……安心した……」

 それを聞いて、フィズが「何が安心なんですか?」と聞くと、リーイックは呆れたような顔をして言った。

「お前……あれの餌になりたいのか?」
「え?」

 何か不穏なことを聞いた気がして、詳しく聞こうとするが、彼は狐妖狼族とそれについて話し込みだした。

「今の季節は大人しいのか?」
「いえ。とっても元気ですよー。もう危なくって! 困ってるんですー」
「そうか……枯れ木になると厄介だな。他と見分けがつきにくい」
「よくご存知ですね」
「俺は医術士だ。あれの根はいい薬になる」
「あー、なるほどー。じゃあ、今回は良い話だったんですね」

 彼らの話が気になって、詳しく聞こうとするフィズの肩を、シグダードがたたいた。

「フィズ。来い。風呂に案内してくれるそうだ」
「え? いや、でも……」
「早くしろ」
「あ……はい」

 結局断れなくて、フィズはシグダードについていった。
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