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chap4.堕ちる城

42.二人で進める悪巧み

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 夕暮れの時間が近くなり、馬でグラスを目指す四人は、森の入り口で野営を組むことにした。最初は夜通し歩いてでもグラスに急ぐべきだと主張していたヴィザルーマも、狐妖狼族がいて危険だ、ここで死ねばルイを止める者はいなくなる、というフィズの言葉に、渋々引き下がった。

「自分でこうなる原因を作っておいて、勝手な奴だ」

 シグダードが、集めた薪に火をつけながらヴィザルーマに悪態をつくと、早速フィズに強い口調で「やめてください」と言われてしまう。

 ここしばらく、フィズは、ひどく苛立っているようだった。

 シグダードがフィズに振り向くと、彼は不機嫌そうにシグダードを見下ろしていた。

「こうなったのはシグのせいじゃないですか」
「なぜ私のせいなんだ? ルイに恨まれるような真似をしたのはヴィザルーマだ」
「た、焚きつけたのはシグです! も、もしもルイが……あの時計を動かしちゃったら……どうするんですか!?」
「動かせるのか?」
「分かりませんよ! 私だってあの時計のことなんて詳しく知らないんだから! で、でも……万が一動かしちゃったら、グラスの人まで危ないんですよ!」
「その時は、運が悪かったと思って諦めろ。ヴィザルーマ」

 シグダードが、ヴィザルーマに視線を向けると、彼は人を殺しかねないほどきつい目つきでシグダードに言った。

「あなたはっ……! ご自分のしたことで、たくさんの人間を危険に晒しているという自覚はないのですか!?」
「驚いたな。お前が自覚の話をするとは。毒を作ったのはグラス、時計を使ったのもグラス、あの竜に恨みを買ったのはお前だ」
「あなたがあんなことをルイに言わなければ、こんな大ごとにならずに済んだのです!」
「貴様…………私の城の者は皆倒れているんだぞ」
「被害は城内だけです! ルイがグラスの上空であの時計を動かしたら、下に住む人間が皆死ぬかも知れないんですよ!!」
「数の問題じゃない。貴様……私の城はどうでもいいと言うのか?」
「私はグラスの王です。自分の国を一番に思うのは当然です。国を思うことを放棄したあなたに、とやかく言われたくはありません。あなたは最低の王だ!」
「なんだと!」

 シグダードとヴィザルーマの言い合いを、フィズの怒鳴り声が止める。

「二人ともっ!! いい加減、やめてくださいっっ!! け、ケンカしてても意味がありません! とにかく、みんなでルイを止めるしかないんです!」

 平時では見ない彼の勢いに、二人とも驚いた。

 ヴィザルーマが、フィズに優しい口調で言う。

「フィズ、もちろんだ。皆でルイを止めよう。私も、ルイにそんなことをして欲しくない。きっとルイもいつか激しく後悔する。それでは彼がかわいそうだ」
「ヴィザルーマ様……は、はい……もちろんです」

 フィズは、ヴィザルーマに笑顔で返事をしている。
 そんなフィズを見ていられなくて、シグダードは彼の手を取り、森の方へ歩き出した。

 後ろからすぐに、ヴィザルーマが叫ぶ。

「シグダード殿!? どこへ行かれるのです! 不用意に森の中を歩くと危険です!」
「うるさい! 誰がシグダード殿だ! 馴れ馴れしい! キラフィリュイザ国王陛下と呼べ!」

 後ろから制止してくるヴィザルーマを、シグダードが怒鳴りつけると、ヴィザルーマはもう何も言わず、ついてくることもしなかった。







 森に入ってからも、シグダードはフィズの手を離さなかった。早足で歩くシグダードに手を引かれ、フィズは時折つまずきそうになりながらついてくる。

 フィズの息が上がっていることには気づいていたが、シグダードは止まろうとしなかった。

 早くあの男から離れたい。話していることは正しいのかもしれないが、たとえお互いが敵国の王同士という間柄でなくとも、あの男とは分かり合えないと思った。

 フィズが転びそうになりながら叫ぶ。

「シグ! どこへ行くんですか!?」
「黙ってついてこい」
「嫌です!!」

 フィズは、シグダードの手を乱暴に振り払う。

 シグダードが振り返ると、彼は顔を赤くして怒っていた。

「シグ! な、なんであんなことばっかり言うんですか!! 少しはヴィザルーマ様と仲良くしてください!」
「嫌だ」
「シグ!」
「仲良くなくても目的さえ達成できればいいだろう」
「それはっ……!」
「そんなことより、フィズ」

 シグダードは、彼の腕を強く引いて口づけを交わす。
 けれど彼は、ますます辛そうな顔をした。

「な、なんですか? こんな時に……」
「せっかく二人きりになったんだ。楽しまないか?」

 誘いながらフィズを抱き寄せようとするが、彼はあっさりシグダードの腕をすり抜けて逃げてしまう。

「な、なに考えてるんですか! こんなところで! こんな時に!!!」
「こんなところだからだ。今は二人しかいない」
「嫌です!!」
「つれないやつだな」

 シグダードが近くにあった木に寄りかかると、フィズが手を引いてくる。

「早く! シグ!! 向こうに戻りますよ!」
「なにをそんなに苛立っているんだ?」
「い、苛立つ……? だって……し、シグが怒らせているんです! ひ、酷いことばっかりして!!」
「それだけか?」
「え……?」

 シグダードの追及に、フィズは案の定、言葉を詰まらせた。
 気づかれていないと思っていたのだろう。

 しかし、シグダードはいつも、フィズのことばかり気にかけている。城を出たあたりから、彼の様子がおかしいことには、すぐに気づいた。

「ヴィザルーマのことだろう?」
「──っ!」

 図星をつかれたのだろう、フィズは顔をそむける。

 彼がこんな風に気持ちを乱されているのも嫌だったし、その原因が憎い敵国の王だということも気に入らなかった。何より、心の内を知られたくないのか、やけに攻撃的な態度をとる彼はひどく痛々しく、見ていられない。

「フィズ、あいつを庇うわけでは決してないが、王というものは余計な感情がないほど名君だ。友人などとは思わない方が身のためだぞ」
「嘘です……そんなの……優しくて思いやりのある人が王様になった方がいいに決まっています……」
「ヴィザルーマが名君だと思うなら、あれのことは統治の道具だと思って忘れろ」
「そんな言い方、ひどいですっ!! そんな風だからシグは裏切られちゃうんです!」
「私は感情的だからな。だから暗君なんだ」
「開き直らないでください!」
「感情的だから、自分の気持ちに任せてお前をつれてきた。少し落ち着くまでここにいろ」
「で、でもっ……! 戻らないと……!」
「ヴィザルーマの近くにいると辛いだろう?」
「……」

 フィズは答えなかったが、黙ってシグダードの隣に腰を下ろしたところを見ると、了承してくれたようだ。

 シグダードも、彼の隣に座る。するとフィズは、小さな声で、俯きながらつぶやいた。

「……シグは……早く王様やめた方がいいです」
「そうだな……」







 シグダードが、いつもは滅多に使わない雷の魔法で、近くにある枯れ葉の山に火をつけると、フィズは感心したようにため息をついた。

「すごいです……こんなこともできるなんて……」
「お前にそう言ってもらえると、初めてこれができて良かったと思えるな」

 何の気なしにシグダードが呟くと、フィズは恥ずかしそうに顔をそむける。

 ただ本心が口をついて出ただけなのに、そんな態度をとられると、初々しい反応に心を刺激されてしまう。
 シグダードは、彼の肩を抱いて引き寄せた。

「や、やめてください……」

 そう呟いて体を縮める彼の様子は、煽っているようにしか思えない。

 シグダードは、フィズの外套の留め具に手をかけた。するとすぐに背中を向けられてしまう。誘惑してきたくせに、触れることも許さないなんて、あんまりだ。

「ケチだな」
「だ、だって……い、今はダメです……ルイを見つけなきゃ…………」
「見つけてどうするんだ?」
「……え?」
「ルイを見つけた後はどうする? さっき、実家に帰ると喚いていたが……本当にそうするのか?」
「あ……帰れれば帰ります……もう……行くところがないし……」
「私のそばにいればいい」
「……なんでシグは……そういうことを言うんですか?」

 フィズはやっと振り向いてくれたが、不満そうだ。

「……す、好きか分からないって言ってたじゃないですか……それなのに、私にそばにいて欲しいんですか?」
「……そうだ」

 フィズのことをどう思っているのか、自分でも分からない。だが、彼にそばにいて欲しいし、彼がはなれていくのは嫌だった。

 煮え切らないシグダードの返事に、フィズはますます機嫌を悪くしてしまう。

「……ず、ズルいですっ……そんなの!」
「ズルくない」
「ズルいです!」
「ズルくない」

 二人の応酬を、聞き覚えがある声が遮った。

「やっと見つけた」

 あまりのしつこさにうんざりしながら、シグダードが振り向くと、木の陰から狐妖狼族の男が姿を現した。以前シグダードたちを追い回したタトキだ。

「貴様……しつこいにもほどがある」
「うるさいよ! ボク達は獲物は逃がすわけにはいかないの!」

 タトキはだいぶ苛立っているようだった。前に会った時とは違い、髪はボサボサで、衣服は汚れている。あれだけ引き連れていた仲間もいない。どうやら何かあったようだ。

「一匹で現れてどうした? お仲間はどこだ? 役立たずは群れからつまみ出されたか?」
「うるさーい! お前ら捕まえるまで帰ってくるなって言われたんだ! ぜーんぶお前達のせいだ!」

 適当にからかったつもりだったのに、図星だったらしい。タトキは顔を真っ赤にして怒り出す。

「とにかく! お前らには餌になってもらうから!」
「餌?」

 シグダードがタトキを睨みつけると、彼は一歩後ろに下がる。

「貴様……群れで私達に適わなかったのに、一匹でなんとかなると思うのか?」
「う……」

 もっともなことを言われ、返す言葉がないのか、タトキはうつむいてしまう。頭の狼耳と尻尾を垂れる様子を見ると、本当に打つ手がないようだ。

 フィズが、おずおずと言った。

「シグ、あんまりいじめないであげてください。かわいそうです」
「かわいそう? 私たちを追い回したその狼がか?」
「それは……」

 フィズが振り向くと、タトキは膝を抱えて座り込んでいる。途方に暮れてしまったのだろうか。

「タトキ、大丈夫?」
「うう……群れに戻れなかったら、ボク、死ぬしかない……」

 涙を流して尻尾を垂れる様子を見て、シグダードは、落ち込んだフリをして油断させるか、罠に誘いこむ気じゃないかと思ったが、本当に困っているようだ。

 フィズが、シグダードに振り向いた。

「……し、シグ、なんとかなりませんか?」
「なんとかだと? 食われてやれとでも言うのか?」
「そ、そんなつもりは……」

 フィズまで俯いてしまい、シグダードはどうしようかと考えた。

「タトキ……餌をとる協力をしてやろうか?」
「え?」

 泣くだけだったタトキが顔を上げる。
 フィズも首を傾げた。

「シグ? 協力って……」
「ずっと、どうやって国境兵の目をかいくぐるか考えていたんだ」

 グラス城まで人目に付かずにたどり着きたいシグダード達にとって、国境を守るグラスの兵士達は最初の関門だ。考えていても仕方ないと、何の策もなく出発したが、こんなところに解決策が転がっているとは思わなかった。

「キラフィリュイザとグラスの国境を守る国境兵は知っているな?」
「え? ああ……うん。森の中のことはだいたい知ってるよ」
「よし。なら……」

 シグダードはタトキに交換条件を提示しようとして、隣にいるフィズに目をやる。彼に聞かれる訳にはいかない。

「……フィズ、頼みがある」
「え?」
「リーイックとヴィザルーマを呼んできてくれないか? 皆で話がしたい」
「あ……分かりました」

 フィズは疑うこともせず、素直に二人を呼びにいった。

 彼の後ろ姿が見えなくなるのを待って、シグダードはタトキに振り向いた。

「私達の代わりに、国境兵を餌にやる」
「国境兵を? 確かに数だけならそっちの方が多いけど……そんな数を相手にするの無理……」
「私達は国境を越えたいんだ。お前たちが兵たちを襲った混乱に乗じて向こうへ行かせてもらう。それを交換条件として飲むなら、ばれない程度の援護はしてやろう。後はお前たちの腕次第だ」
「えー、でもー、みんなお前の方がいいって言うよー。お前、魔法が使えるんだろー? そんな珍しい餌、逃したくないよ」
「ああ。だろうな。だから、そいつ等の前に……ちょうどいいものがいる」
「ちょうどいいもの?」
「ああ。少し、悪巧みをしよう……」

 そう言って、シグダードはニヤリと笑った。
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