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chap3.回る毒

39.解けない誤解

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 シグダードは、気乗りしない思いで城内を走っていた。しかし、先頭を走るフィズは、必死にルイを探している。なぜあんなものをそんなに大事に思えるのか分からなかったが、放ってはおけない。

「ルイ!」

 叫びながら、フィズは、リーイックの部屋のドアを開ける。しかしその部屋には散らかったピスタチオの殻があるばかりで、中には誰もいない。

「ルイ! ルイっっ!! どこ!? ルイっ!!」

 フィズは部屋中をひっくり返すような勢いでルイを探しているが、彼からの返事はない。たいして広くもない部屋だ。すぐに探すところがなくなってしまった。

 リーイックが、ため息をつきながら呟く。

「いないな……」

 ルイの姿はどこにもない。当然死体もない。それなら、この部屋で毒にやられて死んだ訳ではないのだろう。

 フィズが、肩を落として呟いた。

「ルイ……どこにいっちゃったんだろう……」

 リーイックまでもが「部屋から出るなと言ったのに……」と言って苛立っていて、フィズは声を張り上げた。

「さ、探しましょう! みんなで! お願いします!! ルイを探してください!」

 すると、一番に反対しそうなリーイックが、一番最初にうなずいていた。

 リーイックが他人にそこまで肩入れしているのを、シグダードは見たことがない。あの竜にいつのまに抱き込まれたと問いつめたくなるが、あえて言わないことにした。

 沈んだ面もちのフィズに、ヴィザルーマが声をかける。

「……フィズ、ルイは……元気にしているのか?」

 それだけ聞くと、まるでルイを心配しているようだが、ヴィザルーマのその探るような目に、シグダードは違和感を覚えた。

 フィズが「はい」と答えて、シグダードに振り向き、みんなで探そうと提案する間にも、ヴィザルーマは、フィズのことを観察するように見て「役目は果たしたのか」と呟いていた。それはフィズには聞こえなかったようだが、シグダードは確かに聞いた。

 三人でルイを探すことになり、リーイックが適当に探す場所を割り当て始める。

 シグダードは、その間も、ヴィザルーマから目を離さないようにしていた。







 シグダードは、リーイックに言われた北の塔に向かう前に、東の塔に来ていた。そこは、フィズを監禁していた塔だ。

 確信があるわけではないが、フィズをあの惨状の部屋から助け出した時に、気になっていたものがある。

 フィズにかけられていた毛布だ。

 殴られ、気を失ったフィズが、自分で毛布などかけるはずがないし、ヘザパスタがそんなことをするとも思えない。

 塔の中に入ると、必然的に足取りが重くなる。

 なにしろ、ここで見たものは、あれから動かしていない。

 できる限り思考を止めて、中を見ないようにしながら、シグダードは、その部屋に入っていった。

 フィズにかけられていた毛布をめくると、目当てのものはすぐに見つかった。シグダードの勘は当たったようだ。毛布の下で、手のひらほどの大きさの、小さな金竜のルイが寝ている。彼が小さいのと部屋が薄暗いこと、なにより部屋の中の状況を見たショックで、さっきは気づかなかった。

 シグダードは、ルイをつまみあげて、急いで塔の外に出た。

 庭道の石畳に、連れてきたルイを落としてやると、ルイは起き上がりながら、不満そうにシグダードを見上げてきた。

「何するんだよー。寝てたのにー」
「死体のそばで寝ていたのか?」
「死体ー? そんなものあったー?」
「あっただろう……ヘザパスタの……人の……」

 あの部屋の惨状を思い出して、こみ上げる吐き気を抑える。あの部屋で眠れるなんて、シグダードには信じられなかった。

 けれどルイは、平然と言った。

「あー、あれね。ボクらは人間の死体なんて、死体って言わないのー」
「死体でなければなんだ?」
「肉!」
「肉……金竜は肉食か? 野蛮なところは銀竜と同じだな」
「ふーん、じゃあ、お前らのその薄汚いところは何に似たの?」
「このっ……」

 完全に人間を馬鹿にしきった物言いに、今すぐバラバラにしてやりたいくらいの怒りがこみ上げる。しかし、それではフィズが泣くことになる。シグダードは、すぐに魔法を使いたくなるのを、なんとか我慢した。

「それで、お前はあそこで何をしていた?」
「やっと見つけたのにフィズが起きないから、そばにいたんだよー」

 どうやら、すでにフィズはあの部屋にいないことに気づいていない様子のルイは、塔に戻ろうとする。
 シグダードが「フィズはもういない」と言うと、彼は驚いていた。

「え!? ボクを置いて!? どこに行ったの!?」
「私が連れ出した」
「えー、なんでー? ボクとフィズが仲良く寝てるのが気に入らなかったの?」
「違う。あんなものの近くにフィズをおいておけるか」
「いいじゃん。もう乱暴できないように肉にしたんだから」
「よくない。人間にしろ魔族にしろ、あんなもののそばにはいられない…………おい、待て。肉にしただと? お前がしたのか? お前……まさか、ヘザパスタを……」
「え? なに?」
「あの男を殺したのはお前か!?」
「あのフィズを殴った人? そうだよ」

 あっさりと自白したルイを見て、シグダードはぞっとした。

 ルイからは、感情の変化を感じない。あれだけのことをしておいて、何事もなかったかのように平然としている。

「お前……」
「なに?」

 こちらと顔を合わせ首を傾げる仕草が、人を八つ裂きにした生き物のすることには思えない。
 だからこそ湧き上がる恐ろしさに、シグダードは言葉を失ったまま立ち尽くしていた。







 シグダードは、自分を落ち着けるために、一呼吸おいてから、ルイと対峙した。

 竜であるルイの顔を見ていても、その表情は分からないが、笑っているように見えて、それがますます気味悪く感じた。

「ルイ、今すぐ城から出ていけ」
「なんで?」
「お前のような危ないものを、この城に置いておけるか」
「危ない? なんで?」
「人間を殺しただろう」
「殺したから何? ボクは竜だよ。お前らだって、他の種族を平気で殺すくせに」
「……人間を殺す奴が危ないと言っているんだ」
「お前だってすぐ死刑だって言うくせに」
「うるさい! 私は王だからいいんだ!」
「なんだよー! それ!」

 シグダードは、ルイを捕まえようとするが、彼はシグダードの手から悠々と逃れて飛び回る。体が小さい上にすばしっこいルイを、素手で捕まえることは不可能な気もしたが、早く追い出しておきたい。

「待て!」
「やだよー!」
「だったら待たなくていいから出ていけ!」
「やーだー! ボクはフィズのそばにいるの!」

 シグダードがルイを追っていると、騒ぎを聞きつけたのか、フィズが駆け寄ってきた。

「ルイっ!?」

 彼に見つからないうちにルイを追い払いたかったシグダードにしてみれば、この上ない失態だ。フィズの後ろから、リーイックとヴィザルーマまで走ってくる。

 ルイは急に甘えた声を出してフィズに飛びついていった。

「フィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃズぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 ケンカ中だと聞いていたのに、二人はきつく抱き合った。

「フィズぅうっ!! 寂しかったよぉお!」
「ルイ……私も……心配したよ……」
「リーのところでね、ずっと泣いてたの」
「ルイ……ごめんね……」
「フィズぅ……ボクもごめんね」

 あっさりと仲直りしてしまい、シグダードはどうしようかと思案した。
 これでは簡単にルイを追い出せない。しかし、あんな竜をフィズのそばにおいておけない。だからと言って、フィズがルイと離れることを了承するとも思えない。

 なにかいい策はないかと考えていると、フィズが嬉しそうに笑いかけてきた。

「シグ! ルイを見つけてくれたんですか!?」
「え? あ……いや…………」
「ありがとうございます! シグ! 本当にありがとうございます!」
「……」

 フィズに満面の笑顔でありがとうと言われると、ルイを追い出せなくなったことは忘れて、顔が綻んでしまう。それどころか、見つけて良かったとすら思ってしまった。

 しかし、シグダードがフィズと見つめ合っているのを、ルイが冷たい目で見ている。そして彼は、フィズに体を擦り付けて言った。

「フィズぅ……怖かった……」
「え? 何か怖い目にあったの?」
「あの人がね、ボクのこと追い出すって言って追いかけてきたの」

 ルイがシグダードを指しながら、とんでもない告白をする。確かに事実だが、それだけ聞くと、シグダードが理由なくフィズの大切な友人をつまみ出そうとしたように聞こえてしまう。

 案の定、フィズはシグダードに冷たい視線を向けてきた。

「シグ……」
「フィズ、違う! その竜が……」

 シグダードは、これまであったことを説明しようとしたが、ルイは、フィズの腕の中で体を震わせ、あまつさえ、涙まで流しはじめた。
 ルイの泣き声を聞いて、フィズはひどく心配しているようだった。

「る、ルイ!? どうしたの?」
「ボク、殺されるかと思ってすごく怖くて……」
「え……?」
「あの人……ボクを水路に沈めてやるって言って……」
「そんな……」

 ルイは涙ながらにフィズに訴えている。

 追い出そうとはしたが、殺そうとはしてないし、水路に沈めるとも言ってない。
 それなのに、さめざめと泣くルイの言葉を、フィズは悲痛な顔で聞いていた。

 シグダードが「私はそんなことを言っていない」と言うと、ルイはその声すら打ち消すほどの泣き声をあげる。

「ボク、『ごめんなさい、フィズと一緒にいたいだけなので許してください』って言ったのに、全然聞いてくれなかったの……」
「ルイ……」
「怖かったよお……痛かったよお……」
「痛かった? ルイ、シグに何かされたの?」
「うう……怖くて怖くて思い出したくない……」
「ルイ……ひどいことされたのっ!?」

 全く身に覚えのないことを言われている。ほぼ口から出任せを、フィズが真に受けてはたまらない。
 シグダードは叫んだ。

「待て! 私の話を聞け!!」

 しかし、フィズは聞いているのかいないのか、シグダードには振り向かず、ルイを抱きしめている。
 彼の目に、次第に怒りの炎が燃え上がる気配を感じた。

「……シグ……私はシグがルイを見つけてくれたんだと思って……嬉しかったのに……」
「フィズ。待て。その竜は」
「シグ……ルイにまで、あんな酷いことしたんですか……?」
「フィズ……?」

 フィズの、今までにない激しい怒りの形相に、シグダードはつい、言葉を詰まらせてしまう。

「シグ……シグなんか……」
「……フィズ……落ち着け……話を聞け……」

 弁解しようとするが、ルイがまた激しく泣いて、フィズに抱きついた。

「フィズぅ……いいよぉ……ボクが悪いんだしぃ……」

 目を潤ませながら、わざとらしく震えて猫をかぶる金竜に簡単に陥れられるなど、耐え難い屈辱だ。少なくとも、彼の方にも非があることを分かって欲しい。しかし、フィズはルイの言葉を鵜呑みにして、シグダードを怒鳴りつけてきた。

「ルイに……ルイになんてことを…………ひどい……ルイは関係ないのにっ……! し、シグなんかっ……最低ですっ!!」
「フィズ! 私の話も」
「聞く耳持ちません! 最低ですっ!! シグ!」

 怒りに声を震わせるフィズの様子から、誤解を解くことはもう不可能に思えてしまった。
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