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chap3.回る毒

33.黄泉の使者

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 キザラギ・ギアは、通された客室で大きく体を伸ばした。

 ここにキザラギを案内した兵士達は、外に控えている。おかしな真似をすれば、すぐに拘束される状況だが、これも予想したことだ。

 持ってきた懐中時計を確認する。止まった時計の針は烏を模したもので、秒針だけが大きかった。三本の針を動かして、十二時に合わせる。それは、前グラス王、ヴィザルーマ・グラスが崩御した時間だ。キラフィリュイザ城の中に入ったら、この時計の針を動かすことになっていた。何時でもいいと言われていたが、キザラギにはこの時間以外考えられなかった。

 キザラギは、ヴィザルーマ・グラスを心から敬愛していた。もしも、世界のすべてを統治できる王がいるとしたら、彼を置いてほかにはいないと信じていた。ヴィザルーマ以外に仕えるなど考えられないし、考えたくもない。

 回した時計が動き出し、毒が広がる。この時計には、水魔族が生み出したコーリゼブル・キリゼブルの毒を改変したものを、キラフィリュイザ城内に広げる仕掛けがしてある。稀代の猛毒は、魔族だけを狙って殺すものだったが、グラスの研究者が作り出したこの毒は、人を眠らせるだけだと聞いた。しかしキザラギは、それは嘘だと思った。あのチュスラスなら、眠らせるものではなく、殺す毒を作らせる。毒の回るスピードはゆっくりとしたものだが、これでもうキラフィリュイザは終わりだ。

 あっけないものだと思った。長く続いた争いが、こんな風に終わるなんて。

 今回キザラギがここへ来ることができたのは、グラスが代替わりしたこと、前王の側室がこちらに来ていたことなどの条件が重なったためだが、何より、最有力貴族のイルジファルア・シイザ・イドライナが、グラス側についたことが一番大きかった。

 イルジファルアは、シグダードの失脚と、自らの繁栄を強く望んでいる。
 チュスラス・グラスは、そんなイルジファルアと手を組んだ。キラフィリュイザが属国になった後は、彼に相応の地位と報酬を約束したらしい。

 シグダードを支えるはずのものは、もう存在しない。キラフィリュイザはすでに崩壊していたのだ。

 キザラギは、持っていた時計に軽く口づけた。

 毒が回ればキザラギも死ぬ。自分の身を犠牲にしなければならない役割を、キザラギは快諾した。
 その時チュスラスは、キザラギを褒め称え、永遠の英雄だと言ったが、キザラギの耳には届かなかった。

 ヴィザルーマ以外の者を、キザラギは王とは認めていなかったし、むしろ憎んでいた。

 ヴィザルーマ・グラスは在位中、ずっと和平を願っていた。こんな争いは無意味だと、いつもキザラギに話していた。キザラギも、ヴィザルーマが望むならそうなればいいと思っていた。

 しかし、愚かなシグダード・キラフィリュイザは一切耳を貸そうとしなかった。

 ヴィザルーマの和平政策を嫌う者達はグラス内にもいた。
 ヴィザルーマは、それらにずっと心を痛めていた。平穏な国こそが皆を幸せにできるのに、自己の欲を満たすことしか頭にない者達を排せない自身を責めることもあった。

 そんな彼の後を継いだチュスラスは、ヴィザルーマとは真逆の王だった。

 和平派の者達を殺しこそしなかったが、大半を城から追い出し、中立を保っていた者たちに対してもその権力を奪い、キラフィリュイザの亡国を宣言した。それからの段取りは見事なもので、ヴィザルーマの死を公式に発表してから、すぐにキザラギにこの話が来た。

 キザラギには、ヴィザルーマの死すら、すべてチュスラス側が仕組んだものだとしか思えなかった。
 チュスラス即位後に、和平派が斬首を免れたのも、謀殺を覚悟したヴィザルーマが、自身を慕ってくれた者達を案じて、チュスラス側と交渉していたのかもしれない。

 国を思い、平和を愛した王は、最後には友を守って死んでいった。そう思うと、キザラギはすべてが憎かった。ヴィザルーマの言葉に耳を貸さなかった反和平派も、息子でありながら彼らの先頭に立ったチュスラスも。

 そして何より、ヴィザルーマの送った書簡をすべて破り捨てたというシグダードが許せなかった。彼さえそんなことをしなければ、ヴィザルーマの念願は叶っていたかもしれないのに。ヴィザルーマが死ぬこともなかったかもしれないのに。

 憎いチュスラスに従ったのは、彼のためなどではなく、シグダードに罰を与えたかったからだ。

 そしてそれは今、達成される。

 手から力が抜け、時計が床に落ちる。キザラギは、体から生気が消えていくような気がした。

 これでもうキラフィリュイザは終わりだ。チュスラスのような者が治めていたのでは、グラスもいつか崩壊するだろう。

 だが、死を見つめるキザラギの頭からは、ヴィザルーマの言葉を無視したキラフィリュイザやグラスのことなど、すでに忘れ去られていた。

 キザラギは、自分がこれから向かうであろう黄泉の国のことを考えていた。ヴィザルーマにもう一度仕えることができるのなら、そこが魑魅魍魎にまみれた死後の世界でも喜んで足を運べる。暗い冥界すら美しい理想郷に作り変えるあの王に、もう一度かしずくことができるなら。

「我が唯一の王、ヴィザルーマ・グラスに永遠の忠誠を……」

 一人の王に魅せられた臣下は、最後には死した彼に会えることを夢見ながら、その場に倒れた。
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