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chap2.消えていく思い出
23.断れない要求
しおりを挟むフィズは憮然としたまま、シグダードの後ろを歩いていた。
なんて短気で心の狭い王だ。いっそ嫌いになってしまえれば楽なのに、それもできない自分にまで苛立ってしまいそうだった。
血が上った頭を何とか鎮めようと、自分の胸をなでる。
その時、フィズの背後から何かが飛び出してきた。
とっさに身をかわすと、二人の目の前に、四つの尾を持つ狼が現れた。
それは次々草むらから飛び出してきて、吠え声すら上げず、静かに、二人の周りを取り囲む。
「しつこいですね……」
フィズが、背中合わせになるシグダードに話しかけると、彼は思いのほか軽い口調で返してきた。
「獲物は逃したことがないと豪語していたからな」
シグダードの魔法の水が狼達を蹴散らす。
けれども狼たちは、数の多さを武器に飛びかかってきた。
先ほどとやり方が同じだ。タトキたちもいない。相手の攻撃がこれだけとは思えない。
狼たちを剣で払いながら、フィズは、相手が次にどういう手にでるか考えていた。
すると、迫り来る狼達の数が減った気がした。かなわないと見て引き下がるのかと思ったが、今度は、フィズの足元に矢が刺さった。
矢が飛んできた先を見上げると、木の上から矢をつがえる狐妖狼族達がいた。
このままでは襲い来る狼達に気を取られている間に、射殺されてしまう。
なんとかしなくては。
フィズの背後のシグダードは、小さな水の弾で狼たちを撃っている。威力の大きい魔法を使えないのは、自分がそばにいるせいだ。そう思ったフィズは、木の上の弓士たち目掛けて走り出した。
「シグ! ここを頼みます!」
「フィズ!?」
矢は、弓士たちに迫るフィズを狙って飛んでくる。一人で的にならなくてはならないが、それでいいと思った。彼らの注意さえ引ければいい。
自身のことだけに配慮すればよくなったシグダードが、魔法で周りの狼達を吹き飛ばす。
突然響く断末魔に、弓士達が気を取られ、フィズから注意を離す。
その隙にフィズは、手にした剣を弓士に向かって投げつけた。剣が弓士の手から弓を落とし、動揺を誘う。狙いを定める余裕を得たシグダードの魔法が、弓士達を貫いた。
*
敵を全て倒してから、フィズは、シグダードに駆け寄った。
「シグ! 怪我はありませんか!?」
「ない訳ないだろう。お前、私を置いて行ったな」
シグダードは、憮然としながら、傷ついた腕を舐めている。狼達を一人で相手にしたときに怪我をしたらしい。
しかしフィズは、彼を置き去りにしたつもりなどなかった。彼のそばから自分が離れれば戦いやすいだろう、そう思ってしたことなのに。
「ち、ちがっ……! 私はっ……そんな気は……」
「ひどい男だな。私を殺す気か」
「ちが……も、もうっ……! い、いちいちすねないでください! し、シグが、魔法を撃てるようにしたくて……」
重箱の角をつつくようことばかり言うシグダードに腹が立って、つい叫んでしまう。
そんなフィズの不満とは裏腹に、シグダードは声を上げて笑い出す。
「そうしているお前もいいな」
「え?」
「怯えているより……そうやって喚いている方がいい……喚くお前が好きだ」
「え!? な……え……す、すき?」
思いがけない告白に、フィズは真っ赤になる。
まさか、薬がきれた今、「好きだ」なんて言ってもらえるとは思わなかった。
するとシグダードも焦り出してしまう。そんな彼の様子に、一瞬、舞い上がってしまった。
シグダードは、言いにくそうにフィズと顔をあわせた。
「あ……フィズ……」
「……」
「その……あ、妻になる話だが……」
「あ……」
フィズは、シグダードの目を伏せる仕草を見て、現実に戻された。
以前のシグダードなら、妻になる話をしている時に、こんな顔をしたりはしなかった。
「好きだ」なんて言われて喜んで、自分はバカだと思った。シグダードの言った「好き」とは、人として、そうでなければ、友人としてという意味だろう。
薬がきれ、シグダードは困惑しているはずだ。好きでもない敵国の者を妻にするなどと言ったことを後悔しているはずだ。
そう思ったフィズは、拒絶される前に、自ら口を開いた。
「いっ……いいんです! シグ!」
「フィズ?」
「その……わ、私のことなんか、好きでもなんでもないんですよね」
「フィズ……」
彼に突き放される前に、自分からはっきりさせたかった。
シグダードの口から言われることには耐えられそうにない。
「だっ……大丈夫……です! 私は、捕虜だし! そ、そんな約束……なかったことにすればいいんです!」
「……」
シグダードは何も言わなかった。それがフィズには、婚約を破棄する申し出に賛成したことに思えた。
悲しくて、目から涙が漏れていく。何か話していないと大声で泣き出してしまいそうで、フィズは堰を切ったように話し出した。
「私は……し、死刑ですか!? それとも奴隷かな? あのっ! で、できれば痛くない方がいいです! あ……し、死ぬのは嫌だけど……」
「フィズ!」
フィズがわめき散らしていると、急にシグダードに抱きしめられた。
「シグ……?」
「フィズ……落ち着け……」
「…………むり……です」
フィズは、シグダードの腕にしがみついて泣いた。
悲しかった。昨晩体を重ねたシグダードは、もういない。
けれど、フィズを抱きしめるシグダードは、戸惑った様子だったが、フィズに優しく言った。
「泣くな。フィズ……その……お前を殺したりはしない……」
「え……? でも……シグは……も……私のこと……きらい……」
「そんなことはない」
「……」
「お前には……その……ここにいてほしい……なぜだか分からないが……お前にそばにいてほしいんだ」
「……そんな…………」
シグダードに愛されていないと知りながら、そばにいるなんて、この先、本当にできるか分からなかった。
今でさえ、これだけ苦しいのに。愛されないのに、いつかシグダードが飽きるまでそばで仕えるなんて、あまりに辛い。
それでもフィズは、シグダードの要求をのむように頷いた。
断れなかった。泣くほど辛いことは分かっているのにそばにいたい。呆れてしまうのに、それでもシグダードが好きだった。
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