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chap1.押し付けられた恋心
14.不器用な優しさ
しおりを挟むバルジッカと別れてから、フィズはルイと一緒に中庭の散歩を続けていた。
「ルイ、陛下と会っている間は、どこかに隠れててね」
「うん! 離れたところから見守っているから!」
元気いっぱいに答えるルイは、いまいち分かっていない。
「ダメだよ。見つかったら殺されちゃうかもしれないんだから。遠くにいて」
「えー!!」
「お願いだよ。ルイ。ルイに何かあったら嫌だ」
「うー……」
ルイは不満でいっぱいといった様子だ。このままではついてきてしまう。どうしようかと考えていると、すぐにリーイックの顔が浮かんできた。
「そうだ。リーイックさんに頼んでみよう」
「リーに?」
気づけばルイは、リーイックのことを「リー」と呼んでいる。彼がそこまで気を許す相手など珍しい。
「さっき仲良さそうだったから。リーイックさんならルイをかくまってくれるかもしれない」
「フィズが心配だよ……」
「私は大丈夫。心配しないで」
「うー……」
不満げな様子は変わりないが、前より幾分ましだ。なんとか納得してもらおうと会話を続けていると、後ろから名前を呼ばれた。
「フィズ」
フィズが振り向くと、いつもよりずっと簡素な格好をしたシグダードが立っている。寝衣に上着を羽織ったようにも見えるが、まさかそんな格好で外をうろつく王はいないだろう。
会いたかった彼にこうして会えたことは嬉しいが、まだ彼に対してはどう接していいか分からない。
フィズは、おずおずと、彼に挨拶をした。
「陛下……お、おはようございます……」
「おはよう。奇遇だな。こんなところで何をしている?」
「……散歩を……」
「そうか。私もだ」
こんなに朝早くから、そんなにラフな格好で、たった一人で王が散歩だなんて、おかしな点はいくつもあったが、あえて質問することは避けた。あの長い入室の挨拶のように、キラフィリュイザの風習なのかもしれない。
シグダードは、フィズに労わるように聞いてくれた。
「体の具合はどうだ?」
それはフィズの方が聞きたかった質問だ。医務室で会った日以来、シグダードに会うのは初めてだ。歩くこともままならない状態からは回復したようだが、全快したのだろうか。
「……私は大丈夫です。陛下は……お体の方は……散歩なんてしても大丈夫なんですか?」
「もうなんともない。キラフィリュイザの王はそんなにやわじゃない」
力強く笑うシグダードを見て安心した。
と同時に、自分がいつの間にか、ひどくうぬぼれていたことに気づいた。本当はどこかで、また無理をして自分に会いに来たのではないか、と疑っていた。
「よかったです……陛下が……元気になって……」
「フィズ?」
急にうつむきだしたフィズを心配したのか、シグダードは、フィズの顔をのぞきこんでくる。
不意に彼が近づいてきて、動揺してしまう。
「えと……あの……」
あからさまに慌てるフィズに、シグダードの方も狼狽したのか、すぐにフィズから離れる。
「すまない……」
「いえ……」
それからは、シグダードが黙ってしまい、フィズも何を話していいか分からない。
焦ったフィズは、とりあえず、思い出したことを口に出した。
「あ、あの……私はもう大丈夫ですから、毎朝リーイックさんに来ていただかなくてもいいです」
「ん? ああ……そうだな。毎朝行かせるのはやめよう」
ついリーイックの名前を出してしまい、またシグダードの機嫌を損ねるのではないかと心配したが、彼はそんな気配は見せなかった。
フィズが安心したのも束の間、彼は、「私以外の男をおまえの部屋にやらないですむ」などと、独占欲丸出しなことを呟いている。
なぜかシグダードは、フィズとリーイックの仲を疑っているようだ。
「あの……リーイックさんとはただの友達です。ご心配されるようなことは……」
「べ、別に心配などしていない! あいつは医術士だし……あ、その、わ、私はお前を束縛する気はないぞ!」
「……」
とてもそうは思えず、フィズが少し呆れた顔を見せると、シグダードはますます焦り出す。
「フィズ? 怒ったのか? 本当だぞ! 私は──」
なんだかんだと言い訳を並べ始める彼が滑稽で、なんだか笑えてきてしまった。
抑えたつもりだったが、笑っている気配が伝わってしまったらしい。そっぽを向いて拗ねたような表情をするシグダードが、可愛く見えた。
緊張が解れたフィズは、今度は少し前からの疑問を口にしてみた。
「あ、その、ずっと聞きたかったことがあるんですけど……」
「なんだ?」
「あの……毎日贈ってくださる水は……」
「ああ。気に入ったか?」
あの奇妙な贈り物の話をすると、シグダードは得意顔で指で円を描く。その円に現れた水の球はすぐに蒸気になって消えた。勢いで魔法を使うほど、自慢の贈り物だったようだ。
「え……と……な、なぜ水を?」
意味が分からないことを申し訳なく思い、控えめに聞いたが、シグダードにはショックだったようだ。
「な……ま、前に言っていただろう? 水がきれいだと」
「え……と……」
「銀竜に襲われる前に、私の魔法を見てそう言ったじゃないか。水が好きなんじゃなかったのか?」
「あ……」
そう言えば、あの時そんなことを言ったような気がする。しかしあれは、シグダードの魔法の水が作り出した幻想的な光景がきれいだと言っただけで、決して水そのものがきれいだと言った訳ではない。
「……違うのか?」
「いえ……」
「な、何を笑っている!」
水という的外れな贈り物に、よほど自信があったのか、期待はずれの反応に落胆するシグダードの様子がおかしくて堪らない。
していることは毎回ずれているのに、いつも必死なあどけなさと、そんな一言を覚えている思いが愛らしいと思った。
「いえ、ありがとうございました。とても……嬉しいです」
フィズが笑顔で礼を言うと、シグダードの方は急に真顔になって立ち止まる。
つられてフィズも立ち止まり、彼と向かい合った。
シグダードは、どこか遠慮がちにフィズに話しかける。
「フィズ……」
「は、はい……あの……」
どうかされましたか? フィズがそう問いかける前に、シグダードはフィズに近づいてきた。
逃げる間もなく、フィズは、顎を上げられた。自分より背の高い王から目を離せなくなり、嫌でも緊張してしまう。
「あ、あの……」
「フィズ……私に駆け引きはできない……そんなに器用じゃないんだ」
「え? あ……え? か、駆け引き? 何のこと……」
「フィズ……キスもダメか?」
「は!? え!? キス!?」
「妻になるのは嫌なんだろう? ならお前がいいと言うまで待つ。抱かれるのが嫌なら、お前が私を愛してくれるまで待つ。だが……キスくらいは許してくれないか?」
「え……えと……」
先ほどまでの幼げな様子のシグダードはもうそこにはいなかった。フィズの前にいるのは、一人の男だ。
「ダメか?」
「あ……その……」
ダメだ、ここにきたばかりの頃の自分なら間違いなくそう答えていた。なのに、今は拒否できない。
ダメだと言えば彼は引き下がるだろう。しかし言えなかった。
たった三文字の言葉が出てこない。出てこないのではなく出さないだけだと気づいたときには、ルイがフィズの背後から飛び出していた。
「ダメに決まってるだろー! フィズから離れろ!」
「ルイ!」
慌てて隠そうとしたが遅かった。ルイはシグダードとフィズの間に割り込むように飛んでいる。
シグダードは、その金竜を見て、目を見開いた。
「それは……まさか……」
「あ……陛下……これは……」
「金竜……」
「申し訳ございません!」
フィズはその場に平伏した。このままではルイは殺されてしまうかもしれない。
「その……彼は……私の友達で……」
「友達? 竜が?」
「本当に大事な友達なんです! お願いです! 彼は何も悪くありません! 殺さないでください!」
「フィズ……」
「わ、悪いのは彼を連れてきた私です。罰するなら私を……彼のことは……助けてください……どうか……」
この命乞いが何を意味するか、分からないわけではないが、何より今は、ルイがいなくなってしまうことを避けたかった。
「わっ!」
急にルイの悲鳴がしたかと思うと、彼は網に捕らわれていた。
「ルイ!」
「陛下、何事ですか?」
投網を投げた人物が近づいてくる。バルジッカと似たような格好をしているところを見ると、近衛兵の一人なのだろう。バルジッカよりずっと小柄で水色の短い髪と、同じ色のどこか少年のような目をした男だった。
シグダードが、その男に振り向いた。
「ミト……」
「陛下、バルジッカ様の隙をついて、魔法で部屋から出て行かれるのはおやめください。隊長が責を問われます」
ミトは、表情を変えないまま、ルイの羽を抑えて捕らえた。
シグダードは何も言わなかった。しかし、しばらくして、静かにフィズに告げてきた。
「フィズ、話がある。今日の夜だ。それまで部屋にいろ」
「はい……」
ミトが捕まえたルイをシグダードに差し出す。
「陛下、この竜はいかが致しましょう?」
殺せ、そう言うのではないかと、フィズは寒心したが、意外な判決が下った。
「……城の外に放り出せ」
「御意」
するとルイは、ミトの手の中で暴れ始めた。これ以上何かしたら本当に殺されるかもしれないのに。
「離して! フィズ!」
「ルイ! だめ! おとなしくして!」
フィズはルイを制止しようとしたが、無駄だった。
ルイは、なんとか拘束から逃れようともがき続ける。
「こいつ……! 陛下……もう」
ミトが苛立ちから穏やかでないことを言い出すより先に、知った声が割り入ってきた。
「陛下、お待ちください」
騒ぎの最中に現れたリーイックは、王の前に跪く。
「その金竜、私に下賜願います。金竜の血は万能の薬になると伝え聞きます。陋劣なものでも捨ててしまうよりは利用した方が賢明かと」
「……好きにしろ」
そんなことをされたら、ルイが死んでしまうのではないか、そう思ったフィズは抗議の声を上げた。リーイックがそんなことをするとは思えなかったが、黙ってはいられなかった。
「そんなっ……! 陛下っ……!」
「リーイック、それはお前にくれてやる。だが、決して殺すな」
シグダードは、フィズに振り向かず、リーイックに向かって言葉を付け足す。それはフィズの琴線に触れるほどの言葉であるとともに、始めてみるキラフィリュイザ王の寛大さだった。
それ以上は何も言わず、シグダードは城の方へ去っていった。
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