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chap1.押し付けられた恋心

11.帰らない訪問者

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 リーイックは、王の寝所をでると、足早に自室へ向かった。

 フィズと違って、王なら自分でなんとかする。よしんば何かあったとしても、王とバルジッカには昔からそういう噂があったし、今更噂の一つや二つ増えたところでたいしたことないだろう。

 そんなことよりも、早く部屋に戻らなくてはならない。何しろ部屋では他人に見られてはまずいものが飛び回っている。開発中の毒薬よりもまずいものが。

 部屋の扉を開けると、一気に疲れが襲ってきた。

「おかえりー!」

 のんきな挨拶で自分を迎えるルイは、机においておいたピスタチオの袋を勝手にあけて、バリバリ頬張っていた。机の上はピスタチオの殻だらけだ。

「ルイ……あまり散らかすな」

 散らかったゴミを片づけているそばから、ルイは殻をあちこちに放り出す。竜族は礼儀を知らないのだろうか。

「これもっとないのー?」
「もうない。後で、もう少しゴミがでない物を持ってきてやる」
「ほんと!? お寿司食べたい!」
「オスシ? なんだ? それは」
「知らないのか……残念……」
「そんなことより」
「フィズ、大丈夫かな?」

 こちらの話を聞く気がないのか、ルイはさっそくフィズの話を始める。ここへ来るときもずっと彼の話ばかりだった。それほどまでに彼のことが気がかりなのが不思議だった。

「しばらく休めば体調は戻るだろう。陛下にもそう進言しておく」
「ねえ……」
「なんだ」
「フィズを助けてくれてありがとう……フィズ、すぐ元気になる?」
「ああ」
「良かった……ありがとう……」
「それは陛下に言え。あいつを銀竜から守ったのは陛下だ。俺は陛下からフィズの回復を最優先にしろと言われている。仕事だからあいつを診ているだけだ」
「照れちゃって。フィズのこと、心配してくれたじゃん」
「仕事だ」
「照れ屋さんなの?」
「お前な…………そんなにあいつが大事なのか?」
「もちろんだよ。フィズは一番大事!」
「そうか。なら──」

 背を向けていたルイに振り返る。彼が竜で、表情を読めないことがもどかしいと思った。

「なぜ、銀竜を城に招き入れた?」

 わざわざルイを呼んだのは、それを聞きたかったからだ。あんなものをこれから何度も城に入れられるかと思うとぞっとする。

「なんの話?」

 ルイはこちらから目をそらさず、焦りもしない。ただ、首を傾げながらピスタチオの殻をしゃぶっていた。

 リーイックはなおも彼を問い詰めた。

「フィズが倒れたと聞いたと言っていたが、それは誰に聞いた? この国に金竜と話をする奴はいないぞ」
「いるじゃん」
「……誰だ?」
「お前」

 羽でこちらを指されると、言い返せない。しかし、リーイックはフィズのことをルイに話していないのだから、疑惑は晴れない。

「俺は」
「まあ、ボクがやったんだけどね」

 尋問する前にあっさりと自供されると拍子抜けしてしまう。

「なぜそんなことをした?」
「王様が気に入らないから」
「……は?」

 あまりにも子供っぽい理由に、聞き間違いかと思った。

 確かに金竜であるルイにとって、彼らを忌み嫌う国の城など、どうなってもいいのかもしれないが、あの場にはフィズがいた。彼が一番大事だというフィズが。

 シグダードが気に入らないからという理由だけで、フィズまで危険な目にあわせたというのか。

「理由はそれだけか?」
「そうだよ」
「フィズが怪我をしていたら、どうする気だったんだ?」
「しないよ」
「なぜそんなことが言える?」
「あんな銀竜なんかが、フィズに怪我させられる訳ないもん」
「……あの男は何者だ?」

 前にもルイは「フィズはお前が思っているような情けない奴じゃない」と言っていた。あれも、今の言葉も、本気で言っているなら、フィズという男は普通の人間じゃない。
 ただの人間が銀竜に襲われたら、怪我どころか確実に死ぬ。今回銀竜に襲われて命が助かったのは、この国で唯一魔法を使えるシグダードがいたからだ。

 ルイは自信たっぷりに続ける。

「少なくとも、お前らなんかに汚されていいようなものじゃないの!」
「陛下があの男を抱こうとしたのが気にくわなかったのか?」
「そうだよ」
「あのな……」
「でも、もうしないよ。王様がいなくなったら困るもん」
「……陛下に何か用事でもあるのか?」
「ひみつー!!」

 肝心なところでは、きっぱりと黙秘を宣言されてしまう。

 しかし、何かを聞き出すことはできなくても、少なくとも、もうあのようなことはしないと約束させなければならない。

「目的はこの国の滅亡だとか言い出す気じゃないだろうな?」
「そんなものに興味はないよ。むしろ、この国には元気でいてくれなきゃ困る。グラスに負けないくらい!!」
「なら、もうあんなものを呼ぶなよ」
「はあい。気をつけます!」

 ふざけた態度で敬礼するルイに、一抹の不安が残る。

「いいか、俺はお前が好きだが、あんなものを手先にするなら、お前のことを密告しなくてはならないぞ」
「こわーーーー」

 おどけた態度で頭を羽で隠されるとますます不安だ。

「ルイ、約束しろ。俺はフィズを治してお前達二人を逃がしてやるから、お前は大人しくしてろ」
「分かった! 約束! ボクもフィズが心配だからね! もうフィズが危ない目にあうのはイヤだもん!」

 自分で危ないものを呼んでおいて、その言い方は納得できないが、今ルイに関してできることはこのくらいだ。

 彼の存在を明らかにすれば、彼は殺されることになるが、そう簡単にはいかない。

 ルイは竜だ。竜族に関しては分かっていないことが多い。王が動けない今、また銀竜の群れを呼ばれたりしたら、落城とまではいかないまでも、凄惨な事態は避けられない。

 出て行くのが望みだというのなら、早いうちにそうしてもらった方がいい。

「いいか? 約束だぞ」
「うん! 人間と約束なんて初めて!」
「喜ぶようなことか?」
「喜ばないけど、ちゃんと約束は守るよ」
「そうか……」

 信頼できるか分からないが、この国から脱出することは、ルイの最初からの願いだったし、王がフィズを抱こうとしたのが気に入らずに銀竜を呼んだのなら、しばらくは大丈夫だろう。あの怪我では、そんなことは無理だ。

「ねー、これもっと欲しいー」

 ルイはあくまで気楽な様子でピスタチオをねだってくる。ことの重大性が分かっているのか。

「ルイ……」
「なにー?」
「コーリゼブル・キリゼブルの毒を知っているか?」
「あー……うん。昔、水魔族が雷魔族との争いで使った毒でしょ?」
「そうだ。水魔族は雷魔族との戦いに勝つために、魔族にしか効かない必殺の猛毒を作り出した。しかし、それは雷魔族相手に使われる前に、水魔族の城で広がった。事故だったらしい。それが原因で、水魔族は滅亡。毒は雷魔族の国まで広がり雷魔族も滅んだ。お前も銀竜のような凶暴な連中を従えてると、いつか自分が喰い殺されるぞ」
「……そんなものを従えてでも欲しいものがあるんだけど……約束は守るから安心して」

 怪しげな言葉に頭が痛いが、約束は守ると言っているのだから、後は注意深く見張ることにした。







 リーイックが、話は終わりだ、出て行けと促しても、ルイは出て行かなかった。彼はピスタチオを探しているのか、机の上をひらひら飛び回りながら口を尖らせる。

「そんなことより、早く王様何とかしてよー! フィズがされちゃう前に! リーイックのせいだよ!」
「俺がああしてなかったらもっと困っているぞ。陛下のグラス嫌いは知っているだろう。命が助かるんだ。貞操くらいどうでもいいじゃないか」
「フィズがかわいそうだよ!」
「入国料だと思えばかわいそうでもない」
「そんな入国料ひどすぎる!」
「分かった分かった。話は終わりだ。早くあの男のところへ行け」

 そう言った時、ガチャンと嫌な音がして振り向けば、ルイが机の上でうろちょろしたせいで、一本の瓶が割れていた。

「あー、ごめん。割った」
「割った、じゃない!! 早く離れろ!!」

 割れた瓶から白い煙が立ち上り、それは煙の前で突っ立っているルイとそっくりな姿を作る。 

「うわあ……」

 間抜けな顔で煙を見ているルイに向かって、リーイックは棚から取り出した瓶の中身を振りまいた。
 黒い液体をかけられた煙は、焼けるような音を立てて霧散する。

 それを見て、ルイはのんきに言った。

「きれいだったね。何あれ?」
「何でもいいだろう。早く出て行ってくれ」

 これ以上何かを割られてはたまらない。とにかく早く追い払おうと部屋のドアを開け振り返ると、ルイがそばにあった瓶を倒していた。

「わー!! 何これ!!」

 中の緑色の液体は、鳥の形を作るとそのまま窓を割って飛んでいってしまう。完成するまでにかかった五年の歳月と、家を一軒たてられるほどの費用が文字通り飛んでいく。

「わー、すごいー」
「頼むから出ていけ」

 怒りを抑えて呻くが、ルイは今度は、手近にあった瓶の蓋をくわえだす。

「おい! バカ! やめっっ……!」
「え? な」

 ルイの言葉を遮って、中の液体が爆発する。大した威力はないものだったが、机とその上にあったものはもう原型をとどめていない。

 けれど爆発の中心にいたはずのルイは、黒こげになっただけだった。
 さすがは頑丈な皮膚を持つ竜だ。こんこんとせき込みながら黒い煙を吐き出している。

 しかしこのままでは、部屋もルイも壊れてしまう。

「怪我をしないうちに帰れ」
「大丈夫。このくらいじゃボクは怪我なんかしないよ」
「そうじゃない。切り刻んででも部屋からつまみ出したくなる前に出ていけ」

 リーイックは、呻くように言って、瓶と机の残骸を集め始める。

 すると、ルイが隣にならんできた。出て行く気はないようだ。

「そんなに怒らないでよ。片付け手伝うよ」
「竜に片付けができるものか」
「できるよ」

 ルイがリーイックを見て、にやりと笑ったかと思うと、その体が光に包まれる。

 リーイックは、眩しさに視力を奪われ、何が起こったのか分からなくなった。
 目がその機能を取り戻した時、リーイックの目の前には、淡い紫色の髪をした男が立っていた。細い四肢をした若い風貌の男は、状況が掴めないリーイックを見てにっこり笑う。

「驚いた?」
「……ルイ?」

 男の声は確かにルイのそれだった。竜にこんな能力があるとは驚きだった。
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