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chap1.押し付けられた恋心
3.不可解な告白
しおりを挟むフィズは、リーイックに縋りついた。
「待ってください! 約束です! 私は薬を飲んだんだから次はあなたの番です! 逃がしてください!」
「ああ、いいぞ。国王陛下が許可したらな」
「はあっ!? ひ、ひど……だ、騙したんですか!?」
「騙してなどいない。他人と交換条件をもって交渉する際は、自分が請け負う義務について確認するべきだ。確認を怠り、提示された内容をそのまま承諾したのなら、俺の裁量で追加条項が発生することも予想できるだろう?」
「え? あ、え? はい……」
「なら問題ないな」
「え? あれ? あれ?」
何を言われたのか分からず、適当に相づちをうっていたら、いつの間にか問題が解決している。問題がなくなったのだから、これ以上追求することができない。
困っていると、布団に隠れていたルイが、フィズの肩に飛びのって、ため息混じりに教えてくれた。
「フィズ、騙されてる」
「え? そ、そうなの?」
「聞かなかったお前が悪いって言われてる」
「詐欺じゃないですか!」
命がかかっている時に詐欺を働くなんてあんまりだ。
肩の上のルイが「今ので騙される方がおかしいよ」と呟いていることには気づかなかったことにしておく。騙されたのは、彼の手口があまりに巧妙すぎたせいだ。
非難されても、リーイックは素知らぬ顔だ。
「心外だな。逃がさないとは言っていない。陛下が許可したら逃がしてやると言っただろう」
「問答無用で私達を撃ち落とした人が、じゃあ逃げていいですよ、なんて言うわけないじゃないですか!」
「撃ち落とした?」
「ルイに乗って空を飛んでいたらいきなり魔法撃たれたんです!」
「お前を落としたのが、キラフィリュイザ王だとなぜ分かる? 王じゃないかもしれないぞ」
「あ……そ、そうですね……」
またも納得してしまうフィズに、ルイがまた呆れたように言う。
「フィズ、魔法は王家にしか使えない」
「やっぱりキラフィリュイザ王じゃないですか!!」
怒鳴りつけるフィズに、リーイックは面倒臭そうに言った。
「そのうるさいのを黙らせたら逃がしてやるかもしれないぞ」
「ルイ! 少し黙ってて!」
「フィズ! 少しは学習しようよ!」
不毛な言い合いを遮ったのは、初めて聞く声だった。
「何を騒いでいる?」
そう聞きながら扉を開けた人は、一目でその人が誰なのか分かるような華麗に装飾された格好をしていた。
リーイックがその場で跪き、「国王陛下」と呼んでいる。
フィズが一番会いたくなかった、キラフィリュイザの王、シグダード・キラフィリュイザだ。
深い湖のような色をした長髪の、背の高い男で、立っているだけなら、目を見張るほどに美しいが、その目は得体がしれなくて、表情も読めない。
王は、ゆっくりとフィズに近づいてきた。
「起きたようだな」
「ひっ!」
近づいてくるキラフィリュイザ王の迫力に押されて、フィズは後ずさる。するとベッドに足を取られ、布団の上に尻餅をついてしまう。
怯えて立つことができないフィズに、王は覆い被さってきた。
ベッドに押し倒されたような状態のまま、相手の吐息が頬にかかるほど近づかれる。
すぐに殺されると思ったのに、王は、そっとフィズの頬に手を添えた。
「あの……?」
なぜ、グラス嫌いのキラフィリュイザ王が、自分にこんな風に触れるのか分からなかった。彼はフィズのことをグラスの人間だと思っているはずなのに。
それでも、王はいたわるような口調で、フィズの身体を心配する言葉をかけてくる。
「怪我はないか?」
「は?」
ますます混乱しそうだ。怪我はないかだなんて、おかしいではないか。自分で撃ち落としておいて。
顔をのぞき込まれたまま、沈黙が落ちる。
ジジ……とランプの灯がはじける音がした。
ぼんやりした明かりに照らされた王が、優しく笑う。
「大事ないようだな……」
「え……と──んっ!!」
不意に、何かに視界を塞がれた。それが王の顔だと気づいたのは、唇に濡れたものが触れた後だった。
「ん、んん!!!?」
無防備なフィズの唇を押し開けて、生温かいものが入り込んでくる。
グジュリ、と唾液が混ざり合う音がする。両頬を押さえられて、口の中を舐られて、端から漏れていく涎を拭うことができない。
抵抗しようとすると、密着した体で抑えつけられてしまった。
「ん……や……」
口を塞がれ、呼吸ができない。息苦しさから目に涙が滲んでくる。
どんなに暴れても、フィズを組み敷く男はびくともしない。それどころか、押さえつける手に力を入れられて、痛みが増した。
酸欠と疼痛が抵抗する力を奪っていく。
体温が上がる。
重ねられた体も混じり合う息も熱い。
ベッドに縫い付けられ、汗だくになった体が自由を取り戻したのは、意識が遠くなりそうになってからだった。
やっと唇を離してくれた王は、先ほどフィズの手首を押さえつけていた時とは打って変わって、優しい手つきでフィズの首筋に触れてきた。
「あ……あの……?」
肩で息をしながら、フィズは、キスをした相手と目を合わせた。
一体この王は何を考えているのだろう。おかしなものでも食べて、気が触れたのかもしれない。
「フィズ・クール……」
「はい……」
「私の后になれ」
「……は? き、后? え? きさき? ……って何?」
聞き間違いかと思った。初対面の、しかも敵国の人間だと思われている男に、国王が求婚だなんて、信じる方がどうかしている。
けれど王は真剣な顔で、フィズをじっと見下ろしている。
「私の妻になれ」
「は? え? な、なんで?」
「決まっているだろう」
今度は、優しく唇を重ねられた。軽くふれただけですぐに顔を離される。
正面からまっすぐに目をあわされると、さっきの淫らな口づけより恥ずかしい気がした。
「愛しているからだ」
「あい? な、何を?」
「お前はバカか。お前のことに決まっているだろう」
「……は? え? あ、ひ、人違いじゃないですか? だって、初めて会うのに……」
「いいだろう」
「よくな──んっ!!」
今度は噛みつくように唇を捕らえられ、口内を貪られる。先ほどの苦しいキスが思い出されて、何とか逃げられないものかと体をよじってみても、フィズを捕らえる腕はびくともしない。
もつれ合う二人に、成り行きをずっと見守っていたリーイックが、どこか冷めたような声をかける。
「陛下、本気ですか?」
目の前で、自分の国の王が訳の分からないことを言い出したのに、リーイックは顔色一つ変えない。
そんなリーイックを訝しむこともせず、王は「もちろんだ」と素っ気なく答え、フィズの首筋に口付けてきた。
「はっ──あっ!!」
体がビクンと震える。肌を吸われ、じりじりと焼き付けるような痛みを押しつけられる。
「や……う──ァっ!!」
いやらしい声がでて、羞恥に体が熱くなり、鼓動が速まる。
逃げようとして首を動かすと、部屋から出て行こうとするリーイックの姿が見えた。
「ちょっ、まっ……助けて!!」
必死の訴えを聞いて、リーイックは振り返ってくれたが、相変わらず表情の見えない目が、助けるつもりなどまるでないことを残酷に告げてくる。
「よかったな。これで少なくとも死ななくてすむぞ。王の妻になるのだから」
「は? え?」
「言ったとおりだろう? ちゃんと薬は効いたんだ」
「え? いや! こういうこと!?」
確かに「少なくとも死なない」とは言われたが、絶対にこういう意味じゃなかったはずだ。こんな効き方をする薬なんてあるものか。さすがに今度は騙されない。
追い縋ろうとしたが、王が離してくれない。
リーイックは扉の前で王に振り返り、礼をした。
「では陛下、失礼します」
「待って!!!」
フィズの悲痛な叫びを無視して、バタンと扉が閉まる。底なしの罠が獲物を捕らえた音だった。
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