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2章
36話 従うべき正義
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フリマが終了すると、全員で撤収を行なう。その後は食堂に移り、打ち上げと称した立食パーティーが開かれる。
打ち上げには、フリマに参加しなかった住民も含めてほどんどの住民が顔を出す。彼らとしては、気晴らしの目的もあるらしい。なるほど、だから最初の夜は上のフロアに人の気配がなかったのか、と、珍しく人の姿で埋め尽くされた食堂を眺めながら、漣は、初めて嶋野にここを案内された夜を思い出していた。
その嶋野は、結局、最後まで姿を見せなかった。
午前中は用事があり、それを済ませたら協会に戻ってフリマを見に来てくれると言っていた。「君の記念すべきフリマデビューですからね」と、嶋野は笑っていた。
その嶋野が、何の理由もなく約束を破るとは思えない。漣以上に面白い才能に出会ってしまったのかも――フリマの最中、そんな可能性が頭をよぎり、一人で腹を立てたりもした。ただ、今は、事故にさえ遭っていなければと、それだけを願っている。例えば誰かに連れ去られ、首の爆弾が――
「初めてのフリマ、お疲れ様」
「――っ、」
不意に声をかけられ、思わず肩をびくつかせる。振り返ると、立っていたのは高階の細い体躯で、立食用の紙皿を手に、ニマニマと漣を見上げている。
「あら、先日のテストで審美眼を4まで上げたんじゃなかったかしら」
どうやら彼女の声に恐怖したものと取られたらしい。が、さっきまで胸を襲っていた恐怖は、全く別の出どころだ。ただ、ここで高階に会えたのは、むしろちょうどよかった。
「いや、4でも高階さんのギフトに耐えるのは……ところで、嶋野さんはまだ帰らないんですか」
外界との連絡が断たれた漣には、今の嶋野の様子を知るには彼女に尋ねるしかない。すると高階は、ふ、と真顔に戻る。まさか、やはり――
「大丈夫、生きてるわよ。だからそんな、世界の終わりみたいな顔をしないで。――ええ、昼過ぎだったかしら、オペレーターに急用ができたと連絡が入ったそうよ」
ここで言うオペレーターとは、外出中のギフテッドの行動を管理、監視する非ギフテッドのスタッフを指す。事前に提出された行動予定表をもとに、GPSでリアルタイム監視を行なっている。ちなみに、定期的に行なわれる美術館の内覧ツアーでも、メンバーの行動監視を行なうのは彼らだ。
事前の行動予定と外れた行動を取るギフテッドの、首輪の爆破スイッチを押すのも。
「急用?」
「ええ。追加で見たい個展がある、って……まぁ、あの子はよくあることよ」
「そ、っすか」
どうやら生きてはいるらしい。ただ、そうなると現金なもので、今度はその個展が気になって、漣のデビュー作よりも優先されたその作家のことが気になってしまう。……考えてみれば、この協会の外には漣よりずっともっと素晴らしい才能が溢れているのだ。漣が嶋野に出会えたのは、たまたま特異なギフトを持っていたから。さもなければ注目すらされていなかった――
「あら、悔しいの?」
「えっ? い、いえ、別に……」
何食わぬ顔を装いながら、内心で漣は愕然としていた。
ああ、そうか。
俺は悔しかったんだ。今回の件に限らない。以前、嶋野の部屋を訪れたときに、他のギフテッドの作品があるからと部屋に上げてもらえなかった。それが、どうしようもなく腹立たしかった。拒まれたのは、あの頃はまだ審美眼がゼロだったから仕方ない。ただ、どうして、他の奴の作品なんか置いているんだ――と。
俺のアートがあれば、それでいいじゃないか、と。
「……すんません。やっぱ、かもしれないっす」
俺だけを見てほしい。俺のアートだけを。……これは一体、どういう感情なんだ。
見ると、相変わらず高階はじっと漣を見上げている。ただ、その顔はいつの間にか真顔に戻っている。
「あまり、あの子に入れ込まない方がいいわ」
「……え、」
「信じるのは構わないけど、最後はあなた自身の勘と、それから正義に従うこと」
そして今度は、ふ、と口元を緩め、言った。
「あの夜、あなたが切ってみせた啖呵、私、結構気に入ってるのよ」
打ち上げには、フリマに参加しなかった住民も含めてほどんどの住民が顔を出す。彼らとしては、気晴らしの目的もあるらしい。なるほど、だから最初の夜は上のフロアに人の気配がなかったのか、と、珍しく人の姿で埋め尽くされた食堂を眺めながら、漣は、初めて嶋野にここを案内された夜を思い出していた。
その嶋野は、結局、最後まで姿を見せなかった。
午前中は用事があり、それを済ませたら協会に戻ってフリマを見に来てくれると言っていた。「君の記念すべきフリマデビューですからね」と、嶋野は笑っていた。
その嶋野が、何の理由もなく約束を破るとは思えない。漣以上に面白い才能に出会ってしまったのかも――フリマの最中、そんな可能性が頭をよぎり、一人で腹を立てたりもした。ただ、今は、事故にさえ遭っていなければと、それだけを願っている。例えば誰かに連れ去られ、首の爆弾が――
「初めてのフリマ、お疲れ様」
「――っ、」
不意に声をかけられ、思わず肩をびくつかせる。振り返ると、立っていたのは高階の細い体躯で、立食用の紙皿を手に、ニマニマと漣を見上げている。
「あら、先日のテストで審美眼を4まで上げたんじゃなかったかしら」
どうやら彼女の声に恐怖したものと取られたらしい。が、さっきまで胸を襲っていた恐怖は、全く別の出どころだ。ただ、ここで高階に会えたのは、むしろちょうどよかった。
「いや、4でも高階さんのギフトに耐えるのは……ところで、嶋野さんはまだ帰らないんですか」
外界との連絡が断たれた漣には、今の嶋野の様子を知るには彼女に尋ねるしかない。すると高階は、ふ、と真顔に戻る。まさか、やはり――
「大丈夫、生きてるわよ。だからそんな、世界の終わりみたいな顔をしないで。――ええ、昼過ぎだったかしら、オペレーターに急用ができたと連絡が入ったそうよ」
ここで言うオペレーターとは、外出中のギフテッドの行動を管理、監視する非ギフテッドのスタッフを指す。事前に提出された行動予定表をもとに、GPSでリアルタイム監視を行なっている。ちなみに、定期的に行なわれる美術館の内覧ツアーでも、メンバーの行動監視を行なうのは彼らだ。
事前の行動予定と外れた行動を取るギフテッドの、首輪の爆破スイッチを押すのも。
「急用?」
「ええ。追加で見たい個展がある、って……まぁ、あの子はよくあることよ」
「そ、っすか」
どうやら生きてはいるらしい。ただ、そうなると現金なもので、今度はその個展が気になって、漣のデビュー作よりも優先されたその作家のことが気になってしまう。……考えてみれば、この協会の外には漣よりずっともっと素晴らしい才能が溢れているのだ。漣が嶋野に出会えたのは、たまたま特異なギフトを持っていたから。さもなければ注目すらされていなかった――
「あら、悔しいの?」
「えっ? い、いえ、別に……」
何食わぬ顔を装いながら、内心で漣は愕然としていた。
ああ、そうか。
俺は悔しかったんだ。今回の件に限らない。以前、嶋野の部屋を訪れたときに、他のギフテッドの作品があるからと部屋に上げてもらえなかった。それが、どうしようもなく腹立たしかった。拒まれたのは、あの頃はまだ審美眼がゼロだったから仕方ない。ただ、どうして、他の奴の作品なんか置いているんだ――と。
俺のアートがあれば、それでいいじゃないか、と。
「……すんません。やっぱ、かもしれないっす」
俺だけを見てほしい。俺のアートだけを。……これは一体、どういう感情なんだ。
見ると、相変わらず高階はじっと漣を見上げている。ただ、その顔はいつの間にか真顔に戻っている。
「あまり、あの子に入れ込まない方がいいわ」
「……え、」
「信じるのは構わないけど、最後はあなた自身の勘と、それから正義に従うこと」
そして今度は、ふ、と口元を緩め、言った。
「あの夜、あなたが切ってみせた啖呵、私、結構気に入ってるのよ」
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