ギフテッド

路地裏乃猫

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2章

33話 不用品

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 ……嘘だ。

 そう、頭の中で必死に否定するも、たったいま目にした光景は脳裡に焼き付いたまま消えてくれない。人けのない食堂の片隅で身を寄せ合う二人。そのうち一人は、嶋野で間違いない。あのダンサーみたいに長い手足は、遠目にもすぐにあの男だとわかった。

 問題は、そんな嶋野が抱き寄せていた背中だ。椅子に座っていても、嶋野の肩あたりに頭が並ぶほど大柄なあの背中。そして何より、あの明るい茶髪は。

 だとしても、どうして。

 瑠香の嶋野に対する怒りや恨みは、今日、話して聞かせたばかりだ。なのに、その晩にはもう嶋野と一緒にいて、ぴったりと身を寄せ合っている。まるで、恋人みたいに――みたいに、じゃない。あの親密な空気は。

「……何なの」

 漣が肩越しに嶋野に向けていたもの。それは、瑠香の前でさえ見せたことのない、穏やかで、優しい笑みだった。深く温かな情愛のこもった――ひどい。嶋野はともかく、漣くん、あなたも。

 ほとんど呼吸も忘れて廊下を駆け抜け、部屋に飛び込む。扉を背に玄関にへたり込みながら、瑠香は、ともすれば溢れそうになる涙を手のひらでぐっと押さえる。

 ああ、また奪われるの。

 もう、誰の役にも立てないというの。誰のためにも生きられないというの。

 思えば、今までもずっとそうだった。アイドル時代、ファンの目はどれもセンターの子に向けられていた。瑠香はいつだって彼女の添え物だった。人気はつねに低空飛行で、グループを辞める時も、特に誰に惜しまれることもなかった。きっと、そんな子がいたことすら記憶するファンは皆無だろう。

 瑠香が地元福岡から東京に飛び出したのも、父の連れ子だった瑠香には家に一切の居場所を与えられなかったから。

 誰も瑠香を必要としなかったし、実際、瑠香が消えた後も誰も彼女を惜しまなかった。

 上京後、家族からは一通の手紙も届かなかったし、アイドルを辞めてハンドメイド作家に転身したあとも、誰も瑠香を訪ねてこなかった。それでもハンドメイド作家としてはそれなりに成功し、少しずつファンも増えて、ようやく世界に居場所を得た――のも束の間、協会のキュレーターに声をかけられ、また不用品に逆戻り。

 それでも、とギフトを活かして人を救えば、それも封じられて。

 そのギフトすら封じて尽くせば、また否定されて。

 ねえ。

 どうすればよかったの。

 どうすれば、あたしはこの世界と繋がれたの。居場所を作れたの。……君に求めてもらえたの。




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