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2章
18章 黒の解像度②
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瞬間。
瑠香の笑みが、ぱきりと音を立てて凍りつく。そんな瑠香の意外な反応に、漣は軽く面食らう。……どういうことだ。ここで暮らす人たちは、皆、キュレーターを目指しているんじゃないのか。
嶋野のように――漣のように、まだ見ぬギフテッドが救われることを願っているんじゃないのか。
「あ、あの、何か」
「嘘でしょ、漣くんがキュレーターになったら……ううん駄目! 絶対に駄目だからねそんなの! あたし絶対に許さないんだから!」
「えっ? 何が……」
ところが、漣が理由を問いただすより先に瑠香は跳ねるように席を立つと、乱暴な足取りでずかずかとアトリエに引き取ってしまう。えっ、何がどうなって……そう、漣が途方に暮れていると、ほどなく瑠香は同じ足取りで引き返してくる。が、今度は何も言わず、目すら合わせず、自作のスプーンを手にふたたびアトリエに駆け込んでゆく。どうやら自分の作品が漣に触れられないよう回収に戻っただけらしい。
「あの……瑠香、さん?」
テーブルを立ち、そろりそろりとアトリエに歩み寄る。
「あの、俺、何か気に障ること言っちゃいましたか。その……ほんとに、わからなくて」
すみません、と、どうせ見えるはずはないのにドアの前で頭を下げる。するとドア越しに、かなり近いところから瑠香の声が返る。この扉を隔てた数十センチ先に瑠香がいる。そんな気配がする。
「ごめん、漣くん」
「いえ、いいんです。ただ……理由を教えてもらいたくて」
「逆に……どうして漣くんは、キュレーターなんかになりたいの」
「えっ? それは……やっぱその、俺みたいなヤバいギフトを持ってる奴を、少しでも早く保護したいなって……じゃないと、その、また……」
また、傷つくべきでない人が傷ついてしまう。
奪われるべきでない幸せが、奪われる。
「そう……そっか。君は……本当にいい子なんだね」
が、それでもドアが開く気配はない。拒絶されている、と漣は思う。そのことに、思いのほかダメージを受ける自分に驚いている。
とりあえずテーブルに戻ると、料理をタッパーに移し、汚れた皿を洗って乾燥機に突っ込む。が、その間も瑠香が戻る気配はなく、仕方なく漣はそのまま部屋を後にする。
談話室でセルフサービスのコーヒーを貰い、すでに夜の帳が降りた中庭を眺めながらぼんやり啜る。
瑠香のあの怒り方は尋常ではない。それに瑠香は、我儘で他人を振り回すことを楽しむタイプの女性でもない。身内に恰好の見本がいた漣にはよくわかる。
じゃあ、あの激しい反応は一体……?
確かなのは、漣のキュレーターになりたいという意志が彼女の怒りに火をつけたことだ。いや……そもそもあれは怒りだったのか。彼女自身も戸惑っているように見えたあの感情は、ただの怒りと捉えるにはどこか違和感がある。
ただ、彼女が何も話してくれなければ、漣にとってそれは黒一色のカンバスでしかないのだ。実際は多くの色が塗り込められていて、遠目にそう見えるだけだとしても。
それとも、見るべきカンバスを違えているのか。
本当は、キュレーターという仕事の方にこそ仕込まれているのか。未知の色が。
瑠香の笑みが、ぱきりと音を立てて凍りつく。そんな瑠香の意外な反応に、漣は軽く面食らう。……どういうことだ。ここで暮らす人たちは、皆、キュレーターを目指しているんじゃないのか。
嶋野のように――漣のように、まだ見ぬギフテッドが救われることを願っているんじゃないのか。
「あ、あの、何か」
「嘘でしょ、漣くんがキュレーターになったら……ううん駄目! 絶対に駄目だからねそんなの! あたし絶対に許さないんだから!」
「えっ? 何が……」
ところが、漣が理由を問いただすより先に瑠香は跳ねるように席を立つと、乱暴な足取りでずかずかとアトリエに引き取ってしまう。えっ、何がどうなって……そう、漣が途方に暮れていると、ほどなく瑠香は同じ足取りで引き返してくる。が、今度は何も言わず、目すら合わせず、自作のスプーンを手にふたたびアトリエに駆け込んでゆく。どうやら自分の作品が漣に触れられないよう回収に戻っただけらしい。
「あの……瑠香、さん?」
テーブルを立ち、そろりそろりとアトリエに歩み寄る。
「あの、俺、何か気に障ること言っちゃいましたか。その……ほんとに、わからなくて」
すみません、と、どうせ見えるはずはないのにドアの前で頭を下げる。するとドア越しに、かなり近いところから瑠香の声が返る。この扉を隔てた数十センチ先に瑠香がいる。そんな気配がする。
「ごめん、漣くん」
「いえ、いいんです。ただ……理由を教えてもらいたくて」
「逆に……どうして漣くんは、キュレーターなんかになりたいの」
「えっ? それは……やっぱその、俺みたいなヤバいギフトを持ってる奴を、少しでも早く保護したいなって……じゃないと、その、また……」
また、傷つくべきでない人が傷ついてしまう。
奪われるべきでない幸せが、奪われる。
「そう……そっか。君は……本当にいい子なんだね」
が、それでもドアが開く気配はない。拒絶されている、と漣は思う。そのことに、思いのほかダメージを受ける自分に驚いている。
とりあえずテーブルに戻ると、料理をタッパーに移し、汚れた皿を洗って乾燥機に突っ込む。が、その間も瑠香が戻る気配はなく、仕方なく漣はそのまま部屋を後にする。
談話室でセルフサービスのコーヒーを貰い、すでに夜の帳が降りた中庭を眺めながらぼんやり啜る。
瑠香のあの怒り方は尋常ではない。それに瑠香は、我儘で他人を振り回すことを楽しむタイプの女性でもない。身内に恰好の見本がいた漣にはよくわかる。
じゃあ、あの激しい反応は一体……?
確かなのは、漣のキュレーターになりたいという意志が彼女の怒りに火をつけたことだ。いや……そもそもあれは怒りだったのか。彼女自身も戸惑っているように見えたあの感情は、ただの怒りと捉えるにはどこか違和感がある。
ただ、彼女が何も話してくれなければ、漣にとってそれは黒一色のカンバスでしかないのだ。実際は多くの色が塗り込められていて、遠目にそう見えるだけだとしても。
それとも、見るべきカンバスを違えているのか。
本当は、キュレーターという仕事の方にこそ仕込まれているのか。未知の色が。
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