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2章
13話 エゴイストたち
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◇◇◇
「――と、いうわけで、あなたの作品は、いずれも鑑賞レベル5に設定させてもらったわ」
半月ぶりに呼び出された所長室。高階に告げられた言葉は、しかし、漣に何の驚きも与えなかった。
「5っすか」
ソファに腰を下ろしたまま、窓際に立つ高階を振り返る。すると高階は軽く目を見開くと「あら驚かないのね」と鼻白んだ顔をした。
「一応、最高ランクの鑑賞難易度なのだけど?」
「あ、はい……てか、初日に嶋野さんから聞かされてましたし。すでに5で内定してる、って」
そうでなくとも、鑑賞難易度が高いことは漣に言わせれば何の価値にもならない。むしろ、そんなものはいくら低くても構わないから――何なら、そんなおまけはいらないから、できるだけ多くの人の目に触れてもらいたい。
ただ、通常の基準に照らして鑑賞レベルが設定されたことは、素直に喜ぶべきだと思う。一定の条件を満たしさえすれば鑑賞が許される、と、協会が保証したも同然だからだ。
常人なら命すら落としうる絵を。
「あ、そう。――ちなみにあなたの作品群だけど、残念ながら実物は、回収が難しいとの判断で破壊させてもらったわ」
「えっ……そう、なんすか」
それはさすがに驚いてしまう。が、これも冷静に考えれば当然の話だ。あんな危険な代物をいつまでも野晒しにするわけにもいかないだろう。仮にカバーか何かで覆ったとして、興味本位で覗く奴は必ず出てくる。かといって、それを防ぐべく警備員を常駐させるのもコスト的にナンセンスだ。
とはいえ、辛くないかといえば嘘になる。違法な落書きではあったにせよ、漣にとっては紛れもなく魂の一部だったのだ。
「ええ。代わりに、高精度カメラによる撮影でデジタルアーカイブ化させたわ。現場では、凪が随分と張り切っていたそうよ」
「凪……嶋野さんすか。そういえば……最近、全然見かけないんすけど」
最近どころか、初日を最後に嶋野とはあれきり一度も会えていない。
この施設では、連絡先さえ交換していれば、施設内であればローカルネットワークを通じて連絡を取り合うことができる。ところがPCとスマホを支給されたあと、嶋野に会えたら連絡先を聞き出そうと思ううちに、いつの間にか半月が過ぎてしまった。
「ああ。あの子なら今は名古屋よ」
「へぇ名古屋……えっ、名古屋!? ひょっとして観光っすか」
すると高階は、腕を組んだまま軽く肩をすくめる。
「まさか。ギフテッドの捜索よ」
「あ」
それもそうか、と今更のように漣は思う。それが彼の仕事なのだ。
「ネット上に、新しいギフテッドの存在を示唆する情報が見つかってね。念のため現地に飛んでもらったのよ。そうでなくともあの子、普段からアマチュア作家の個展だの展覧会だのとあちこち飛び回ってるから、ここでじっとしている方が珍しいわ」
「それも……ギフテッドの探索……?」
「それもあるのでしょうけど、まぁ半分は趣味よね。この前も、どこかのハンドメイドのイベントに嬉々として出かけていたわね。ああいう場所でも、よくギフテッドが見つかるみたい。と言っても、半年に二、三人程度だけど」
「そ……う、なんすか。仕事熱心なんすね……」
そうは言いながら、なぜか胸がざわついてしまう自分を漣は否めなかった。まだ見ぬ素晴らしいアートを、今この瞬間も探し回る嶋野。もちろんそれは仕事のためだろう。まだ見ぬギフテッドのため、社会を守るためでもある。ただ……
――そのギフトが、僕を君に出会わせた。
「あら、拗ねてる?」
「えっ? ……い、いえ、別に」
「いいのよ。アーティストなんてみんな自己顕示欲と独占欲の塊なんだから。そもそも、なぜ人はアートという表現手法を獲得したのだと思う?」
「……は」
今度は、いきなり何の話だろう。ただ、質問の答えは明らかだ。自分の中にあるイメージを誰かと共有したかったから。それ以外に考えられない。
ところが高階は、漣が思いもしない方向に話を転がす。
「一説では、独占欲だったともされているわ」
「……独占欲?」
共有ではなく独占。漣の想定とは真逆の答えだ。
「ええ。それが欲しい。実物を独占するだけじゃない、概念としても掌中に収めたい。そうした欲望が、まだ言葉も持たなかった人類に絵筆を取らせた、という説もある」
「はぁ」
そういう考え方もあるのか。ほとんど屁理屈じみているが。
「そして、その本質はおそらく現代のアーティストも変わらない。まだ見ぬ表現。まだ誰も見出したことのない光とかたち。未知のハーモニー。そうしたものを手に入れようと足掻く人種、すなわちアーティストこそ、この世で最も貪欲なエゴイストなのよ。無論、あなたも例外ではないわ、漣」
「……は、」
そこまで言われてようやく気付く。どうやらここまでの話は、漣の嶋野に対する感情を当てこすったものらしい。
「い、いや別に、あの人を所有したいとか、そういうのは――」
いや、本当にそうだろうか?
例えば嶋野が、新しいギフテッドを嬉々として連れ帰ったら、確かにいい気分にはならないだろう。それは、やはり独占欲と呼ぶべき感情ではないだろうか。
俺がここにいるじゃないか。
俺じゃ、駄目なのか――
「ところで、キュレーターの件は考え直してくれたかしら」
「えっ」
振り返ると高階が、今までの和やかな表情とは一転、厳しい眼差しでじっと漣を見据えていた。今度は何の話だと軽く苛つくも、そういう空気ではないことに気付いて漣は真顔に戻る。ああ、そうだ。この人は、元より漣がキュレーターになることに反対していた。
いや、だとしても俺の答えはもう――
「――と、いうわけで、あなたの作品は、いずれも鑑賞レベル5に設定させてもらったわ」
半月ぶりに呼び出された所長室。高階に告げられた言葉は、しかし、漣に何の驚きも与えなかった。
「5っすか」
ソファに腰を下ろしたまま、窓際に立つ高階を振り返る。すると高階は軽く目を見開くと「あら驚かないのね」と鼻白んだ顔をした。
「一応、最高ランクの鑑賞難易度なのだけど?」
「あ、はい……てか、初日に嶋野さんから聞かされてましたし。すでに5で内定してる、って」
そうでなくとも、鑑賞難易度が高いことは漣に言わせれば何の価値にもならない。むしろ、そんなものはいくら低くても構わないから――何なら、そんなおまけはいらないから、できるだけ多くの人の目に触れてもらいたい。
ただ、通常の基準に照らして鑑賞レベルが設定されたことは、素直に喜ぶべきだと思う。一定の条件を満たしさえすれば鑑賞が許される、と、協会が保証したも同然だからだ。
常人なら命すら落としうる絵を。
「あ、そう。――ちなみにあなたの作品群だけど、残念ながら実物は、回収が難しいとの判断で破壊させてもらったわ」
「えっ……そう、なんすか」
それはさすがに驚いてしまう。が、これも冷静に考えれば当然の話だ。あんな危険な代物をいつまでも野晒しにするわけにもいかないだろう。仮にカバーか何かで覆ったとして、興味本位で覗く奴は必ず出てくる。かといって、それを防ぐべく警備員を常駐させるのもコスト的にナンセンスだ。
とはいえ、辛くないかといえば嘘になる。違法な落書きではあったにせよ、漣にとっては紛れもなく魂の一部だったのだ。
「ええ。代わりに、高精度カメラによる撮影でデジタルアーカイブ化させたわ。現場では、凪が随分と張り切っていたそうよ」
「凪……嶋野さんすか。そういえば……最近、全然見かけないんすけど」
最近どころか、初日を最後に嶋野とはあれきり一度も会えていない。
この施設では、連絡先さえ交換していれば、施設内であればローカルネットワークを通じて連絡を取り合うことができる。ところがPCとスマホを支給されたあと、嶋野に会えたら連絡先を聞き出そうと思ううちに、いつの間にか半月が過ぎてしまった。
「ああ。あの子なら今は名古屋よ」
「へぇ名古屋……えっ、名古屋!? ひょっとして観光っすか」
すると高階は、腕を組んだまま軽く肩をすくめる。
「まさか。ギフテッドの捜索よ」
「あ」
それもそうか、と今更のように漣は思う。それが彼の仕事なのだ。
「ネット上に、新しいギフテッドの存在を示唆する情報が見つかってね。念のため現地に飛んでもらったのよ。そうでなくともあの子、普段からアマチュア作家の個展だの展覧会だのとあちこち飛び回ってるから、ここでじっとしている方が珍しいわ」
「それも……ギフテッドの探索……?」
「それもあるのでしょうけど、まぁ半分は趣味よね。この前も、どこかのハンドメイドのイベントに嬉々として出かけていたわね。ああいう場所でも、よくギフテッドが見つかるみたい。と言っても、半年に二、三人程度だけど」
「そ……う、なんすか。仕事熱心なんすね……」
そうは言いながら、なぜか胸がざわついてしまう自分を漣は否めなかった。まだ見ぬ素晴らしいアートを、今この瞬間も探し回る嶋野。もちろんそれは仕事のためだろう。まだ見ぬギフテッドのため、社会を守るためでもある。ただ……
――そのギフトが、僕を君に出会わせた。
「あら、拗ねてる?」
「えっ? ……い、いえ、別に」
「いいのよ。アーティストなんてみんな自己顕示欲と独占欲の塊なんだから。そもそも、なぜ人はアートという表現手法を獲得したのだと思う?」
「……は」
今度は、いきなり何の話だろう。ただ、質問の答えは明らかだ。自分の中にあるイメージを誰かと共有したかったから。それ以外に考えられない。
ところが高階は、漣が思いもしない方向に話を転がす。
「一説では、独占欲だったともされているわ」
「……独占欲?」
共有ではなく独占。漣の想定とは真逆の答えだ。
「ええ。それが欲しい。実物を独占するだけじゃない、概念としても掌中に収めたい。そうした欲望が、まだ言葉も持たなかった人類に絵筆を取らせた、という説もある」
「はぁ」
そういう考え方もあるのか。ほとんど屁理屈じみているが。
「そして、その本質はおそらく現代のアーティストも変わらない。まだ見ぬ表現。まだ誰も見出したことのない光とかたち。未知のハーモニー。そうしたものを手に入れようと足掻く人種、すなわちアーティストこそ、この世で最も貪欲なエゴイストなのよ。無論、あなたも例外ではないわ、漣」
「……は、」
そこまで言われてようやく気付く。どうやらここまでの話は、漣の嶋野に対する感情を当てこすったものらしい。
「い、いや別に、あの人を所有したいとか、そういうのは――」
いや、本当にそうだろうか?
例えば嶋野が、新しいギフテッドを嬉々として連れ帰ったら、確かにいい気分にはならないだろう。それは、やはり独占欲と呼ぶべき感情ではないだろうか。
俺がここにいるじゃないか。
俺じゃ、駄目なのか――
「ところで、キュレーターの件は考え直してくれたかしら」
「えっ」
振り返ると高階が、今までの和やかな表情とは一転、厳しい眼差しでじっと漣を見据えていた。今度は何の話だと軽く苛つくも、そういう空気ではないことに気付いて漣は真顔に戻る。ああ、そうだ。この人は、元より漣がキュレーターになることに反対していた。
いや、だとしても俺の答えはもう――
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