幼馴染は最強設定!

路地裏乃猫

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危機

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「気持ちは分かりますが……」
  と、対応に現われた当直医は渋るような色を見せた。
 「まだ誘拐されたという確証もないのに、患者に今すぐ犯人の特徴を言えだなんて……そんな無理を、彼の担当医として見過ごせると思いますか?」
 「そこを何とか、お願いします!」
  最後の願いのつもりで深々と腰を折る。が、
 「駄目ですよ。いくら君が彼の友人だと言ってもね。ほら、帰ってください」
  やはり医者はにべもなかった。もっとも、彼がそういうつれない態度を取るのも仕方なく、間もなく日付が変わるというこんな時間に、いきなり夜間通用口から現れ、患者と話をさせてくれと頼み込むほうが非常識ではあるのだ。
  そんなことは百も承知だ。それに俺だって、できれば翌朝の面会時間を待って会いたかったさ――でも今は、とにかく一分一秒を争うのだ。
 「なぁ生田くん、本当に柳沢くんが拉致されたという確証はないのかい?」
  顔を上げ、振り返る。
  たまたま署に戻っていたところをいきなり呼びつけられた初老の刑事が、疑わしげな眼差しで俺を見上げていた。
  その隣には、白い顔を真っ青にして立ち尽くす結のおばさんが。
 「確証はありません。ですが、俺には確信があります」
 「確信……ねぇ」 
  刑事は油っ気のないごま塩頭をぼりぼりと掻いた。もう何日も風呂に入れていないのか、掻いたそばからスーツの肩にぱらぱらと白いものが積もる。
 「だが、聞けば柳沢くんは、道場で師範代を務めるほどの高段者だそうじゃないか。そんな子が、みすみす誘拐を許すもんかね?」
 「落としてるんですよ、調子を」
 「は? 調子?」
  呆れたように問い返す刑事に、俺は大きく頷いてみせた。
 「合気道は、本人のメンタルが技の出来を大きく左右する武道です。ここ最近の結は、その……詳しい理由は分かりませんが、とにかくメンタル的な理由で調子を落としていて、それで、襲われてしまうことも可能性としては充分ありうるわけです」
  いつぞや抱いた厭な予感が、ふたたび俺の脳裏をよぎる。そう、災いの多くは、普段は噛み合うはずのない歯車が偶然噛み合ったときに起こるものなのだ。
  例えば、連続少年暴行事件と――絶不調の結。
 「生田くん?」
 「……えっ?」
  聞き覚えのある声に振り返る。
  照明の落ちた薄暗い廊下に、パジャマ姿の拓真がぼんやりと立っていた。
 「拓真? ど、どうして、」
 「どうしてって、それは僕の台詞ですよ」
  小動物のように軽く小首を傾げると、拓真は綺麗な二重瞼をぱちりと瞬かせた。
 「トイレに行ったら、廊下の向こうから生田くんの声が聞こえたので……生田くんこそ、どうしてこんな時間に?」
 「あ、いや……」
  なぜか気まずくなって俺は目を落とす。いざ本人を前にすると、たった今、主治医に捩じ込んだばかりの俺もさすがに本題を切り出せなくなってしまう。
  ここで犯人のことを訊けば、どれだけ拓真が傷つくことになるか、俺のような人間には想像できない。それは、拓真にとっては想像を絶する苦痛と屈辱の記憶に違いないだろうし、思い出すという行為によって再び傷ついてしまうこともあるだろう。
  それでも。
  どんな手を使っても、とにかく今は犯人の情報を手に入れなければ。たとえ、そのために拓真に恨まれることになっても……
 「なぁ、拓真」
  ふぅと息を整えると、意を決して俺は言った。
 「犯人のこと、詳しく聞かせてくれないか」
 「……え」
  瞬間、拓真の表情がぴたりと凍りつく。すかさず主治医が、「やめなさい!」と制したが、俺は止めなかった。
 「ごめん、拓真。残酷なことを言ってるのは分かってる……でも、聞かせて欲しいんだ。ひょっとすると俺の友達が……大事な友達が大変なことになってるかもしれなくて、だから、その、どうしても……助けたくて」
  俺は深々と頭を下げた。それ以上は何も言えなかった。
  拓真にこんなことを問い質すのは、恐ろしく残酷なことに違いない。ただ、奴らに拉致されたであろう結を窮地から救い出すには、もはやこの方法しかないのだ。
  あるいは今この瞬間にも、その心や身体に癒えがたい傷を負わされているかもしれない結を救い出すには。
 「頼む! 教えてくれ! 奴らの特徴と、そして居場所を!」
 「……その人は」
 「えっ?」
  顔を上げる。と、そこには、思いがけず静かに俺を見下ろす拓真の綺麗な双眸があった。
 「生田くんの友達? それとも……もっと大切な人?」
  ただ、よく見るとその瞳は不安げに揺れていて、静かな表情とは裏腹に、途方もない苦しみを奥に抱えているのがありありと伺えた。それが証拠に、俺を見上げる拓真の顔は、今にも気を失うかと思うほどに蒼褪めていて。
  それでも――
 「ああ」
  俺は頷いた。
 「大切な……すごく、すごく大切な人だ」
  そう、と、俯きがちに拓真が小さく呟く。溜息を交えたその声は、どこか寂しげに俺には聞こえた。
 「わかりました」
  やがて拓真は、意を決したように顔を上げた。その顔はしかし気の毒なほど蒼褪め、事件について話すことが、彼にとって恐ろしい苦痛を伴うことを暗に告げていた。
 「生田くんにとって大切な人なら、僕にとっても……わかりました。お話しします」
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