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恐るべき影
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病院に駆けつけた警察の人から、被害者を保護した状況をあれこれ問い質されるうち、気づくと窓の外はすっかり明るくなっていた。
「……完全に親怒らせるパターンだこれ」
窓の外に広がる、いっそ気持ちよいほど晴れ渡った空を見上げながら、そんなことを呟いてみる。
とはいえ、別に面倒を起こしたわけでもなく、むしろ人を一人救ったわけで、褒められはしても、さすがに怒られることはないだろう。――もっとも、どうしてそんな時間にサイクリングに出かけたのかと問われたら……まぁ、若さが有り余っていたから、とでも答えておくとするか。
それはともかくとして。
問題は、被害者の現況だ。
警官の話によると、被害者は、今から三日前に失踪した市内の男子高校生とのことらしい。
普段は外泊など一切しない真面目な生徒で、ところが、その晩にかぎって一晩経っても家に戻らず、翌朝、不審に思った母親が警察に捜索願を提出。
それが昨日の朝のできことで、それ以来、母親は警察からの連絡を心待ちにしていたのだが――その頃、すでに被害者は犯人たちに拉致され……
「いや、ひどい話だねまったく」
手元の書類を睨みながら、うんざりげに警官が漏らす。
五十がらみの、何となく人の良さそうなこの小太りの警察官は、警察という職業とは裏腹に、どこか相手をほっとさせる雰囲気を漂わせている。
同じような印象の持ち主として思い浮かぶのが、カウンセラーを生業にする翔兄だが、翔兄がどこか腹に一物ありげな印象を与えるのに対し、この警官は、本当に根っからのお人好しという感じがした。
「お医者さんの話によると、お尻の……ええと傷口の状態から察するに、どうやら複数の犯人から暴行を受けたらしいとのことだ」
やれやれと呟くと、警官は、白いものの混じりはじめた頭をボールペンの頭でかりかりと掻いた。
「まったく……ひどいことをする奴もいたもんだ」
「ひょっとして、これって最近噂の強姦魔の仕業ですか」
すると彼は、眠そうな瞼を軽く見開くと、それから、むぅと顔をしかめて、
「ああ、やっぱり広がっていたか……一応、被害者に配慮して事件の公表は避けていたつもりなんだけどね。まぁ、人の口に戸は何とやら、か」
なるほど……
どうやら例の、連続強姦魔の噂は本物だったらしい。改めて俺は、女子の情報収集能力の高さに感心したが、今はそんなことで呑気に感心している場合じゃない。
「どうなんですか」
俺の物言いがよほど切羽詰まって聞こえたのだろう、刑事はふと真顔に戻ると、
「まぁ、予断でこんなことを言うわけにもいかないだろうけど……僕個人は、その可能性は高いと考えるね」
「そう、ですか」
やがて病院に、連絡を受けた被害者の家族が駆けつけてきた。こんな非常識な時刻の呼び出しにも化粧や服装をきちんと整えてくるあたり、余程きちんとしたご両親に違いない。
が、だからこそ、この手の奇禍は堪えるだろう。
良識的な一家であるほど、この種のダメージを理解する知人に不足するだろうから。
二人は、病室の前に立つ俺たちに手短だが丁寧な礼を言うと、躊躇うような、でも急くような足取りで病室へと消えていった。
「今までの被害者も、ああいう感じの奴だったんですか」
二人の背中を目で追っていた警官が、怪訝そうにこちらを振り返る。
「というと?」
「ですから……今までの被害者も、ああいう……小柄で女の子みたいな、どちらかというと可愛い感じの男子学生だったんですか」
すると警官は、困ったようにううんと唸って、
「それは……僕の方からは詳しいことは言えないが……まぁ、そういう話も、本部からは聞いているね」
彼の権限ではそこまでが限界だったのだろう。が、それだけで俺には充分だった。
絶対に噛み合ってほしくない思考の歯車が、俺の中で次々と噛み合ってゆく。
それは、普段なら噛み合うはずのない歯車で、だが奇禍というのは多くの場合〝普段なら絶対に噛み合うはずのない〟歯車が偶然噛み合ってしまったときに起きるものだ。
連続集団暴行魔。狙われるのはみな可憐な男子学生。そして――
「……完全に親怒らせるパターンだこれ」
窓の外に広がる、いっそ気持ちよいほど晴れ渡った空を見上げながら、そんなことを呟いてみる。
とはいえ、別に面倒を起こしたわけでもなく、むしろ人を一人救ったわけで、褒められはしても、さすがに怒られることはないだろう。――もっとも、どうしてそんな時間にサイクリングに出かけたのかと問われたら……まぁ、若さが有り余っていたから、とでも答えておくとするか。
それはともかくとして。
問題は、被害者の現況だ。
警官の話によると、被害者は、今から三日前に失踪した市内の男子高校生とのことらしい。
普段は外泊など一切しない真面目な生徒で、ところが、その晩にかぎって一晩経っても家に戻らず、翌朝、不審に思った母親が警察に捜索願を提出。
それが昨日の朝のできことで、それ以来、母親は警察からの連絡を心待ちにしていたのだが――その頃、すでに被害者は犯人たちに拉致され……
「いや、ひどい話だねまったく」
手元の書類を睨みながら、うんざりげに警官が漏らす。
五十がらみの、何となく人の良さそうなこの小太りの警察官は、警察という職業とは裏腹に、どこか相手をほっとさせる雰囲気を漂わせている。
同じような印象の持ち主として思い浮かぶのが、カウンセラーを生業にする翔兄だが、翔兄がどこか腹に一物ありげな印象を与えるのに対し、この警官は、本当に根っからのお人好しという感じがした。
「お医者さんの話によると、お尻の……ええと傷口の状態から察するに、どうやら複数の犯人から暴行を受けたらしいとのことだ」
やれやれと呟くと、警官は、白いものの混じりはじめた頭をボールペンの頭でかりかりと掻いた。
「まったく……ひどいことをする奴もいたもんだ」
「ひょっとして、これって最近噂の強姦魔の仕業ですか」
すると彼は、眠そうな瞼を軽く見開くと、それから、むぅと顔をしかめて、
「ああ、やっぱり広がっていたか……一応、被害者に配慮して事件の公表は避けていたつもりなんだけどね。まぁ、人の口に戸は何とやら、か」
なるほど……
どうやら例の、連続強姦魔の噂は本物だったらしい。改めて俺は、女子の情報収集能力の高さに感心したが、今はそんなことで呑気に感心している場合じゃない。
「どうなんですか」
俺の物言いがよほど切羽詰まって聞こえたのだろう、刑事はふと真顔に戻ると、
「まぁ、予断でこんなことを言うわけにもいかないだろうけど……僕個人は、その可能性は高いと考えるね」
「そう、ですか」
やがて病院に、連絡を受けた被害者の家族が駆けつけてきた。こんな非常識な時刻の呼び出しにも化粧や服装をきちんと整えてくるあたり、余程きちんとしたご両親に違いない。
が、だからこそ、この手の奇禍は堪えるだろう。
良識的な一家であるほど、この種のダメージを理解する知人に不足するだろうから。
二人は、病室の前に立つ俺たちに手短だが丁寧な礼を言うと、躊躇うような、でも急くような足取りで病室へと消えていった。
「今までの被害者も、ああいう感じの奴だったんですか」
二人の背中を目で追っていた警官が、怪訝そうにこちらを振り返る。
「というと?」
「ですから……今までの被害者も、ああいう……小柄で女の子みたいな、どちらかというと可愛い感じの男子学生だったんですか」
すると警官は、困ったようにううんと唸って、
「それは……僕の方からは詳しいことは言えないが……まぁ、そういう話も、本部からは聞いているね」
彼の権限ではそこまでが限界だったのだろう。が、それだけで俺には充分だった。
絶対に噛み合ってほしくない思考の歯車が、俺の中で次々と噛み合ってゆく。
それは、普段なら噛み合うはずのない歯車で、だが奇禍というのは多くの場合〝普段なら絶対に噛み合うはずのない〟歯車が偶然噛み合ってしまったときに起きるものだ。
連続集団暴行魔。狙われるのはみな可憐な男子学生。そして――
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