幼馴染は最強設定!

路地裏乃猫

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君がいなくても

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 ――遼がいなくても、もう、大丈夫だから。
  どういうことだ?
  あれはつまり、俺という友人はもう要らないと――翔兄が構ってくれるから、もう俺には構ってくれるなと、そういうことか?
  確かに、あの時の俺の言葉は、長年幼馴染としてつるんできた結としてはショックだったに違いない。が、こと武道絡みの問題以外には無頓着なあいつが、いちいちそんな言葉に傷つくとは俺にはどうしても思えないのだ。
  俺の知る結ならむしろ「どうしてもっと早くに言ってくれないんだ! そうやって不満を溜め込むから演武がうまくいかないんだろ!?」と、逆につっかかってくるところだ。
  その結が、どうして、今回に限って……
  もしくは、あれは演武のパートナーを解消するという話だったのか。
  大会まで間もなく一か月を切ろうとしている今、メンバーを交代するならできるだけ早い方がいい。が、今のところ、そんな話は結の方から出されていない。
  ひょっとすると、あれがその宣告だったのか……?
 「いやぁ、大変だな生田くん」
 「え?」
  振り返ると、それまで俺の隣で黙々と木剣を振っていた門下生のおじさんが、その手を止め、手拭いで首の汗を拭きながらニヤニヤと俺を見ていた。
 「相手がいなくちゃ稽古にならんだろ。もうすぐ大会なのになぁ」
 「まぁ……そうっすね」
 「俺たち社会人組の苦労も少しは分かったかね?」
  その言葉に、俺は「ええ、まぁ」と曖昧に笑う。おじさんのような社会人組は、俺たち学生組とちがい、仕事の都合でメンバーが揃わないことの方が多い。
  足の怪我が治った今も、結は、なぜか稽古を休み続けている。
  理由はよく分からない。が、少なくとも俺には想像がつかない。多少の怪我なら平気で稽古に出ようとするあいつが、足が治った後も稽古を休み続ける理由なんて。
  演武のことといい、どうも今年はイレギュラーな出来事ばかりだ……
 「何なら今からでも別の人と演武を組んだらどうだい? 生田くんほど受けが上手けりゃ誰とでも組めるだろ」
 「そう……ですかね」
  そういえば俺は、今まで一度も結以外の門下生と演武を組んだことがない。ほかの人間と組むと、自分との練習時間が減ると嫌がる結に強く引き止められていたからだ。
  門下生の中には、複数の演武に参加する人も珍しくなく、その方がいろんな人の技に触れるきっかけにもなって良いと俺なんかは思うし、それに結も、基本的にはそういう考えの持ち主なのだが、こと大会用の演武となると、俺がほかの門下生と組むことをひどく嫌がった。まるで自分専用のおもちゃを取られることを嫌がる子供のように。ただ、今年は……
  ――遼がいなくても、もう、大丈夫だから。
 「そうだ。何なら俺と組むかい?」
 「……考えておきます」
  とりあえず曖昧に茶を濁す。そのくせ内心では、結以外の人間と演武を組むことに抵抗感を覚える自分を、俺は確かに感じ取っていた。
  道場を出ると、もう外はすっかり夜だった。ここ最近、日が暮れるのがめっきり早くなったように思う。考えてみれば、すでに暦は十月なのだ。
  頬を刺す風も、涼しいというよりはすでに冷たく、先行きの不透明感もあって、この日の風はひどく心細く感じられた。
  自転車を引きつつ柳沢流と書かれた門を出たときだ。
  坂の下から、一台の車がヘッドライトで夜陰を裂きつつこちらに駆け上がるのが見えた。
  柳沢家の屋敷は、市郊外の小高い丘陵の中腹にある。人も車も自転車も、道場に行こうと思えば、だから、必ず屋敷前の坂を登ってこなければいけない。勾配自体は決してきつくはない、いわゆるだらだら坂だが、歩きはともかく俺のような自転車組には、この長く続くだらだら坂が意外に足にきてしまう。と、それはともかくとして。
  ふと、そのエンジン音に聞き覚えがあると感じた俺は、坂の脇の林に自転車ごと突っ込み、急ぎ身を潜めた。
  その脇を、すれ違うように車が駆け上がってゆく。俺の予想通り、それは結を助手席に乗せた翔兄のミニだった。
  やがて車は、屋敷の門の前で停まった。
  ほどなく助手席から小柄な結が降りてくる。結は、ドアを開いたままぺこりと頭を下げると、運転席に向かって声をかけた。
 「ありがとうございます、翔兄さん」
 「なに、かまわないさ……ところで、例の件は考えてくれた?」
  ――例の件?
  すると結は、なぜか照れくさそうに顔を伏せて、
 「す……すみません、正直、僕にも何と答えればいいのか……」
 「それは、事実上のノーと捉えてもいいのかな?」
 「わ、わかりません。ほんとに……わからないんです……僕自身、その、自分の気持ちがよくわからなくて……変ですよね。自分のことなのに……」
 「いいさ。そういうことは、ゆっくり考えたほうがいい」
 「はい。……おやすみなさい」
 「おやすみ。結くん」
  最後にもう一度、結はぺこりと頭を下げると、ドアを閉めて門の中へと駆け込んでいった。
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