幼馴染は最強設定!

路地裏乃猫

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イラつくあいつ

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 それは今から半年ほど前の、ようやく寒さも緩みはじめた三月のある日のことだった。教室で一緒に弁当を開いていた結が、ふと、こんなことを切り出したのだ。
  ――あのさ、上級生の人に付き合ってほしいって言われたんだけど……
  聞けば、その上級生とは女ではなく男だったらしい。間もなく卒業する三年生で、卒業前に、せめて秘めた想いを片思いの相手に伝えたいと告白を決意したらしい。そして、できることなら付き合いたいと……
  ――遼はどう思う? 
  ――どうって?
  問い返す俺に、結はますます顔を曇らせて言った。
  ――やっぱり断った方がいいのかな。その人のこと、よく知らないし……。
  俯く結を前に、俺もまた途方に暮れていた。
  実はこの時、俺は、それまで感じたことのない強い焦りを感じていた。
  もともと俺は、何かに執着するタイプではなく、何かが手に入らずに焦ったり、逆に奪われて苛立ったりするということはない。その俺が、この時だけはどうしても結を奪われてはいけない、と、そう強く思った。
  ――いや、そこは普通に、男同士はイヤだからって言って断れよ。
  すると結は、相変わらず困ったような笑みのまま、
  ――そうだよね。やっぱり、男同士は気持ち悪いよね。
  と、言った。
  今にして思うなら、あの時の会話がきっかけだったと思う。誰にも結を渡してはいけないという、妙な焦燥に駆られるようになったのは……
  たとえば、それまで結が誰と喋ろうが何とも思わなかったのが、突然、相手の素性や態度が気になりはじめた。少しでも結を妙な目で見るような奴がいれば、俺自身が盾になり、結の前から追い払った。
  もともと結は、他人の悪意や敵意には鈍い方だ。
  未来の柳沢流三代目ということで、子供の頃から門下生の大人たちから可愛がられて育った結は、いい意味でも悪い意味でも筋金入りのお坊ちゃんだった。
  だから、そういう不届きな連中から守ってやらなければと、その露払いのために俺はそうしているのだと、そう思い込んでいた――最初の頃は。
  ただ近頃は、そんな苦し紛れの自己欺瞞さえ意味をなさなくなりつつあって……
 「あ……」
 「どうした」
  怪訝そうな結の声に振り返る。靴箱の蓋に手をかけたままの結が、訝しむように自分の靴箱の中を覗き込んでいた。
  午前七時に稽古を終えると、俺は、結の家で朝食をご馳走になり、その足で結とともに学校に向かう。だから毎朝、結とは登校が一緒になるのだが、そのせいか、こういう場面にもたびたび遭遇することになる。
  またかと思いつつ、結の肩越しにその中を覗き込む。
  上履きの上に置かれていたのは、一通の白い便箋だった。
 「貸してみろよ」
  有無を言わさず便箋を取り上げ、中身を確認する。案の定それは、どこぞのバカが溢れる想いをしたためたラブレターだった。しかも、その筆跡はどう見ても男のそれだ。
  やれやれ、またか……
  この中性的な外見のせいもあるのだろう。結は、とくに同性から驚異的にモテた。
  とくに昨年末、某フリーペーパーに道場の特集記事が載ってからというもの、名前と外見のせいで女子と勘違いしたらしい他校の男子生徒からファンを名乗る手紙が増えたのだ。
  道場でも、近頃は見学を希望する若い男が増えている。まぁ入口はどうあれ、合気道に興味を持ってくれる人間が増えるのは嬉しい限りだ。が、結を男と知って勝手に「裏切られた!」とクレームを入れてくるバカにはマジでうんざりしてしまう。
  まぁ、男と知って、それでもなお鼻の下を伸ばしてくる変態さんに較べれば多少はマシと言えるが……
 「モテモテだな、結」
  すると結は、なぜか不機嫌そうに俺を睨め上げて、
 「それを言えば……遼だって」
 「俺? 何で、」
 「知ってるんだよ。遼ってば、昨日も一年の女の子に告白されてただろ?」
 「は? 何でお前がそんなこと……」
  確かに昨日、俺は、それまで一度も話したことのない一年の女子から告白を受けた。
  それなりに可愛い子だったし、それに気立ても良さそうだったが、結局は丁重にお断りした。大会前のこんな時期に彼女でも作ろうものなら、ただでさえ俺の不調ぶりにイラつく結に、何と言われるか分かったものじゃなかったからだ。
  いや、本当はそれだけでなく……
 「結局、その子とはどうなったわけ?」
 「は? こ、断ったよ、普通に……つか、どうでもいいだろそんなこと」
  すると結は、ぷいとそっぽを向いて、
 「確かに、僕にはどうでもいいことだね」
  さっさと上履きに履き替えると、教室の方角へと足早に歩きはじめた。
 「何なんだよ、あいつ……」
  仕方なく、その背中を追いかける。
  聞き覚えのある声に呼び止められたのは、そんな時だ。
 「やぁ君たち」
  振り返ると、廊下に立っていたのは俺たちには見知った人間だった。
  身長は一八〇センチほど。成人男子としてはまぁ高い方だろう。余計な肉のついていない、ほっそりと痩せた身体は、すらりと伸びた姿勢のおかげもあって全体に優雅な印象を与える。顔立ちも、いわゆるアイドル顔ではないが、目鼻立ちの整った顔は端正かつ知的で、初対面の人間は十中八九、そんな彼に安心感と信頼感を抱くという。
  まぁ、彼の職業を考えるなら、単にそういう印象を装っているだけかもしれないが。
 「翔兄さん!」
  いつの間にか俺の隣まで駆け戻った結が、子供のように無邪気な声を挙げる。
  彼のことを、俺たちは翔兄と呼んでいる。
  翔兄は、もう何年も柳沢道場に通う門下生の一人だ。段位こそ俺たちに較べて低いものの、年齢的にはちょうど兄貴分に当たり、とくに高校受験前は、家庭教師代わりにあれこれ勉強を見てくれた、いわば俺らの恩人だ。
  その翔兄が、実はこの高校のスクールカウンセラーだと知ったのは入学後のこと。
  高校の入学式で、初めて白衣姿の翔兄を目にしたときの驚きと、驚く俺たちを見てニマニマとほくそ笑む翔兄のドヤ顔を、俺は今もはっきりと覚えている。
 「こらこら、学校では亥口先生と呼べと何度も言ってるだろ? ――おや?」
  その視線が、ふと俺の隣に立つ結の上で止まる。
 「どうしたんだい?」
  結はびくり顔を上げると、俺と翔兄の顔を見比べて「あ、ええと」と目を白黒させた。
  おかしい。普段はあまり動揺を露わにしない結が、こんなに感情を乱すなんて……
 「何か悩み? 僕でよければ聞くよ? 一応はカウンセラーだし」
 「いえ、悩みとか、そういうものは……」
  相変わらず結は、不審者のように瞳を左右に泳がせながらじっと立ち尽くしている。
  ただ、痴漢被害に遭っても平気な顔をしているこのお坊ちゃんが、こんなふうに思い悩む理由といえば、俺の知るかぎり一つしかない。
 「演武の稽古がうまくいってないんすよ」
  翔兄の顔に、おや、という色が浮かぶ。
 「演武って、君らが毎年やるあれのこと?」
 「そうっす」
  な? と結を振り返ると、なぜか結は、やめてくれと言いたげな目で縋るように俺を見上げている。まぁ結にしてみれば、自分の不手際を責められているような気分なのだろう。
 「……まぁ、おもに俺のせいなんですけどね」
  武士の情けで注釈を加えてやる。まぁ、せいぜい有難く思うがいい。
 「それは困ったねぇ。君らの演武は大会の目玉の一つなのに」
 「そう……っすよね」
  その時、ホームルーム開始五分前を告げる予鈴が、廊下に鳴り響いた。
  翔兄は薄い肩をひょいとすくめて、
 「ああ残念、タイムリミットだ。まぁ、何かあったらカウンセラー室にいるからいつでもおいで。お茶ぐらいは出すよ」
  言い残すと、きびすを返して廊下の向こうに去っていった。
 「俺らも行こうぜ」
 「……うん」
  頷く結の表情は、だが、相変わらず冴えなかった。
  やっぱり今日の結は変だ。――が、だとしても、一体どうして?
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