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「おい……いい加減にしろよ」
薄闇の中で、朝比奈の胸ぐらを掴み寄せながら唸る。
この夜、優人はいつになく苛立っていた。いくら言い聞かせても無駄な遠慮を解かない朝比奈に、とうとう我慢の限界を迎えてしまったのだ。
長いキスの後で、例によって朝比奈は優人の身体に触れていいかと断りを入れてきた。大事に思ってくれるのは嬉しい。が、それを差し引いても、盛り上がりかけた場面でいちいち空気をぶち壊しにされるのは我慢ならない。
宮野のように空気も何もなく性欲の捌け口にしてくる奴は論外だが、ここまで慎重すぎるのもいい加減どうかと思う。
「何度も言ってるだろ。俺だってガキじゃねぇんだ。つまんねぇ遠慮してんじゃねぇよ」
が、それでも朝比奈はもどかしい躊躇いを解かない。
「で、でも……その、」
「その、何だよ」
じろり優人が睨みつけると、朝比奈は筋張った首を子供のように竦ませて
「僕が遠慮をなくしたら、その……すごく、大変なことに……」
「どういう意味だ?」
すると朝比奈は、何かを決したように顔を上げ、
「じ……実は、僕は……」
と、やけに改まった口調で切り出した。
何だ? まさか別に好きな奴がいるとか、実は妻子持ちでしたとか――
「優人さんのことがすっごく好きなんです!」
「……は?」
想定外の言葉に優人は唖然となる。今更何を言ってやがるんだこの馬鹿は……
が、そんな優人の〝何を今更感〟をよそに、その後も朝比奈の暴走列車じみた告白は止まらなかった。
「もう好きで好きで大好きで、髪の毛から爪先までぜんぶ舐めまわしたいぐらい大好きなんです! 頭皮の匂いとかずっと嗅いでいたいですし、汗の匂いとかああああもう好きすぎて、だから、そんな僕が遠慮をなくしたら、きっと、優人さん大変なことに……」
「……だから?」
「え?」
今度は朝比奈が驚く番だった。切れ長の目を見開いて、呆けたようにぽかんと優人を見つめる。
「だから何だよ。そんなこと、とっくに知ってたっつうの」
「ええっ! どうやって分かっちゃったんですか!?」
「いや……分かるだろ普通」
優人の冷静な突っ込みに、朝比奈はいやぁぁと耳を塞ぐ。どうやら本気でバレていないと思い込んでいたらしい。優人に言わせれば、あれで見破るなと言われる方が酷な話だが。
「ええと、じゃあ……いいんですか本当に遠慮抜きで!?」
「ああ……まぁ」
どのみち強引にされるのは慣れている。が、それを抜きにしても、相手が朝比奈なら、きっと、それほど苦にはならない。
それは、朝比奈の積極さと貪欲さを侮っているというよりは、朝比奈だからいい、というシンプルな安心感だった。言葉を替えるなら――あたたかな信頼感。
「ん、っ」
だしぬけに唇を奪われ、角度を変えながら重ねられる。普段の朝比奈なら時間をかけて顎を開くところ、この時に限っては自ら抉じ開けるように舌を滑り込ませてきた。その強引さに戸惑い、思わず身体を引いたところを攻め込まれ、布団に押し倒される。背後への逃げ場をなくした優人は、いよいよ貪られるに任せるかたちになった。
舌先が絡み、泡立つ唾液の奏でるいやらしい音が頭蓋いっぱいに響くと、それだけで優人は身体の芯をじわり熱くしてしまう。
そんな身体の変化を見透かしたように、朝比奈の手がシャツの裾から滑り込んでくる。今や優人の身体を知り尽くした指先は、迷うことなく優人の弱い場所を目指し、そして、容赦なく捕えた。
「あん、っっ」
不覚にも甘える声が喉から漏れて、頬をかぁと熱くする。どのみち後で厭と言うほど洩らすことになるのだが、いまだ理性が残る間に聞かされるそれは我慢ならない。
そんな優人の気を知ってか知らずか、余計に恥ずかしくなることを朝比奈は囁いてくる。
「……可愛いですね。春先に庭の梅の木にやってくる小鳥みたいですよ」
「よ、余計なこと言うな、っ……あと喩えが無駄に長い!」
「すみません。でも、本当のことなので」
そう詫びる間も、胸の弱い場所への刺激は止めない。親指と中指で摘み上げ、絞り出した先端を人差し指の先で小突き、あるいは爪で掻く。そのたびに痒いような痺れるような刺激が背筋に伝わって、早くも優人は身体全体を切なくさせた。
さらに指は乳首に固執する。親指の腹で押し潰し、かと思えばちぎれるほど捻り上げる。
「や、ああ……そこ、いやだ、ぁ」
もう一方の朝比奈の手がシャツの裾を掴んで一気に捲り上げる。やはり今日の朝比奈はいつもと様子が違う。普段ならばここで必ず、雰囲気をぶち壊しにするような断りを入れてくるはずなのに。
目の前の端正な顔が浮かべる表情はあくまで真剣で、優人は年甲斐もなくどきどきする。
それこそ何を今更な話だが、朝比奈は、黙って顔を引き締めていれば稀に見る美男子なのだ。もっとも、動いて喋った瞬間にその印象はものの見事に砕けてしまうけれど。
やがてあらわになった優人の胸板に、朝比奈は躊躇なく顔を落とした。そして――
「んあぁ!」
ただでさえ苛められ敏感にさせられた場所を、温かな粘膜がしっとりと包み込む。宥められ、ほっとしたのも束の間、ちゅう、と強く吸い上げられ、優人は思わず腰を浮かせた。
その間も、一方の突起への刺激は続いている。
「くぅ……う、」
下唇を噛みしめ、ともすれば飛びそうになる意識を繋ぎ止める。覚えず腰が揺らめいてしまい、そのたびに布地の奥で主張を始めたそこが朝比奈の胸板に擦れた。
そんな優人の身体を、朝比奈の空いた腕が強く抱き寄せる。ようやく暴れる身体が収まるかと思いきや、あの部分がより密着して余計に苦しくなった。
触れてほしい。撫でて……扱いてほしい。
「えっ?」
意外な展開に優人は驚く。乳首から手を離した朝比奈が、その手を無言のまま優人のパンツに滑り込ませてきたのだ。撫でてほしいと願う心理が知らず識らず身体に顕れ、いつの間にか自ら擦りつけるかたちになっていたらしい。
その迷いのない手つきに驚いた優人は、だが次の瞬間、さらに驚くことになる。意外なほど器用で、かつ堂々とした朝比奈の手つきに。
「……んぅ、っ」
熱した茎をそっと包まれ、ひやりとした感覚に宥められたかと思うと、だしぬけに強く掴まれ激しく扱かれる。独特の緩急に翻弄されるうち、やがて布地の中からちゅくちゅくと湿った音が響きはじめた。
「……聞こえますか」
耳元で、上擦った声に囁かれた。
「すごく……濡れてます。感じてくれているんですね」
瞬間、優人は気まずさと恥ずかしさで危うく爆死しかけた。
「い、言うな……っっ、ぁあ」
覚えず悲鳴が漏れる。朝比奈の指先が、優人の濡れた先端をかりっと引っ掻いたのだ。
「ぁ…………」
気付くと優人は、朝比奈の手の中にぶちまけていた。
「今の……いく瞬間の優人さん、すごく、可愛かったです」
「う、るさぃ……っ」
これ以上余計なことを言えば殺すぞと意を込めてぎろり睨む。言葉にできなかったのは、言葉にするだけの気力と体力が残っていなかったせいだ。
これまでの朝比奈なら、ここで終了ということで優人を腕から解いていたところだ。
が今夜の朝比奈は、いっこうに優人を開放する気配を見せない。
「……どうした?」
疲れを圧してのろり顔を上げると、目の前に、思いがけず蒼褪めた朝比奈の顔があった。
「いい、ですか」
「え?」
「ですから……この先を、優人さんとしてもいいですか?」
そう囁く声は震えていて、あるいはひどく緊張しているのかもしれない。この先といえば、つまり挿入を意味しているのだろうが、本音を言えば、優人は挿れられるのがそれほど好きではない。が今は――
「ああ」
頷き、むしろ目顔で先を促す。今はただ、この奇妙な同居人――いや家族と熱を分かち合いたい。
パンツを脱がされ、頭からシャツを抜き取られると、いよいよ優人は生まれたままの姿になった。
俯せにされ、双丘をそっと撫でられる。優しい手つきにほっとしたのも束の間、するりと隙間に指を入れられ、奥の弱い場所を小突かれた。
先ほど優人が吐いたものを塗りつけられ、小さな輪を描くようにして解される。
「初めてなので……至らなかったらすみません」
そう言いながら、朝比奈の手つきはなかなか心得ていて、ぬめりを利用して確実に中へ、より中へと指を深めてゆく。入口の粘膜を巻き込むように侵入する細長い指先を、促すように優人はゆるゆると腰を振った。
「優人さんは、こういうのは初めてですか?」
その言葉に優人は返答に困る。初めてだと言えば、余計に緊張を与えてしまうかもしれない。――かといって、宮野とのことをありのままに話せば、あるいは幻滅されてしまう可能性も。
「……いや」
結局、曖昧に茶を濁すことを選んだ。
「少しは……ただ、あまり気持ちいいと感じたことは……ない」
その言葉に怯んだのだろう、奥に向かう朝比奈の指が止まる。
「ここは、じゃあ嫌いですか」
「そうじゃない」
そうだ。宮野の挿入を快いと感じなかったのは、単に彼が、優人を玩具としてしか見なかったせいだ。だが、優人は玩具ではなく人間だった。そして、そんな優人が求めていたのは玩具とその持ち主という関係ではなく、確かな愛情で結ばれた関係だった。
……皮肉なものだ。
人間には物扱いされ、逆に、人間でないものに人間として触れられる。
「お前のなら……いいと思う」
「……優人さん」
感極まったように上擦った声で呟くと、朝比奈は、奥に指を埋めたまま優人の背中にのしかかってきた。
「嬉しいです。すごく」
唇でやわやわと優人の耳朶を食む。舌先で窪みや溝を舐られると、下への刺激と相まって背筋がぞくぞく震えた。
「だんだん湿ってきました」
そういえば腰の奥の粘膜が、先ほどから切なくひくついて仕方ない。
「すごい……吸いついてきます」
言いながら朝比奈は、指の抽挿をじわじわと大きくする。飽きずに繰り返すのは、指先に吸いつく新鮮な感覚を無邪気に楽しんでいるせいかもしれない。が優人としては、いつまでも指先だけで遊ばれても仕方ない。むしろ遊ばれるほどに渇きばかりが増して、次の、さらなる刺激が欲しくなる。
こんな感覚は初めてだ。自分からあれが欲しくなるなんて。
「お前……いつまで遊んでんだよ、っ」
肩ごしに振り返り、言った。
「え?」
「いいから挿れろ。お前の……」
「は、はい」
奥から指を抜き取ると、いよいよ朝比奈は上下を脱ぎ捨て、その見事な裸体を露わにした。
青年らしい伸びやかで引き締まった筋肉に覆われた四肢。そして、程よく割れた腹筋の下では、いつも浴室で見かけるそれが、布団に膝をついた両脚の真ん中でまっすぐに天井を示している。
「少し……濡らしてやる」
「えっ?」
戸惑う朝比奈に構わず、朝比奈の下腹部に顔を埋める。一気に根本まで含むと、応えるように口中でそれがぴくりと震えた。
「ゆ……とさん、それ、駄目です……」
感じているのか、声がひどく上擦っている。宮野との時も、感じる宮野の姿に喜びはしたが、今にして思えば、単にあれは、宮野の愛情を繋ぎ止められる確信に安堵していたにすぎない。少なくともこんな、内側から止め処なく溢れるような喜びではなかった。
唾液を含めつつ舌を絡め、たっぷりと濡らし焦らしたところで唇を離す。おあずけを命じられた仔犬のような、どこか切ない表情で優人を見下ろす朝比奈に、そっと口づけ、囁いた。
「続き……したいだろ?」
そして俯せになり、誘うようにそっと腰を突き上げる。
「……早く、来いよ」
振り返り、わざとからかうような口調で言う。がその実、優人自身も恥ずかしさで今にも胸が破裂してしまいそうだった。
「あ、あの」
そんな優人を前に、おずおずと挙手しながら、朝比奈が口を切る。
「な、何だよ」
こんな時に、と軽く苛立ちつつ問えば、
「できれば、その、優人さんのことを見ながらしたい、です……駄目ですか」
いよいよ優人の中で何かがぼんと破裂する。朝比奈自身は無自覚で口にしているのだろうが、言葉の一々が恥ずかしくてたまらない。
「い……いいぜ」
なるようになれ。半ば破れかぶれな気分で優人は仰向けになった。
膝裏を掴まれ、身体を二つに折るようにして腰を掲げられる。そんな優人の下に、朝比奈の膝が素早く潜り込み、腰を浮かせた状態で固定される。
敏感な場所に熱く硬い先端が触れると、それだけで優人の身体は悦びに震えた。
思わず喉が鳴る。浅ましいところは見せたくないと願うのに、腰が自ら求めるように揺らめいてしまうのが情けなかった。
「本当に……い……いいですか」
「だから、いいって言ってんだろ―――」
終わりの言葉を紡ぐ間もなく、不意打ちのように一気に中を埋められた。
「……あ」
なかなか立派なものだとの認識はあった。が、奥で感じるそれは、傍で見るよりもはるかに存在感が増し、敏感な内壁を余すところなく刺激してくる。さらに角度を変えると、奥の弱い場所にダイレクトに当たって優人は少女のような悲鳴を洩らした。
「い、いや……ああ……うんっ」
空いた手で乳首を抓まれ、弾みで優人は二度目の絶頂を迎えた。
臍を、胸板を自らの白濁がしとどに濡らす。が、それでもなお朝比奈の抽挿は止まらない。腰が触れ合うほど深々と埋めたかと思えば、浅い場所まで抜き取り、また奥を突く。休む間も与えない抽挿に酸欠に似た苦痛を覚えながら、それでも優人は朝比奈の胸を突き放す気にはなれなかった。
繋がっていたい。もっと。こいつと。
「あ……さひな」
「はい」
「キス……しようぜ、このまま……」
「……はい」
上体を折り曲げ、優人に唇を重ねてくる。舌を絡め、唾液を貪り合ううち、次第に朝比奈の吐息が切なくなるのを優人は感じた。
「い……いいですか、このまま……」
そう伺いつつ離れる様子がないのは、実際、このまま離れる気が微塵もないからなのだろう。それはそれで構わない。優人にも、このまま朝比奈を離す気はなかったから。
やがて――
「……っ!」
鼻先で朝比奈が切なく呻いて、と同時に、優人の奥で何かが弾ける。
「す……すみません……」
息を乱した朝比奈が、崩れるように優人の肩に額を預ける。その後頭部に優人は手を回すと、汗を含んで乱れた髪を梳くようにそっと撫でた。
ようやく朝比奈の息が落ち着いたところで、わざと露悪的に優人は呟く。
「つーか……部屋とヤった奴の話なんて俺、聞いたことねぇよ」
すると、それまで優人の肩でへばっていたはずの朝比奈がむくりと身を起こし、
「いいじゃないですか。愛があればなんとやら、ですよ」
「は? べ……別に俺は、お前のことなんか愛してねぇし……」
「えっ、そうなんですか!?」
途端に泣きそうな顔になる朝比奈。遊園地で迷子になった子供を思わせるひどい顔に、本当にこれが、今の今まで自分を翻弄していた男かと優人は呆れた。
「ぼっ、僕はっ、こんなにっ、優人さんのことを愛してるのにっ」
「じゃ片想いってことだな。はは、ざまぁ」
「じゃ、じゃあ、今度こそ優人さんの愛を勝ち取れるように、僕、がんばりますっ!」
そして、躊躇なく優人の身体に飛びついてくる。
「は? おい待て、少しは休ませろ――」
が、言葉は半ばで封じられた。
朝比奈のキスが、貪るように優人の唇を塞いだのだ。
薄闇の中で、朝比奈の胸ぐらを掴み寄せながら唸る。
この夜、優人はいつになく苛立っていた。いくら言い聞かせても無駄な遠慮を解かない朝比奈に、とうとう我慢の限界を迎えてしまったのだ。
長いキスの後で、例によって朝比奈は優人の身体に触れていいかと断りを入れてきた。大事に思ってくれるのは嬉しい。が、それを差し引いても、盛り上がりかけた場面でいちいち空気をぶち壊しにされるのは我慢ならない。
宮野のように空気も何もなく性欲の捌け口にしてくる奴は論外だが、ここまで慎重すぎるのもいい加減どうかと思う。
「何度も言ってるだろ。俺だってガキじゃねぇんだ。つまんねぇ遠慮してんじゃねぇよ」
が、それでも朝比奈はもどかしい躊躇いを解かない。
「で、でも……その、」
「その、何だよ」
じろり優人が睨みつけると、朝比奈は筋張った首を子供のように竦ませて
「僕が遠慮をなくしたら、その……すごく、大変なことに……」
「どういう意味だ?」
すると朝比奈は、何かを決したように顔を上げ、
「じ……実は、僕は……」
と、やけに改まった口調で切り出した。
何だ? まさか別に好きな奴がいるとか、実は妻子持ちでしたとか――
「優人さんのことがすっごく好きなんです!」
「……は?」
想定外の言葉に優人は唖然となる。今更何を言ってやがるんだこの馬鹿は……
が、そんな優人の〝何を今更感〟をよそに、その後も朝比奈の暴走列車じみた告白は止まらなかった。
「もう好きで好きで大好きで、髪の毛から爪先までぜんぶ舐めまわしたいぐらい大好きなんです! 頭皮の匂いとかずっと嗅いでいたいですし、汗の匂いとかああああもう好きすぎて、だから、そんな僕が遠慮をなくしたら、きっと、優人さん大変なことに……」
「……だから?」
「え?」
今度は朝比奈が驚く番だった。切れ長の目を見開いて、呆けたようにぽかんと優人を見つめる。
「だから何だよ。そんなこと、とっくに知ってたっつうの」
「ええっ! どうやって分かっちゃったんですか!?」
「いや……分かるだろ普通」
優人の冷静な突っ込みに、朝比奈はいやぁぁと耳を塞ぐ。どうやら本気でバレていないと思い込んでいたらしい。優人に言わせれば、あれで見破るなと言われる方が酷な話だが。
「ええと、じゃあ……いいんですか本当に遠慮抜きで!?」
「ああ……まぁ」
どのみち強引にされるのは慣れている。が、それを抜きにしても、相手が朝比奈なら、きっと、それほど苦にはならない。
それは、朝比奈の積極さと貪欲さを侮っているというよりは、朝比奈だからいい、というシンプルな安心感だった。言葉を替えるなら――あたたかな信頼感。
「ん、っ」
だしぬけに唇を奪われ、角度を変えながら重ねられる。普段の朝比奈なら時間をかけて顎を開くところ、この時に限っては自ら抉じ開けるように舌を滑り込ませてきた。その強引さに戸惑い、思わず身体を引いたところを攻め込まれ、布団に押し倒される。背後への逃げ場をなくした優人は、いよいよ貪られるに任せるかたちになった。
舌先が絡み、泡立つ唾液の奏でるいやらしい音が頭蓋いっぱいに響くと、それだけで優人は身体の芯をじわり熱くしてしまう。
そんな身体の変化を見透かしたように、朝比奈の手がシャツの裾から滑り込んでくる。今や優人の身体を知り尽くした指先は、迷うことなく優人の弱い場所を目指し、そして、容赦なく捕えた。
「あん、っっ」
不覚にも甘える声が喉から漏れて、頬をかぁと熱くする。どのみち後で厭と言うほど洩らすことになるのだが、いまだ理性が残る間に聞かされるそれは我慢ならない。
そんな優人の気を知ってか知らずか、余計に恥ずかしくなることを朝比奈は囁いてくる。
「……可愛いですね。春先に庭の梅の木にやってくる小鳥みたいですよ」
「よ、余計なこと言うな、っ……あと喩えが無駄に長い!」
「すみません。でも、本当のことなので」
そう詫びる間も、胸の弱い場所への刺激は止めない。親指と中指で摘み上げ、絞り出した先端を人差し指の先で小突き、あるいは爪で掻く。そのたびに痒いような痺れるような刺激が背筋に伝わって、早くも優人は身体全体を切なくさせた。
さらに指は乳首に固執する。親指の腹で押し潰し、かと思えばちぎれるほど捻り上げる。
「や、ああ……そこ、いやだ、ぁ」
もう一方の朝比奈の手がシャツの裾を掴んで一気に捲り上げる。やはり今日の朝比奈はいつもと様子が違う。普段ならばここで必ず、雰囲気をぶち壊しにするような断りを入れてくるはずなのに。
目の前の端正な顔が浮かべる表情はあくまで真剣で、優人は年甲斐もなくどきどきする。
それこそ何を今更な話だが、朝比奈は、黙って顔を引き締めていれば稀に見る美男子なのだ。もっとも、動いて喋った瞬間にその印象はものの見事に砕けてしまうけれど。
やがてあらわになった優人の胸板に、朝比奈は躊躇なく顔を落とした。そして――
「んあぁ!」
ただでさえ苛められ敏感にさせられた場所を、温かな粘膜がしっとりと包み込む。宥められ、ほっとしたのも束の間、ちゅう、と強く吸い上げられ、優人は思わず腰を浮かせた。
その間も、一方の突起への刺激は続いている。
「くぅ……う、」
下唇を噛みしめ、ともすれば飛びそうになる意識を繋ぎ止める。覚えず腰が揺らめいてしまい、そのたびに布地の奥で主張を始めたそこが朝比奈の胸板に擦れた。
そんな優人の身体を、朝比奈の空いた腕が強く抱き寄せる。ようやく暴れる身体が収まるかと思いきや、あの部分がより密着して余計に苦しくなった。
触れてほしい。撫でて……扱いてほしい。
「えっ?」
意外な展開に優人は驚く。乳首から手を離した朝比奈が、その手を無言のまま優人のパンツに滑り込ませてきたのだ。撫でてほしいと願う心理が知らず識らず身体に顕れ、いつの間にか自ら擦りつけるかたちになっていたらしい。
その迷いのない手つきに驚いた優人は、だが次の瞬間、さらに驚くことになる。意外なほど器用で、かつ堂々とした朝比奈の手つきに。
「……んぅ、っ」
熱した茎をそっと包まれ、ひやりとした感覚に宥められたかと思うと、だしぬけに強く掴まれ激しく扱かれる。独特の緩急に翻弄されるうち、やがて布地の中からちゅくちゅくと湿った音が響きはじめた。
「……聞こえますか」
耳元で、上擦った声に囁かれた。
「すごく……濡れてます。感じてくれているんですね」
瞬間、優人は気まずさと恥ずかしさで危うく爆死しかけた。
「い、言うな……っっ、ぁあ」
覚えず悲鳴が漏れる。朝比奈の指先が、優人の濡れた先端をかりっと引っ掻いたのだ。
「ぁ…………」
気付くと優人は、朝比奈の手の中にぶちまけていた。
「今の……いく瞬間の優人さん、すごく、可愛かったです」
「う、るさぃ……っ」
これ以上余計なことを言えば殺すぞと意を込めてぎろり睨む。言葉にできなかったのは、言葉にするだけの気力と体力が残っていなかったせいだ。
これまでの朝比奈なら、ここで終了ということで優人を腕から解いていたところだ。
が今夜の朝比奈は、いっこうに優人を開放する気配を見せない。
「……どうした?」
疲れを圧してのろり顔を上げると、目の前に、思いがけず蒼褪めた朝比奈の顔があった。
「いい、ですか」
「え?」
「ですから……この先を、優人さんとしてもいいですか?」
そう囁く声は震えていて、あるいはひどく緊張しているのかもしれない。この先といえば、つまり挿入を意味しているのだろうが、本音を言えば、優人は挿れられるのがそれほど好きではない。が今は――
「ああ」
頷き、むしろ目顔で先を促す。今はただ、この奇妙な同居人――いや家族と熱を分かち合いたい。
パンツを脱がされ、頭からシャツを抜き取られると、いよいよ優人は生まれたままの姿になった。
俯せにされ、双丘をそっと撫でられる。優しい手つきにほっとしたのも束の間、するりと隙間に指を入れられ、奥の弱い場所を小突かれた。
先ほど優人が吐いたものを塗りつけられ、小さな輪を描くようにして解される。
「初めてなので……至らなかったらすみません」
そう言いながら、朝比奈の手つきはなかなか心得ていて、ぬめりを利用して確実に中へ、より中へと指を深めてゆく。入口の粘膜を巻き込むように侵入する細長い指先を、促すように優人はゆるゆると腰を振った。
「優人さんは、こういうのは初めてですか?」
その言葉に優人は返答に困る。初めてだと言えば、余計に緊張を与えてしまうかもしれない。――かといって、宮野とのことをありのままに話せば、あるいは幻滅されてしまう可能性も。
「……いや」
結局、曖昧に茶を濁すことを選んだ。
「少しは……ただ、あまり気持ちいいと感じたことは……ない」
その言葉に怯んだのだろう、奥に向かう朝比奈の指が止まる。
「ここは、じゃあ嫌いですか」
「そうじゃない」
そうだ。宮野の挿入を快いと感じなかったのは、単に彼が、優人を玩具としてしか見なかったせいだ。だが、優人は玩具ではなく人間だった。そして、そんな優人が求めていたのは玩具とその持ち主という関係ではなく、確かな愛情で結ばれた関係だった。
……皮肉なものだ。
人間には物扱いされ、逆に、人間でないものに人間として触れられる。
「お前のなら……いいと思う」
「……優人さん」
感極まったように上擦った声で呟くと、朝比奈は、奥に指を埋めたまま優人の背中にのしかかってきた。
「嬉しいです。すごく」
唇でやわやわと優人の耳朶を食む。舌先で窪みや溝を舐られると、下への刺激と相まって背筋がぞくぞく震えた。
「だんだん湿ってきました」
そういえば腰の奥の粘膜が、先ほどから切なくひくついて仕方ない。
「すごい……吸いついてきます」
言いながら朝比奈は、指の抽挿をじわじわと大きくする。飽きずに繰り返すのは、指先に吸いつく新鮮な感覚を無邪気に楽しんでいるせいかもしれない。が優人としては、いつまでも指先だけで遊ばれても仕方ない。むしろ遊ばれるほどに渇きばかりが増して、次の、さらなる刺激が欲しくなる。
こんな感覚は初めてだ。自分からあれが欲しくなるなんて。
「お前……いつまで遊んでんだよ、っ」
肩ごしに振り返り、言った。
「え?」
「いいから挿れろ。お前の……」
「は、はい」
奥から指を抜き取ると、いよいよ朝比奈は上下を脱ぎ捨て、その見事な裸体を露わにした。
青年らしい伸びやかで引き締まった筋肉に覆われた四肢。そして、程よく割れた腹筋の下では、いつも浴室で見かけるそれが、布団に膝をついた両脚の真ん中でまっすぐに天井を示している。
「少し……濡らしてやる」
「えっ?」
戸惑う朝比奈に構わず、朝比奈の下腹部に顔を埋める。一気に根本まで含むと、応えるように口中でそれがぴくりと震えた。
「ゆ……とさん、それ、駄目です……」
感じているのか、声がひどく上擦っている。宮野との時も、感じる宮野の姿に喜びはしたが、今にして思えば、単にあれは、宮野の愛情を繋ぎ止められる確信に安堵していたにすぎない。少なくともこんな、内側から止め処なく溢れるような喜びではなかった。
唾液を含めつつ舌を絡め、たっぷりと濡らし焦らしたところで唇を離す。おあずけを命じられた仔犬のような、どこか切ない表情で優人を見下ろす朝比奈に、そっと口づけ、囁いた。
「続き……したいだろ?」
そして俯せになり、誘うようにそっと腰を突き上げる。
「……早く、来いよ」
振り返り、わざとからかうような口調で言う。がその実、優人自身も恥ずかしさで今にも胸が破裂してしまいそうだった。
「あ、あの」
そんな優人を前に、おずおずと挙手しながら、朝比奈が口を切る。
「な、何だよ」
こんな時に、と軽く苛立ちつつ問えば、
「できれば、その、優人さんのことを見ながらしたい、です……駄目ですか」
いよいよ優人の中で何かがぼんと破裂する。朝比奈自身は無自覚で口にしているのだろうが、言葉の一々が恥ずかしくてたまらない。
「い……いいぜ」
なるようになれ。半ば破れかぶれな気分で優人は仰向けになった。
膝裏を掴まれ、身体を二つに折るようにして腰を掲げられる。そんな優人の下に、朝比奈の膝が素早く潜り込み、腰を浮かせた状態で固定される。
敏感な場所に熱く硬い先端が触れると、それだけで優人の身体は悦びに震えた。
思わず喉が鳴る。浅ましいところは見せたくないと願うのに、腰が自ら求めるように揺らめいてしまうのが情けなかった。
「本当に……い……いいですか」
「だから、いいって言ってんだろ―――」
終わりの言葉を紡ぐ間もなく、不意打ちのように一気に中を埋められた。
「……あ」
なかなか立派なものだとの認識はあった。が、奥で感じるそれは、傍で見るよりもはるかに存在感が増し、敏感な内壁を余すところなく刺激してくる。さらに角度を変えると、奥の弱い場所にダイレクトに当たって優人は少女のような悲鳴を洩らした。
「い、いや……ああ……うんっ」
空いた手で乳首を抓まれ、弾みで優人は二度目の絶頂を迎えた。
臍を、胸板を自らの白濁がしとどに濡らす。が、それでもなお朝比奈の抽挿は止まらない。腰が触れ合うほど深々と埋めたかと思えば、浅い場所まで抜き取り、また奥を突く。休む間も与えない抽挿に酸欠に似た苦痛を覚えながら、それでも優人は朝比奈の胸を突き放す気にはなれなかった。
繋がっていたい。もっと。こいつと。
「あ……さひな」
「はい」
「キス……しようぜ、このまま……」
「……はい」
上体を折り曲げ、優人に唇を重ねてくる。舌を絡め、唾液を貪り合ううち、次第に朝比奈の吐息が切なくなるのを優人は感じた。
「い……いいですか、このまま……」
そう伺いつつ離れる様子がないのは、実際、このまま離れる気が微塵もないからなのだろう。それはそれで構わない。優人にも、このまま朝比奈を離す気はなかったから。
やがて――
「……っ!」
鼻先で朝比奈が切なく呻いて、と同時に、優人の奥で何かが弾ける。
「す……すみません……」
息を乱した朝比奈が、崩れるように優人の肩に額を預ける。その後頭部に優人は手を回すと、汗を含んで乱れた髪を梳くようにそっと撫でた。
ようやく朝比奈の息が落ち着いたところで、わざと露悪的に優人は呟く。
「つーか……部屋とヤった奴の話なんて俺、聞いたことねぇよ」
すると、それまで優人の肩でへばっていたはずの朝比奈がむくりと身を起こし、
「いいじゃないですか。愛があればなんとやら、ですよ」
「は? べ……別に俺は、お前のことなんか愛してねぇし……」
「えっ、そうなんですか!?」
途端に泣きそうな顔になる朝比奈。遊園地で迷子になった子供を思わせるひどい顔に、本当にこれが、今の今まで自分を翻弄していた男かと優人は呆れた。
「ぼっ、僕はっ、こんなにっ、優人さんのことを愛してるのにっ」
「じゃ片想いってことだな。はは、ざまぁ」
「じゃ、じゃあ、今度こそ優人さんの愛を勝ち取れるように、僕、がんばりますっ!」
そして、躊躇なく優人の身体に飛びついてくる。
「は? おい待て、少しは休ませろ――」
が、言葉は半ばで封じられた。
朝比奈のキスが、貪るように優人の唇を塞いだのだ。
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