IDLE OR DIE

路地裏乃猫

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「・・・そう、ありがとう」
 報告を受けた会長が、モバイルホンの電源を切る。普段の彼女ならこの直後、背後に控える生徒会役員に鋭く指示を下達するはず。入学以来、一度として成績一位の座を譲ったことのない優秀な彼女は、電話を切り終える頃にはもう次の一手を編み出している。彼女の目的を果たすための一手を。なのにー-
「あの、会長」
 長い沈黙に耐えかね、かなえはおそるおそる口を開く。本当は、会長なりに何かお考えがあるのかも。その、神聖で冒すべからざる長考を邪魔してしまったのかもーーところが当の会長は、たった今かなえの存在に気付いたかのように振り返ると、ぽかん、と、心ここにあらずという顔をする。
「・・・何かしら、副会長」
「あ・・・あの、今のお電話は・・・」
 僭越。これが、普段の会長が相手なら絶対にこんな問いはしない。かなえが知るべきこと、知るべきでないことを判断するのは会長の役割である。質問とは、そうした会長の判断に異議を唱える畏れ多い行為だ。が・・・
「と、どなたからの、お電話でしたか」
「えっ? え、ええ・・・朝倉さんの信号を追っていた子達からよ。どうやら青梅にある遊園地跡に入っていったみたい」
 かなえの問いに、思い出したように答える会長。これが普段の会長なら、知る必要のないことよ、と受け流してしまうのに。ああ、やはり今の会長は尋常じゃない。・・・いや、今日に限らない。思えばここ数日、彼女はずっとこうだった。不調の理由はわからない。とりあえずはっきりしているのは、餌としてマークしていた朝倉きららが拉致された、ということだ。恐らくは、そう、会長が以前からマークしていた組織の手によって。
「それで・・・その、会長は、どうなさるおつもりで」
「どう、って・・・」
 そしてまた沈黙。が、今度のそれは短かった。
「追いかけるわ。あの子を。副会長、車を手配してちょうだい」
「えっ? ま・・・まさか会長直々に尾行を? それは、しかし現地の人間に一任なさればー-」
「私が車を出しなさいと言ったら出すの!」
「ひんー-ー-・・・?」
 いつもの歓喜の悲鳴を上げかけたかなえは、しかし、ふと違和感に気付く。数日ぶりに頂く会長の怒号に、本来なら全身の細胞がきゅううううん! と喜びに打ち震えるはずだったー-なのに、今回は。
「副会長」
「えっ? あ・・・はい! 今すぐ手配いたします!」
 慌てて自分のモバイルを取り出しながら、しかし、かなえは気付いている。胸の底にうっすらと漂う不安。ここにいる会長は、もう、以前の会長ではないのではないかー-ああ、そうだ。思えば、あの問題児と出会ってから何かが狂っていった。問題児とはそう、四辻あやめー-ではなく、あの自称アイドル朝倉きらら。彼女を餌として入学させたことは理解できる。人員を割いてまで地下ライブ会場から救出したのも、あんなところでせっかくの餌を浪費したくなかったから。
 でも。
 そうした事情を踏まえても、この件に関する会長の肩の入れようは異常だ。ライブ以降は特にそう。例えば、気付くとPCで押収されたライブ映像を眺めている。純粋に資料や証拠として視聴していたにしては、その没入具合も不自然きわまるものだった。
 魅入られていたのだろうか。
 あるいは、そう、あやめが言うように、本当にお母様と重ねているのだろうか。・・・何にせよ、今の会長はおかしい。狂っている。だから正すのだ。アイドルを憎み、その殲滅のためにはあらゆる残酷な方法も辞さなかった彼女を取り戻すのだ。
 私が愛する美しい死神を。
 電話を終え、自動車部に話がついたことを報告すると、さっそくかなえは踵を返す。
「念のため、自動車部と直接話を詰めてきます。現状では台数に不安がございますので」
 取って付けた理由を告げ、生徒会室を飛び出す。そうして自動車部に向かうふりをしながら、かなえは、ある場所に電話をかける。
「もしもし。宵野議員の事務所ですか。私、燐光学園生徒会のー-」





 やけに学園内が騒がしい。
 普段はお高く留まった生徒会役員たちが、今日はやけにばたついている。さっきも、自動車部の部室に役員の一人が駆けて行くのを見た。まさか、きらら絡みか。そういえば今日は、午後の授業できららの姿を見かけなかった。一応、午後の授業を終えたところで保健室を覗いてみたが、きららが運ばれた形跡はなく、保険医もきららの姿は見なかったとのことだ。そうして今度は、不可解な生徒会の動き。
 まさか・・・
 そう、嫌な予感を覚えた時にはもう、あやめは廊下を駆け出してた。
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