IDLE OR DIE

路地裏乃猫

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「いいよー---!」

 ー-えっ。
 それは、確かに闇の奥から聞こえた。返るはずのないレスポンス。そんなことは百も承知で、誰もいない夜の中庭で毎晩歌い踊っていた。なのに。
 ここは、朝倉きららにとっては秘密の練習場だった。図書館の裏。中庭に続くテラスに面したそこは、まるで一面鏡張りのレッスン室みたいに、ガラスに映る自分の姿をチェックしながら踊ることができる。周囲は植栽のおかげで視界も阻まれてているから、うっかり歌声が聞かれでもしない限り、ここにきららがいることは誰にもわからないー-
 はずだった。なのに。

 だから、ねぇ受け止めて、わたしの。
 みんなにも届けてあげる。

 きららちゃん!?
 そう、それは紛れもない星屑きららの歌声だった。声質もそれに節回しも、動画で聞いた彼女の歌そのままの。まさか・・・きららちゃんの幽霊? わぁどうしよう。本当に彼女の幽霊なら私、こんなキラキラじゃない普通のジャージで歌っていたこと怒られちゃうかな。あーもう、アイドルは年中無休でアイドルじゃなきゃいけないのにこれじゃダメダメだ! ・・・ううっ、でもせっかくきららちゃんがハモってくれたんだ。恰好はどうあれ全霊でハモり返さないと! いやハモり返すってそもそも何!? わっかんないけど、でも!

 煌めきは一瞬でも永遠。
 みんなにキラキラ届けるために生まれた。
 私はそう、夜空を駆ける流れ星。

 全く同じ節回し、同じ音程で重なる二つの声。いや、むしろ重ならないはずがない。もう何十回、いや何百回真似たか知れない彼女の歌。その何倍もリピートした彼女の動画。だから・・・だからこそ、皮肉だけども理解できる。この歌声は、きららちゃん本人じゃない。声も似ているし節回しもほぼ同じ。でも、ほぼであってそのものじゃない。いつもきららが歌いながら頭の中で再生するきららちゃんの歌声と、わずかに、でも確実にずれている。
 何より、きららちゃん本人ならたとえ幽霊でもこの明かりの下にばーんと飛び出してくれたはず。だって、彼女はそういうアイドルだった。溢れ出すキラキラが抑えられなくて、だからこそアイドルの道を選んだ子。そんな子が、草葉の陰でりんりんと鳴く鈴虫みたいな歌い方をするはずがない。綺麗で、でもとても寂しげな。
 ねぇ、あなた誰?
 会いたい。きららと同じぐらい、いや、それ以上にきららちゃんを愛する同志。こんな世界でもきららと一緒にアイドルを愛してくれる人。ねぇ、あなたは一体、誰?
 気付くと曲は終わって、謎の声もいつしか止んでいる。聞き間違いだったのだろうか。いや・・・そんなはずはない。この耳には今も、きららちゃんによく似た彼女の美しい歌声が残っている。
「また・・・会えるかな」
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