上 下
62 / 68

63 令嬢モノにありがちな例のアレ

しおりを挟む
 そんな調子で。
 まぁウェリナとは、以前とさほど変わらない関係、というかノリを続けていた俺だが、それでも不安がゼロだったかといえば否だ。むしろ、あいつが何食わぬ顔で接してくるたびに、俺の胸に巣食う不安は夕暮れ時の影みたいに音もなく版図を広げていった。
「何か、心配事ですか?」
 ベッドに起こした俺の背中を優しく撫でさすりながら、心配顔でマリーが問うてくる。彼女たちが日々施してくれる祈りのおかげで、肌の火傷はもうすっかり癒え、あとは肺のダメージを治すだけという所まで回復していた。
「心配事?」
「え、ええ……何だか、表情が優れない様子ですが」
「べ……別に、そんなことは……」
「大丈夫ですよ。今日はウェリナ様も公務でいらっしゃいませんし、存分に悩みをぶちまけちゃってください! あ、ひょっとしてアレですか? 幸せすぎて逆に怖い、みたいな? ですよねですよね! ほら恋って、順調な時が一番怖いって言うじゃないですか! 俺達、本当にこのままでいいんだろうか……みたいな?」
「えっと……あはは、詳しいね」
 するとマリーは、俺の背中を撫でさすりながらむふーと豊かな胸を張る。
「ええ。こう見えて私、あの書庫の本ぜんぶ読破してますから!」
「へぇ――えっ、全部!?」
 それは普通に……いや、めちゃくちゃすごいな!
「ええ。なので、恋のお悩みでしたら私に何でも相談しちゃってください! むしろネタの提供をお頼み申し上げ……ぐへへ」
「あ、うん……了解」
 やっぱりそういうことか。ちなみに、君自身の恋愛経験は――いや、よそう。どう考えても地雷原な上にセクハラだ。
 そのマリーが、ふと笑みを殺し、深刻そうに眉根を寄せる。
「そういえば殿下、お話が」
 その、明らかに深刻さを含んだ声色に俺が軽く身構えると、案の定、マリーはわりとヘビーな話題を切り出してきた。
「イザベラ様のことなのですが……先日の件で、是非殿下に謝罪したい、と仰っているんです。もちろん、殿下がお許しになればとのことですが……ただ、もし可能なら……と」
 訥々と告げるマリーの沈鬱な表情は、本人の感情を代弁しているのだろうか。もっとも、マリー、いやイザベラが身構える理由はよくわかる。あれだけのことをやらかして、謝罪で済ませようなんてのは確かに虫のいい話だ。本人もそれを重々承知で、でも謝罪のほかに出来ることは何もないから、ただ謝りたい、とだけ言っているのだろう。
 問題は、俺自身は例の件について何とも思っていない、ということだ。むしろ、利用されたイザベラには同情を覚えるし、あの一件を機に彼女が辛い境遇から解放されたのなら、多少無理をした甲斐はあったかなとも思う。
 ただ……否、だからこそ、イザベラが今もあの件に囚われているのなら、何とかその心を解放してやりたい。
 一方、考え込む俺の無言を拒絶と取ったらしいマリーは、「……ですよね」と勝手にしょげ込む。いやいや、まだ何も言ってないだろ俺!
「あ、いやそうじゃなくてだな! えーと、何と言えば……」
 そんな俺の脳裏をふとよぎるアイデア。一瞬、いやさすがにそりゃ悪趣味だろうと踏みとどまった俺だが、すぐにアクセルを踏み直す。むしろ〝バカ王子アルカディア〟としてはこれ以上ない一手だ。
「なぁマリー、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが」
 えっ、と怪訝な顔をするマリーに、俺はそのアイデアを打ち明ける。うん、やっぱ令嬢モノといえば『アレ』だよな。『アレ』つまり――
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...