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63 令嬢モノにありがちな例のアレ
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そんな調子で。
まぁウェリナとは、以前とさほど変わらない関係、というかノリを続けていた俺だが、それでも不安がゼロだったかといえば否だ。むしろ、あいつが何食わぬ顔で接してくるたびに、俺の胸に巣食う不安は夕暮れ時の影みたいに音もなく版図を広げていった。
「何か、心配事ですか?」
ベッドに起こした俺の背中を優しく撫でさすりながら、心配顔でマリーが問うてくる。彼女たちが日々施してくれる祈りのおかげで、肌の火傷はもうすっかり癒え、あとは肺のダメージを治すだけという所まで回復していた。
「心配事?」
「え、ええ……何だか、表情が優れない様子ですが」
「べ……別に、そんなことは……」
「大丈夫ですよ。今日はウェリナ様も公務でいらっしゃいませんし、存分に悩みをぶちまけちゃってください! あ、ひょっとしてアレですか? 幸せすぎて逆に怖い、みたいな? ですよねですよね! ほら恋って、順調な時が一番怖いって言うじゃないですか! 俺達、本当にこのままでいいんだろうか……みたいな?」
「えっと……あはは、詳しいね」
するとマリーは、俺の背中を撫でさすりながらむふーと豊かな胸を張る。
「ええ。こう見えて私、あの書庫の本ぜんぶ読破してますから!」
「へぇ――えっ、全部!?」
それは普通に……いや、めちゃくちゃすごいな!
「ええ。なので、恋のお悩みでしたら私に何でも相談しちゃってください! むしろネタの提供をお頼み申し上げ……ぐへへ」
「あ、うん……了解」
やっぱりそういうことか。ちなみに、君自身の恋愛経験は――いや、よそう。どう考えても地雷原な上にセクハラだ。
そのマリーが、ふと笑みを殺し、深刻そうに眉根を寄せる。
「そういえば殿下、お話が」
その、明らかに深刻さを含んだ声色に俺が軽く身構えると、案の定、マリーはわりとヘビーな話題を切り出してきた。
「イザベラ様のことなのですが……先日の件で、是非殿下に謝罪したい、と仰っているんです。もちろん、殿下がお許しになればとのことですが……ただ、もし可能なら……と」
訥々と告げるマリーの沈鬱な表情は、本人の感情を代弁しているのだろうか。もっとも、マリー、いやイザベラが身構える理由はよくわかる。あれだけのことをやらかして、謝罪で済ませようなんてのは確かに虫のいい話だ。本人もそれを重々承知で、でも謝罪のほかに出来ることは何もないから、ただ謝りたい、とだけ言っているのだろう。
問題は、俺自身は例の件について何とも思っていない、ということだ。むしろ、利用されたイザベラには同情を覚えるし、あの一件を機に彼女が辛い境遇から解放されたのなら、多少無理をした甲斐はあったかなとも思う。
ただ……否、だからこそ、イザベラが今もあの件に囚われているのなら、何とかその心を解放してやりたい。
一方、考え込む俺の無言を拒絶と取ったらしいマリーは、「……ですよね」と勝手にしょげ込む。いやいや、まだ何も言ってないだろ俺!
「あ、いやそうじゃなくてだな! えーと、何と言えば……」
そんな俺の脳裏をふとよぎるアイデア。一瞬、いやさすがにそりゃ悪趣味だろうと踏みとどまった俺だが、すぐにアクセルを踏み直す。むしろ〝バカ王子アルカディア〟としてはこれ以上ない一手だ。
「なぁマリー、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが」
えっ、と怪訝な顔をするマリーに、俺はそのアイデアを打ち明ける。うん、やっぱ令嬢モノといえば『アレ』だよな。『アレ』つまり――
まぁウェリナとは、以前とさほど変わらない関係、というかノリを続けていた俺だが、それでも不安がゼロだったかといえば否だ。むしろ、あいつが何食わぬ顔で接してくるたびに、俺の胸に巣食う不安は夕暮れ時の影みたいに音もなく版図を広げていった。
「何か、心配事ですか?」
ベッドに起こした俺の背中を優しく撫でさすりながら、心配顔でマリーが問うてくる。彼女たちが日々施してくれる祈りのおかげで、肌の火傷はもうすっかり癒え、あとは肺のダメージを治すだけという所まで回復していた。
「心配事?」
「え、ええ……何だか、表情が優れない様子ですが」
「べ……別に、そんなことは……」
「大丈夫ですよ。今日はウェリナ様も公務でいらっしゃいませんし、存分に悩みをぶちまけちゃってください! あ、ひょっとしてアレですか? 幸せすぎて逆に怖い、みたいな? ですよねですよね! ほら恋って、順調な時が一番怖いって言うじゃないですか! 俺達、本当にこのままでいいんだろうか……みたいな?」
「えっと……あはは、詳しいね」
するとマリーは、俺の背中を撫でさすりながらむふーと豊かな胸を張る。
「ええ。こう見えて私、あの書庫の本ぜんぶ読破してますから!」
「へぇ――えっ、全部!?」
それは普通に……いや、めちゃくちゃすごいな!
「ええ。なので、恋のお悩みでしたら私に何でも相談しちゃってください! むしろネタの提供をお頼み申し上げ……ぐへへ」
「あ、うん……了解」
やっぱりそういうことか。ちなみに、君自身の恋愛経験は――いや、よそう。どう考えても地雷原な上にセクハラだ。
そのマリーが、ふと笑みを殺し、深刻そうに眉根を寄せる。
「そういえば殿下、お話が」
その、明らかに深刻さを含んだ声色に俺が軽く身構えると、案の定、マリーはわりとヘビーな話題を切り出してきた。
「イザベラ様のことなのですが……先日の件で、是非殿下に謝罪したい、と仰っているんです。もちろん、殿下がお許しになればとのことですが……ただ、もし可能なら……と」
訥々と告げるマリーの沈鬱な表情は、本人の感情を代弁しているのだろうか。もっとも、マリー、いやイザベラが身構える理由はよくわかる。あれだけのことをやらかして、謝罪で済ませようなんてのは確かに虫のいい話だ。本人もそれを重々承知で、でも謝罪のほかに出来ることは何もないから、ただ謝りたい、とだけ言っているのだろう。
問題は、俺自身は例の件について何とも思っていない、ということだ。むしろ、利用されたイザベラには同情を覚えるし、あの一件を機に彼女が辛い境遇から解放されたのなら、多少無理をした甲斐はあったかなとも思う。
ただ……否、だからこそ、イザベラが今もあの件に囚われているのなら、何とかその心を解放してやりたい。
一方、考え込む俺の無言を拒絶と取ったらしいマリーは、「……ですよね」と勝手にしょげ込む。いやいや、まだ何も言ってないだろ俺!
「あ、いやそうじゃなくてだな! えーと、何と言えば……」
そんな俺の脳裏をふとよぎるアイデア。一瞬、いやさすがにそりゃ悪趣味だろうと踏みとどまった俺だが、すぐにアクセルを踏み直す。むしろ〝バカ王子アルカディア〟としてはこれ以上ない一手だ。
「なぁマリー、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだが」
えっ、と怪訝な顔をするマリーに、俺はそのアイデアを打ち明ける。うん、やっぱ令嬢モノといえば『アレ』だよな。『アレ』つまり――
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