【完結】悪役令嬢モノのバカ王子に転生してしまったんだが、なぜかヒーローがイチャラブを求めてくる

路地裏乃猫

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54 ナマモノの取り扱いには気をつけましょう

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 その後、俺たちはすぐさま宮殿を出ると、その足で精霊教会へと直行する。
 ここで言う〝俺たち〟とは、当初の三人にカサンドラも含む四人。いや何だってカサンドラまで? と、疑問を呈したのはウェリナ一人で、俺はというと、なぁんとなぁくその理由を察してはいたものの、現地に到着するまでは強いて触れずにおいた。いざとなったら燃やしたい〝積み荷〟があるんでしょう、多分。
 マリーも属する精霊教会本部は、王宮からは徒歩圏内の場所にあった。少なくとも、ここに行く途中でウェリナの屋敷に立ち寄るとなると、相当エッジの効いた三角形を描かなきゃいけないレベルで王宮に近い。規模について触れるなら、宮殿をディズニーランドとするなら教会はスペースマウンテンぐらいの大きさだろうか。もっとも、外観はコテコテのゴシック風だが。
 その、コテコテのゴシックな教会を訪れると、明らかに傷病人と思しき人たちがひっきりなしに出入りしている。とはいえ雰囲気はじつにのんびりしたもので、礼拝用の椅子に鈴なりに腰を下ろしたじーさんばーさんたちが「いや腰が痛くてね」だの「そういや今年の麦の出来は」などと世話話に花を咲かせる空気はもう完全に昼間の総合病院の待合室に漂うそれなのだった。
 そんな彼ら彼女らを相手に、初日のマリーと同じ素朴な修道服を纏った女性たちが話しかけているんだが、総じてとにかく声がデカい。
「ジョンさーーーん! き、こ、え、ますかぁーーー!!!!」
「あ゛ーーーーんだってぇーーーー!?」
 そんな、往年のコントを髣髴とさせるやりとりが随所で展開し、なるほど、こんな環境で日々を過ごせば初日のマリーが仕上がるわけだと俺は納得する。やがて、そんな彼女らの一人が「あら?」といった顔で振り返り、てててっと駆け寄ってきた。ふくよかな、それでいて何となくふてぶてしさを感じさせる顔つきの女性だ。
「おかえりなさいマリー! もうあのバカ王子の方はいいの? ――あ」
 いや、「あ」じゃないんだわ、と、うっかり彼女と目を合わせてしまった俺はつい声に出したくなるが、そこはぐっと我慢する。これは、うん、何もかもウェリナが悪い。で、そのウェリナはっつーと、俺の隣に立ち尽くしたまますんごい顔で彼女を睨んでいるわけだが、いやいや、それこそお前が始めた物語だろうよ。
 やがて礼拝堂の奥から、いかにも聖職者とおぼしい穏やかな顔つきのイケオジが現れる。ゆったりとしたロングフードを身に着けた彼は、まさにファンタジー映画の賢者といった趣きだ。
 その賢者風のイケオジは、俺の顔を見るなり眼鏡の奥の瞳を「おおっ」と丸めた。
「これはこれは王太子殿下、お身体の方はよろしいので?」
「えっ? あー……まぁ、そこはマリーちゃんの治癒魔法のおかげで――」
「違うんです司祭様、私は何にも、なーんにもお役に立てなくて! というのも――」
「いいや! マリーちゃんはすんげー役に立ってくれました! マリーちゃんがいなかったら俺マジで死んでた! 絶っっ対死んでました! はい!」
 あっぶねぇぇ危うく擬装がバレるところだったぜ。と、俺がマリーと素人漫才を演じる間も、カサンドラは落ち着きなく目を泳がせている。マリー曰く、ここに来れば彼女のアリバイは証明できるとのことだが、カサンドラはむしろそれを望んではいないように思える。まぁ……ここの〝書庫〟とやらに眠るのが俺の想像通りの代物なら、確かに、心穏やかではいられないだろう。
「で、司祭殿。昨晩こちらに妃殿下がいらしたというのは本当ですか?」
 早くも険しさを帯びたウェリナの声色。一方、司祭と呼ばれたイケオジは、とくに気を悪くする様子もなく、ただ、カサンドラの反応は気になるのか、横目で彼女を見守りながら頷く。
「ええ……間違いありません。妃殿下は昨晩……月が上がって天頂に至るまでの間は、間違いなく、こちらで過ごしておられました」
 それは、俺らがあの女の襲撃を受けた時間と一致する。つまり、この司祭の言い分が正しければ、カサンドラのアリバイは確かに成立するわけだ。そして……俺が見る限り、彼が嘘をついているふうには見えない。
「昨晩? しかし、教会の礼拝は通常、昼間に行なわれるものでは?」
「そうですな。しかし実際、日の高いうちには語り得ぬ秘密を抱える方は多いものです。ウェリントン家の方なら、それはよくご存じでしょう」
 司祭のささやかな、しかしクリティカルな反撃に、ぐうっ、と下唇を噛んで黙り込むウェリナ。ううむ、癒し系イケオジに見えてこのオッサン、なかなかの食わせ者だな。もっとも、俺としてはここでオッサンがウェリナを叩きのめしてくれた方がありがたいんだよな。無意味に互いの尊厳を傷つけ合うほど不毛なことってないだろ? 特にほら、性癖に関する話はさ。つーわけでこのまま、いい感じにカサンドラ妃の疑惑が晴れてくれれば――
「では皆さん、書庫へ参りましょう!」
「はい!?」
 見ると、早くもマリーの足は礼拝堂の奥へと進みはじめている。いやいや、司祭様がカサンドラの尊厳を守ろうと必死に頑張ってくれてんのにあの猪突猛進バカは!? 一方、カサンドラの顔は白から青、赤、そしてまた白と目まぐるしく色を変えており、ビジュアル的には床屋の看板みたいで面白いがさすがに少し気の毒だ。
「書庫? まさか、奥の……いいのかいマリー? あの書庫はその、君たちの……」
「いいんです! とにかく私は、妃殿下が疑われる今の状況が我慢ならないんです! きっとこの人たちは、中途半端な証拠では納得してくださらない。ならばいっそ秘密も全部曝け出して、心から理解していただいた方が絶対いいんです! 同士の皆さんもきっと納得してくださいます!」
 そう言ってマリーは豊かなバストをむんと張ると、礼拝堂の中央をずんずんと突っ切り、祭壇の裏手へと回る。そこには小さな扉があり、開くとこぢんまりとした倉庫が現れた。ただ、棚には燭台などの儀式に要りそうな備品が並ぶばかりで、本の類は一冊も見当たらない。これが……書庫?
「こちらです」
 呆ける俺をよそに、マリーは棚の一つを横にスライドさせる。傍目にはかなり重そうに見えるそれはしかし、女性一人の力でもすんなり動く。よく見ると、棚の下には二本のレールが敷かれており、そういう仕様の隠し扉だとすぐにわかった。
 案の定というか、棚の奥から現れたのは地下に伸びる石造りの階段。ただ、この手の隠し階段にありがちなおどろおどろしさはなく、天井のクモの巣は丁寧に払われ、床も綺麗に掃き清められている。
「この下は地下室か?」
 ウェリナの問いに、マリーは神妙な顔で「はい」と頷く。
「出口はこの一つきり。窓もございませんし、換気口にはネズミ避けとして目地の細い格子が嵌め込まれています。そうでなくとも、ネズミ一匹通るのがやっとの大きさですので、途中で地下室を抜けてウェリナ様のお屋敷を襲撃する、なんてことはまず不可能です。それを確かめて頂くためにも、お二人をこちらにお連れしたんです」
 なるほど。確かに、A地点にいるはずの人物BがこっそりA地点から抜け出し、C地点で犯行を行なうのは、アリバイトリックとしてはお馴染みすぎるパターンだ。マリーがことさら俺たちに書架を見せようとしたのは、別に〝信者〟を増やしたかったわけではないんだな。いや、当たり前っちゃ当たり前の話だが。
 そんなことを俺が考える間にも、マリーはすたすたと地下に下りてゆく。その潔さは、むしろ見守る俺の方が「マジで大丈夫……?」と気を揉んでしまうほどだ。先日はあれだけ〝乙女の秘密〟とやらを守るのに必死だったのにな。逆に言えば、それだけカサンドラの潔白を証明したいってことか。ほんと、根は悪い子じゃないんだよなぁ……
 階段自体は意外と短く、半階ほど下りたあたりでまたしても扉に突き当たる。そのノブをマリーはぎゅっと握りしめると、ふう、と大きく深呼吸し、それから、うりゃっとばかりに勢いよく開く――と。
「……これは」
 俺の視界に飛び込む、光の精霊に照らされた書架また書架……って、広っ! えっ、ざっと見ただけでも郊外型クソデカブックオフぐらいの広さと書架の数なんだが!? ウェリナの屋敷にある図書室もデカいが、ここの規模はそれすらも優に超えている。
 つまり、ここにある全ての本が〝そういう本〟、ってコト……?
「何だ、この本は」
「あ、えっとですねウェリナ様、これは――」
 ところがウェリナは、自分で聞いておいてマリーの答えも待たずにつかつかと書架に歩み寄ると、さっそく一冊の本を取り出し中を開く。「あ、待って」とカサンドラが慌てて引き留めるが、当然のようにウェリナは聞きゃしない。親の仇でも見るような険しい目つきは、単純に、情報官としてのそれだろう。確かに、情報管理の面から国家を下支えするウェリナとしては、こうした場所をただのデカい書庫と見做すわけにはいかないはずだ。仮にここが危険思想に関する禁書を集めた書庫なら、それこそテロリストの揺籃にもなりかねないわけで。
 まぁ……ある意味、ヤバい書庫には違いないんだろうが、な……
 やがてウェリナは本を閉じると、本を書架に戻し、今度は別の本を取って開く。ひとしきりページを捲ったところでぱたりと閉じ、今度は別の本。それを何度か繰り返したところでウェリナは、ふーーーーーーっ、と、それはそれは長い溜息をつく。うん、どうやら誤解は解けたらしい。
「……父と先代モーフィアス侯が? いや、そんな馬鹿な……」
 そして生まれる新たな誤解。
 
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