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48 隠された力ってなんかこう滾るよね

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 次の瞬間、目の前で起きたことを一言で説明するのは難しい。
 ともあれ、一度はウェリナが腕を駄目にするほど苦戦した炎の壁、を、さらに分厚くした最悪の強化版は、ものの一瞬で目の前から消え去り、代わりに、途轍もない量の蒸気が中庭を満たす。一体何が、と呆然となる俺の鼻を不意に叩く雨粒。ぼたっ、なんて擬音の似合う恐ろしく重い雨粒にビビったその時にはもう、俺とマリー、そしてウェリナは、ゲリラ豪雨にも似た驟雨に洗われていた。
 雨は俺達だけでなく、テラス、そして今なお炎に包まれる中庭にも容赦なく降り注ぐ。雨を受けた庭の炎は、やはり凄まじい量の蒸気をもうもうと立てながら、急速に火の手を落としてゆく。
「い、今のは……まさか、そんな……」
 俺の傍らで、マリーがただでさえ大粒の瞳を見開きながら、譫言めいた呟きを漏らす。
「どうしたんだ、マリー」
「えっ、あ――……」
 明らかに言葉を濁しながら、マリーは霧の向こうにおずおずと目を戻す。やがて霧が晴れ、その奥から、なおも仁王立ちのままカサンドラを睨み据えるウェリナの姿が現れる。一方、その視界の向こうにいるカサンドラは、すでに豪雨によって炎を剥がされ、対岸にある建物の屋根に力なく膝をついていた。風そのものを操ることで空に浮くウェリナと違い、彼女の場合は炎が生み出す上昇気流を利用して飛ぶ。その炎を失えば、もはや空に浮くことはできない、ということらしい。
 さすがに諦めてくれるか――
 ところがカサンドラは、なおも手を突き出し、その先端から炎の塊を放ってくる。イメージ的にはスーパーマリオのファイアーボールに近い。が、ゲームではポコッと敵をやっつけるだけのアレも、実際に喰らうとなると結構ヤバい代物だ。何せ炎の塊だもんな。――が、そんな危険きわまる攻撃も、テラスを目前にしたあたりでジュッと音を立てて消滅する。そして、その返礼とばかりにカサンドラを襲う猛烈な雨と風。いや、もはやあれは嵐だ。
「無駄だ。俺には……炎は効かない」
 まるで少年漫画、いや少年漫画そのものの台詞をウェリナは吐き捨てる。くぅーかっこいい! って、いやいや感動してる場合じゃねぇ! よく見るとカサンドラの仮面は風で剥がれかけていて、改めて俺は彼女の正体を掴むべく雨の中に目を凝らす。……が、すでに火の手が収まり、夜本来の闇が戻った中庭で、しかもゲリラ豪雨並の雨脚に襲われた中ではそうそう視界は利かない。せめて昼間の晴天下なら、外れかけた仮面の隙間からご尊顔を仰ぐこともできたんだろうが――
 などと俺が目を凝らす間に、カサンドラは身を翻して屋根を駆け上がり、猫の素早さで棟の向こうにするりと消えてしまう。
「お、おい待て――」
「どういうことですか、ウェリントン侯爵」
 制止の声を上げかけた俺は、マリーの鋭い声に振り返る。見るとマリーは、ひどく険しい顔でウェリナを睨み据えている。普段はほんのり薄桃色に染まった頬は、しかし今は、なぜか恐ろしく青白い。
「いや、マリーちゃん、これにはいろいろと事情が――」
「なぜ、水の精霊の加護を?」
「――えっ?」
 水の精霊? でも確か、ウェリナの一族は……
「侯爵様は、風の精霊の加護を受けた一族のはず。そのあなたが、なぜ、水の精霊の加護まで受けているのです」
 そういえば……なぜ、一度目は防げなかったカサンドラの攻撃を二度目は無傷で防ぐことができたのか。あれがもし、水の力とやらを使った結果なら、直後に生じた霧についても説明がつく。その後に生じた嵐についても。何より……
 ――俺には……炎は効かない。
 なぜ〝俺〟だったのか。なぜ〝俺達〟ではなかったのか。あの水を操る力がウェリントン家に固有に備わっているものなら、ウェリナもああいう言い方はしなかったはずだ。
 それからもう一つ。二度目の攻撃を防ぐ直前、奴の髪は緑ではなく、確かに青に光った。おそらくそれは、水の一族の血……
「ご想像の通りだよ、ランカスタ嬢」
 濡れた若草色の髪を雑に掻き上げながら、どこか投げやりにウェリナは答える。相変わらずイイ男だなチクショウと思うが、今だけは見惚れる気になれない。
「そう、俺は……〝ダブル〟なんだ」
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