上 下
10 / 68

10 生き延びるために脱バカ王子を頑張ったらヒロインを盗られたヒーローがぐいぐい当て擦ってくる

しおりを挟む
 その敵ことウェリナは、いつぞやの儀式と同じ礼服姿で現れた。
 ウェリントン家の守護精霊は風。そのイメージカラーである緑を基調とした細身のジャケットには、家格を示す勲章のほか、ウェリナ自身が獲得した勲章も飾られている。十八歳の若さでよくもまぁ。俺がコイツの齢の頃は、受験勉強ほっぽり出してモンハンばっかやってたぜ。
「随分とお早いご登場ですね、殿下」
「ああ。一曲でも多く彼女と踊りたいからね」
 言いながら俺は、傍らのイザベラに片目をつむってみせる。するとイザベラは、あからさまにぎょっとした顔をする。ひょっとして……ウインクをご存じない? いや、悪役令嬢モノをはじめとするナーロッパ世界では、ジェスチャー等の非言語文化は現代日本のそれと概ね共通している。なので単にこれは、俺の突然のウインクに引いているんだろう。悲しみ。
「ははっ、あれほどパーティー嫌いだった殿下が、まるで別人のようだ」
 ぎくり。
 さすがは元ルームメイト。アルカディア君のことなら何でもお見通しってか。
 冗談はさておいて、改めてコイツには用心しなくては。事実、アルカディアは昔から、こうした賑やかな席をひどく嫌っていたそうだ。バカ王子とくれば、呼ばれなくてもこの手の集まりに馳せ参じては場の空気を凍らせて回るのが常なんだがな。まぁ、奴のキャラクターや立ち位置を踏まえるなら、逆に、極度のかまってちゃんだったのかもしれない。その場にいる全員に構ってほしい。じゃなきゃ顔なんか出しませーんってやつ。
 そんなかまってちゃんのケアを、学年首位をキープしながら二年も続けた男だ。アルカディアのことなら、それこそ身体の一部ぐらいに知り尽くしていることだろう。
 が、そのことと俺の生存計画は関係ない。
「子供じゃあるまいし、いつまでも引き籠ってばかりはいられないだろ? それに、彼女のことも放ってはおけない。一人でダンスパーティーに参加させるなんて恥を、我が婚約者にかかせるわけにはいかないからね」
 そうとも。別人に見えようがどうだっていい。実際、別人なんだからな。今の俺は、本来のキャラを逸脱してでもバカ王子をやめる必要がある。
「……なるほど」
 小さく呻くと、なぜかウェリナは真顔で黙り込む。……って、だからその不意打ちイケメンはやめろ!
 その切れ長の双眸が不意に俺を射貫いて、またしても俺は心臓が止まりかける。ほんっと健康に悪いイケメンだなコイツ! ……って、あれ?
「僭越ながら、どうか今一度、ご自身の立場を思い出して頂けますよう」
 言い残すと、ウェリナは踵を返して足早に立ち去ってゆく。その逆三角の背中を見送りながら、俺は、たったいまウェリナに向けられた視線を思い出す。
 間違いない。あれは……怒りだった。それと若干の焦り。イザベラとの仲に嫉妬していたのか? いや、だとすれば含まれているはずの嫉妬の色が、奴のエメラルドの瞳には一切見られなかった。
 どういう立ち位置なんだ、あいつ……?
 悪役令嬢モノのヒーローである以上、てっきりイザベラへの届かぬ恋を胸に秘めているものとばかり思っていた。だからこそ彼らヒーローは、悪役令嬢がバカ王子に婚約破棄を告げられるや否や速攻でアタック、「こんなケチのついた令嬢に婚約を申し込む男性なんていないわ」と嘆き、あるいは「これで自由な人生ゲットだぜ!」とガッツポーズをキメる悪役令嬢に、恐怖新聞のごとく新たな恋の物語を叩き込むのだ。
 それは、ウェリナも例外ではないはずだった。だからこそ俺はイザベラへの接触を警戒したし、彼女への恋心を匂わせでもしようものなら蹴飛ばしてでも追い払うつもりだった……なのに。
 あれ?
 どうも様子がおかしいぞ、コレ。
 イザベラがウェリナを歯牙にもかけていないのはまだいい。冒頭からヒーローに恋をする悪役令嬢はむしろ少数派だ。まずは警戒から入り、次第に相手の意外な一面に揺さぶられながら恋をしてゆく。それが悪役令嬢モノのセオリーであり、だからこそ、現段階でイザベラにそうした感情が皆無なのは何ら不自然ではない。……が、お前は違うだろウェリナ! イザベラへの恋心を匂わせるどころか彼女の存在を完全無視! 何なんだお前は一体! 
「殿下、踊りませんか?」
「えっ、あ――」
 イザベラの声に我に返る。そして今更のように彼女の存在を思い出すあたり、俺も相当調子を狂わされている。
 何もかもあいつのせいだ。あいつが全部悪い。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

【完結】壊された女神の箱庭ー姫と呼ばれていきなり異世界に連れ去られましたー

秋空花林
BL
「やっと見つけたましたよ。私の姫」  暗闇でよく見えない中、ふに、と柔らかい何かが太陽の口を塞いだ。    この至近距離。  え?俺、今こいつにキスされてるの? 「うわぁぁぁ!何すんだ、この野郎!」  太陽(男)はドンと思いきり相手(男)を突き飛ばした。 「うわぁぁぁー!落ちるー!」 「姫!私の手を掴んで!」 「誰が掴むかよ!この変態!」  このままだと死んじゃう!誰か助けて! ***  男とはぐれて辿り着いた場所は瘴気が蔓延し滅びに向かっている異世界だった。しかも女神の怒りを買って女性が激減した世界。  俺、男なのに…。姫なんて…。  人違いが過ぎるよ!  元の世界に帰る為、謎の男を探す太陽。その中で少年は自分の運命に巡り合うー。 《全七章構成》最終話まで執筆済。投稿ペースはまったりです。 ※注意※固定CPですが、それ以外のキャラとの絡みも出て来ます。 ※ムーンライトノベルズ様でも公開中です。第四章からこちらが先行公開になります。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

処理中です...