12 / 16
クリスマスを前に
しおりを挟む
「何が欲しい?」
「……え?」
不意に運転席からかけられた声に気付かず、反射的に蒼は問い返す。すると琢己は、やれやれと微苦笑を浮かべると、片手で器用にハンドルを握りながら、蒼の後頭部にそっと手のひらを回してきた。
「だから、欲しいものはあるかと訊いているんだが。――もうすぐクリスマスだろう。何でもいい、好きなものを買ってやる」
その手をさりげなく取り払いながら、蒼は琢己の横顔を軽く睨み返す。
早くも恋人気分でいるのか、ここ最近、琢己は無遠慮かつ頻繁に蒼に身体の接触を求めてくる。そのたびに蒼はすげなく振り払っているのだが、琢己の目には、どうやら照れ隠しと映っているらしい。
だが。
前回の台場の時はともかく今は、これは照れ隠しではないとはっきり言える。
もちろん――今のこれも。
「では指輪を」
「ん?」
「指輪をください。石動さんとお揃いの――そして、会う人会う人に自慢して回るんです。これは俺の恋人とのペアリングだ。ちなみにこの恋人は男だ、と」
「あっはっは!」
運転席で哄笑が弾ける。その笑声はしかし、ひどくヒステリックな印象を蒼に与えた。
「なかなか言うようになったな、蒼。――そうだな、まぁ、指輪ぐらいなら好きなものを買ってやろう。ただ、ペアリングは、」
「僕が欲しいのはペアのリングです。単体の指輪に興味はありません」
琢己の言葉を封じるように、ぴしゃり蒼は言い放つ。その言葉に興が削がれたのだろう、琢己はふんと鼻を鳴らすと、蒼から引いた手をふたたびハンドルに置いた。
「変わったな、蒼」
「……何がです?」
「お前だよ。随分と生意気になった。――俺としては、昔の素直なお前の方が好きだったんだがな」
それを言うなら、扱いやすい、の間違いではないのかと喉元まで出かかるのを蒼はすんでのところで堪える。
「僕だって……いつまでも子供じゃありません」
投げるように吐き捨てると、蒼は車窓越しの景色に目を戻した。
クリスマスまで残すところ一週間。商戦も最終ラウンドに差し掛かった街は、街路樹から店から何からクリスマス仕様にデコレーションが施され、いやでもクリスマス気分を盛り上げている。
このクリスマスが、蒼は子供の頃から嫌いだった。
僻みっぽいといえばそれまでだが、実際、クリスマスのせいで蒼は、自分の誕生日を祝ってもらったことが一度もなかった。祝うにしてもクリスマスと同時並行で、自分のためだけに開かれるパーティーに、蒼はいまだ一度もお目にかかったことがない。
まぁ、祝ってくれる人がいただけマシだったのだろうけれど。
今年は……そんな人間すら一人もいない。
家に帰ると、案の定、寒々とした部屋が蒼を出迎えた。どうやら拓海は、今夜もバンドのメンバーと会っているらしい。以前はせいぜい週に二、三度だった夜遊びも、このところは毎日のように続いている。
ネクタイを緩めると、蒼は、明かりを点けないままリビングのソファに身を投げた。
そのまま狭いソファの上で寝返りを打ち、暗い天井をぼんやり見上げる。
今日もまた、蒼は見えない傷を負った。
癒されることのない痛みを抱えながら、蒼は、あるいはこれは罰なのかもしれないとうっすら思った。拓海を利用し、今また密かに彼を欺く自分に科せられた罰なのではと。
「……拓海」
不意に天井が滲んで、手のひらでそっと顔を覆う。
こみあげる嗚咽は、がらんとした部屋に意外なほど大きく響いて、それが、蒼の耳にひどく障った。
「……え?」
不意に運転席からかけられた声に気付かず、反射的に蒼は問い返す。すると琢己は、やれやれと微苦笑を浮かべると、片手で器用にハンドルを握りながら、蒼の後頭部にそっと手のひらを回してきた。
「だから、欲しいものはあるかと訊いているんだが。――もうすぐクリスマスだろう。何でもいい、好きなものを買ってやる」
その手をさりげなく取り払いながら、蒼は琢己の横顔を軽く睨み返す。
早くも恋人気分でいるのか、ここ最近、琢己は無遠慮かつ頻繁に蒼に身体の接触を求めてくる。そのたびに蒼はすげなく振り払っているのだが、琢己の目には、どうやら照れ隠しと映っているらしい。
だが。
前回の台場の時はともかく今は、これは照れ隠しではないとはっきり言える。
もちろん――今のこれも。
「では指輪を」
「ん?」
「指輪をください。石動さんとお揃いの――そして、会う人会う人に自慢して回るんです。これは俺の恋人とのペアリングだ。ちなみにこの恋人は男だ、と」
「あっはっは!」
運転席で哄笑が弾ける。その笑声はしかし、ひどくヒステリックな印象を蒼に与えた。
「なかなか言うようになったな、蒼。――そうだな、まぁ、指輪ぐらいなら好きなものを買ってやろう。ただ、ペアリングは、」
「僕が欲しいのはペアのリングです。単体の指輪に興味はありません」
琢己の言葉を封じるように、ぴしゃり蒼は言い放つ。その言葉に興が削がれたのだろう、琢己はふんと鼻を鳴らすと、蒼から引いた手をふたたびハンドルに置いた。
「変わったな、蒼」
「……何がです?」
「お前だよ。随分と生意気になった。――俺としては、昔の素直なお前の方が好きだったんだがな」
それを言うなら、扱いやすい、の間違いではないのかと喉元まで出かかるのを蒼はすんでのところで堪える。
「僕だって……いつまでも子供じゃありません」
投げるように吐き捨てると、蒼は車窓越しの景色に目を戻した。
クリスマスまで残すところ一週間。商戦も最終ラウンドに差し掛かった街は、街路樹から店から何からクリスマス仕様にデコレーションが施され、いやでもクリスマス気分を盛り上げている。
このクリスマスが、蒼は子供の頃から嫌いだった。
僻みっぽいといえばそれまでだが、実際、クリスマスのせいで蒼は、自分の誕生日を祝ってもらったことが一度もなかった。祝うにしてもクリスマスと同時並行で、自分のためだけに開かれるパーティーに、蒼はいまだ一度もお目にかかったことがない。
まぁ、祝ってくれる人がいただけマシだったのだろうけれど。
今年は……そんな人間すら一人もいない。
家に帰ると、案の定、寒々とした部屋が蒼を出迎えた。どうやら拓海は、今夜もバンドのメンバーと会っているらしい。以前はせいぜい週に二、三度だった夜遊びも、このところは毎日のように続いている。
ネクタイを緩めると、蒼は、明かりを点けないままリビングのソファに身を投げた。
そのまま狭いソファの上で寝返りを打ち、暗い天井をぼんやり見上げる。
今日もまた、蒼は見えない傷を負った。
癒されることのない痛みを抱えながら、蒼は、あるいはこれは罰なのかもしれないとうっすら思った。拓海を利用し、今また密かに彼を欺く自分に科せられた罰なのではと。
「……拓海」
不意に天井が滲んで、手のひらでそっと顔を覆う。
こみあげる嗚咽は、がらんとした部屋に意外なほど大きく響いて、それが、蒼の耳にひどく障った。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

物語なんかじゃない
mahiro
BL
あの日、俺は知った。
俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。
それから数百年後。
俺は転生し、ひとり旅に出ていた。
あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる