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決別の記憶
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蒼が初めて琢己と出会ったのは、大学に入学して間もない頃のこと。偶然入ったサークルで、当時、部長を務めていたのが彼――すなわち石動琢己だった。
その頃、大学やサークルについて右も左も分からなかった蒼を、琢己は何くれとなく支え、そして助けてくれた。慣れない東京での一人暮らしについても細かくアドバイスをくれ、心配事があればいつでも相談に乗ってくれた。
二人の間に、先輩後輩以上の関係が生まれるのに、それほど時間はかからなかった。
その夜、蒼はサークルの飲み会でひどく酔いつぶれてしまった。
当時、蒼のアパートは大学から自転車で三十分ほど走った場所にあり、一人で帰るにはどうも覚束なかった。かといってタクシーを呼ぶ金もなく、夜風の中で途方に暮れていたところを車で送ってくれたのが琢己だった。
そこで蒼は、琢己に対して入学以来抱き続けてきた想いをぶつけた。実は、初めて会ったときから蒼は、琢己に対して密かに恋心を抱いていたのだ。その想いを、蒼は、酔った勢いも手伝って思う存分叩きつけた。
――嬉しいよ、蒼。
琢己は微笑んだ。そして――
その夜、生まれて初めて蒼は、愛する人と重なる悦びを知った。
こうして憧れの先輩と結ばれた蒼だが、もちろん苦労もあった。たとえば、ゲイであることがばれるのを嫌がる琢己のために、二人の関係は絶対に秘密とされた。
ほかにもさまざまな制約があったが、それでも蒼は満足だった。むしろ琢己ほど美しく、かつ人望もある人間が、自分のせいでその人望を失うようになる可能性を想像するだけで蒼は我が事のように胸が痛んだ。
自分のような、取るに足らない人間に愛情を注いでくれる。
それだけで、蒼には充分だった。
そんな蒼が、琢己から別れを告げられたのは今から二年前。いつものようにホテルのベッドで抱かれた後で、だしぬけに蒼は、琢己の口から別れを切り出された。
――もう、俺たちは会わない方がいい。
まだ行為の熱情も冷めやらぬ前の、それも枕の上での告白だったから、蒼ははじめ、冗談でも言われているのかと思った。が、琢己の怖いほどまっすぐな眼差しに、すぐにその考えを改めることになった。
これは冗談なんかじゃない。琢己は、本気で別れを……?
なぜ、と問う蒼に琢己は少し言い淀むと、やがて意を決したように続けた。
――俺にも、そろそろ社会的責任を果たすべき時が来たらしい。
この時は、何のことを話しているのか分からなかった。が、その半年後、琢己から郵送された一通の便箋を見て、蒼は全てを了解した。
それは、琢己の結婚式を知らせる通知だった。
便箋には、例によって出欠を取るためのはがきが同封されていた。その〝欠席〟の文字に丸を書き込もうとして、しかし蒼はペンを止めると、〝出席〟に丸をつけて返信した。
この結婚式を機に全てを忘れてしまおう、と、そのつもりで……
その頃、大学やサークルについて右も左も分からなかった蒼を、琢己は何くれとなく支え、そして助けてくれた。慣れない東京での一人暮らしについても細かくアドバイスをくれ、心配事があればいつでも相談に乗ってくれた。
二人の間に、先輩後輩以上の関係が生まれるのに、それほど時間はかからなかった。
その夜、蒼はサークルの飲み会でひどく酔いつぶれてしまった。
当時、蒼のアパートは大学から自転車で三十分ほど走った場所にあり、一人で帰るにはどうも覚束なかった。かといってタクシーを呼ぶ金もなく、夜風の中で途方に暮れていたところを車で送ってくれたのが琢己だった。
そこで蒼は、琢己に対して入学以来抱き続けてきた想いをぶつけた。実は、初めて会ったときから蒼は、琢己に対して密かに恋心を抱いていたのだ。その想いを、蒼は、酔った勢いも手伝って思う存分叩きつけた。
――嬉しいよ、蒼。
琢己は微笑んだ。そして――
その夜、生まれて初めて蒼は、愛する人と重なる悦びを知った。
こうして憧れの先輩と結ばれた蒼だが、もちろん苦労もあった。たとえば、ゲイであることがばれるのを嫌がる琢己のために、二人の関係は絶対に秘密とされた。
ほかにもさまざまな制約があったが、それでも蒼は満足だった。むしろ琢己ほど美しく、かつ人望もある人間が、自分のせいでその人望を失うようになる可能性を想像するだけで蒼は我が事のように胸が痛んだ。
自分のような、取るに足らない人間に愛情を注いでくれる。
それだけで、蒼には充分だった。
そんな蒼が、琢己から別れを告げられたのは今から二年前。いつものようにホテルのベッドで抱かれた後で、だしぬけに蒼は、琢己の口から別れを切り出された。
――もう、俺たちは会わない方がいい。
まだ行為の熱情も冷めやらぬ前の、それも枕の上での告白だったから、蒼ははじめ、冗談でも言われているのかと思った。が、琢己の怖いほどまっすぐな眼差しに、すぐにその考えを改めることになった。
これは冗談なんかじゃない。琢己は、本気で別れを……?
なぜ、と問う蒼に琢己は少し言い淀むと、やがて意を決したように続けた。
――俺にも、そろそろ社会的責任を果たすべき時が来たらしい。
この時は、何のことを話しているのか分からなかった。が、その半年後、琢己から郵送された一通の便箋を見て、蒼は全てを了解した。
それは、琢己の結婚式を知らせる通知だった。
便箋には、例によって出欠を取るためのはがきが同封されていた。その〝欠席〟の文字に丸を書き込もうとして、しかし蒼はペンを止めると、〝出席〟に丸をつけて返信した。
この結婚式を機に全てを忘れてしまおう、と、そのつもりで……
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