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拓海
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「そーうっ!」
不意に耳に飛び込んできた声に、のろり蒼は瞼を開く。今となっては見慣れた同居人の顔が、うっとうしいほどの至近距離に迫っていて蒼(そう)は軽くむっとなる。
見ると、窓越しに差し込む光はいつの間にか朝のそれへと変わっている。どうやら昨晩は――いや昨晩も、拓海とベッドで抱き合ううちにそのまま眠りこけてしまったらしい。
「おはよ」
「あ、ああ……おはよ……」
いまだ寝ぼけ眼のまま、目をこすりつつ答えれば、
「なぁ、チューしようよ」
「は? キスなら昨日も散々したろ……」
「違うよぉ。おはようのチューだよ」
言いながら、拓海は尖らせた唇をずいと蒼に寄せてくる。が、蒼はこれをさりげなく躱すと、そのまま身を起こしてベッドを降りた。
そういえば――
昨晩は、懐かしい夢を見た。
あれは、ちょうど今から二年前の、初めて拓海(たくみ)に想いを告げられた夜のことだ。夜の住宅街で突然拓海に呼び止められた蒼は、彼を連れて当時住んでいたアパートへと帰り、そして、そのまま初めて身体を重ねたのだ。
それから、早二年。
てっきりすぐに飽きられるかと思い、つまみ食いのつもりで付き合いはじめたのが、半年が経ち一年が経ち、気付くと住まいさえ共にしていた。今でも週に二、三度は必ず身体を重ね合い、愛を確かめ合うのは、ゲイカップルであることを措けば、傍目には普通の恋人と変わらないだろう。
――いや。
確かに拓海は蒼の恋人には違いないのだ。ただ――
ふと肌寒さを感じて、そういえば裸だったことを今更のように思い出す。すでに季節は晩秋に差し掛かりつつあり、室内とはいえ裸で出歩けば当然身体も冷える。
とりあえず、と、床に脱ぎ散らかされたままの下着類を拾い上げていると、今度は背後から伸し掛かるように強く抱きつかれた。
このクソ重い肉布団の主は、あえて確かめるまでもない――
「……どけよ、片付けられないだろ」
「いいよそんなの。どうせまた、すぐ裸になるんだろ?」
確かに、これからシャワーに向かうのだから裸にはなる。が、かといって部屋を散らかしたまま会社に出かけるわけにもいかない。
「馬鹿言うなよ。このままじゃ会社に行けないだろ。せめて汚れ物ぐらい片付けさせてくれよ」
すると拓海は、「えっ」と蒼の耳元で小さく叫ぶと、
「違うよ。もう一回するだろ、って意味」
と、さも当然のように答えた。
「は? 今から? 冗談じゃ、」
抗議の声を上げつつ振り返った蒼は、しかし次の瞬間、熱いキスによって唇を塞がれ、抗議の手段を奪われる。
不覚にも、キスはみるみる深くなってゆく。
やがて、器用な舌先が歯列の隙間へと割り込み、強引に蒼の口腔をまさぐりはじめた。
「や……ちょ、やめ……」
「やめる? どうして。恋人なら普通にやることだろ?」
元パンクロッカーらしいハスキーなテノールに囁かれ、ぞくり身体の奥が痺れる。
が、それも、ある意味では無理もなかった。
蒼との付き合いを始めてからはバンド活動は行なわず、上京時から懇意にしていた楽器店で働いている拓海だが、今でも、その声の良さゆえに別のバンドに誘われることも多いらしく、そのたびに「蒼と過ごす時間が減るから」と言って断っているという。
そんな拓海は、なるほど、確かに美声の持ち主ではあるのだ。少なくとも、行為中に蒼の芯を蕩けさせる程度には。
目の前に迫る顔は、当たり前だが今はノーメイクで、それでも――いや、だからこそ素顔の美しさが際立ち、つい見蕩れてしまう。
もっとも、あまり見つめていると、「何だ見蕩れてンのか?」と調子づかせてしまうため油断できないのが玉に瑕だが。
それでも、窓から差し込む朝の光を背に見つめるなら、そのエキゾチックな顔立ちについ見惚れずにはいられない――と。
「っ……!」
下腹部に違和感をおぼえて目を落とす。
いつの間にそこに手を回されたのだろう、拓海の大きな手のひらが蒼の芯を捉え、宥めるように指先を絡めていた。
さらに、もう一方の手が蒼の胸の突起を抓み、爪の先で引っ掻くように小突きはじめる。
「や、やめろ……会社に、遅刻、する、っ」
が、それでも拓海は蒼への愛撫をやめない。そもそも、この程度の警句でいたずらをやめるような聞き分けの良い人間なら最初から苦労はしていない。
「そんなこと言って、蒼のここ、もう硬くなりはじめてるよ」
蒼の耳朶に容赦なく甘い声を吹き込みながら、さらに拓海は扱く手を強くする。
加えて拓海は、蒼が感じやすい首筋へと執拗にキスを刻む。吸い付かれ、さらに軽く噛まれると、いけないと知りつつ蒼は、身体の奥から蕩けるような愉悦が湧き出すのを止められなかった。
感じさせられている……〝タクミ〟に。
胸から離れた手がそろり背後に回り、背後の割れ目へと滑り込む。そのまま指先は奥を目指し、ついに、蒼の最も弱い皮膚へと辿り着く。
「た……タクミ、っ、やめ……」
が、〝タクミ〟の指は止まらない。やわやわと周囲の肉をほぐしたかと思えば気まぐれに窄まりを小突き、来るかと身構えた途端、ふたたび外堀を宥めはじめる……
その奔放な動きに、次第に蒼はじれったさを募らせてゆく。
……挿れてほしい。
挿れて、そして、ぐちゃぐちゃに奥を掻き回してほしい……
そんな蒼の無言の要求を察したのだろう、背後で〝タクミ〟がそっと囁く。
「指、挿れるよ」
「えっ? ――あ!」
蒼の答えも待たず、ずるりと何かが奥に侵入してくる。長くてすらりとしたこれは、間違いない――〝タクミ〟の指先だ。
「あ……うっ、や……ぁ」
さらに〝タクミ〟は、指の腹を使って蒼の奥を責めたてる。
膝が崩れ、もはや立っていられなくなった蒼はずるずると床にへたり込む。不覚にも床に手をついたところで〝タクミ〟に腰を抱き上げられ、赤ん坊のような四つん這いを強いられた。
相手に尻を突き出す屈辱的なポージングに、しかし、蒼は不覚にも興奮する。
「タ、クミ……」
瞼を閉ざし、縋るような声で愛する人の名を呼ぶ。
「ちょうだい……タクミの……今すぐ……」
「あ……ああ」
返事とともに、大きな手のひらが両側から蒼の腰を掴み、窄まりに熱いものをあてがう。
そして――
「ああ……っ!」
すでに充分にほぐされていたそこは、あまりにも易々と〝タクミ〟の雄を呑み込んだ。
一気に奥を貫かれた衝撃に、思わず背筋を反らせる。身体を裂く痛みとともに、満たされる悦びが背中を駆け抜け、それが歓喜の声となって喉から迸り出た。
「ああっ……いいっ、タクミ……いいっ!」
その間も、〝タクミ〟の塊は容赦なく蒼の奥を抉る。
「タクミ……ううっ、タクミっ! タクミっ!」
嗚咽交じりに呻きながら、狂ったようにその名を繰り返す。さらに腰ごと叩きつけられるなら、自分でも信じられないほど甘い悲鳴が唇から溢れ出た。
「ああっ……タクミっ、タクミっっ……あぁ」
下半身が、まるで自分のものでないかのように蕩け、乱れている。さらなる刺激を求めて腰を揺らめかせると、察したように〝タクミ〟は抽挿を速めてきた。
ぐちゅ、ぐちゅと果実を握りつぶすにも似たこの厭らしい水音は、蒼自身の発する音か。
それならそれで構わない。もっと乱れて、狂って、そして――
「あっ……」
一瞬、蒼の脳裏を白タキシードに身を包んだ男の背中がよぎる。
懐かしさとともに、えもいわれない虚しさが胸を包んだその時、蒼は、あまりにも呆気なく絶頂に達した。
弾みで締め付けた肉に触発されたのだろう、奥で拓海の熱が弾ける。
「……蒼」
腰から前へと回された腕が、蒼の身体をそっと抱きすくめる。
熱い唇が蒼の肩に押し当てられる。奥に埋めたまま、なおも蒼を求めようとする拓海の図々しさにふと苛立ちを覚えた蒼は、半ば突き放すようにその腕から逃れた。
「えっ? ……そ、蒼?」
「ごめん、シャワー浴びてくる」
呆然となる拓海に背中越しに言い捨てると、蒼は、半ば逃げるように寝室を後にした。
脱衣所は、廊下を挟んで蒼の寝室のほぼ向かいにある。早々に脱衣所に駆け込んだ蒼は、そこで、ふと洗面台の鏡越しに立つ自分と目が合った。
背丈は一六〇強と、成人男性にしてはやや低めだろうか。肉付きも良い方とはいえず、全体的に貧相な身体つきはとても大人のそれには見えない。せめてジム通いでもして、少しでも身体を鍛えられるならいいのだが、生憎と今はそんな暇も、それに金銭的な余裕もない。
中学生で発育を止めたかのような童顔も加わるなら、下手をすると大学生、いや高校生に見間違えられることもしばしばだ。おかげで何度、取引先の担当者から驚きの目を向けられたか知れない。と――
「そーうっ」
またしても背後に飛びつかれ、思わず前につんのめる。
鏡越しに見ると、頭一つ大きな拓海が蒼の背中にぴたりと取りつき、蒼の頭頂部に尖った顎をぐりぐりと擦りつけていた。
どうも今朝は背中を許してばかりだ。よっぽど隙だらけに見えるのだろう。
「一緒にシャワー浴びていい?」
「は? やだよ」
「えー、どうして」
「だってお前、また触ってくるだろ」
「触らないよー。まぁ少しは触るかもだけど」
「じゃ来るな」
つれない蒼の言葉に、拓海は「えー」とぶうたれる。まるで子供だなと、自分よりも頭一つは高い拓海の顔を見上げながら密かに蒼は呆れた――と。
「ねぇ、蒼」
それまでのふざけたような表情を一変、ふと拓海は真顔になる。
「こ……今度は何だよ」
拓海の豹変に、蒼は軽く狼狽する。
まさか、バレたのか。あのことが――
「愛してるよ」
囁くと、拓海はポンと蒼の頭を叩き、すたすたと洗面所を出て行った。
不意に耳に飛び込んできた声に、のろり蒼は瞼を開く。今となっては見慣れた同居人の顔が、うっとうしいほどの至近距離に迫っていて蒼(そう)は軽くむっとなる。
見ると、窓越しに差し込む光はいつの間にか朝のそれへと変わっている。どうやら昨晩は――いや昨晩も、拓海とベッドで抱き合ううちにそのまま眠りこけてしまったらしい。
「おはよ」
「あ、ああ……おはよ……」
いまだ寝ぼけ眼のまま、目をこすりつつ答えれば、
「なぁ、チューしようよ」
「は? キスなら昨日も散々したろ……」
「違うよぉ。おはようのチューだよ」
言いながら、拓海は尖らせた唇をずいと蒼に寄せてくる。が、蒼はこれをさりげなく躱すと、そのまま身を起こしてベッドを降りた。
そういえば――
昨晩は、懐かしい夢を見た。
あれは、ちょうど今から二年前の、初めて拓海(たくみ)に想いを告げられた夜のことだ。夜の住宅街で突然拓海に呼び止められた蒼は、彼を連れて当時住んでいたアパートへと帰り、そして、そのまま初めて身体を重ねたのだ。
それから、早二年。
てっきりすぐに飽きられるかと思い、つまみ食いのつもりで付き合いはじめたのが、半年が経ち一年が経ち、気付くと住まいさえ共にしていた。今でも週に二、三度は必ず身体を重ね合い、愛を確かめ合うのは、ゲイカップルであることを措けば、傍目には普通の恋人と変わらないだろう。
――いや。
確かに拓海は蒼の恋人には違いないのだ。ただ――
ふと肌寒さを感じて、そういえば裸だったことを今更のように思い出す。すでに季節は晩秋に差し掛かりつつあり、室内とはいえ裸で出歩けば当然身体も冷える。
とりあえず、と、床に脱ぎ散らかされたままの下着類を拾い上げていると、今度は背後から伸し掛かるように強く抱きつかれた。
このクソ重い肉布団の主は、あえて確かめるまでもない――
「……どけよ、片付けられないだろ」
「いいよそんなの。どうせまた、すぐ裸になるんだろ?」
確かに、これからシャワーに向かうのだから裸にはなる。が、かといって部屋を散らかしたまま会社に出かけるわけにもいかない。
「馬鹿言うなよ。このままじゃ会社に行けないだろ。せめて汚れ物ぐらい片付けさせてくれよ」
すると拓海は、「えっ」と蒼の耳元で小さく叫ぶと、
「違うよ。もう一回するだろ、って意味」
と、さも当然のように答えた。
「は? 今から? 冗談じゃ、」
抗議の声を上げつつ振り返った蒼は、しかし次の瞬間、熱いキスによって唇を塞がれ、抗議の手段を奪われる。
不覚にも、キスはみるみる深くなってゆく。
やがて、器用な舌先が歯列の隙間へと割り込み、強引に蒼の口腔をまさぐりはじめた。
「や……ちょ、やめ……」
「やめる? どうして。恋人なら普通にやることだろ?」
元パンクロッカーらしいハスキーなテノールに囁かれ、ぞくり身体の奥が痺れる。
が、それも、ある意味では無理もなかった。
蒼との付き合いを始めてからはバンド活動は行なわず、上京時から懇意にしていた楽器店で働いている拓海だが、今でも、その声の良さゆえに別のバンドに誘われることも多いらしく、そのたびに「蒼と過ごす時間が減るから」と言って断っているという。
そんな拓海は、なるほど、確かに美声の持ち主ではあるのだ。少なくとも、行為中に蒼の芯を蕩けさせる程度には。
目の前に迫る顔は、当たり前だが今はノーメイクで、それでも――いや、だからこそ素顔の美しさが際立ち、つい見蕩れてしまう。
もっとも、あまり見つめていると、「何だ見蕩れてンのか?」と調子づかせてしまうため油断できないのが玉に瑕だが。
それでも、窓から差し込む朝の光を背に見つめるなら、そのエキゾチックな顔立ちについ見惚れずにはいられない――と。
「っ……!」
下腹部に違和感をおぼえて目を落とす。
いつの間にそこに手を回されたのだろう、拓海の大きな手のひらが蒼の芯を捉え、宥めるように指先を絡めていた。
さらに、もう一方の手が蒼の胸の突起を抓み、爪の先で引っ掻くように小突きはじめる。
「や、やめろ……会社に、遅刻、する、っ」
が、それでも拓海は蒼への愛撫をやめない。そもそも、この程度の警句でいたずらをやめるような聞き分けの良い人間なら最初から苦労はしていない。
「そんなこと言って、蒼のここ、もう硬くなりはじめてるよ」
蒼の耳朶に容赦なく甘い声を吹き込みながら、さらに拓海は扱く手を強くする。
加えて拓海は、蒼が感じやすい首筋へと執拗にキスを刻む。吸い付かれ、さらに軽く噛まれると、いけないと知りつつ蒼は、身体の奥から蕩けるような愉悦が湧き出すのを止められなかった。
感じさせられている……〝タクミ〟に。
胸から離れた手がそろり背後に回り、背後の割れ目へと滑り込む。そのまま指先は奥を目指し、ついに、蒼の最も弱い皮膚へと辿り着く。
「た……タクミ、っ、やめ……」
が、〝タクミ〟の指は止まらない。やわやわと周囲の肉をほぐしたかと思えば気まぐれに窄まりを小突き、来るかと身構えた途端、ふたたび外堀を宥めはじめる……
その奔放な動きに、次第に蒼はじれったさを募らせてゆく。
……挿れてほしい。
挿れて、そして、ぐちゃぐちゃに奥を掻き回してほしい……
そんな蒼の無言の要求を察したのだろう、背後で〝タクミ〟がそっと囁く。
「指、挿れるよ」
「えっ? ――あ!」
蒼の答えも待たず、ずるりと何かが奥に侵入してくる。長くてすらりとしたこれは、間違いない――〝タクミ〟の指先だ。
「あ……うっ、や……ぁ」
さらに〝タクミ〟は、指の腹を使って蒼の奥を責めたてる。
膝が崩れ、もはや立っていられなくなった蒼はずるずると床にへたり込む。不覚にも床に手をついたところで〝タクミ〟に腰を抱き上げられ、赤ん坊のような四つん這いを強いられた。
相手に尻を突き出す屈辱的なポージングに、しかし、蒼は不覚にも興奮する。
「タ、クミ……」
瞼を閉ざし、縋るような声で愛する人の名を呼ぶ。
「ちょうだい……タクミの……今すぐ……」
「あ……ああ」
返事とともに、大きな手のひらが両側から蒼の腰を掴み、窄まりに熱いものをあてがう。
そして――
「ああ……っ!」
すでに充分にほぐされていたそこは、あまりにも易々と〝タクミ〟の雄を呑み込んだ。
一気に奥を貫かれた衝撃に、思わず背筋を反らせる。身体を裂く痛みとともに、満たされる悦びが背中を駆け抜け、それが歓喜の声となって喉から迸り出た。
「ああっ……いいっ、タクミ……いいっ!」
その間も、〝タクミ〟の塊は容赦なく蒼の奥を抉る。
「タクミ……ううっ、タクミっ! タクミっ!」
嗚咽交じりに呻きながら、狂ったようにその名を繰り返す。さらに腰ごと叩きつけられるなら、自分でも信じられないほど甘い悲鳴が唇から溢れ出た。
「ああっ……タクミっ、タクミっっ……あぁ」
下半身が、まるで自分のものでないかのように蕩け、乱れている。さらなる刺激を求めて腰を揺らめかせると、察したように〝タクミ〟は抽挿を速めてきた。
ぐちゅ、ぐちゅと果実を握りつぶすにも似たこの厭らしい水音は、蒼自身の発する音か。
それならそれで構わない。もっと乱れて、狂って、そして――
「あっ……」
一瞬、蒼の脳裏を白タキシードに身を包んだ男の背中がよぎる。
懐かしさとともに、えもいわれない虚しさが胸を包んだその時、蒼は、あまりにも呆気なく絶頂に達した。
弾みで締め付けた肉に触発されたのだろう、奥で拓海の熱が弾ける。
「……蒼」
腰から前へと回された腕が、蒼の身体をそっと抱きすくめる。
熱い唇が蒼の肩に押し当てられる。奥に埋めたまま、なおも蒼を求めようとする拓海の図々しさにふと苛立ちを覚えた蒼は、半ば突き放すようにその腕から逃れた。
「えっ? ……そ、蒼?」
「ごめん、シャワー浴びてくる」
呆然となる拓海に背中越しに言い捨てると、蒼は、半ば逃げるように寝室を後にした。
脱衣所は、廊下を挟んで蒼の寝室のほぼ向かいにある。早々に脱衣所に駆け込んだ蒼は、そこで、ふと洗面台の鏡越しに立つ自分と目が合った。
背丈は一六〇強と、成人男性にしてはやや低めだろうか。肉付きも良い方とはいえず、全体的に貧相な身体つきはとても大人のそれには見えない。せめてジム通いでもして、少しでも身体を鍛えられるならいいのだが、生憎と今はそんな暇も、それに金銭的な余裕もない。
中学生で発育を止めたかのような童顔も加わるなら、下手をすると大学生、いや高校生に見間違えられることもしばしばだ。おかげで何度、取引先の担当者から驚きの目を向けられたか知れない。と――
「そーうっ」
またしても背後に飛びつかれ、思わず前につんのめる。
鏡越しに見ると、頭一つ大きな拓海が蒼の背中にぴたりと取りつき、蒼の頭頂部に尖った顎をぐりぐりと擦りつけていた。
どうも今朝は背中を許してばかりだ。よっぽど隙だらけに見えるのだろう。
「一緒にシャワー浴びていい?」
「は? やだよ」
「えー、どうして」
「だってお前、また触ってくるだろ」
「触らないよー。まぁ少しは触るかもだけど」
「じゃ来るな」
つれない蒼の言葉に、拓海は「えー」とぶうたれる。まるで子供だなと、自分よりも頭一つは高い拓海の顔を見上げながら密かに蒼は呆れた――と。
「ねぇ、蒼」
それまでのふざけたような表情を一変、ふと拓海は真顔になる。
「こ……今度は何だよ」
拓海の豹変に、蒼は軽く狼狽する。
まさか、バレたのか。あのことが――
「愛してるよ」
囁くと、拓海はポンと蒼の頭を叩き、すたすたと洗面所を出て行った。
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