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TRACK・4 最後だから、すべての想いを込めた曲
すべての想いを込めて
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夏休みは、すべて音楽に捧げた。
八月上旬。家に引きこもり、曲と歌詞を考える日々を送った。どこにも出かけなかったけど、好きな人のことを想っていた時間は充実していた。
八月中旬。無事に新曲は完成し、練習が始まった。
陽葵はまだ入院生活を送っている。足が透過してしまっているので、移動は車椅子だ。
練習するためには外出許可が必要だったが、足以外は健康だったため、なんとか連れ出すことができた。幽霊病の「治るのも一瞬」という、気まぐれな性質のおかげである。まあ足は透過したままなので、それもまた気まぐれな性質のせいなのだが。
あっという間に時間は過ぎていき、気づけば八月も終わりを迎えようとしていた。
今日は八月三十日。ライブ当日だ。
ライブといっても、ライブハウスで演奏するわけではない。会場は小さなイベントスペースだ。あるのは最低限の機材だけ。客も呼んでいない。文字どおり、俺たち『スリーソウルズ』の貸し切りライブである。メンバーで話し合った結果、誰もいない会場でやろうという結論に達したのだ。
万が一、演奏中に陽葵が消えてしまったら、客やスタッフに迷惑がかかる。だから、客もスタッフも入れずに演奏できる、この場所を選んだのだ。
「おーっ。ライブハウスに比べたら、ちょっぴり小さいね」
車椅子に座る陽葵が笑った。夏らしく白いワンピースを着ており、よく似合っている。ちなみに、車椅子を押しているのは俺だ。
「悪いな。近場で条件が合う場所、ここしかなかったんだ」
「全然いいよ。私たちしかいない、世界で一番静かなライブなんだしさ。これで安心して泣けるね、三崎くん!」
「俺が大泣きする前提で話すのやめて?」
ツッコミを入れると、陽葵も由依も笑った。普段どおりのやり取りなのに、今日は愛おしく感じてしまう。
「……なあ、陽葵。ご両親を呼ばなくて本当によかったのか?」
もしかしたら、娘の最後のライブになるかもしれないのだ。さすがに見てもらうべきだったのでは?
「ありがとう、三崎くん。でも、いいの。実は大沢くんたちとのライブのとき、こっそり呼んだから。パパもママも、とっても喜んでくれたんだ」
「そうだったのか。でも、今回は最後かもだし……」
「……死ぬかもしれないライブに来てなんて、親不孝なこと言えないよ」
「……ごめん。そのあたりは、家庭と陽葵の気持ちの問題だよな。深入りして悪かった」
「あ、暗い顔するの禁止だからね! 今日は笑顔でいないと!」
そう言って、陽葵は笑った。今まで見てきた強がりの笑顔じゃない。心の底からこぼれた笑みだ。嬉しい反面、何かが起こる予兆な気がして胸騒ぎがする。
……いけない。余計なことは考えず、楽しいライブにすることだけを考えよう。
「三崎くん。由依。ごめんね、私のワガママに付き合わせちゃって」
陽葵は俺たちに謝罪した。
「今さら謝るなよ。今までずっとワガママ言いっぱなしだったろ。な、由依?」
「ええ。付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ」
「えー! なんか二人が冷たーい!」
陽葵の言い方が可笑しくて、みんなで笑い合った。
これでいいんだ。最後のライブのつもりで挑むけど、お別れするって決まったわけじゃない。涙は最後の瞬間まで取っておいて、今は笑顔で思い出を作ろう。
陽葵は車椅子に座ったまま、ギターを手に取った。
「三崎くんのボーカル、楽しみだなぁ」
「任せろ。声楽には自信がある。俺の通知表、音楽は常に4だ」
「いやそこは5じゃないんかい」
笑いながら、陽葵はギターを優しく爪弾いた。
体に負担がかかるから、陽葵はもう歌えない。今日はギターに専念してもらい、俺が代わりにボーカルをやることになっている。
声楽に自信があるなんて真っ赤な嘘だ。
でも、上手く歌う必要なんてない。今日のライブは俺の想いが届けば成功だろう。
二人の準備が終わったのを見計らい、声をかける。
「陽葵。準備はできたか?」
「おっけー」
「由依は?」
「ええ。いつでも大丈夫よ」
二人の視線が俺に向く。
俺は静かにうなずき、ネックに手を添えた。
……演奏開始の合図がない。
ちらりと由依を見る。演奏前だというのに、スティックを持った手を下ろしていた。
「由依? どうした、機材トラブルか?」
「それはこっちのセリフよ。早くMCやってくれるかしら?」
「えっ!? 観客いないのに!?」
「当たり前でしょう。観客はいないけど、これはライブなのだから。ね、陽葵?」
「そうだー。やれやれー」
女子二人がニヤニヤしながら野次を飛ばしてくる。俺をイジるときだけ、妙に結束してくるのやめてくんない?
……どうしよう。話すこと、何も用意してないんだが。
陽葵に贈るメッセージはすべて新曲に込めた。だから、歌う前に多くを語るのは野暮ってもんだろ?
曲紹介のMCなんてさらっと済ませて、音楽で話そう。
それが口下手で根暗な俺らしい。
俺はマイクに顔を近づけた。
『では……スリーソウルズ、貸し切りライブを始めます』
話し始めると、陽葵も由依も真剣な顔つきになる。
俺はMCを続けた。
『これから演奏するのは陽葵のために作った曲ですが……正直、作詞は難航しました。感謝の気持ちを贈ろうか。それとも思い出を語ろうか。俺らしく、幽霊病に憎しみを込めた歌詞にしてやろうか……全然気持ちがまとまらなくて大変でした』
ちらりと由依を見る。歌詞作りで悩んでいた俺の背中を押してくれてありがとな。
『悩んだんですが……結局、全部詰め込みました。陽葵に聞いてほしいこと、たくさんありすぎたので。ありがとうとか、楽しかったとか、理不尽な世界なんて滅びちまえとか……騒々しい歌詞ですが、全部、本当の気持ちです』
陽葵と目が合う。彼女はもう泣いているような顔をしていて、こっちまで涙が出そうになった。
『陽葵に届くように、一生懸命歌います……陽葵、由依。今日は全力で突っ走ろう!』
ベースを持つ手に力を込めて、俺は言った。
『新曲――「春ハ君、夏ノカゲロウ」』
八月上旬。家に引きこもり、曲と歌詞を考える日々を送った。どこにも出かけなかったけど、好きな人のことを想っていた時間は充実していた。
八月中旬。無事に新曲は完成し、練習が始まった。
陽葵はまだ入院生活を送っている。足が透過してしまっているので、移動は車椅子だ。
練習するためには外出許可が必要だったが、足以外は健康だったため、なんとか連れ出すことができた。幽霊病の「治るのも一瞬」という、気まぐれな性質のおかげである。まあ足は透過したままなので、それもまた気まぐれな性質のせいなのだが。
あっという間に時間は過ぎていき、気づけば八月も終わりを迎えようとしていた。
今日は八月三十日。ライブ当日だ。
ライブといっても、ライブハウスで演奏するわけではない。会場は小さなイベントスペースだ。あるのは最低限の機材だけ。客も呼んでいない。文字どおり、俺たち『スリーソウルズ』の貸し切りライブである。メンバーで話し合った結果、誰もいない会場でやろうという結論に達したのだ。
万が一、演奏中に陽葵が消えてしまったら、客やスタッフに迷惑がかかる。だから、客もスタッフも入れずに演奏できる、この場所を選んだのだ。
「おーっ。ライブハウスに比べたら、ちょっぴり小さいね」
車椅子に座る陽葵が笑った。夏らしく白いワンピースを着ており、よく似合っている。ちなみに、車椅子を押しているのは俺だ。
「悪いな。近場で条件が合う場所、ここしかなかったんだ」
「全然いいよ。私たちしかいない、世界で一番静かなライブなんだしさ。これで安心して泣けるね、三崎くん!」
「俺が大泣きする前提で話すのやめて?」
ツッコミを入れると、陽葵も由依も笑った。普段どおりのやり取りなのに、今日は愛おしく感じてしまう。
「……なあ、陽葵。ご両親を呼ばなくて本当によかったのか?」
もしかしたら、娘の最後のライブになるかもしれないのだ。さすがに見てもらうべきだったのでは?
「ありがとう、三崎くん。でも、いいの。実は大沢くんたちとのライブのとき、こっそり呼んだから。パパもママも、とっても喜んでくれたんだ」
「そうだったのか。でも、今回は最後かもだし……」
「……死ぬかもしれないライブに来てなんて、親不孝なこと言えないよ」
「……ごめん。そのあたりは、家庭と陽葵の気持ちの問題だよな。深入りして悪かった」
「あ、暗い顔するの禁止だからね! 今日は笑顔でいないと!」
そう言って、陽葵は笑った。今まで見てきた強がりの笑顔じゃない。心の底からこぼれた笑みだ。嬉しい反面、何かが起こる予兆な気がして胸騒ぎがする。
……いけない。余計なことは考えず、楽しいライブにすることだけを考えよう。
「三崎くん。由依。ごめんね、私のワガママに付き合わせちゃって」
陽葵は俺たちに謝罪した。
「今さら謝るなよ。今までずっとワガママ言いっぱなしだったろ。な、由依?」
「ええ。付き合わされるこっちの身にもなってほしいわ」
「えー! なんか二人が冷たーい!」
陽葵の言い方が可笑しくて、みんなで笑い合った。
これでいいんだ。最後のライブのつもりで挑むけど、お別れするって決まったわけじゃない。涙は最後の瞬間まで取っておいて、今は笑顔で思い出を作ろう。
陽葵は車椅子に座ったまま、ギターを手に取った。
「三崎くんのボーカル、楽しみだなぁ」
「任せろ。声楽には自信がある。俺の通知表、音楽は常に4だ」
「いやそこは5じゃないんかい」
笑いながら、陽葵はギターを優しく爪弾いた。
体に負担がかかるから、陽葵はもう歌えない。今日はギターに専念してもらい、俺が代わりにボーカルをやることになっている。
声楽に自信があるなんて真っ赤な嘘だ。
でも、上手く歌う必要なんてない。今日のライブは俺の想いが届けば成功だろう。
二人の準備が終わったのを見計らい、声をかける。
「陽葵。準備はできたか?」
「おっけー」
「由依は?」
「ええ。いつでも大丈夫よ」
二人の視線が俺に向く。
俺は静かにうなずき、ネックに手を添えた。
……演奏開始の合図がない。
ちらりと由依を見る。演奏前だというのに、スティックを持った手を下ろしていた。
「由依? どうした、機材トラブルか?」
「それはこっちのセリフよ。早くMCやってくれるかしら?」
「えっ!? 観客いないのに!?」
「当たり前でしょう。観客はいないけど、これはライブなのだから。ね、陽葵?」
「そうだー。やれやれー」
女子二人がニヤニヤしながら野次を飛ばしてくる。俺をイジるときだけ、妙に結束してくるのやめてくんない?
……どうしよう。話すこと、何も用意してないんだが。
陽葵に贈るメッセージはすべて新曲に込めた。だから、歌う前に多くを語るのは野暮ってもんだろ?
曲紹介のMCなんてさらっと済ませて、音楽で話そう。
それが口下手で根暗な俺らしい。
俺はマイクに顔を近づけた。
『では……スリーソウルズ、貸し切りライブを始めます』
話し始めると、陽葵も由依も真剣な顔つきになる。
俺はMCを続けた。
『これから演奏するのは陽葵のために作った曲ですが……正直、作詞は難航しました。感謝の気持ちを贈ろうか。それとも思い出を語ろうか。俺らしく、幽霊病に憎しみを込めた歌詞にしてやろうか……全然気持ちがまとまらなくて大変でした』
ちらりと由依を見る。歌詞作りで悩んでいた俺の背中を押してくれてありがとな。
『悩んだんですが……結局、全部詰め込みました。陽葵に聞いてほしいこと、たくさんありすぎたので。ありがとうとか、楽しかったとか、理不尽な世界なんて滅びちまえとか……騒々しい歌詞ですが、全部、本当の気持ちです』
陽葵と目が合う。彼女はもう泣いているような顔をしていて、こっちまで涙が出そうになった。
『陽葵に届くように、一生懸命歌います……陽葵、由依。今日は全力で突っ走ろう!』
ベースを持つ手に力を込めて、俺は言った。
『新曲――「春ハ君、夏ノカゲロウ」』
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