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TRACK・4 最後だから、すべての想いを込めた曲
春ハ君、夏ノカゲロウ
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由依のドラムに合わせてベースを弾く。ベースラインをテンポよくギターが駆ける。三つの音に俺の歌声が乗り、一つの音楽となっていく。
陽葵に比べたら拙い歌声だった。「ボーカルはまるで駄目だね」。くすくすとさえずるように、陽葵のギターが笑った気がした。
下手くそでもかまわない。俺はありったけの想いを歌詞に込めて歌った。
なあ、陽葵。
少しだけ、俺の想いを聞いてくれ。
そうだな。まずは俺たちの出会いから振り返ろうか。
――光の見えない、黒い春を過ごしていた。
前を向くことさえ怖くて俯いていた自分。いつものように自己主張できず、気に食わないラブソングを演奏していた。ライブハウスを出て、自分を呪いながら家路を歩く日々。
でも、あの日は違った。
陽葵が俺をバンドに誘ってくれた。
最初はなんて強引なヤツだと思った。ワガママで自分勝手で、関わりたくないとさえ思ったっけ。
だけど、君の生き方に焦がれてしまった。
――人生は一度きり。楽しまないと損。
その言葉が夜闇を駆ける大彗星のごとく、俺を照らしてくれたから。
弦をフレットに押さえ込まないでサムピングした。すぐさまミュート音を鳴らす。ゴーストノート。君が好きだと言ってくれた、幽霊の音。この曲は君に捧げる曲だから、ベースの手数が多くたっていいよな? 今夜は俺の音を聞いてくれ。
指先から想いがあふれて止まらない。
本気でこの世を呪ったよ。どうして陽葵が消えちゃうんだって。流行りのジャパニーズ・ロックは言っていたんだ。『音楽は世界を救う』と。それなのに、どうして女の子一人救えない? 大勢に愛される楽曲は虚飾されていて、欺瞞と偽善で満ちている……その証明に他ならなかった。
頼むよ。誰か教えてくれ。
人が簡単に消えるこの世界で、俺は何に縋って生きればいい?
……そんなことを考えながら詩を書いている時点で、音楽に縋っているのだろう。
音楽が陽葵の夢ならば、俺はそれを希望と呼ぶことにする。
君の眩しい生き様こそ、俺のロックンロールだ。
限りある命を授かっても、キラキラした青春を送りたい……君がそう望むから、俺は音を鳴らし続けるよ。たとえ君がいなくなっても、空の向こうで笑う君へ届くように。
「――――」
サビ前で音程を外してしまった。陽葵がリクエストしたんだから、クレームは受け付けない。気にせず俺は、好きな人を想いながら歌声を響かせる。
もっとたくさんの君を知りたかった。泣いて、笑って、怒ってほしかった。バンドを続けたかった。もう一回デートがしたかった。頬を赤く染める、可愛いらしい横顔が見たかった。できることなら、この先もずっとそばにいたかった。
ああ。これじゃあ、まるで俺の嫌いなラブソングじゃないか。下手くそでごめん。俺の気持ちが伝わらないように気をつけても、やっぱり音楽は雄弁で正直だったみたいだ。
降参だ、認めるよ。今となっては、ラブソングは嫌いじゃないさ。愛する人に想いを届けるなんて素敵じゃないか。でもやっぱり、嘘で着飾った歌詞が鼻につくんだけどさ。「やっぱり君って捻くれているよね」って、いつもみたいに笑ってくれ。
もういいんだ。
俺の恋心なんて、お前は一生知らなくていい。
名残惜しいけど、最後に感謝の気持ちを聴いてくれ。
「――――」
ラストのサビに差しかかる。
世界から音楽が消える。俺のボーカルソロだ。
陰キャぼっちの俺に、居場所をくれてありがとう。
人は変われるってことを教えてくれてありがとう。
人生の儚さと尊さを見せつけてくれてありがとう。
俺と出会ってくれて、ありがとう。
俺の気持ちに呼応するかのように、音楽が戻ってきた。
三人そろって感情的な演奏をしている。精彩を欠いた拙いギターも、走ってしまうドラムも、下手くそなボーカルも、全部このベースに乗せて強く響け。
伝えたいことが多くてごめん。
天国に持っていく手土産にしては、荷物になりすぎたかもしれない。
でも、本当はまだまだ足りないんだ。
これで終わりにしたくない。
これが最後だなんて、信じたくない。
だからね。
どこにいても、俺たちは音楽で繋がっているって信じることにするよ。
さようなら。俺の大切な人。
ありがとう。陽葵。
そして、演奏が終わる。
室内は静寂に包まれた。胸を突き破りそうな心臓の音と、荒い呼吸音だけが耳にまとわりついて離れない。
ふと隣を見る。
車椅子の上には、陽葵のギターがあった。
彼女が着ていた真っ白なワンピースは床に落ちている。
そいつの持ち主は、どこにもいない。
「……陽葵?」
車椅子のシートに触れる。
手に伝う温もりは、命がそこにあったことを教えてくれた。わずかに濡れているのは、きっと涙のせいだろう。
太陽に向かって伸びる向日葵みたいな笑顔も。
たまに弱音を吐きなら、泣きじゃくる顔も。
俺のために真剣に怒ってくれた顔も。
車椅子の上には、もうなかった。
大切な人を失った悲しみがとめどなく溢れてくる。
陽葵は、消えてしまったんだ。
……最後の演奏になってしまった。
今日のライブ、楽しんでくれただろうか?
夢を叶えて、幸せな気持ちで旅立てただろうか?
そうであったら、俺は嬉しい。
……そのはずなのに、どうしてだ。
涙が、止まらないんだ。
「陽葵……ううっ……ぁぁぁっ!」
俺も由依も、その場で泣き崩れた。大声を出して、子どもみたいにわんわん泣いた。死んじゃ嫌だとか。もっとバンド続けたかったとか。叶わない夢を叫び続けた。
俺はこの世界が大嫌いだ。未来を考えたら、残酷で辛いことばかり。この張り裂けそうな痛みを背負って生きていくなんて辛すぎる。
なあ。こういうとき、陽葵ならどうする?
……そうだよな。
いつだって前を向いていた君なら、きっとこうする。
俺は涙と鼻水まみれの顔で笑った。
「今までありがとう……陽葵」
君を好きになって、本当によかった。
陽葵に比べたら拙い歌声だった。「ボーカルはまるで駄目だね」。くすくすとさえずるように、陽葵のギターが笑った気がした。
下手くそでもかまわない。俺はありったけの想いを歌詞に込めて歌った。
なあ、陽葵。
少しだけ、俺の想いを聞いてくれ。
そうだな。まずは俺たちの出会いから振り返ろうか。
――光の見えない、黒い春を過ごしていた。
前を向くことさえ怖くて俯いていた自分。いつものように自己主張できず、気に食わないラブソングを演奏していた。ライブハウスを出て、自分を呪いながら家路を歩く日々。
でも、あの日は違った。
陽葵が俺をバンドに誘ってくれた。
最初はなんて強引なヤツだと思った。ワガママで自分勝手で、関わりたくないとさえ思ったっけ。
だけど、君の生き方に焦がれてしまった。
――人生は一度きり。楽しまないと損。
その言葉が夜闇を駆ける大彗星のごとく、俺を照らしてくれたから。
弦をフレットに押さえ込まないでサムピングした。すぐさまミュート音を鳴らす。ゴーストノート。君が好きだと言ってくれた、幽霊の音。この曲は君に捧げる曲だから、ベースの手数が多くたっていいよな? 今夜は俺の音を聞いてくれ。
指先から想いがあふれて止まらない。
本気でこの世を呪ったよ。どうして陽葵が消えちゃうんだって。流行りのジャパニーズ・ロックは言っていたんだ。『音楽は世界を救う』と。それなのに、どうして女の子一人救えない? 大勢に愛される楽曲は虚飾されていて、欺瞞と偽善で満ちている……その証明に他ならなかった。
頼むよ。誰か教えてくれ。
人が簡単に消えるこの世界で、俺は何に縋って生きればいい?
……そんなことを考えながら詩を書いている時点で、音楽に縋っているのだろう。
音楽が陽葵の夢ならば、俺はそれを希望と呼ぶことにする。
君の眩しい生き様こそ、俺のロックンロールだ。
限りある命を授かっても、キラキラした青春を送りたい……君がそう望むから、俺は音を鳴らし続けるよ。たとえ君がいなくなっても、空の向こうで笑う君へ届くように。
「――――」
サビ前で音程を外してしまった。陽葵がリクエストしたんだから、クレームは受け付けない。気にせず俺は、好きな人を想いながら歌声を響かせる。
もっとたくさんの君を知りたかった。泣いて、笑って、怒ってほしかった。バンドを続けたかった。もう一回デートがしたかった。頬を赤く染める、可愛いらしい横顔が見たかった。できることなら、この先もずっとそばにいたかった。
ああ。これじゃあ、まるで俺の嫌いなラブソングじゃないか。下手くそでごめん。俺の気持ちが伝わらないように気をつけても、やっぱり音楽は雄弁で正直だったみたいだ。
降参だ、認めるよ。今となっては、ラブソングは嫌いじゃないさ。愛する人に想いを届けるなんて素敵じゃないか。でもやっぱり、嘘で着飾った歌詞が鼻につくんだけどさ。「やっぱり君って捻くれているよね」って、いつもみたいに笑ってくれ。
もういいんだ。
俺の恋心なんて、お前は一生知らなくていい。
名残惜しいけど、最後に感謝の気持ちを聴いてくれ。
「――――」
ラストのサビに差しかかる。
世界から音楽が消える。俺のボーカルソロだ。
陰キャぼっちの俺に、居場所をくれてありがとう。
人は変われるってことを教えてくれてありがとう。
人生の儚さと尊さを見せつけてくれてありがとう。
俺と出会ってくれて、ありがとう。
俺の気持ちに呼応するかのように、音楽が戻ってきた。
三人そろって感情的な演奏をしている。精彩を欠いた拙いギターも、走ってしまうドラムも、下手くそなボーカルも、全部このベースに乗せて強く響け。
伝えたいことが多くてごめん。
天国に持っていく手土産にしては、荷物になりすぎたかもしれない。
でも、本当はまだまだ足りないんだ。
これで終わりにしたくない。
これが最後だなんて、信じたくない。
だからね。
どこにいても、俺たちは音楽で繋がっているって信じることにするよ。
さようなら。俺の大切な人。
ありがとう。陽葵。
そして、演奏が終わる。
室内は静寂に包まれた。胸を突き破りそうな心臓の音と、荒い呼吸音だけが耳にまとわりついて離れない。
ふと隣を見る。
車椅子の上には、陽葵のギターがあった。
彼女が着ていた真っ白なワンピースは床に落ちている。
そいつの持ち主は、どこにもいない。
「……陽葵?」
車椅子のシートに触れる。
手に伝う温もりは、命がそこにあったことを教えてくれた。わずかに濡れているのは、きっと涙のせいだろう。
太陽に向かって伸びる向日葵みたいな笑顔も。
たまに弱音を吐きなら、泣きじゃくる顔も。
俺のために真剣に怒ってくれた顔も。
車椅子の上には、もうなかった。
大切な人を失った悲しみがとめどなく溢れてくる。
陽葵は、消えてしまったんだ。
……最後の演奏になってしまった。
今日のライブ、楽しんでくれただろうか?
夢を叶えて、幸せな気持ちで旅立てただろうか?
そうであったら、俺は嬉しい。
……そのはずなのに、どうしてだ。
涙が、止まらないんだ。
「陽葵……ううっ……ぁぁぁっ!」
俺も由依も、その場で泣き崩れた。大声を出して、子どもみたいにわんわん泣いた。死んじゃ嫌だとか。もっとバンド続けたかったとか。叶わない夢を叫び続けた。
俺はこの世界が大嫌いだ。未来を考えたら、残酷で辛いことばかり。この張り裂けそうな痛みを背負って生きていくなんて辛すぎる。
なあ。こういうとき、陽葵ならどうする?
……そうだよな。
いつだって前を向いていた君なら、きっとこうする。
俺は涙と鼻水まみれの顔で笑った。
「今までありがとう……陽葵」
君を好きになって、本当によかった。
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