上 下
25 / 28
TRACK・4 最後だから、すべての想いを込めた曲

春ハ君、夏ノカゲロウ

しおりを挟む
 由依のドラムに合わせてベースを弾く。ベースラインをテンポよくギターが駆ける。三つの音に俺の歌声が乗り、一つの音楽となっていく。

 陽葵に比べたら拙い歌声だった。「ボーカルはまるで駄目だね」。くすくすとさえずるように、陽葵のギターが笑った気がした。

 下手くそでもかまわない。俺はありったけの想いを歌詞に込めて歌った。

 なあ、陽葵。
 少しだけ、俺の想いを聞いてくれ。
 そうだな。まずは俺たちの出会いから振り返ろうか。

 ――光の見えない、黒い春を過ごしていた。

 前を向くことさえ怖くて俯いていた自分。いつものように自己主張できず、気に食わないラブソングを演奏していた。ライブハウスを出て、自分を呪いながら家路を歩く日々。

 でも、あの日は違った。
 陽葵が俺をバンドに誘ってくれた。
 最初はなんて強引なヤツだと思った。ワガママで自分勝手で、関わりたくないとさえ思ったっけ。

 だけど、君の生き方に焦がれてしまった。

 ――人生は一度きり。楽しまないと損。

 その言葉が夜闇を駆ける大彗星のごとく、俺を照らしてくれたから。

 弦をフレットに押さえ込まないでサムピングした。すぐさまミュート音を鳴らす。ゴーストノート。君が好きだと言ってくれた、幽霊の音。この曲は君に捧げる曲だから、ベースの手数が多くたっていいよな? 今夜は俺の音を聞いてくれ。

 指先から想いがあふれて止まらない。

 本気でこの世を呪ったよ。どうして陽葵が消えちゃうんだって。流行りのジャパニーズ・ロックは言っていたんだ。『音楽は世界を救う』と。それなのに、どうして女の子一人救えない? 大勢に愛される楽曲は虚飾されていて、欺瞞と偽善で満ちている……その証明に他ならなかった。

 頼むよ。誰か教えてくれ。
 人が簡単に消えるこの世界で、俺は何に縋って生きればいい?

 ……そんなことを考えながら詩を書いている時点で、音楽に縋っているのだろう。

 音楽が陽葵の夢ならば、俺はそれを希望と呼ぶことにする。
 君の眩しい生き様こそ、俺のロックンロールだ。

 限りある命を授かっても、キラキラした青春を送りたい……君がそう望むから、俺は音を鳴らし続けるよ。たとえ君がいなくなっても、空の向こうで笑う君へ届くように。

「――――」

 サビ前で音程を外してしまった。陽葵がリクエストしたんだから、クレームは受け付けない。気にせず俺は、好きな人を想いながら歌声を響かせる。

 もっとたくさんの君を知りたかった。泣いて、笑って、怒ってほしかった。バンドを続けたかった。もう一回デートがしたかった。頬を赤く染める、可愛いらしい横顔が見たかった。できることなら、この先もずっとそばにいたかった。

 ああ。これじゃあ、まるで俺の嫌いなラブソングじゃないか。下手くそでごめん。俺の気持ちが伝わらないように気をつけても、やっぱり音楽は雄弁で正直だったみたいだ。

 降参だ、認めるよ。今となっては、ラブソングは嫌いじゃないさ。愛する人に想いを届けるなんて素敵じゃないか。でもやっぱり、嘘で着飾った歌詞が鼻につくんだけどさ。「やっぱり君って捻くれているよね」って、いつもみたいに笑ってくれ。

 もういいんだ。
 俺の恋心なんて、お前は一生知らなくていい。
 名残惜しいけど、最後に感謝の気持ちを聴いてくれ。

「――――」

 ラストのサビに差しかかる。
 世界から音楽が消える。俺のボーカルソロだ。

 陰キャぼっちの俺に、居場所をくれてありがとう。
 人は変われるってことを教えてくれてありがとう。
 人生の儚さと尊さを見せつけてくれてありがとう。
 俺と出会ってくれて、ありがとう。

 俺の気持ちに呼応するかのように、音楽が戻ってきた。

 三人そろって感情的な演奏をしている。精彩を欠いた拙いギターも、走ってしまうドラムも、下手くそなボーカルも、全部このベースに乗せて強く響け。

 伝えたいことが多くてごめん。
 天国に持っていく手土産にしては、荷物になりすぎたかもしれない。

 でも、本当はまだまだ足りないんだ。

 これで終わりにしたくない。
 これが最後だなんて、信じたくない。

 だからね。
 どこにいても、俺たちは音楽で繋がっているって信じることにするよ。

 さようなら。俺の大切な人。
 ありがとう。陽葵。

 そして、演奏が終わる。

 室内は静寂に包まれた。胸を突き破りそうな心臓の音と、荒い呼吸音だけが耳にまとわりついて離れない。

 ふと隣を見る。

 車椅子の上には、陽葵のギターがあった。
 彼女が着ていた真っ白なワンピースは床に落ちている。

 そいつの持ち主は、どこにもいない。

「……陽葵?」

 車椅子のシートに触れる。
 手に伝う温もりは、命がそこにあったことを教えてくれた。わずかに濡れているのは、きっと涙のせいだろう。

 太陽に向かって伸びる向日葵みたいな笑顔も。
 たまに弱音を吐きなら、泣きじゃくる顔も。
 俺のために真剣に怒ってくれた顔も。
 車椅子の上には、もうなかった。

 大切な人を失った悲しみがとめどなく溢れてくる。

 陽葵は、消えてしまったんだ。

 ……最後の演奏になってしまった。

 今日のライブ、楽しんでくれただろうか?
 夢を叶えて、幸せな気持ちで旅立てただろうか?
 そうであったら、俺は嬉しい。

 ……そのはずなのに、どうしてだ。

 涙が、止まらないんだ。

「陽葵……ううっ……ぁぁぁっ!」

 俺も由依も、その場で泣き崩れた。大声を出して、子どもみたいにわんわん泣いた。死んじゃ嫌だとか。もっとバンド続けたかったとか。叶わない夢を叫び続けた。

 俺はこの世界が大嫌いだ。未来を考えたら、残酷で辛いことばかり。この張り裂けそうな痛みを背負って生きていくなんて辛すぎる。

 なあ。こういうとき、陽葵ならどうする?

 ……そうだよな。
 いつだって前を向いていた君なら、きっとこうする。

 俺は涙と鼻水まみれの顔で笑った。

「今までありがとう……陽葵」

 君を好きになって、本当によかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

見上げた青に永遠を誓う~王子様はその瞳に甘く残酷な秘密を宿す~

結城ひなた
青春
高校のクラスメートの亜美と怜は、とある事情で恋人のふりをすることになる。 過去のとある経験がトラウマとなり人に対して壁を作ってしまう亜美だったが、真っ直ぐで夢に向かってひたむきに頑張る怜の姿を見て、徐々に惹かれ心を開いていく。 そして、紆余曲折を経てふたりは本当の恋人同士になる。だが、ふたりで出かけた先で交通事故に遭ってしまい、目を覚ますとなにか違和感があって……。 二重どんでん返しありの甘く切ない青春タイムリープストーリー。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

【完結】天上デンシロック

海丑すみ
青春
“俺たちは皆が勝者、負け犬なんかに構う暇はない”──QUEEN/伝説のチャンピオンより   『天まで吹き抜けろ、俺たちの青春デンシロック!』    成谷響介はごく普通の進学校に通う、普通の高校生。しかし彼には夢があった。それはかつて有名バンドを輩出したという軽音楽部に入部し、将来は自分もロックバンドを組むこと!  しかし軽音楽部は廃部していたことが判明し、その上響介はクラスメイトの元電子音楽作家、椀田律と口論になる。だがその律こそが、後に彼の音楽における“相棒”となる人物だった……!  ロックと電子音楽。対とも言えるジャンルがすれ違いながらも手を取り合い、やがて驚きのハーモニーを響かせる。   ---   ※QUEENのマーキュリー氏をリスペクトした作品です。(QUEENを知らなくても楽しめるはずです!)作中に僅かながら同性への恋愛感情の描写を含むため、苦手な方はご注意下さい。BLカップル的な描写はありません。   ---   もずくさん( https://taittsuu.com/users/mozuku3 )原案のキャラクターの、本編のお話を書かせていただいています。実直だが未熟な響介と、博識だがトラウマを持つ律。そして彼らの間で揺れ動くもう一人の“友人”──孤独だった少年達が、音楽を通じて絆を結び、成長していく物語です。   表紙イラストももずくさんのイラストをお借りしています。pixivでは作者( https://www.pixiv.net/users/59166272 )もイラストを描いてますので、良ければそちらもよろしくお願いします。   ---   5/26追記:青春カテゴリ最高4位、ありがとうございました!今後スピンオフやサブキャラクターを掘り下げる番外編も予定してるので、よろしくお願いします!

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

ひょっとしてHEAVEN !?

シェリンカ
青春
【第13回ドリーム小説大賞奨励賞受賞】 三年つきあった彼氏に、ある日突然ふられた おかげで唯一の取り柄(?)だった成績がガタ落ち…… たいして面白味もない中途半端なこの進学校で、私の居場所っていったいどこだろう 手をさし伸べてくれたのは――学園一のイケメン王子だった! 「今すぐ俺と一緒に来て」って……どういうこと!? 恋と友情と青春の学園生徒会物語――開幕!

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

処理中です...