ばいばい、ヒーロー

上村夏樹

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第3章 消失メモリーと挑戦状

第15話 少ないピースで推理せよ

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「それじゃあまず、里見さんから話を聞かせてほしい」
「わかったですじょ。何でも聞いてほしいですじょ」

 ……じょ?
 おかしいな。彼女の語尾は「ずら」じゃなかったっけ?

「貴志くん、気にしないでほしいっす。蘭子ちゃんの語尾はすぐ変わるっすから」

 なんで変わるんだよ。気にしないほうが無理だろ。

「語尾の件には触れないでおこう……さて。じゃあ、まずは里見さんが登校した後の行動を聞こうかな。今朝、里見さんは最初にこの部室に来たんだよね?」
「そうですじょ。まず私は職員室で鍵を借りてから、新聞部の部室に直行しましたじょ」
「なるほど……ちょっとストップ。心愛。昨日、最後に鍵をかけたのはお前か?」
「そうっす。うちが最後っす」

 昨日、心愛が部室を出てから、今朝、里見さんが部室に入るまで、この部屋は密室だったわけだ。その間、誰もこの部屋に入っていない……第三者が、鍵を借りていなければな。

「大輔。ちょっと頼まれてくれ。職員室に行って、心愛が鍵を返却してから今朝に至るまで、新聞部の部室の鍵を借りた生徒がいないか、先生に聞いてきてくれないか?」
「おう、任せろ! ダッシュで行ってくる!」

 大輔は急いで部室を飛び出した。

「大輔くん、私を守ってくれるんじゃなかったの……?」

 弱々しい声を漏らす静香。しまった。静香の中で、大輔の好感度が下がっていくのがなんとなくわかる。許せ、大輔。今度昼ご飯奢るから。

「……話を戻そう。里見さん、続けて」
「はいですじょ。私は部室に入った後、まず自分のPCを立ち上げたですじょ。時刻はちょうど七時でしたじょ」

 なるほど。心愛の言うとおり、この子は朝早くに登校するらしい。

「私が担当する文化祭の新聞記事を作成していたんですが、作業の途中でトイレに行きたくなったですじょ。でも、部室を無人にするわけにもいかないので、誰かが来るのを待ちながら、記事を書いていたですじょ」

 この部室には、PCやプリンター、カメラなど、数多くの高価なものがある。部員の防犯意識が高いのは当然かもしれない。

「しばらくして、部長が来ましたじょ。私は挨拶してから、急いでトイレに行きましたじょ」
「つまり、新聞部の部室は無人になるタイミングがなかったってことか……里見さん、続けて」
「後はトイレから出て、部室に戻っただけですじょ。その五分後くらいに、みなさんがやってきましたじょ。知らない人が来たから、びっくりしましたじょ」
「俺たちが来るって、心愛から聞いてなかった?」
「それどころか、軽音楽部のインタビューの話も聞いてなかったですじょ」
「マジか。驚かしてごめんね。ちなみにトイレに行ったとき、怪しい人を見かけたりしなかった?」
「いませんでしたじょ。トイレで友達に会って、少し長話をしたくらいですじょ」
「わかった。里見さん、ありがとうですじょ」
「貴志くん。語尾がうつってるから」

 綾にツッコまれて自分の失態に気づいた。ええい、やっぱり気になるんだよ、あの語尾!

「はぁ……次は梶原先輩。お願いします」
「ああ。何でも聞いてくれですじょ」

 いやなんで梶原先輩までうつってんだよ。先輩は部活で里見さんと毎日顔を合わせているんだから、慣れているはずだろ……。

 いきなりグダグダだが、とりあえず梶原先輩の証言を聞くことになった。


 ◆


「では気を取り直して……梶原先輩。今朝は職員室に寄ったんですか?」
「いや。きっと蘭子ちゃんがすでに部室にいると思ったからね。部室に直行したよ」

 心愛も同じことを言っていた。里見さんが朝早くに登校するのは、部の共通認識のようだ。

「部室に着いたのは何時頃ですか?」
「おおよその時間で申し訳ないが、七時二十分になる少し前だったと思う」
「で、部室に入ったら、里見さんがいたと」
「ああ。彼女の証言どおり、簡単に挨拶を交わした後、トイレに行くと言って部屋を出ていったよ」
「部室の様子はどうですか? 普段と変わったところはありませんでした?」
「いや、特にないかな」
「そうですか……その後、梶原先輩は何を?」
「自分のPCと、部の共有PCを起動させた」
「自分のだけじゃなく、共有PCまで起動させた理由はなんなんでしょう?」
「共有PCには、過去の活動記録が保存されていてね。目的はそれさ」
「過去のデータが必要だったってことですか?」
「ああ。今年の文化祭の新聞なんだが、去年の文化祭の新聞を参考にしようと思ってね。去年の新聞はかなり好評だったんだ。ネタもレイアウトも記事の質も、ここ数年で一番のデキだと顧問の先生も言っていた。だから今年も去年の新聞をベースにしようと思ったんだよ。普段は自分のPCを使うんだけど、そういう事情があったのさ」

 過去の新聞データは共有PCにしか入っていない。だから自分のPCだけでなく、共有PCも起動させたというわけか。

「共有PCのパスワードはみんな知っているんですよね?」
「ああ。ただし、他の部員のPCのパスワードは知らないよ。そのへんのセキュリティーはしっかりしている」
「なるほど。話の腰を折ってすみませんでした。二つのPCを起動させたその後は?」
「普通にPCで作業をしていたよ。途中で蘭子ちゃん遅いなぁって思って、時計を見た。七時三十三分を確認するとほぼ同時に、蘭子ちゃんは戻って来たよ。その後は蘭子ちゃんが証言したとおりさ」
「ちなみに、里見さんは僕らの取材のことを知らなかったようですけど、梶原先輩は知ってましたよね?」
「ああ、取材の件は心愛から聞いていたよ。早朝に来るという話もね」
「わかりました。ありがとうございます」

 礼を言ってから思考の海にダイブする。
 なるほど……これはやっかいだ。
 里見さんと梶原先輩は部室に一人でいる時間がある。その間、二人ともアリバイがない状態で犯行現場にいるってことだ。間違いなく容疑者確定だが……くそ。現状だと、情報が少なすぎる。
 きっとまだ情報は出そろっていない。事情聴取を続けよう。心愛の証言を聞けば、新たな発見があるかもしれないし。

「心愛。話を聞かせてくれるか」
「はいっす。何でも聞いてほしいっす!」

 頼もしい返事をする心愛。丸一日かけて作った取材データを消されても、明るく振る舞えるなんて……彼女はよほど強い精神力の持ち主なのかもしれない。


 ◆


「心愛は俺たちと校門からずっと一緒だったよな。だから、今朝のことはいい。それよりも昨日の夜の話が聞きたい」
「はいっす。うちは昨日、軽音楽部のみんなと別れた後、部室に直行したっす。ちょうど部長と入れ替わりでしたので、部長から鍵だけ預かって部室に入りましたっす。あ、そのときに軽音楽部のインタビューの話をしたんすよ」
「なるほど。で、その後で梶原先輩は帰った……ちなみに、里見さんは?」
「昨日は顔だけ出して帰ってしまいましたっす。歯医者の予約があるって言ってましたっす。そうっすよね、蘭子ちゃん?」

 心愛が尋ねると、里見さんは立ち上がり、鞄から財布を取り出して二枚の紙を俺たちに見せた。真田歯科という歯科医院の領収書と医療明細書だ。
 領収書には会計時間が記載されている。時間は十七時十分だ。
 また、歯科医院の住所も載っている。学校の最寄り駅から五駅離れた駅のすぐそばだ。
 俺は里見さんに礼を言って、領収書と医療明細書を返却した。

「歯医者に行った裏付けは取れたな。心愛、話を戻すぞ。部室に戻った心愛は編集作業をしたんだな?」
「はいっす。一歩も外に出ないで、集中して一気にやったっす。編集作業が終わって、USBに保存して……あとは写真も現像したっす。記念に軽音楽部のみなさんにあげようと思ったのに、こんなことになってしまったっす……」
「気にするな。軽音楽部のせいって可能性もあるからな。こちらこそ、面倒事に巻き込んで済まない」

 謝ると、心愛は慌てて「そんな滅相もないっすよ! こっちは取材に協力してくれて感謝してるくらいなんすから!」と笑ってくれた。

「ありがとう、心愛。それで、現像した後は?」
「えっと、USBと写真を引き出しにしまって、戸締りして帰ったっす」
「そうか……ありがとな」

 くっ。やはり情報が少ない。
 何か決定的な証拠があれば……。

 考えながら、目についた破られた写真に触れる。
 破られたその写真には、得意気に話している綾が映っている。誰よりも取材を楽しみにしていた綾の気持ちを踏みにじりやがって……くそ。推理も進まないし、だんだん腹が立ってきたぞ。

 一枚、また一枚と写真を確認していく。二十枚以上あるそれらすべては、手で破られたような切り口で――。

「あ……」

 一枚の写真を手に取る。大輔がインタビューを受けている写真だ。顔の上半分が破られている、なんとも残酷で残念な写真だが……問題はそこじゃない。大輔の背後に映っているこれって……?
 そういえば……あのとき、あの人の、あのセリフ。不自然だよな? 言葉のあやじゃ済まされないレベルで違和感がある。
 犯人像が見えてくると、不思議と少ない情報でも推理が組み上がる。些細な出来事が、わずかな違和感が、みんなの証言が、複雑に組み合わさり、推理となる。
 推理が完成しかけたとき、部室のドアが開いた。大輔が戻って来たのだ。

「貴志の言ったとおり、職員室の鍵の件を聞いてきたぞ」
「おかえり、大輔。どうだった?」
「職員室の鍵は心愛が返却してから里見さんが借りるまで、誰も借りていないそうだ」

 心愛が部室を施錠してから、里見さんが開錠するまでの間、鍵は保管されていた。つまり、施錠していた間、第三者は部室に入れない。里見さんが鍵を開けてから、部員の誰かしらが部室にいたが、部外者が来たという証言もない。もちろん、軽音楽部を除いて、だ。

「つまり、第三者による犯行の可能性は考えられない……犯人は新聞部の部員だということが証明されたな」

 最後のピースがそろった瞬間、新聞部の三人が顔を見合わせた。この中の誰かがやったなんて、信じられないという顔だ。

 今回の犯人は少し間抜け過ぎた。自分の行動と発言が、すべて自分に容疑が向くようになってしまっているんだからな。

「もうそろそろ朝のHRが始まる。教室にいなかったせいで、遅刻扱いされるのは勘弁だ……とっとと推理を始めるぞ」

 そう言って、俺は里見さんを指さした。
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