極道の密にされる健気少年

安達

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遅咲きの花は大輪に成る

松下康二の微笑み

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あれから駿里は松下に引きずられるようにして歩いていた。いつもより酷く腕を掴まれているのは松下が怒っているからであろう。そんな松下に駿里が足を絡ませながら必死について行っていると何故か松下が足を止めた。どうしたのかと見るとその松下の前で寛也が足を止めていた。



「組長。どうかされましたか?」

「そいつをよこせ。」



怒っていても寛也は少しでも駿里が自分の傍から離れていることが嫌だったらしく松下にそう言ってきた。歩き出してからたった数メートルしか進んでいないがその短い距離すらも離れたくなかったらしい。そんな寛也に松下は駿里をいち早く渡そうとした。そうしないと寛也の怒りを買ってしまうから。



「どうぞ。」

「待て。自分で歩かせろ。」



松下が駿里を寛也に抱きかかえて渡そうとしたが寛也はそれを止めた。そして駿里を下ろすように松下に指示を出し駿里に自分で歩くように即してきた。だが駿里は歩けるか不安だった。恐怖で足が震えてさっき歩いた時もまともに歩けなかった。だから松下に降ろされた時も案の定足がプルプルとする。



「何してんだ。早くしろ。」

「ぁ…ごめ、ちゃんと、するからっ、」



ちゃんと立つことすらできなくて寛也に即されてしまい駿里は余計に焦ってしまう。そしてその結果その場に尻もちをついてしまった。そんな駿里を松下が優しく起こして支えてくれた。先程まであんなに駿里のことを酷く扱っていたのに急に優しくする。それほどまでに今の駿里が可哀想に見えたのかもしれない。それはどうやら寛也も同じようで駿里のことを痛々しい顔をみていた。泣きたいのは駿里なのに。だけど寛也も不器用なんだ。それは駿里が1番知っている。だから駿里は寛也に声をかけようとした。そんな顔しないでって。



「…ち、かっ」



ただ名前を言いたいだけだったのに駿里はそれさえも出来なかった。目の前にいる2人が怖くて上すら向けない。そんな駿里を松下は黙って抱きしめた。そして心が痛くなった。だけどだからといって逃がしてやれない。離してやることは出来ないんだ。そう思えば思うほど駿里への思いが強くなり松下は自然と駿里を抱きしめる手に力が入ってしまう。その力が強くなればなるほど駿里は恐怖心が募っていく。そして初めは我慢していた駿里だったが耐えきれず声が出てしまった。



「……っ、ぃ、た、」

「あ、悪い駿里。」



その時駿里は思った。松下もこうしたくてしてる訳じゃない。ただ駿里に依存しているだけ。それも異常なまでに。手の内から離れていくのが怖くてこうしているだけ。これはあくまで駿里の憶測に過ぎないから違うかもしれない。だけどそう思えるだけで駿里は少しだけ心が楽になった。だから歩き始めてみた。その時寛也がどんな反応をするのか見たかったから。



「おい駿里。無理すんなって。」



松下は歩き始めた駿里を止めようとそう言ってきたが駿里はその松下の手を避けて歩き続けた。寛也はその駿里を黙って見ていたが駿里がフラッと一瞬なったのを見て咄嗟に手を出した。その時駿里は驚いたように目を見開いた。先程の寛也の行動からは想像できなかったから。松下に放り投げて暴言すら撒き散らして来たのになんで…と。そんな表情を浮かべる駿里に寛也は近づいて腕の中にいれた。そして駿里の頭を優しく撫でると寛也は話し始めた。



「違うんだ駿里。お前を怯えさせたいわけじゃねぇ。歩けなくなるぐらい怖がらせたいわけでもねぇ。だけど何があってもお前を手放すことは出来ねぇ。許してくれ。お前の自由を奪ってることは重々承知してる。それでもお前だけは手放してやれねぇ。すまない。」




寛也の話を黙って聞いていた駿里は思った。なんだよそれ、と。だって…。



「…お、れはっ、」

「何も言うな駿里。今は黙って俺の話を聞いてくれ。」



駿里は寛也に自分の思いを伝えようとしたのに寛也はそれを聞くことが怖いのか駿里の口を塞いできた。そして駿里の話をさえぎり再び話し始める。その間松下は黙って見ていた。



「お前は死ぬまで俺に縛られる生活を強いられる。我慢してくれなんて馬鹿な話だよな。外出も…ある筈だった普通の生活も二度と手にすることは出来ない。俺に許されなきゃ食いもんだって服だって着れねぇ。俺の怒りを買った時はお前は馬鹿みたいにイカされて耐えなきゃなんねぇ。悪いと思ってる全部。だから俺は及川を尋問してる時思ったんだ。康二は俺が駿里にカードキーの場所を教えたことを知らない。それを黙って康二を家から出したら駿里はどうするのかってな。そしたら案の定お前は逃げた。それを見て俺は耐えきれなかった。1度逃がしてろうと思ったけどやっぱ無理だ。俺はお前がいねぇと生きていくことすら出来ない。」

「………。」



寛也が淡々と話す内容を聞いて駿里は応えたいのに話したいのに寛也に口を塞がれているがために出来なかった。だから何とかして口を塞いでいる寛也の手をどかそうとするが駿里の力ではビクともしなかった。そんな駿里の手を寛也は拘束すると駿里の顔を上に向かせた。要は視線を合わせたのだ。話に集中させるために。



「だからな駿里。俺の人生の犠牲になってくれ。無論、拒否をする事は認めてやれねぇけどな。」



寛也はそこまで言うと駿里の口を塞いでいた手を退け駿里の顔を覗き込んできた。それはその時駿里は怯えていると思っていたから。だが現実は違った。駿里は怯えるどころか怒っていたのだ。そしてその怒りをぶつけるように駿里は寛也の手を払い除けた。



「…なんだよそれ。」



怒らせるのは当たり前だ。駿里に不自由なことをさせているのだから。だから寛也は手を払いのけられても怒らなかった。もちろん松下も寛也同様に怒らなかった。だけど駿里が怒っている理由はそれじゃない。

そうじゃなくて…。



「俺は寛也が好きでここにいるのになんで無理やり閉じ込めてるみたいに言うんだよっ!」



駿里がそう言うとその場が静寂につつまれた。寛也も松下も驚きを隠せないように目を見開いていた。それもそのはず。だって駿里は逃げてここにいるのだから。なのに言ってる事と行動が合っていない。だから駿里の言葉が理解できなかった寛也は駿里を問いただすように話し始めた。



「…は?何言ってんだ。お前、俺から逃げたじゃねぇか。」

「違うっ、いや違うくないけど逃げたのは及川さんのためで。」

「は?及川だと…?」

「違う違うそうじゃなくてっ、だって拷問されるとか言うから助けなきゃって思ってっ、そしたら身体が勝手に動いちゃって…。」



慌てて寛也に弁解する駿里を見て松下の表情が変わっていく。怒りから驚き…そして今はなんだか嬉しそうに口角を上げて背中を壁に預けていた。そんな松下とは裏腹に寛也はまだ怒りオーラが残っている。駿里が及川の話をしたからだ。だから駿里は必死に寛也から誤解だと言うことを証明するために話し続ける。松下はそんな駿里を見るのが楽しくてついには声を殺して笑い出した。



「はは、ほんと可愛いやつ。」

「康二さんうるさいっ、俺はほんとに寛也から逃げたかったわけじゃない。ちょっとは康二さんが怖くて逃げ出そうとしたけど俺は寛也に捕まえられるために逃げ出したんだ。」

「捕まるためにって。お前ドMだな。」

「だから康二さんうるさいってばっ!」

「否定しねぇんだ。」

「ーーーっ!」



決して寛也から逃げたかったわけじゃない。それを伝えたかっただけなのに松下に馬鹿にするようにそう言われて駿里は腹が立ちそう松下に噛み付いた。だが松下の方が今回も上手で言い返せなくなる。そんな喧嘩を始めた2人に寛也は呆れ顔をする。そして駿里が話す内容の続きが気になるので松下に説教をした。



「おい康二うるせぇぞ。話の腰折るな。」

「…すみません。」

「駿里。どういうことか詳しく説明しろ。ああいやそれはあとだな。先に車に戻ろう。あいつらを待たせてるから。」



寛也はそう言うと問答無用で駿里の事をかつぎあげると歩き始めた。担がれた駿里は自分で歩けると何度も言ったが寛也が下ろてくれたのは車の前だった。おりれたといっても車に乗せるために一瞬だけ下ろされただけだ。その後は直ぐに寛也に抱きかかえられて車の中に入っても尚、駿里は寛也の腕の中にいる。



「んで?駿里、説明してくれ。まぁ内容によってはここで今すぐ躾なきゃいけねぇけどな。」

「なんでだよっ、躾とか意味わかんない!」



寛也がいつもの寛也に戻ったこともあり駿里は震えていた足も元通りになり話し声も震え無くなった。それどころか通常運転にすらなっている。その証拠に寛也相手にも怯まず言い返したのだから。



「当たり前だろ。そもそもどんな理由だろうが逃げ出していい理由なんてねぇんだよ。」

「てかそもそも康二さんが原因なんだよっ…、ばか康二!」

「おいてめぇ何舐めた口聞いてんだ。気絶するまでぶち犯すぞ。」

「ほんとさいていっ!」

「…康二。」



これ以上何も言うなという意味を込めて寛也がそういい松下を睨みつけた。そうしたことで松下はこれ以上なにも駿里に言うことは無かったが少し不満そうだ。



「康二のせいってのはどういう事だ。」

「康二さんが映像を復元したって言ってたけどあれは一部分でしかも1番良くないところなんだ。俺は確かに及川さんに無理やりやられちゃったよ。それで選択を促されたんだ。及川さんと秘密の関係を続けるか、寛也にバラされるかって。」

「それでお前は黙ってたのか?」



駿里が必死に弁解していると寛也が急にそう言ってきた。そこで駿里の上がっていった熱が冷める。黙っていたことまでバレてしまったから。墓場まで持っていこうと思ってた内容だ。なのにちゃんと事実を言わなきゃと思うがあまりに言ってしまった。だが今更それを否定したところで遅い。だから駿里は寛也から目を逸らしながら小さく頷いた。



「…そう。」

「馬鹿か。」

「ですね。馬鹿すぎる。」

「ほんとに組長のおっしゃる通りです。駿里、お前は馬鹿だ。」



みんなに言われた。初めは寛也。つぎは松下。その後は運転している志方にすら言われた。だが助手席に乗っている圷だけはどこか楽しそうに笑っていた。



「ひどいっ、みんなしてばかばか言うなっ…!」

「いいから話の続きをしろ。ああでもその前に服を脱げ。」



寛也が駿里の服に手をかけながらそう言ってきた。だが今は何せみんなの前だ。圷に志方に松下が乗っている。そんな状況で脱げる訳もなく駿里は当たり前に拒否する。



「…いや。」

「いいから脱げ。それとも脱がされたいのか?」

「なんで脱がなきゃいけないんだっ!」

「お前が俺たちを舐めてるからだろ。」

「なにいってんのっ、寛也のこと舐めてるわけないじゃんか…っ。」

「ならなんで言わなかった。俺が及川に負けるとでも思ったのか?康二に手をかけるとでも思ったか?馬鹿を言うな。康二は家族だ。志方も圷も他の奴らもそうだ。その家族に手を出すわけねぇだろ。そもそも及川は元から信頼してねぇよ。演技だ馬鹿。康二が珍しく新しい奴を尊敬してたから組に入れて幹部にしただけ。こいつが人を尊敬すんのは珍しいことだからな。それ以上の理由はねぇ。」




駿里は寛也が言っていることを聞いてそれが理由…!?とすら思ったが反対に言えばそれだけ寛也は松下のことを大切に思っているということだろう。



「及川さんのことすっごい褒めてたのに…。」

「嘘に決まってんだろ。演技だ馬鹿。」

「…そうだったんですか。俺も騙されましたよ組長。」



松下が寛也の方を向いてそう言った。その顔には色々な感情が入り交じっているように駿里には見えた。それもそのはずだ。松下が及川のことを尊敬さえしなければ駿里はこんな目に遭わなかったのだから。



「お前を騙すための演技だからな。でもまぁまさか駿里を犯すとは思いもしなかったがな。悔しいが俺も初めはちょっとだけ信じてたからよ。良い奴ってな。」

「及川さんはいい人だよ。ちょっと不器用なだけで。」

「あ?お仕置きされてぇのか?犯した相手を良い奴とか言ってんじゃねぇ。泣かすぞ。お前は俺のもんだ。」



及川は本当に心に傷があるだけでいい人なのには間違えない。それは駿里自身身近にいて感じた。だがそれは寛也の地雷を踏んでしまったらしくお仕置き宣言をさせられてしまう。だから駿里は話を逸らした。お仕置きから逃れるために。



「…そ、それより及川さんはどうなるの?」

「どうもこうもねぇ。殺す。」

「やだ…。」



駿里に手を出したとなれば間違いなくそうなるだろう。しかも寛也に至っては元から及川のことを信頼していなかったのだから首のひとつ跳ねるぐらいなんてことないだろう。だが駿里は違う。2日間関わってきた人だ。もうそれは駿里にとっては知り合いに入る範囲。だから嫌だった。いくらあんなことをされたからといって殺されてしまうのは耐えきれなかった。



「殺す原因が俺なら殺さないで。俺が及川さんに直接何かをされたわけで寛也にされたわけじゃない。それに俺は及川さんのことを許した。だからお願い寛也。殺さないで。」

「あのなぁ、駿里。俺が1番気に食わねぇのはあいつがお前に許されたからって好き放題してたからだ。キスもしてよ。それも何回も。」

「そんな理由なら尚更やだ。殺さないで。」



精一杯のオネダリをしながら駿里はそう言ったが寛也は顔色を変えなかった。殺すことはもう決めているのだろう。だが駿里も駿里で諦めきれなかった。それほどまでに殺されて欲しくなかったのだ。だから最終手段に出ることにする。



「何でもするから…。」

「何でも?」

「うん。」

「後から嫌っつっても聞かねぇよ?」

「分かってる。」



何でもするって言ったからには寛也は相当なことをしてくるだろう。駿里もそれは痛いほど知っているはず。なのにそれを堪えて言ってきているとなれば相当な覚悟であろう。だから寛也はその駿里の覚悟に免じて今回は及川を許してやることにした。



「…はぁ、お前には適わねぇな。」

「何を仰っているのですか組長。鼻から殺すつもりなんてなかったでしょうに。」

「黙れ。調子に乗るな圷。」

「え?そうなの?」



そう駿里は寛也に聞き返したが寛也は答えてくれなかった。その代わりに圷が答える。



「組長、どうなのですか?答えてあげてください。」

「はぁ…たく。そうだ。圷の言う通りだ。駿里に何をしたのか聞き出してそれで解放するつもりだった。二度と面を見せねぇって言う条件でな。だがそこで康二がある動画を送ってきた。それがさっき言ってた映像だ。それを見て俺はたまらず言っちまったよ。足枷をつけろってな。でもまぁこの話の元凶は康二だったって訳だ。」

「…言い返す言葉もありません。ほんとに申し訳ありませんでした。駿里もほんとにすまない。」



ずっと黙って話を聞いていた松下は本気で反省しているようで車の中で精一杯の謝罪を寛也と駿里にする。だが寛也はそんな松下の頭を殴っただけで許してはくれなかった。しかし駿里は違った。



「いいよ康二さん。」

「おい駿里、康二のこと許すのか?」

「うん。こんな一時的な事件で崩れるほど俺は康二さんと薄っぺらい関係じゃないから。」

「妬けるな。」

「すぐいじけるなって。もちろん寛也が1番だよ。」

「んだそれ。妬けちまう。」

「真似してんじゃねぇ康二。お前は覚えとけよ。今日から1週間は仕事で確実に地獄を見させてやるからな。」

「はい。全力で望みます…。」
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