極道の密にされる健気少年

安達

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齟齬

110話 当日

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ついに商談の日の朝がやってきた。


「駿里、行ってくるからな」

「うん。頑張ってね」

「ありがとう。俺の計画通りに行くと昼頃には帰れるからそれまでいい子に待ってるんだぞ。親父だけだと不安だったから司波も呼んでいる。何かあったら些細な事でも直ぐに親父か、司波に言えよ。分かったか?」

「うん!」


駿里の笑顔を見て安心した寛也はまだ体の疲れが癒えていない駿里をベッドに寝かせたまま、寝室を出た。


「若様。参りましょう」

「勝敗が目に見えている商談に行くのは楽しみだな」


寛也は顔色をドス黒い色に変えた。


「親父、司波。駿里を頼む」

「任せとけ。行ってこい」

「早めに帰ってこいよ」


2人に駿里を託し、部屋を出た寛也と御子柴は事務所に行った。そこで待ち合わせていた松下と北風が既にいた。


「「「おはようございます」」」

「おはよう。煙草谷は表に出てるか?」

「はい。」


北風が答えた。この場に2人の幹部しかいなかったのは、播儺佐逃げた時に取り押さえるためだ。卑怯な播儺佐は部下を見捨ててでも自分の命のために逃亡するだろう。この森廣を含めた幹部たちの配置はそれを見越しての寛也の判断だった。

直樹と海斗はというと、まだこの組に入っての経験が浅い上に優しい性格だ。このような過激な仕事をさせる訳にはいかないと寛也は2人を自宅待機にさせたのだ。


「そろそろ来る頃だな。お前らは全員俺の後ろにいろよ、何されるかわかんねぇからな」


寛也は松下と北風にそう言った。御子柴はいつでも寛也の助っ人に回れるように隣に座っている。


「はい」

「承知しました。」


二人は言われた通りすぐに寛也が座っているソファの後ろに回った。


「組長、煙草谷から播儺佐会の奴らが来たと連絡が来ました。播儺佐は3人の幹部しか連れてきておらぬようです。周りを捜索しても部下らしき人物はいなかった、との事です。」


煙草谷から報告を受けた松下が寛也に報告をする。


「随分舐められたもんだな。」

「これは返って都合がいいですよ。」


御子柴はまるで獲物を捉えた獣のような目をしていた。今の御子柴は寛也にとって最高に頼れる存在だった。


「そうだな。」


そしてーー。

コンコン、とドアの音がなり、播儺佐たちが入ってきた。


「どうも旭川さん。まさか貴方の方から商談のお誘いが来るとは思いもよりませんでしたよ」


とても横暴な態度で播儺佐は商談というのにガラの悪い格好をしていた。そしてドスッ、とソファに座り足を組んだ。播儺佐会の幹部達はいつでも銃を取り出せるようにポケットに片手を突っ込んでいた。


「では、まずこちらの要望を話しますね。」


そう言って播儺佐は写真を机に出した。


「これはどういうことでしょう。」


寛也は写真を見て、顔色を変えなかったが怒りが込み上げてきた。それは寛也に限らずその場にいた御子柴、松下や北風もだった。その写真に写っていたのは駿里だったから。しかも数日前、喧嘩をして駿里がこの家を出て連れ戻した時の写真だった。


「旭川さんが気に入った少年を囲っていると言う噂を聞き付けましてね。いえ、拉致したという方が正解でしょうか。こちらの要求はこの少年です。この条件を呑んでくだされば、なんでも差し上げますよ。金も会社も権力も、全てね」


播儺佐の発言に思わず寛也は鼻で笑った。


「呑まないと言ったら?」

「漲 駿里に安全は無いと思って頂きたいですね。」


播儺佐は旭川組に送り込んだもの達を寛也が即に始末したことを知らなかった。その為自信満々に駿里を渡すように要求してきたのだ。


「馬鹿だなお前。そこまで低脳だとは思わなかった。失笑すらでない」


寛也は播儺佐を嘲笑いながら言った。御子柴も、後ろにいた松下達も同じように笑っていた。


「あ?どういうことだ」


見世物のように笑われ播儺佐は苛立っていた。


「もし、万が一お前が駿里に何かをするようなことがあったなら俺がお前を生き地獄を味わらせてやる」


寛也はそう言い終わると、播儺佐に向けて何十枚もの資料を投げつけた。それに引き続き御子柴もパソコンであるサイトを開いていた。

それを見た播儺佐は顔を真っ青にした。


「お前が糞みたいな馬鹿で助かったよ。それにな、お前がうちの組に送り込んできたヤツらは全員始末したんだよ。そうとも知らずにノコノコと商談に来るとはな。さて、こちらの要求だ。この山のような資料の内容をマスコミとある奴にばらまかれたくなかったら、何があろうと駿里に危害を加えるな。絶対に近づくな。俺は見張ってるからな」


寛也は鋭い声でそう言った。全て自分のうまい方向に行くと思っていた播儺佐悔しさのあまり目を充血させていた。


「っくそ!それならここで殺してやるよ!!お前らやれ!」


播儺佐は後ろにいた部下に寛也を撃つように命令した。だか、播儺佐会の幹部は動かなかった。指示通り動かない幹部たちを播儺佐は振り返ってみた。

するとその幹部たちはいつの間にかやってきた森廣、煙草谷そして島袋に拘束されており、頭に銃を突きつけられていた。物音ひとつ立てずに。


「部下の配慮も出来ないお前に天下なんて取れるわけねぇだろ。暫くは大人しくしているんだな。でないと俺に潰されると思え。」


寛也は立ち上がってそう言った。完敗し、手の打ちようがないこの状況になってしまった播儺佐はその場に座り込んでしまった。


「………旭川さん、俺たち播儺佐会は貴女方の傘下に降ります。」


その場に座り込み今にも死にそうな声で播儺佐はそう言った。そんな播儺佐に寛也は笑いながら近づいて鳩尾を蹴り、そのまま踏みつけながら言った。


「お前らみたいな使えねぇ糞みたいな集団なんて要らねぇんだよ。支配すらしたくない。虫唾が走る、時間の無駄だ。分かったらさっさと失せろ」


北風が播儺佐に向かって銃口を向けた。それを合図に島袋達は播儺佐組の幹部たちの拘束を解いた。自由になった幹部達と播儺佐は慌てて走り出し事務所を後にした。


「若様。お見事です」


全てが計画通りに進み、想定以上に播儺佐会を返り討ちにしたこともあって御子柴が寛也を褒めたたえた。


「お前らのおかげだ。俺一人じゃなんにもできてなかった」

「組長は俺たちをこんなにも慕わせている。これも組長の力です。本当に凄いです」


寛也が大好きな松下は真っ直ぐ見つめそう言った。


「そうですよ。旭川組の者は皆組長を心から慕っている。だからこそ裏切り者がいればすぐに分かるのです。」


松下に続き島袋もそう言った。1番長く寛也とともに時間を過ごしている森廣は今この光景に涙を流しそうになる。御子柴も同じだ。


「立派になりましたね」


森廣にもそう惚れられ寛也はさすがに恥ずかしくなる。褒められることに慣れていない寛也はどうすれば良いのか分からなくなった。


「やめろお前ら。俺を困らせるな」

「すみません。でも一段落しましたね。これからはきっと本当に落ち着きますよ。だから組長は駿里くんの所に戻ってあげてください。心配しています」


森廣がそう言った。


「ありがとな、お前ら。」


寛也が森廣達に笑顔でそう言った。

御子柴はこの場で起きたこと全てを見て安心した。まだ子供だと思っていた寛也がこんなにも立派になって部下にも熱い信頼を寄せられている。絶対に切れることの無い信頼を寄せあっているからこそここまでのしあがれたのだろう、と思った。

そしてこのことを帰ってから馬酔木に報告しようと決めた。


「「「お疲れ様でした」」」


御子柴があれこれ考えている間に寛也が事務所を出ようとしていた。急いで追いかけ、寛也と共に御子柴は家に戻って行った。




**********

寛也と御子柴が出ていった後、事務所に天馬が戻ってきた。


「おっ、商談終わるの早かったんだな」

「そうだ。お前は呑気に買い出しかよ、いいなお気楽でよ」


松下が天馬が戻ってきてそうそう噛み付く。


「うるせぇな。買い物も立派な仕事なんだよ。俺が行かなかったらお前昼飯食えねぇぞ?そんなことより俺も論破されてる播儺佐見たかったわ」

「残念だったな天馬。組長かっこよすぎたぞ」


へっ、と挑発するように天馬言った。そんな松下を北風が止めに入った。


「やめろ松下。ガキじゃねぇんだからよ。にしても組長は駿里と出会えてほんとに良かった。昔の組長にもとてくれたからな。今の組長ほど頼もしい者はない。」

「そうですね。駿里は俺たちにとっても大事な存在でもありますからね」


天馬に対する態度とは変わり松下は北風には礼儀正しく話した。


「いいよなお前らは。駿里とヤッてんだからよ」


北風は島袋と松下を羨ましそうに見ながらそう言った。


「いや、やらない方がいい。一度するともう1回あるんじゃないかと期待してしまうからな。でも今、絶対にそんな事はあり得ない。組長達が抽選箱みたいな遊びをしてた時は特別だ。俺は今、駿里を見る度耐えなきゃいけねぇんだ。だから俺は北風が逆に羨ましい」


島袋は贅沢なことを言っているとわかっていてもそう思わずにはいられない、と北風を見ながら言った。


「それもそうだな。」


北風も島袋と同様に辛いもんだ、という顔をしていた。


「そんな顔すんなよ。しけた顔なんてしてらしくねぇ事してんじゃねぇよ。それに駿里と出会えてよかっただろ?」


重たくなった空気を消すように天馬が言った。


「あんなに荒れまくって自分の制御もろくにできなかった寛也を昔のように戻しただけじゃなくて温厚にまでしたんだぞ駿里は。スゴすぎるだろ。お前らにとってもいなくてはならない存在になった。…はぁ、でも恋人のいない俺からしたらあの二人のお互いに対する信頼関係と愛情は俺にとっては理想だな。な?お前もそうだろ松下」


天馬は松下が座っているソファの空いている隙間に座り込り肩を組んだ。。松下になんだよ、気持ちわりぃという顔をされたがスルーした。


「そうだな」


無視をした松下の代わりに島袋がそう言い、皆納得したように頷いていた。だが、森廣だけは違うようだ。


「でも最近はさすがに仲良すぎだろ。組長が仕事をサボり気味になってんだよ」

「組長が遅刻したぶんの仕事は森廣さんがカバーしますからね。」

「笑い事じゃねぇよ。北風」

「いっ、て゛ぇ!」


森廣は持っていた紙の束で北風をシバいた。北風が大袈裟にリアクションをしたこともあってもう1発くらってしまった。


「酷いっすよ森廣さん」

「お前が悪ぃだろ。無駄口叩かずにさっさと仕事をしろ。お前らもだ。天馬は俺らの昼飯作ってろ」

「はーい」


森廣に言われたように皆動き始めた。


「おい、松下は待て。」

「はい。どうかされましたか?」

「組長の部屋に行け。」

「承知しました」


松下は要件を言われなくても何をするのかを察し急いでエレベーターに乗った。事務所に残った森廣は専属の秘書である海斗に電話をしていた。


 「商談が予定より早く終わったから今から事務所に来い。仕事を頼みたい」

『はい。すぐに参ります』

 「ゆっくりでいい。それと直樹には組長は今日は仕事をしないから明日から仕事だと伝えてくれ。」

 『はい』


海斗は直樹に伝言を伝えスーツに着替えて急いで事務所に向かっていった。








その頃ちょうど家に着いた寛也と御子柴はリビングに入っていった。時刻は午前8時30分。商談が早く終わりすぎてリビングにいた馬酔木と司波に驚かれた。


「は!?早すぎねぇ?」

「播儺佐が低脳すぎて楽勝だったんだよ。司波、お前はもう帰っていいぞ。仕事あるだろ?」

「ほいほい。あっそうだ。駿里まだ起きてねぇからお前ベッドに入っててやれよ」

「そうするつもりだ」


じゃあな、と帰宅時間が早まった司波は嬉しそうに寛也の家を出ていった。


「親父もありがとう」

「このぐらいどうってことない。引退してから暇だからな。また何かあったら頼ってこい。」

「ああ」


寛也は少し照れくさそうにそう言った。


「じゃあ、俺らは帰るからな。やりすぎて駿里を困らせるんじゃないぞ。」

「分かってる。御子柴、親父を頼む」


玄関まで馬酔木と御子柴を見送った。そして寝室へ向かう途中松下がやってきた。


「組長、お疲れ様です。」

「悪いな。頼む」

「はい。では、おやすみなさいませ」


寛也はリビングで松下に仕事を頼み、駿里が眠っているベッドに入った。


「約束通り帰ってきたぞ駿里」


そう言って寛也がぐっすりと寝ている駿里を抱き寄せ目をつぶった。


「おかえり!!」


寝ていると思っていた駿里が飛びついてきた。


「寛也が帰ってきた!」

「嘘寝してたのか、まぁいい。帰ってきたよ。体は大丈夫になったか?」


仰向けに寝ている寛也の上に乗っかって抱きつく駿里を抱き締め返した。


「大丈夫。寛也見たら元気になった。商談上手くいってみたいでほんとに良かったよ。こんなに早く帰ってくるなんて思ってなかった。」

「商談が一瞬で終わったんだよ。俺の部下が優秀だからな。」

「お疲れ様。寛也、ちょっとだけ一緒に寝たい」


そう言いながらも駿里は既に寝そうになっている。寛也は自分の上に駿里が上に仰向けになっている状態なので降ろそうとした。その時、嫌だ降りないと言わんばかりに駿里が首に腕をまきつけてきた。


「このまま寝るのかお前」

「うん」

「うつ伏せの状態で寝ると体に悪い。多分起きた時に腰が悪化してるぞ?痛いの嫌だろ」

「ちょっとだけだから大丈夫!もしかして寛也苦しい?それなら降りる」

「大丈夫だ。このまま寝ろ」


直ぐに起きるなら良いかと、寛也は頭を撫でながら駿里を上に乗せ寝るのを待った。


「やっぱ寝ない」

「なんだよ。」


クスクスと笑いながら言った。


「寝ないけど、このままがいい」


駿里は寛也の足に自分の足を絡ませた。


「俺もお前の体温をもっと長く感じていたい。」

「でた!寛也のくさいセリフ。聞いたの久しぶりな気がする」


あはは、と駿里が笑いながら言うと、つられて寛也も笑っていた。


「そうだな。駿里、寝ないなら俺の愚痴を聞いてくれよ」


愚痴を今まで話したことは1度もなかった。だから、駿里は嬉しくなった。


「いいよ」

「播儺佐が取引材料にお前をよこせと言ってきた。ふざけてんだろ?本気で殺してやりたかった」

「なんで播儺佐さんは俺のこと知ってんの!」

「お前は有名人だぞ。なにせ俺のもんだからな」

「そうだったんだ」


寛也は、どこまで鈍感なんだよ、と呆れ顔で駿里を見た。


「そんなんだから色んな奴にちょっかいかけれんだよ。やっぱり護身術を身につかせておくべきだな。」

「大丈夫だよ。家から出ないから」


駿里は寛也から頼まれる前に自分から言った。きっと言いにくいだろうと思ったからだ。商談が上手くいったとはいえ、播儺佐が仕返しをしない確率は低い。


「流石だな駿里。ありがとう」

「いいよ。俺は寛也と居れば幸せだから」

「お前って朝は異様に素直だよな」


寛也が話している最中も自分に抱きついている駿里にキスをした。駿里はニコニコせずにはいられないほど嬉しそうだった。


「暫く播儺佐を監視させる。あいつが何もしないと確認が取れたら一緒に外に行こうな」

「うん!」

「そろそろ起きよう。松下がご飯を作ってくれてるから」


2人揃ってリビングに向かった。リビングでテレビを見ながら呑気に仕事をしていた松下は2人の姿が見えると笑顔になる。


「おはようございます!ご飯できてますよ!」


松下はニカッと笑い元気よく挨拶をした。


「おまえはいつも元気だな」

「おはよ康二さん」


元気すぎる松下に2人はたまらず笑みがこぼれた。駿里は場の雰囲気をいつも和ませられる松下のことを尊敬していた。


「康二さんいつもありがとう!」


そして駿里はその松下に頼み事があった。
9日後のバレンタインデーにむけてーー。
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